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ダイカッパーは流れない  作者: 須方三城
第二部 禁忌超越
26/65

25,首魁決戦。開けたくないのに開けちゃう、禁断の匣ッ!!

 時刻は一〇時を少々オーバーした頃。

 燃乃望塊川もののけがわの河川敷にて、逞しき学ラン男子高校生、美川ちゅらかわ皿助べいすけは疲れていた。


 ズボンが汚れる事に気を使う余裕の無い様子で両膝を着き、肩で息をしているのだ。どう考えても疲れているだろう、これは。

 逆にこのザマで「疲れてない」とか言い出したら「無理すんなボケェ」と殴り飛ばされて布団にブチ込まれても文句は言えない。


「ッ……流石に……【疲れ】が出ているな……俺は……!!」


 安心。皿助は素直な子だった。


 まぁ、しょうがないにも程があるだろう。

 何せ昨日の夕方に杷木蕗はきふきとこの河川敷で戦ってから、数時間置きに戦いの連続だった。


 昨日の夕に杷木蕗、夜にバレネッタ、今朝八時半くらいにエデンリン、そして今まさにズレェタと戦い、どうにか打ち勝った所。

 弾丸日程にも程がある。学生相撲の大会並に過酷タイムスケジュールだ。いや、マジであれ、一回戦から決勝まで最悪その日中に消化するとか狂ってるって。大会運営は土俵から転げ落ちて両手首足首を捻挫してしまえばいい。


「少々、無茶が過ぎたか……!!」


 スケジュールが過酷だったのもそうだが、ついさっきのズレェタ戦で無茶をしたのも堪えている。

 示祈歪己シキガミの重ね掛けがこんなに身体にクるものとは……


 皿助は今、両手の感覚がほとんどない。

 示祈歪己シキガミ二回分のパワーをその手の内に圧縮して振り回したんだ。そりゃあすごく負荷が残るのも当然。


「まさか……このまま二度と手の感覚が正常に戻らないなんて言うヘビィな展開は……」

(無いぞ。数分程で正常に回復するはずだ)


 皿助の中の示祈歪己シキガミ担当【マカ】がそう言うのだから間違い無いだろう。杞憂で何より。


(若いのは良い事だが……少々逸り過ぎなきらいが目に余るぞ、君は。君の中でしか存在できない俺の事も少しは考えてくれ。退屈しなさ過ぎて疲れるわ。もっと安穏としていたいぞ。そうだな……例えるなら、植物の様な穏やかな心でいたい……)


 バリバリ戦闘向き超常現象を司る存在の発言とは思えない。皿助の精神世界には鏡が存在しないのだろうか。


「すまない、マカ…………だが、もうすぐ終わるはずだ……!!」


 そう、皿助はもう自身が【終わり】に近付いていると言う感覚を掴んでいた。


 何せ、もう残す堕撫尤タブーはあと一体、当初からの標的、パン・ドーラーのみ。

 パン・ドーラーを倒して晴華パカを解放し、どんな手段を使ってでも【運命】を捻じ曲げて【堕撫尤タブーの真の目的】とやらの達成を阻止できれば、それで今抱えている案件は全解決ッ。


 トンデモない弾丸日程ではあったが……おかげで、こんなにも早く辿り着く事ができた。


 今、皿助は堕撫尤タブーを土俵際にまで追い詰めているのだ。

 まさしく、もうひと踏ん張りッ!!


「そうねぇん……確かにもうすぐ……もうすぐ【全部】終わるわぁん」

「!!」


 不意に響いた声ッ!!

 それは、ねっとりと鼓膜に絡みつく様な、艶かしく色っぽい…【夜の街を裏で支配している系】っぽい女性を彷彿とさせるグラマラス声ッ!!

 至極端的に表すならば【ちょっと性的エッチ女帝おねえさん】ッ!! そんな感じッ!!


