29,パートスリー・オープニング
誰しもが、生きる上で最善を尽くす。
「私は、【彼ら】を恨んでいる訳ではない。【あの一件】は【誰の責任でもない】…言えば【ただの事故の様な悲劇】だ。理解し納得もしている」
誰しもが、悲劇を避けるためにひたむきに努力する。
「だが、【彼ら】さえいなければ【避けられたかも知れない悲劇】であった……と言う可能性を、誰がどう否定できる?」
誰しもが、幸せでありたいと願い続ける。
「そして【彼ら】がいる限り、【同じ様な悲劇がまた起きるかも知れない・起きる可能性が高い】と考えるのは、ごく自然な論理的帰結ではないか?」
誰しもが、最善を尽くし、努力し、願い祈り続ける事に必死になる。
傍から見れば非常にクールでクレバーな【彼】もまた、【誰しも】の例に漏れず必死だった。
しかし、必死な意思は、時に【狂気】へと変貌してしまう。
そして彼はその変貌に気付きながらも、それを受け入れ、進んでしまった。
「例えどれだけの犠牲が出ようと、どれだけの批難を浴びようと、私は……【悪魔】をこの世界から駆逐してみせるよ……姉さん……いや、兄さん」
その狂気がやがて、世界を滅ぼしかねない【アクマ】を呼び覚ます事になるとも知らずに―――
【ダイカッパーは流れない 第三部 リバーハイド・フルブレイカーズ】
季節は五月末、場所は日本国・奥武守町にある和風大豪邸【美川邸】。
現在時刻は午前九時になりそうでならない頃。やや遅めではあるがグッドなモーニングと言うに申し分ない快晴。良い天気。流石は【五月晴れ】と言う言葉が生まれるだけはある。爽やか過ぎてヤバい。
……まぁ、実は【五月晴れ】と言う言葉が指すのは新暦の五月の事ではないらしいが。ややこしい。全部グレゴリウス一三世ことウーゴ・ブォンコンパーニが悪いのだ。
さて、それはともかく。
「ほう……地球をビー玉サイズにまで【超圧縮】すると、かの有名な【ブラックホール】と化すのか……知らなかった」
美川邸内、実に味気ない…まるで味噌と豆腐とワカメと水を入れ忘れた味噌汁の様な殺風景権化的一〇畳間。
その部屋の中央には今、丸い卓袱台が設置されている。
卓袱台に向かい、教科書とノートを広げているのは、非常に逞しい体つきの男。
相対する者を無条件で威圧しかねない大柄ボディに、緑色の甚平を完璧に着こなす様は、「彼は高校生です」と紹介されても、到底信じ難いものだ。
しかし、彼は立派な高校生である。
我らが美川皿助だ。
今作は早くも第三部。話数にして言えば第二九話目。内、皿助が欠場したのは第一九話たったの一度こっきりだ。登板率九割強。最早しつこいと思う程度には皆様お馴染みだろう。
そんなお馴染みな皿助は今、自主的なテスト対策勉強に励んでいる。
皿助は先日の【堕撫尤の一件】のおかげで、【停学】を喰らってしまった。なので、停学中に行われる中間テストには参加できない。
よって自動的に、【追試】を受ける羽目になった訳だが……彼の通う【綾士歌高校】において【問題行動による追試】は【通常のテストに比べて難易度が増す】と言うペナルティが付く。
正味、皿助は学力に関して、優秀とは言い難い。
人間誰しも得手不得手はある。大の大人であろうと、だ。まだ一六歳と少しでしかない皿助ならば、尚の事。
なので必死勉強中な訳だ。励めよスタディ。
「ふむふむ……成程。大雑把に言えば【すごく高質量またはめっちゃ高エネルギーを保有する物体を非常に超圧縮できれば、特異点的な物を発生させる事ができ、結果として擬似的なブラックホールを作る事も可能である】……と」
ブラックホールに関する記述を自分なりに咀嚼し、皿助はふと考える。
「……【高エネルギー体の超圧縮】……か。頑張れば【真化巫至極】で擬似的なブラックホールを作れるかも知れんな」
皿助が持つ超能力、示祈歪己【真化巫至極】は、自身の肉体を圧縮し、超高密度戦闘を可能にする能力だ。
人体には気合を始め様々かつ中々の量のエネルギーが廻っている。
つまり【真化巫至極】で頑張って、人体をブラックホール発生領域まで圧縮できれば、「俺自身がブラックホールになることだ」的な【超必殺技】とか……
(君は相変わらず阿呆染みた発想をするな)
「! マカか」
皿助の脳内に響いた少年の声。
皿助の中で【真化巫至極】のあれこれを管理している謎の存在、マカの声だ。
(確かに【真化巫至極】を【数千回】分、一度に【重ね掛け】すれば【亜ブラックホール体】と呼べるものは生み出せるかも知れんが……たった【二回】分の【重ね掛け】、それも【不完全な重ね掛け】で死にかけたのを忘れたのか?)
