26,河童復活。甦れ、その名はダイカッパー・コンゴウッ!!
そこは、とても【不思議な場所】。
永遠に明ける事の無い夜の帳に閉ざされ、満天の星が常に煌き続ける夜空。綺麗ではあるが、三日も見続ければマンネリ感は避け難い仕様。
その星達の眼下には、まるで墨汁で濁した様な真っ黒な水が静かに流れる大きな川があり、川を挟む様にして両岸に広大な赤い花畑が広がっている。すごく広い。
ただそれだけの【場所】。
ただそれだけの【世界】。
寒水代ワタルと言う男は、気が付いた時にはもう【この場所】にいた。
彼の記憶の始まりは、【この場所】で古びた櫂を拾い上げる所から始まっている。
黒い川の水面に映るワタルの顔はそんなに若くもないが、決して老けていると言う訳でもない顔立ち。若くて二〇代中盤、妥当な線で言えば三〇代前半くらいだろうか。
いつも黒い紋付羽織袴を着用し、笠を被り、櫂を持ち、火の灯らぬ煙管を咥えている。
別に、このスタイルを誰に強制されている訳でもない。
紋付羽織袴は、他に着る物が無いから着ているだけ。裸は流石に嫌だ。
笠は、捨て置くのは勿体ないので被っているだけ。それに何かオシャレだし。
櫂は、必要な道具だから持ち歩いているだけ。暇な時はゴルフの素振り練習できるし。
煙管は、口が寂しいから咥えているだけ。おしゃぶりと同じ。
彼はただ、この変わり映えしない世界で、変わらぬ姿で、いつも変わらず【ある仕事】をしている。
それが、寒水代ワタルの全てだ。
それ以外は何も無い。あったとしても、ワタルすらそれを知らない。
別にそれで良いと、彼自身納得しているから、何かが変わる事も無い。
今以上を望まぬ者に、変調は無いのが必定。
ワタルは今日も櫂を肩に担ぎ、昨日と何も変わらぬ星空を見上げ、【この場所】を散策していた。
おそらく、あと一〇分ほど散策しても何もなければ、ゴルフスイングの練習に移行するだろう。
まぁ、練習した所で、実際ゴルフはやらないのだが。
どうせ時間を浪費するなれば、何かやった感が欲しいだけだ。
「………………ん……」
ワタルの視界の端。不意に、星空に浮かび上がった【黒い何か】。
その【黒い何か】は、まるで木の葉が風を受けながらヒラリヒラリと舞い落ちる様に、すごく優しい感じで降ってきた。
「本日、一人目……か」
数メートル先にフワッと落下・着陸した【それ】を見て、ワタルは特に感情を込めずに呟いた。
いつもの事だ。この事態を観測する事に、特に込めるべき感情などない。
櫂で肩をトントンと叩きながら、ワタルはゆっくりとした歩調で【それ】の元へ向かう。
「……む。今日のは、やたら【若い】な。ドンマイ過ぎる」
星空から降ってきた【それ】は……学ラン姿の少年だった。星空から少年。
何やら、やたらと体格が良い少年だ。ワタルもそこそこガッチリしている方なのだが、下手したらワタルよりも一回りデカい。
しかし、その服装や顔立ちからはまだ幼さや若さの類がにじみ出ている。まぁ、体格は大人一倍だが、普通に考えて高校生くらいだろう。
「……ぅ……こ、ここは……どこだ……?」
ワタルが「人生これからだろうに、マジドンマイだなこいつ」と言う僅かな同情を込めた視線を送る中、学ラン少年がむっくりのそのそと起き上がった。
「よう少年。ご愁傷様」
「! あ、貴方は……誰ですか?」
「俺は寒水代ワタルだ」
「お、俺は美川皿助……【美】しい【川】に【皿】の様な目をした【助】平と書いて美川皿助です……あの……ここは一体……?」
皿助はやたらと首を傾げまくっている。
まぁ、そりゃあそうだろうな。とワタルは慣れた物を見る目つき。
すごく見慣れた感が出ている。プロって感じだ。
何せ、ここに来る大概の奴がそうだ。
何がどうなったのか理解できずに、ずっと頭の上に?を浮かべて迷子坊やの様にキョロキョロウロウロ。突然異世界に放り込まれた小鹿の様相。
少し哀れになってしまう程に、滑稽だ。
「ここは【三途の川】、その畔。【来世へ進む】か【現世へ留まる】かを選ぶ場所だ」