「ッ……男児ならばおそらく誰もが【耳元で優しく色々囁いて欲しい】と言う願望に駆られてしまいそうな素敵な声……まさか、この声の主が……!!」


 一体どこだ、どこから聞こえるんだこの声は。

 皿助はガバッと立ち上がると、必死に声の出処をキョロキョロと探し始めた。


 しかし……


「くッ……全然見当たらない……!! 全くの全然ッ……一体どこにいるんだ、この声の主はッ!?」

「ふふ……【灯台の下】はすごく暗いとはよく言うものねぇん……」


 クスクスウフフ……と、まるで初心な必死男児を嘲笑する様なお姉さん嗤いが響くッ!!


「【灯台の下】だと……!? 何の暗示だ……!?」

(ッ、下だッ!! 下を見るんだッ!!)

「!! そうか、【灯台の下】とは【俺の下】と言う事かッ!!」


 マカの指摘を受けて気付いた皿助。急いで下を見る。

 するとそこには……


「ッ!! こ、この【はこ】はァーッ!?」


 皿助の足元には、一つの【匣】が転がっていた。

 まるで掌サイズのガラスの容器に虹を詰め込んだ様な……そんな綺麗な【匣】だ。


 皿助はこの【匣】を知っているッ!!

 何せ、昨夜、見たばかりッ!!


 この【匣】は……バレネッタがくれた【晴華が封じられている匣】と全く同一規格同一色の代物だッ!!


 今、あの【匣】は丹小又にこまたに預けているため、見比べて確認する事はできない……だが、皿助の確かな記憶力が確信している。絶対同じ物だッ!!


「な、何故ッ!! 何故ここに【晴華ちゃんが封じられている匣】が……!? ぐッ……」


 急いで拾い上げようとしたが、皿助の腕は動かない。

 そう言えばそうだった。今は腕が使えないんだった。


「うふふ……あらやだぁ……少し、勘違いをしている様子ねぇん」

「ぬッ……!?」


 間違い無いッ!!

 素敵なお姉さんボイスは今、足元の虹色の【匣】から発せられたッ!!


「な、何……!? まさか、サイズも色合いも同じだが……晴華ちゃんの【匣】ではないッ!?」

「その通りよぉん……まぁ、【ワタクシが超越権によって精製する匣】は、どれも正確無比に同一規格同一色……見間違うのは無理も無いわぁん」

「!! ……今、言ったな……その【匣】は、【自分が超越権で造り出した匣】であるとッ!!」


 それはつまり、この声の主が、晴華の封じられた【匣】を造った者ッ!!

 即ち、晴華を【匣】に封じ込めた者ッ!!


「【確信】を得た様ねぇん……そうよぉ……ワタクシこそが……貴方が熱烈に探し求めていた堕撫尤タブーの【首魁】……パン・ドーラー」


 シンプルな自己紹介の直後ッ!!

 皿助の足元で、【匣】の上辺がパカッと開いたッ!!


 瞬間ッ!! 【匣】の中から、虹色の眩い閃光が炸裂ッ!!

 めっちゃ眩しいッ!! 瞼だけでは防ぎ切れない刺激ッ!!


「くッ……目に良くない感じの光ッ!!」


 皿助はすごく腕で目を庇いたかったが、残念な事に今、彼の腕は休止中。

 仕方無いので、バックステップで発光から距離を取る。


「ふふ……距離を取ったのは正しいわぁ……賢い坊やだと褒めて、あ・げ・る」


 溢れ出した虹を切り裂いて、その麗人は一歩、河川敷へと踏み出した。


 地に擦れそうな程に長い黒髪の色合いはまるでブラックダイアモンド、瞳はブラックパールと見間違う美しき黒。ピンセットか菜箸の代わりにも使えそうな程に異様に伸ばされた両手の爪も、高価な漆器の様な漆色でまんべんなく黒塗りされている。

 だが、それらとは対照的に、麗人の肌は雪に紛れる兎の様に白く、身に纏っている長衣ローブも純白のシルクで仕立てられていた。


 この黒と白のコントラストを活かしてシックに決めた麗人こそが、皿助が昨晩から必死に探し求めていた存在。


 堕撫尤タブー首魁、パン・ドーラー。


「【バレネッタの話】を聞いて、正味、貴方には少々ビビって…じゃあなくて、貴方には少々警戒していたけれど……中々どうして、実際見てみると実直そうな可愛い好青年じゃあない……ひとまず、見た目は好みよぉん。可愛がってあげたくなっちゃうくらい」