「ぬ……いや、忘れてはいないが……」
カッパッ波の件だ。
(いいか、あの無茶苦茶な行いのせいで、地味にこちらは大荒れだ。【ストッパーがイカれた状態】とでも表現しようか)
「ストッパー?」
(まぁ、【水門の開閉機構】の様な物だ。今は閉じているから問題ないが……今の状態で【水門を開ければ】……つまり【示祈歪己を発動すれば】、【水】…【示祈歪己エネルギー】が際限なく【水田】…【君の身体】に流れ込む)
「なんと……」
二発分の示祈歪己エネルギーですら皿助の身体はまともに耐え切れなかった。めっちゃ悲鳴上げた。
それが二発分どころか、際限なく……絶対一〇〇%死ぬ。略してゼッパ死ぬ。恐い。
(落ち着くまで、しばらくは【真化巫至極】の使用は控えるんだな。今度こそ本当に死ぬぞ)
「も、申し訳ない……」
(あと一つ言っておく。もし仮に君が数千回分の示祈歪己エネルギ-に耐えられたとしても、だ。君自身が亜ブラックホール体になれば、まず間違いなく肉体が自壊消滅を起こして君は死ぬぞ。超必殺技と言うか広域自爆心中技にしかならん。某名作ゲームの爆弾的な岩になりたいのか? 少し考えればわかるだろう。そんなんだから頻繁に死にかける挙句に一回マジで死んだんだ。頭パーか? 頭パーだから肉体もパーっと爆裂四散させたいのか?)
えぇい、確かに阿呆な発想だった事は認めるが、ここまでネチネチ言うか。
「とりあえず【しばらく示祈歪己は絶対に使うな】……そう言う事だな。理解した。重々」
シリーズ物のゲームでよくある「第一次終盤の激戦の影響でνダムガン的なアレは不具合が生じ、第二次序盤ではオーバーホールされていて使用不可」的な話だろう。
ゲームバランス調整のための【お約束】がまさか現実の物になるとは。
まぁ、皿助はしばらく自主学習に徹底する所存の身。
示祈歪己を使わないといけない予定なぞないし、特に問題は無い。これは決してフラグや前フリではない。決してだ。
「む?」
と、ここで皿助のスマホが軽快なポップスを奏で始めた。
猫の被り物を被った五人組覆面バンド…否、猫覆面バンド【MOON WITH A MANSION】の楽曲だ。
「この着メロは、丹小又さんか」
丹小又とは、以前知り合った【猫又】と言う妖怪である。
……妖怪と言っても、ただの黒毛猫耳幼女だが。まぁ、それでも頭に醤油皿(着脱容易)を乗っけてるだけよりは妖怪らしさが若干上か。
正味、妖怪達の人外感の希薄さに今更ツッコミを入れるのも野暮だろう。
「はい、皿助です」
『うにゃん。丹小又ですニャン。てすと勉強の方はどうですニャン?』
「うむ、まぁまぁ…と言った所です。恥ずかしながら、元々出来はよくないもので……」
『まぁ、その辺も局長の千里眼で筒抜けですニャンがね』
ならば何故聞いた……疑問しかない。
…………ああ、久々に本筋で喋る機会を得たから一行でも多く会話を続けたかっただけか。察した。
「ところで……何か御用ですか?」
『ですニャン。実は、皿助さんに関して妖界郷の方で面白い話が進んでいるんですニャン』
「俺に関して、面白い話……? 何やら含みのある物言い……至極気になる」
『ニャン♪ サプライズ性重視の方向なので今ここで詳しくは言わないですニャン。詳細は人間界に派遣する子から聞いてくださいですニャン。では、一時間と一五分後にあの大きな河川敷に向かわせますニャン』