「…………は?」
この説明を聞き、呆然とした表情を浮かべる。
これも見慣れた物。
「俺は寒水代ワタル。【来世へ進む】選択をした霊魂を、この【櫂】で思いっきり引っ叩いてあの川の対岸にある【転生工場】まで吹っ飛ばす……そう言う【仕事】をしている者だ」
ほれ、アレを見ろ。とワタルはある方向を指差す。
ワタルが示したのは、黒い川を挟んで対岸のずっと向こう。無数の煙突からモウモウと黒煙を吐き上げる、巨大な要塞。
「あそこにある【転生工場】に入った霊魂は……まぁ、詳しくは知らんが、色々な処理を受けて、【転生】するんだそうだ。希望を聞いてもらえるかは知らんが、一応何になりたいかは決めておくと良い」
「……あ、あの……す、すごく根本的な質問をしても……」
「【僕は・私は、もしかして死んでるんでしょうか?】」
この質問も、聞き慣れた物。最早テンプレだ。
「答えは、【応】。その通り。【今の所はまだ】、身に覚えがあるんじゃあないか?」
「ッ…………!!」
「美川皿助。お前さんは【死んだ】。理由は知らないが。だから【ここ】にいる」
驚愕に目を剥き、黙り込んでしまうのも見慣れた物。
本当、どこまでも王道的リアクションをしてくれる少年だ、皿助は。
「……若いのに悲惨だな。まぁ、同情する。で、どうする? 来世に進むか? 現世に留まるか?」
「げ、現世に戻れるんですか!?」
「まぁ、戻れはするぞ。だが全然お勧めはしない。せっかく【ここ】に来れたんだから、素直に転生しておけ……っと言うのが、俺の意見だ」
「……勧めない理由を聞かせてもらっても良いですか……? 俺はまだ、現世でやらなきゃいけない事が……!!」
「答えは簡単。【意味が無い】からだ」
煙管を咥え直しながら、ワタルは慣れた調子で流暢に説明を始める。
「現世に戻った所で、【普通の霊体】は物体や生命体に【干渉】できない。ただ現世を漂って、流れていく時間を眺める事しかできない。体験した事は無いから断言はできんが……多分、それは結構淋しいぞ……それに更にだ。霊体はいずれほとんどの【生前記憶】を失う。何でそうなってるかは知らんが……俺が思うに【未練無く来世へ進める様にするため】の【神様】の配慮だろうな」
「……!!」
「自分が何者かも忘れ、何を大切に想っていたのかも忘れ、何がしたくて現世に留まったのかも忘れ、ただ何もできない世界で何もできずに時間の経過だけを感じて過ごす……愉快楽し気に聞こえるか? お前さんが何をやりたいのか知らんが、それはまずほぼ達成できないし、それについてもいずれはきっと忘れる」
「で、ですが、待ってください……俺は以前、【幽霊】に会った事があります……その【幽霊】は、普通に弓矢を使って俺を射ったり、巨大化して建物を破壊したりしていました!!」
「何かすごい体験をしているな、お前さん」
「……半年くらい前から、ちょっと色々とありまして……」
「ま、あれだ。そいつは多分【地縛霊】か【悪霊】の類だな。元々魂の力が強い奴が、現世に留まって強い【負の感情】を溜めに溜めると、希にだが【霊体のくせに現世の事象に干渉できる輩】が生まれる。【負の感情】も【想い】……すごく強い【想いの力】と言うのは、時に世界の法則を捻じ曲げる物だ。良し悪しに関わらず、な」
確かに、皿助が出会い、そして襲われた幽霊・幽子は【淋しさ】をこじらせた【地縛霊】だった。
「お前さん、まさか【地縛霊】か【悪霊】になりたいのか?」
「……ッ……こうなったら最悪、それも視野に……」
「いやいやいや、ない、それはない。【そうなってでも何かを成し遂げたい】と考える精神は立派だが、本末転倒だ。実際に見た事は無いが……あの手の所謂【怨霊】と言うのは、負の感情をこじらせまくった暴走状態で、ただ自己中心的かつ身勝手な主張で誰かを不幸にするだけの存在だそうだ。ご立派な志なんてすぐに忘れ去って、醜態を晒しまくるだけだろうさ」
「……それじゃあ……」
「死者が現世に戻ったって、ロクな事はできない。そう言う事だ。諦めた方が良い」
「……ッ……」