「え、ちょっと……」
それだけ言って、丹小又は通話を切ってしまった。
「ぬぅ……中々に一方的……まぁ、どうせあと一時間勉強したら小休憩を兼ねて散歩に行くスケジュールではあったが……」
その辺りも、ボスの千里眼とやらで筒抜けだったのだろう。
全く、話が早いにも程がある。
◆
現在時刻は午前一〇時〇五分。
「時間より少し早めに着いたな」
部屋着である甚平から外出用の黒い学ランに着替え、皿助は河川敷に立っていた。
丹小又は一時間一五分後に何者かを派遣すると言っていたが、あれからまだ一時間と五分。
家を出て五分で、奥武守町最大の河川【燃乃望塊川】の河川敷に到着してしまったのだ。
普段は一〇分ほどかかるのだが……思いのほか、今日の皿助は体調が良かったらしい。
「……思えば、懐かしいな。ここ最近の騒動は……全て、ここで晴華ちゃんと出会った事から始まっている」
まだ陽の種別は朝日と表現して良い時間帯だろう。
朝日で煌く川の水面を眺め、皿助はフフフっと微笑。
思い出し笑い。
非常にどうでもいい話だがご存知だろうか。
思い出し笑いの多い人物は本質的に助平らしい。いやん。
「あの時は夕方だったか。夕焼けを映す川の水面が不自然に揺れ、まるでトビウオみたいにビュバッ…と晴華ちゃんが飛び出してきたんだったな……」
そして皿助は晴華の飛来に対処できず、顔面に晴華の良い尻による打撃を喰らって吹っ飛んでしまったんだったか。
あの頃は一層未熟だった…と言うか、今程設定が固まって無かったな、と皿助は染み染み思う。
まぁ、まさしく過去の話だ。
今の皿助ならば、川の中から晴華が何人飛び出してこようと、全て優しく受け止めてみせ……
「む?」
不意に、皿助は不思議な感覚に見舞われた。
具体的には何がどうと言えない。【直感】だ。皿助はイイ男なので直感が優れているのである。
何か妙なモノが迫ってきている……そんな気がする。
しかし、水面を始めいくら周囲を見渡しても、特に異変は……
「ッ、まさか……空か!?」
人類の最大の死角。それはズバリ【背面】と【頭上】の二強。
振り返っても何もなかったならば、上しかあるまい。名推理。
皿助が顎を跳ね上げた瞬間。
彼の視界を埋め尽くしたのは、黒い艶のある布に覆われた、【尻】だった。
「ぬごすッ」
おそらく、その黒い艶のある布…ズバリ【スパッツ】に覆われた尻は、かなりの高度から降ってきたのだろう。
皿助の鍛え抜かれた首が「あらやだ」って感じの不気味な軋み音を鳴らす程度には落下エネルギーを帯びていた。
余りに不意にして強烈な衝撃。
流石の皿助も耐え切れず、その尻に押し潰される形で、仰向けにぶっ倒れてしまった。
「ぶ、がぁ……!?」
「うー……ビックリしたクマ……って、あり? 何か潰したクマ?」
尻に顔面を圧迫されている皿助の現状、彼はその【尻の主】の全容を見て把握する事はできない。
そんな皿助の耳に届いた【尻の主】のものと思われる声は、幼さが残る声色ながらも口調は大人っぽく淡々とした、何やらアンビバレンツなモノだった。
アンビバな声が「ヤバいクマ」と平坦な語気でつぶやくと、皿助の顔面を圧迫していたスパッツ尻が浮いた。
「……ッ……完全にしてやられたッ……俺はまだまだ未熟か……!!」
と、まぁ、未熟を悔いている場合ではないと皿助はすぐに気付き、跳ね起きる。
起きた皿助の視界に、先程まではいなかった【少女】が入った。
ほぼ間違いなく、スパッツ尻の主でありアンビバ声の主だろう。
「ッ……!」
その少女の容姿を見て、皿助は少しだけ動揺に目を剥いた。
「【猫耳】…!? いや、違う……あれは、【熊耳】かッ!!」
皿助は、丹小又と言う猫耳少女を実際に知っている。
だからわかった。目の前にいる少女の【耳】は、【猫耳】ではないと。
だったらば何の耳かと記憶を速やかに参照。そして瞬時に思った。「あの耳の感じは……確か…二ヶ月前。二ヶ月前だ。高校入学後初の春休み……【波動を実戦に用いるレベルに至っているかのテスト】として北海道奥地の山に放り込まれた際に遭遇し打ち倒し友情を育んだ後に最後は美味しくいただいた【熊】の【耳】に非常に酷似しているぞッ。クーマンは耳の軟骨までコリコリと美味だったッ」と。
故に皿助は今、数ある獣耳の中から「熊耳か」と堂々喝破した!!
だってたった二ヶ月前の記憶だものッ!! 自信はすごくあるッ!!
「クマ。そうクマよ。クーの耳は熊のエッセンスがそこはかとなく散りばめられているクマ」
皿助の目の前に立つ、【熊耳娘】。
身長は皿助の胸元に頭がくるくらい。まぁ、中学生か高校生くらいなら平均的な身長だろう。ややあどけない顔立ちからして、年齢もズバリそれくらいと推測できる。
特徴的な頭頂部の【熊耳】は茶毛に覆われており、ショートボブにセットされた頭髪も同じ色合い。
身に纏っている衣類は、藍色のフード付きパーカーに黒の膝上丈スパッツ、そして白い運動靴と言う【学生アスリートのランニングスタイル】を彷彿とさせる感じだ。
「やー……にしても、本当にごめんクマ。でも平気そうで何よりクマ。人間だのに丈夫クマね」
「……ぬ……察するに、君が丹小又さんの言っていた局員か……?」
熊耳の妖怪なんぞ聞いた事がないが……まぁ、猫又の亜種か何かなのだろう。
「クマ? ニコマタって誰クマ? 煙草に含まれてる奴クマ?」
「何……?」
熊耳娘はキョトンとした表情で頭上に?を浮かべつつ、小首を傾げた。
すごくナチュラルな動作だ。そして気配からして、嘘は吐いていない様だと皿助は持ち前の直感で察した。
つまり、この熊耳娘は丹小又の話と一切関係無し。全くの別件。
「ぬ……? じゃあ君は一体……」
「? クーは……」
「クマリエス様ァァァァァーーーッ!!」
不意に、上空から突っ込んできた声。
悪企みしながら妙な液体の入った鍋をかき回す老婆の様なしゃがれ声である。
「ッ、【敵意】ッ!?」
声と共に飛んできた鋭い気配を察知し、皿助は咄嗟に数歩後退。
その判断は非常にナイス。
ついさっきまで皿助が立っていた場所ドンピシャに、【それ】は黒き彗星の如く落下した。
「ガミ……!? ワシの【シューティング★★★★★】を予期して躱すとは、やりよるガミッ!!」
「ッ……今度は【馬】……!?」
落下してきた【それ】は、まさしく【馬】だ。
ただ皿助のイメージする馬よりかなり小柄。【ポニー】と言う奴か。
黒いポニーだ。それもただのポニーではない……背中に、これ見事な【黒い翼】が生えているッ!!
ペガサス的な黒いポニーッ!!
しかも今更ながら……普通に喋っているぞッ!!