「まぁ、そう悲観するな。お前さんは【運が良い方】だ」
「運が……良い……?」
「世の中の死者、皆が皆、この【三途の川】に来れる訳じゃあない。死んだあと、そのまんま現世を漂う奴もわんさかいる。現世からここに来る方法は、俺も知らない。【何かの偶然】でしか来れない場所なんだ、【ここ】は」
だからワタルは先程こう言った。
せっかく【ここ】に来れたんだから、素直に転生しておけ……と。
もし現世に留まる選択をして、【ここ】から現世へ行けば、記憶も何もかも失って彷徨い果て、最悪【怨霊】の類になって誰かに迷惑をかける。
だったらもう、大人しく転生した方が、世のため人のため…ひいては自分のためになるだろう。
「………………」
「割り切れないと言うなら、しばらくそこで考えていれば良い。決まったら、俺に声をかけろ。別にゆっくり悩んで良いぞ。長い奴は半年とか一年悩む奴もいる」
「俺の他にも、悩む人が……」
「理由は色々だがな。現世に留まるか、来世へ進むか。決め兼ねて、ここで考え中と言う輩が何名かいる。中には悩んでいる内に生前記憶を全部無くして、【一体何で悩んでいたのか】なんて悩んでる阿呆もいるな。……確か、現在の最古参は半年くらい前に来た黒ずくめの女だ。ここに来た時点で生前記憶は全て失っていたが、何でも【現世に恩を返したい人物がいるけど、その人は私の前途を祈って送り出してくれたのだから、ここは大人しく転生するのが最大の恩返しなのかしら……?】とかなんとか」
「………………」
「おっと、無駄話だったかな……では、俺はその辺をウロチョロしている。よく考え、後悔を残すな。俺から言える事は以上だ」
あとは、お前さんの選択次第だ。
それだけ言い残し、ワタルは視線を星空に移して、散策へと戻った。
◆
まさか、まだ一六年も生きていないのに本気マジで死ぬ事になるとは。
黒い川の水面を眺めながら、皿助は肺の底から深い深い溜息を吐いた。
こんな所で、肩を落としている場合ではない。それはわかり切っている。
早く現世に戻り、パン・ドーラーを倒して、晴華を救わなければ。
皿楼だって言っていた。
美川の者として【敵対者に敗北し、志半ばで倒れる半端クソ野郎になり下がる事】は絶対に許されない。
それに何より……突然の死だったがために、誰にも別れの言葉を告げれていない。
月匈音、家族親族、血縁は無くとも世話をしてくれた人々、仲良くしてくれた友人達……皆に、感謝の言葉を残せていないのだ。
このまま死ぬなんて、冗談ではない。そんな不義理、犯したくない。
人間いつかは死ぬと薄ら覚悟はしていたつもりだが、いざ死んでみると……なんて言うかこう……今このタイミングでの死は、やり残した事があまりにも多過ぎる。死ねない理由の枚挙に困らない。
そりゃあそうだ。皿助はまだ若いもの。ピッチピチだもの。
成した事より成していない事の方が多くて当然当たり前。
「……だが……どうすれば良い……!?」
ワタルと名乗っていた純和風の人物が嘘を言っている様には感じられなかった。
ワタルの言葉は、おそらく全てガチの真実マジと考えて問題無いだろう。
現世に戻ったとしても、皿助は何もできぬ無力な一幽霊。どころか、最悪の場合、生者に害を為す【怨霊】に身を堕としてしまう可能性すらある。
「何か……何か無いのか……!? 何か無いのか何か……!?」
気分は四次元的ポケットを必死に漁る青い猫型ロボット。
最早、皿助に指標は無い。何せ、死後の世界での振る舞いなど、誰にも教わった事は無いのだから。
例えるならば闇の中か雲の中か。
己だけが頼り。
だが……
「……未熟めッ……!!」
現状、皿助に切れそうな手札など、存在していない。
悔しみを込め、花が咲き乱れる大地に拳を突き立てる。
赤い花弁が、無数にひらひらと舞った。
それだけだ。何の意味もありはしない。
無意味八つ当たり。あまりに非効率的行動。皿助らしくもない。
自分らしさを保てない程に、皿助は今、動揺の極致。
「……クソッ……!!」
皿助がそのまま蹲りかけた、その時だった。
「……あら? あらあらあら?」
のんびりとした雰囲気の女性の声が、背後から聞こえて来た。
「……?」
その声に、皿助は聞き覚えがある気がした。
しかし、中々記憶の照合が完了しない。誰の声だが、半ば思い出しつつはあるのだが、ズバリッと思い出せない。
それもそうだ。彼の記憶に【印象強く残っているその女性の声】は、こんなのほほんとした雰囲気では無い。
何せ、一度は生命のやり取りをした相手なのだから。照合するのに時間がかかるのも当然。
「…………あッ」
数秒の間を置いて、皿助はピィンッ!! と来た。
完全に思い出した。
この声は……
「幽子さんッ!?」
勢い良く振り返った先に立っていたのは、予想通りの人物。
黒ずくめの修道服に身を包んだ、シックな修道女のお姉さん。
半年前、皿助と晴華を殺して【仲間】にしようと目論んだ地縛霊・冷体井幽子。その人だ。
確かに皿助を殺そうとはしてきたものの、彼が示祈歪己を習得するキッカケを作り、前向き的な気持ちで結果的に言えば、間接的に晴華を天狗姫から守るのに協力してくれた的な人でもある。
皿助の記憶が正しければ、シン・ダイカッパーによって天高くへと吹っ飛ばされたはずだが……
「あらあらあら。やっぱり、皿助くんだったのね」
ほんわかした笑顔かつのんびりとした挙動で、幽子はふりふりと手を振っている。「やっほーおひさー」的なノリを感じる。圧倒的親戚のおばちゃん感。飴玉をくれそうだ。
「飴玉食べる?」
「あ、はい」
くれたッ。
笑顔で飴ちゃんを手渡してくるその姿に、半年前の邪気と狂気は皆無。
「ありがとうございます……あ、ハッカ味…って、えぇッ!?」
「あらあら、ハッカは嫌い?」
「そうじゃあないッ!! 俺が今『えぇッ!?』ってなったのは『好き嫌いが結構ハッキリ分かれるハッカ味を配り歩くのって結構ギャンブルじゃあないだろうかッ!?』と言うニュアンスではなくて……幽子さん!? 何故、ここにッ!? ……と言う驚きのニュアンスですッ!! ちなみに、俺はハッカ味は好きな方ですッ!!」
飴玉を胸ポケットに収めながら、皿助が疑問を叫ぶ。
「あらあら? 何を言ってるの? 貴方のおかげよ~?」
「俺の……?」
「あらあらあら…貴方が私をここまで吹っ飛ばしてくれたんじゃあない。忘れちゃったの?」
「!!」
あの時、皿助は、幽子を天国的な場所へと送るつもりで吹っ飛ばした。
地縛霊としての悲しい時間に終止符を打ち、新たな生を獲得して幸せになって欲しいと、切に願って。
どうやらその祈りの【想い】が通じて、幽子は【この場所】へ来たらしい。
来世への【転生】が叶う、【この場所】へ。
「ふふ……私、貴方には本当に感謝しているわ。あの時、貴方にド突き回されてから、私の思考はすごくクリアなの。地縛霊だった頃の陰鬱な気持ちなんてこれっぽちも残っていない、清々しい晴れやかな…そう、澄み渡る秋晴れの様な気持ちが常にこの胸中を満たしてくれている……きっと、貴方の誠実な張り手に乗った【想い】が、私の邪気や毒気の類を全部吹き飛ばしてくれたのね」
「お役に立てたのなら、光栄です……あんな荒っぽい手段しか取れなかった事、少し未熟恥じる気持ちではありますが……」
「あらあら。別に良いのよ。むしろあそこまでやってもらえるとスカッとするわ。もしかしたら私、生前は結構ハードなプレイとか好きな性癖だったのかもね」
うふふふ、と幽子はほんわかしたお花エフェクトが出そうな感じで微笑。
「それに、あの刺激のおかげか、ちょびっとだけ生前の記憶が戻ったのよ」
「マジですか……!? 俺の張り手にそんな効果まで……!?」
浄化するわ記憶は戻すわ、皿助の張り手には彼自身が思っている以上に良い感じの効能が詰まっている様だ。本場の温泉か。
「ええ、マジよ。本当にちょぴっとだけど……私が生前に示祈歪己を発現した時、【何を祈っていた】のか……それをハッキリと思い出せた。正しい自分の【願い】を思い出せたの……だからこそ、こうして【正常】に戻れたのかも知れないわね」