……まぁ、それこそ今更、喋る馬が何だと言う話だが。
もう少し早い段階で出て来てくれたならばリアクションをしやすかったのだが。
「わー、ガミジン、スーパー元気クマ」
「はッ、クマリエス様ッ!! 先程は申し訳ありませんガミッ!! まさか【あの輩】がまだ追ってきているとは思わず、非常にビックリしてしまったため、クマリエス様を落っことしてしまいましたガミ……!!」
「まぁ、あのくらいの高さなら平気クマけど、しっかりクマ」
「ははーッガミ!!」
非常にどうでも良い事かも知れないが、何故この熊耳と黒馬は揃って語尾が特殊なのだろうか。
「おい、熊耳と黒ペガサスのお二方……少し良いか?」
「あぁん!? ワシとやんのかガミ!? ゆーふぁいとみーガミか!? 上等ガミ!! 今度こそワシの必殺技でまさしく必殺してやるガミ!!」
「待て。そんなつもりは毛頭無いぞ」
小さな黒ペガサスは何やら落ち着きの無い物騒な雰囲気。まるで大人を全く信用していないジャックナイフ的不良学生テンション。ギザギザハート。
その様子から皿助は言葉でなだめるのは難しいと即断。ならば言葉では無く行動を用いるのみと即行。
皿助は交戦意思が無い事を示すため、速やかに両掌をパーにして広げ、そのまま上方向へと突き上げる。鋭い万歳、ハンズアップである。
平和的な話し合いを望む意思を示す上で、もっともわかりやすいジェスチャー。
「ぬ……その淀み無い真っ直ぐなハンズアップはまさしく交戦意思皆無のポーズ……!! そうだったガミか……!? す、すまんガミ!! 少々デリケートになり過ぎていたガミ……!!」
「構わない。今の鬼気極まる様相からして、そうピリピリせざるを得ない状況……只事ではない渦中なのだろう」
未熟な皿助でもそれくらいは察せる。
いきなり空から降ってきた熊耳娘、何やら落ち着き乏しい様相でそれを追ってきた黒ペガサス。
これが【四コマでオチが付く様な日常劇】への導入とは考え難い。
一体この二名はどう言う状況下に置かれているのか、皿助はとても尋ねたい。
理由は興味が一番ではあるが、次いでは「この遭遇も何かの縁。困り事であれば、協力できる事はするぞ?」と言う生来の【お節介精神】故だ。
「そ、そうガミ!! 早く行かねば、また【あの輩】が……!!」
「もう遅いよ」
その声は、またしても空から。
声を追う様にして、一つの影が皿助達の前にズドンと落下したッ!!
「!!」
飛来したのは、【人間】だ。
白いTシャツに白いスラックスと言う真っ白コーデの黒髪青年。白ずくめなのは珍しいが、顔立ちやその他の特徴に関しては「小一時間も繁華街を彷徨けば似通った奴を三・四名は見つけられそう」と言う印象を受ける平々凡々な日本人風である。
「なッ……次から次にポンポンと空から……!!」
空から鳥以外の生物が降りてくるなんて中々無いイベントのはずだが……この二分程でまさかの三件目。
カップ麺を作る事すらままならぬ間にこのラッシュ。大盤振る舞いだ。今日はそう言う日なのだろうか。
「逃がしはしないぞ……【悪魔】共め」
「むぅ……顔はサッパリしてるのにしつこい奴クマ」
「全く以て味気ない個性貧弱な顔をしている癖に、執拗ガミ…!!」
「待て。ちょっとタイムだお三方」
ここで口を挟まないと、最初に降ってきた熊耳娘クマリエスの詳細すら語られぬまま、自身を含め色んな人が置いていかれたまま話が進んでしまう。
そんな危惧を感じた皿助が、鋭くスパッと口を挟む。
「……何だい、君は。逞しいだけのただの人間の様に見えるけど。その学ラン……高校生かな?」
「まさしくその通りだ、顔にこれと言った特徴の無い人。俺は今、偶然ここにいるに過ぎない平凡ただの高校二年生……美川皿助と言う。【美】しい【川】に【皿】の様な目をした【助】平と書く」