生前に抱いた強い願い。それはきっと、その人の人生の中でとても大きな意味を持つ事だ。
幽子はそれを取り戻せた。故に、生前はそうだったであろう穏やかな雰囲気が戻ってきたのだろう。
「さて、私の話はこれくらいにして……今度はこちらから聞かせて。何故、皿助くんがここにいるの? 貴方、まだまだ若いでしょうに。死を知る様な歳じゃあないはずよ」
「……それは……」
…………皿助は、幽子に全てを話して聞かせた。
堕撫尤の事。パン・ドーラーとの決戦。そしてその結果。
細かく話すと割と長くなるので、所々端折って。
「……と言う訳、なんです……」
「………………………………」
「……幽子さん、こんな相談を持ちかけられても困るだけかも知れませんが……この状況、どうにかする手立てはありませんか……!? もう俺一人にできる範囲では袋小路……!! どんな些細な事でも良い……知恵を貸してください……!! 俺はまだ、死ぬ訳には……どうにかしなければ……!!」
「うん? まぁ普通にどうにかできると思うわよ? その話通りなら」
「………………………………へ……?」
皿助が全く予期していなかった回答が、幽子の口から放たれた。
「皿助くんは、【機装纏鎧を起動した状態で一刀両断にされた】。そこから記憶が無い。つまり、それが【死因】な訳でしょ?」
「は、はぁ……まぁ……」
一刀両断にされりゃあ、そりゃあ死ぬだろう。
「よく考えてみて。機装纏鎧は【起動状態に受けたダメージの感覚的フィードバックはあっても、物理的フィードバックは完全にカットアウトされている】はずでしょう?」
「! それは確かにそうですが……」
そう、例えダイカッパーの四肢を引き千切られたとしても、皿助の身体に反映されるのは、その時に感じる【痛覚】だけ。物理的な【四肢の欠損】と言うダメージは、皿助の身体には残らない。ダイカッパーを解除すれば、皿助は五体満足に戻る。
ダイカッパーが一刀両断されたって、皿助自身が一刀両断される事はないのだ。あくまで、皿助はその【痛み】を感じるだけである。
「つまり、貴方の【死因】はズバリ【ショック死】」
「【ショック死】……!!」
「そう、それも【外傷性ショック死】や【出血性ショック死】、【アレルギー性ショック死】とは違う、【感覚的ショック死】。つまり【身体的にはまだ生存余地が残っている状態だけど、脳が「あ、もうこれ死んだわ俺」と勘違いを起こし、その結果、身体が霊魂を手放してしまった状態】よ」
即ち、皿助の脳は【ダイカッパーが一刀両断された痛み】を感じ、「これは死んだぜ」と思い込み、霊魂を体外に吐き出してしまったと言う事だ。
そうやって死んで、皿助は今ここにいる。
「……あの……なんにせよ、死んだ事には変わり無いのでは……?」
原因がどうあれ、結果は結果だ。
例え話になるが……例えば、朝起きたら火の海に包まれていたとして、だ。【その危機的状況に至った経緯】を解明したとしても、それは【危機的状況の中から安全地帯へワープするトリガー】になる訳ではない。
周囲が火の海になった理由がわかろうがわかるまいが、火の海の中心に自分がいて、絶体絶命ピンチ過ぎると言う話は何も変わらない。
「まぁ、【普通の死因】なら何が原因だろうと大差無いでしょうけど……殊、【感覚的ショック死】に関しては、事情が変わってくるわ」
「それは何故に……?」
「良い? 【感覚的ショック死】はね、【死ぬべくして死んでいる状態】ではないの。【死んだと言う思い込み】から【死んだのと同じ生理反応が起きてしまった状態】なの」
「…………?」
「すごく簡単に言うと、脳がちょっとお茶目さんしちゃっただけで、【貴方の身体はまだ、生命活動を充分に維持できる水準にある】と言う事」
皿助は首がもげたり、心臓を抉られて死んだ訳ではない。
あくまで、【死んだ】と脳が勘違いして、【死んだ時と同じ様な生理反応】を起こし、霊魂を放出したに過ぎない。
「要するに、【貴方の身体】は【貴方の霊魂を戻して】、どうにかして【心臓を再稼働させる事ができれば】、また【生命活動を再開する事ができる】と言う事よ」
「ッ!! それは即ち……!!」
「そう。貴方にはまだ、【甦る可能性】が残されているの」
「!!!!」
一筋の光明。暗雲を吹き飛ばし、希望の光を差し込ませる理論。
「つまり、俺は、現世に戻って身体に入れば……甦る事ができると言う事ですね!?」
「いいえ。違うけど」
幽子の壮絶な掌返しに、皿助はズッコォーッ!! と派手にすっ転んでしまう。
「ゆ…ゆ、幽子さん……?」
「あらあらあら、漫画みたいなリアクションね。うふふ」
「笑い事ではないのですが!? え!? さっきまでの話は丸々と嘘だったと言う事ですか!?」
「いいえ。違うわ。勘違いしちゃあダメよ、私が今さっき否定したのは……【それだけじゃあ不充分】って事」
「!」
「さっき、言ったでしょう? 貴方が甦る方法……貴方の霊魂を戻して…【どうにか心臓を再稼働させる事ができれば】……って」
感覚的ショック死は、死後まもなくであれば【素人の心臓マッサージでも心肺蘇生が可能であった】と言う例がいくつも実在している。
……そう、それは裏を返すと、【素人技だとしても、感覚的ショック死からの心肺蘇生には、心臓マッサージが必要】なのだ。
「きっと、今、現世で貴方の身体はダイカッパーを維持できなくなり、川の水底に生身で転がっているはずよ。その身体に心臓マッサージと人工呼吸で蘇生処置を施さなきゃあ、貴方の霊魂が身体に戻っても、生命活動は再開されない」
心臓の鼓動が生み出すエネルギーは、言うなれば霊魂と身体の【接着剤】なのだ。
心臓さえ動けば、霊魂は身体に定着する事ができる。しかし、心臓が止まっていたら、霊魂は身体をすり抜けるだけ。
霊魂が身体に戻れば心臓が動き出す……否、心臓が動いているからこそ、霊魂が身体に戻る事ができるのだッ!!
「ならば、さっさと戻ってその処置を……あ……」
……そうだ。
皿助は、今、ただの一幽霊。
ただの幽霊は【現世の物体に干渉する事ができない】。
「そんなッ……そんな殺生な話がッ……!!」
即ち、【現世にある皿助の身体】と言う物体に干渉する事は、できない。心臓に刺激を与えるなど、不可能。
せっかく見えた希望は、早々に萎んで……
「じゃあ、さっさと戻りましょうか。現世」
「…………え? でも……戻った所で、俺は、俺の身体に触れる事は……」
「ええ。そうね。【貴方には】、何もできないわ」
「では、戻った所でどうなると……ん? 貴方……【には】?」
「そう、【貴方には、何もできない】」
「……!! ま、まさか……」
「あらあら、気付いた?」
日溜まりの様に暖かな笑顔で、幽子は静かに、その手を差し出した。
「【私】が、貴方の【手】になってあげるわ」
冷体井幽子は、【地縛霊】である。
負の感情を蓄積し続け、【現世の理に干渉できる程に歪んでしまった存在】。所謂【怨霊】。
多少浄化されたとは言え、その存在は揺るがない。一度化学反応を起こした物質が反応前の状態には決して戻らないのと一緒。
浄化されようと、【怨霊】は【怨霊】。せいぜい【微笑ましい怨霊】になる程度なのだ。
つまり、幽子は現世の物体に干渉できる。
皿助の遺体に触れ、心臓マッサージ及び人工呼吸を行う事が可能ッ!!
「し、しかし……それでは幽子さんも現世に戻る事になるッ!! 先程、ワタルと言う人物が言っていた……【ここ】に来れるのは【幸運な事】だと…!! それはつまり……」
一度現世に戻れば、また【ここ】に戻って来れる保証は、無い。
来世への転生が叶う【この場所】に、もう戻って来れなくなるかも知れない。
皿助に憑いて行けば、幽子は、転生の機会を失ってしまう事になるッ!!
また【怨霊】として、現世に留まる事になってしまうッ!!
「あらあら……別に良いのよ。私、転生しようかどうか……すごく迷っていた所だから。だって現世に【未練】があるんだもの」
「未練……?」
幽子は生前の記憶がほとんど残っていないはずだのに……?