「僕は臼朽。臼朽翔由。つまり君は巻き込まれただけの無関係な人間なんだね。それは何か唐突に混乱させてしまって申し訳ない気分だ」
「さっきからごめんクマ」
「うむ、すまんガミ」
「まぁ、偶然居合わせただけなのはその通りなのだが……どうにも見過ごせない感じだ。どう言う事か…状況を説明してもらう時間をいただけないだろうか」
「うん、まぁ当然の心理だね。そっちの二人がオーケーなら僕は構わないよ」
「クマ。じゃあまずさっきの続きって事でクーから自己紹介するクマ」
と言う訳で、熊耳娘、黒いペガサス、地味顔の白ティー青年が皿助の前で並んで列を作る。
順番に自己紹介とそれぞれの視点から現状を説明してくれるつもりらしい。
「まず、クーはクマリエス・タタンタン。さっきは言いそびれたクマが、【悪魔】クマ。悪魔は知ってるクマ?」
「ほう、君が悪魔なのか……ああ、実際に会うのは初めてだが、存じているぞ。妖怪と同じくこの世界とは別の世界に暮らしている生物だろう?」
皿助はその内、悪魔を探して交流を持つつもりだったが……こんな形で会う事になるとは思わなんだ。
しかしまぁ……妖怪同様、想像していたよりも圧倒的に人外感が欠乏している。熊耳をゾリッと削いだら、ただの耳なし芳一系女子ではないか。
「クマ。クーはその悪魔の貴族タタンタン家の娘クマ。いわゆる【悪魔令嬢】クマ。趣味は愛馬に乗ってお出かけ、魔界穴だけでなく人間界や妖界郷を散歩する事クマ」
「おお、俺も散歩は好きだ。気が合いそうだな。君とは仲良くなれそうだ。クーたんと呼ばせてもらう」
「クマ。ならクーはそっちをべーキチって呼ぶクマ」
「うむ」
と、ここでクマリエスは言いたい事を言い終えたらしく横へ移動。
それに合わせて、黒ペガサスと地味青年が一歩前へ。さながらロケットペンシルシステム。
「続いてワシはガミジンであるガミ。先にクマリエス様が言った【愛馬】とはワシの事ガミ。【悪馬】と呼ばれる魔界生物の一種ガミ」
「つまり、クーたんのペット…いや、非常に失礼した。家族か」
「うむ。有り難く…そしてそれ以上に恐れ多いガミが、その通り、家族として扱ってもらっているガミ。クマリエス様を乗せて魔界穴だけでなく人間界や妖界郷をも飛び駆けるのがワシの役目であり日課ガミ」
「ああ、先に言っていた散歩だな」
「いつもは平和な遊覧ガミ。ただし今日は違ったガミ。何故か突然、ワシの後ろに控えている奴から【襲撃】を受けたガミ」
「何……? 急に穏やかでなくなったぞ……?」
「ガミ。一応、ワシにはクマリエス様をお守りする【武装】があったが、それを用いても勝てず、空へと逃走したガミ。しかし後ろの奴はまさかの空まで追ってきて、すごく驚いたワシはクマリエス様を落としてしまい、先程の邂逅に至るガミ」
ガミジンはクマリエスに習い、横へ移動。
代わる様に、地味なのが皿助の前に立った。
「僕はさっき名乗った通り、臼朽翔由。見たらわかると思うけど、種族は人間だよ」
「ああ、だろうな」
妖怪や悪魔がいくら人間と【大差】が無い見た目と言っても、流石に一目で「ん?」となる特徴が一点はある。
晴華なら頭頂部の醤油皿、冠黒武ならば黒い翼と高い鼻、クマリエスならばあの熊耳の様に。
臼朽はお世辞にも特徴があるなんて口が裂けても絶対に全く全然ほんとに言えない。
ザ・只人。逆に人間じゃなかったら皿助はかつてないレベルで動揺している所だ。
「僕は【とある組織】にアルバイトとして所属している【大学生】さ。ちなみにこの奥武守町からすると隣町に当たる【恵朱市】の【恵朱大学】に通っているよ」
「! 目上の方でしたか。失礼しました」