「ええ。【貴方への恩返し】よ」
「ッ!?」
「さっき、言ったでしょう? 私はね…貴方に、すごく【感謝】しているの。貴方が、私を私に戻してくれた。淋しさに狂い泣き、本当に狂ってしまった私を、貴方がその張り手で目覚めさせ、救ってくれた」
もし、皿助に救われなければ、幽子はあの場所で、永遠に淋しさと狂気を叫び続けていただろう。
「貴方は私の前途を切に祈ってくれた…そうして送り出してくれた……貴方の意思を汲むのなら、転生して、新たな生を全うすべきなのかも知れないとも考えた。でもね……それじゃあ、どうにも気が収まらない感じがしていたの、ずっと。後悔してしまう気がしていた。後悔を来世に持ち越してしまうんじゃあないかって、ずっと不安だったの」
だから半年も前に【この場所】に辿り着いていながら、幽子はずっと迷っていた。
だが、今まさに。その迷いを吹き飛ばす出来事が起きた。決断するに迷う必要が無い程に、状況が変わった。
「皿助くん。ここは【私のため】に、【恩返し】をさせて頂戴。転生の機会は……またいずれ、訪れるかも知れない。そうでしょう? だって、幸運にさえ恵まれれば、ここに戻ってくる事はできるのだから。でも、貴方がここで死んでしまったら、もう貴方に恩を返す機会は永遠に訪れない……!!」
「……!!」
「それに、ただ戻るだけではないわ……本来の【祈り】を思い出した私の示祈歪己【魂合隣抱良迩】……そして、地縛霊の時に得た示祈歪己【魂乞淋堕拉迩】……この二つの示祈歪己と、貴方の力を合わせれば……倒せない敵なんていない。きっと、そのパン・ドーラーにも勝てる。私に【考え】があるわ」
「なっ……二つの示祈歪己を使えるんですか……!? すごい!!」
「ええ。今の私はすごくパワフルよ。すごいの。もうすっごいの。……だから、お願い。【恩返し】として……私を貴方の【守護霊】にして欲しい」
「守護霊……!!」
「貴方を守る【盾】に、私がなる。それが私の【恩返し】……受けてくれる? 私のために……私が後悔せずにいられるために」
幽子が、差し出していたその手を、皿助の前に更に突き出した。
この手を取るんだ、さぁ。と主張する様に。
「ッ……!!」
昔から、「情けは人の為にあらず」と言う。
善意は必ず巡り帰る。綺麗な感情は、伝播を止めない。
そうして、世界は少しずつ素敵な方向へと進んでいく。
「……その【恩返し】……有り難く、受けさせていただきますッ!!」
有り難く、そして力強くッ!!
皿助はしっかりと、幽子の手を掴んだッ!!
「あらあら、死人とは思えないパワフルさ……じゃあ、行きましょうか。皿助くん」
「はいッ!! よろしくお願いします……幽子さんッ!!」
さぁ、反撃開始だ。
◆
現世、燃乃望塊川の河川敷。
そこには、一四枚の虹色巨翼を広げる女性型の巨人……大天使パン・ドーラーが静かに佇んでいた。
『……さて……』
大天使パン・ドーラーは目を細め、穏やかな川の水面を眺めている。
すごく穏やかだ。朝日を受けて煌くその大河は、今の所子共が安全に泳げる程度の流力しかない。
穏やか。非常に穏やかな水面。
『…………いや、おかしくない?』
不意に、大天使パン・ドーラーの頬を伝った汗。
どう言う訳か、焦っている。大天使パン・ドーラーは今、すごく焦っている。
『ノリで【さようなら。可愛い坊や】とか言ったけど……いやいやいや……おかしい。おかしいって。ここで彼が死んじゃったら、ワタクシ達の【真の目的】が……いや、でもバレネッタの【予言】が外れる訳ないし……』
バレネッタの【予言】通りなら、何をしたって【皿助はここで死ぬはずがない】。
それがわかり切っていたからこそ、大天使パン・ドーラーは渾身ノリノリ全力で皿助を攻撃した。
だのに、その攻撃を受けて川に落ちた皿助は、未だに川の中から戻って来ない。
そして、大天使パン・ドーラーの【匣】は、彼の生命反応を見失った。
『…………や、ヤバくない!? これワタクシもしかしてヤっちゃった!? き、救助ッ!! なんとしても救…、……!!』
大天使パン・ドーラーが翼を畳み、川へ飛び込もうとした、まさにその時。
『!!』
大天使パン・ドーラーの優れた高次元的直感が、川の中で【凄まじいエネルギーが弾けた】のを感じ取った。
その刹那ッ。
川の水面が、大爆発を起こすッ!!
ズッパァァァァアアアアアンッッッ!! と言う豪快な破裂音と共に、天高くを流れていた雲を吹き飛ばす程の高さにまで、水柱が上がった。
巻き上げられた水柱が、雨の様に河川敷へと降り注ぐ。
水柱が重力に負けて降り始めた雨の中、大天使パン・ドーラーの山吹色の瞳は、確かに見た。
青空へと舞い上がった【緑色の輝き】を、確かにその目で捉えたッ!!