「別に良いよ。見た目年齢はどう見ても君の方が上だし。君に敬語を使われるとそれはそれで違和感がすごい。…まぁ、それはともかく。僕が所属している【組織】は、【悪魔を人間界から排除】する事を【目的】としているんだ」
「なっ……!? 唐突に殺伐……!?」
「だから、そこの悪魔にも人間界からいなくなってもらいたい。選択を迫ったんだ。【魔界穴に帰ってもうこっちに来ないと約束するか】、【この場で僕に殺されるか】」
「……それは、少し横暴が過ぎるんじゃあないですか? 別に、クーたん達が何か悪い事をした訳ではないのでしょう?」
「うん。まぁ、その辺はね……僕の所属している【組織】の理念に関わる所だから。そこまで説明する義理は流石にない」
説明してやるのは、この状況に至った経緯のみ。
それ以上を詳しく説明してやるのは手間だし、その手間をかける理由を見い出せないと言う事だろう。
流石にそこまで親切仕様をこじらせてはいない。
「……ふむ、とりあえず、大雑把にだが最低限は把握した……ありがとうございます、お三方」
「クマ」
「ガミ」
「うん」
説明を終え、クマリエス・ガミジン・地味臼朽の三名は元の立ち位置へと戻った。
「と言う訳でさっきの続きだよ。……逃がしはしないぞ、悪魔共め」
「むぅ、ここまで追ってくるなんて…顔にも何処にもこれと言った特徴がない癖にしつこいクマ」
「漫画だったらアシスタント…それも新人が描く様な大衆モブめいてる癖に執拗ガミ……!!」
「って言うか、ねぇ? 意地でも突っ込むまいと思ってたけど、そろそろ僕だって泣くよ?」
「? 何の話クマ? 至極地味なユニーク薄弱フェイスで意味不明クマ。しつこい上に意味不明クマ」
「そうだぞ!! 言動もその簡単に絵描き歌を作れそうな顔くらいわかりやすくするガミ!! 執拗な上に難解ガミ!!」
「わかってるよね!? 絶対わかった上で口撃してるよね!? しつこくて執拗なのは君たちも相当だよね!?」
「おい、クーたん、ガッさん! 臼朽さんの特徴の無い地味で淡いすごくシンプルな顔について言及するのはそろそろやめよう! 多分だが臼朽さん気にしている感じだ!! いわゆる【コンプレックス】なのかも知れない!! 個性が無い顔への個人的劣等感……ユニークレス・フェイス・コンプレックス…言うなれば【ULFコン】だ!!」
「ありがとう皿助くん!! ただ君、気付けているなら気も使おう!!」
臼朽、地味に半泣きである。おそらく今までの人生の中でも同級生とかに散々いじられてきた鉄板ネタなのだろう。
「うぅ……とにかく!! もう選んでよ! 魔界に帰るか、僕と戦って安穏としてない感じになるか!!」
「クマ。ちゃんとした理由も説明せずにそんな理不尽な要求は受け入れられないクマ。一応クーは貴族クマよ? お前の顔程ではないけど淡々としてる性格の子だってよく言われるクマけど、結構そう言うプライド方向のあれはしっかりしてるつもりクマ」
「そうガミ! クマリエス様が貴様の様な工場のベルトコンベアで安価量産されていそうなシンプルデザインの顔した輩に屈すると思うなガミ!! 工業地帯に帰れガミ!!」
「ああうん! もうわかった! 本当はあんまり殺生とか嫌だからフリだけ見せて帰らせるつもりだったけど、もういい!! やってやるよこの悪魔共め!!」
「……ところでクーたん、ガッさん。二人は臼朽さんに一度負けて敗走中だったのではないのか?」
「あ、忘れてたクマ。普通に喧嘩売っちゃったクマ」
「しまったガミ!!」
「覚悟しろよ……!!」
憎悪を込めた声でつぶやき、臼朽は白スラックスのポケットから【あるモノ】を取り出した。
それは、銀色の指輪。シルバーアクセとか実に安直な高校・大学生デビュー向けの装飾品である。
「【殺尽実現者達】…【七殺衆】が一殺……【撲殺】の臼朽……悪魔の駆逐を開始する!!」