『……ふ、ふふ……どうやったのか知らないけど……やっぱり、流石ねぇん。……【チュラカワ・ベースケ】!!』
『お褒めに与り、光栄至極だなッ!!』
世界を貫く様な、強い芯のある声。
緑色の煌きを纏った巨体が、河川敷へ、ズドンッ!! と落下着陸ッ!!
河川敷に巨大なクレーターを刻み付けたその巨体が、ゆっくりと立ち上がる。
その緑鋼の装甲、まるでゴリラの様に分厚いシルエット。
間違い無くその姿は……
『ぬぅんッ!! お前を倒すために復活したぞ、パン・ドーラーッ!!』
ダイカッパーッ!!
皿助が変身した河童族の特機、ダイカッパーッ!!
久々に漢字で表記すると大威禍破安ッ!!
だがしかし、だがしかしけれどもだけどッ!!
このダイカッパー、形状こそ変わっていないが……明らかに今までのダイカッパーとは【違う点】があるッ!!
『復活した……のは良いけど、なんかぁ……すっごく…大きくなってない?』
そう、ダイカッパーは本来、二〇メートル級ッ。
大天使パン・ドーラーの翼を抜きにした人型部分とほぼほぼ同じくらいの全高だったはずッ。
だのに今ッ、河川敷に舞い降りたダイカッパーは……デカいッ!! 確実に大きくなっているッ!! 大雑把目算でも三〇メートル級はあるッ!! 巨大化してるッ!! 何でッ!?
『当然だ……今、俺が…いや【俺達】が変身しているこの機体はッ!! 【ただのダイカッパー】ではないからなッ!!』
『俺…【達】ですって?』
『その通りよ』
『!!』
大天使パン・ドーラーの声に応えたのは、女性の声ッ!!
明らかに皿助の声ではないが、その声は確かにダイカッパーの中から響いたッ!!
『自己紹介するわね、パン・ドーラーさん。私は冷体井幽子ッ!! 本日付けで皿助くんの【守護霊】になった元エクソシストな元陰陽師の元地縛霊よッ!!』
『守護霊……!? 元エクソシストの…え? なんて?』
『元エクソシストな元陰陽師の元地縛霊ッ!! そして今ッ。私は【生前の頃に発現した示祈歪己】を使って、皿助くんと【融合】しているのよッ!!』
冷体井幽子、生前の示祈歪己【魂合隣抱良迩】。
地縛霊になった後に発現した【魂乞淋堕拉迩】は、【淋しいから仲間を増やすため】に【生者を囲んで逃がさず殺す事に特化した示祈歪己】だった。
しかし、【魂合隣抱良迩】は違う。【魂合隣抱良迩】は、【仲間が死んでしまうと淋しいから、仲間を守るため】に発現した示祈歪己なのだッ!!
その【効能】は、端的に言うと【全能力強化】ッ!!
自らの魂を仲間の身体に溶け込ませて【融合】させ、【精神力と思考力の共有】と【自らの身体的ポテンシャルを相手に上乗せ】する事ができる示祈歪己であるッ!!
つまり、今、皿助は二人分の精神力・思考力を保有し、二人分の身体能力を手に入れた。
ここで重要なのは【精神力】。
機装纏鎧のエネルギー源は、【気合】だ。
この【気合】と言う物は、生命体の中枢【丹田】で精製されている訳だが……その精製能力は、精神力に大きく依存している。
今までのダイカッパーは、皿助一人分の精神力に起因する【気合】で形成され、稼働していた。
そこに、今は幽子の精神力も加わった。
バッテリー的なモノの容量と出力が増えたのだ。
当然、パワーアップしない訳がない。
『言うなればッ!! 今のダイカッパーは……【ダイカッパー・魂合実現】だッ!!』
『成程……どこから引っ張ってきたか知らないけれどぉ……そのツメタイ・ユーコと言う女性と魂的に融合する事で、機装纏鎧を強化した訳ねぇん……』
『『その通りだッ!!』』
河童の力を借りた男子高校生と、エクソシストから陰陽師に転向した後に地縛霊となりそこから今度は守護霊に転向したシスター。
異色のタッグが一つの身体を駆り、今、大天使パン・ドーラーと対峙するッ!!
『さぁ、覚悟してもらうわよ……』『俺が…俺達が、これから……』
『『お前を、ブッッッ倒すッ!!』』