 パン・ドーラーは大人の女の余裕をたっぷりに含ませた笑顔を浮かべ、皿助を値踏みする様に眺めている。


「ッ……あの【匣】の中に入っていたのか……!! 晴華ちゃんを封じ込めたと言う話からして……【匣の中に生命体を閉じ込める】のがお前の超越権かッ!?」

「やぁん……賢いと褒めてあげた矢先…雑な分析ねぇん……ワタクシの【匣】は、そんなナマっちょろい代物ではないわよぉ?」

「何……!?」

「まぁ、言葉で聞くより、実際に味わった方がすごく早い。世の中そう言うものよ……さぁ、堕撫尤タブーに抗う愚昧ぐまいで可愛らしい抵抗者レジスタンスの坊や……お姉さん(ワタクシ)が可愛がってあげましょう」


 それだけ言って、パン・ドーラーは静かに手をもたげた。その掌の直線上に皿助を捉える。


「超越権、執行。【奇忌開匣(パララ・ダイス)】」


 スポンッ! と何か詰まっていた物が景気良く取れた様な効果音の後、パン・ドーラーが皿助へ向けた掌から、【匣】が飛び出した。虹色の【匣】…晴華を閉じ込め、パン・ドーラーが収まっていた物と同じ物だ。


 パン・ドーラーの手から放たれた【匣】は、矢の様な速度で皿助へと飛んでいくッ!!


「【匣】を飛ばして来たッ!? まさか、物理的攻撃かッ!?」

「そんな訳、無いでしょう? ワタクシはそんな脳みそ筋肉タイプではないわ。まず、軽く説明してあげる。その【匣】は【奇忌開匣(パララ・ダイス)】…【開けた者に様々な不思議をもたらす匣を創造する権利】によって生み出された【匣】よ」

「ッ!!」


 つまり、この【匣】を開けると、開けた者に【様々な不思議】が襲いかかると言う事かッ!!

 おそらく、晴華はこの【匣】を素直に開けてしまい、【匣の中に閉じ込められる】と言う【不思議】を齎されてしまったのだろう。


「ぬかったな、パン・ドーラーッ!! そんな【説明】をされて、素直にこの匣を開ける者がいるとでも思っているのかッ!? 少なくとも俺は開けないぞッ!! こう言っては難だが、少々マヌケの様だなッ!! 直した方が良いと思うぞッ!!」


 大体、開けたくても腕が動かないから無理だがなッ!! と皿助は自信満々に叫び、飛来する【匣】を回避すべく行動しようとした。

 ここは腕が動く様になるまでひたすら回避に徹してやろうと言う算段ッ!!


 ……だが、


「ふふふ……おマヌケさんはどちらかしらね……」


 パン・ドーラーは、不敵に笑った。


「そう、貴方の言う通り……そんな【説明】をされたら、【その匣を開けたいと思う者】は【絶対にいない】……【だから説明した】のよ、おマヌケ坊や」


 こんな匣、開けてたまるか。


 そう思わせる事こそが、パン・ドーラーの狙い。その理由は至極簡単。


 そう思わせる事で、彼女の【コンボ】が完成するからだ。


「【第二超越権】、執行。【欲望反転(アケルナ=マエフリ)】」

「何ッ!?」


 瞬間、【匣】を躱すべく跳ぶ準備に入っていた皿助の足が、止まってしまった。


 何故かはさっぱりわからない。だが、とにかく、皿助は今、無性に……


「ぐ、ぐぅ!? な、何故だッ!? 俺は今……【あの匣を開けたくてしょうがない】……ッ!?」


 それはまるで、本能的願望。


 お腹が空いたらご飯を食べたくなる様に。

 疲労が溜まるとすごく眠りたくなる様に。

 興奮したらエッチな事がしたくなる様に。


 この【匣】を開けたくないと思っていたら、すごくこの【匣】を開けたくなってきたッ!!


「ねぇ……ワタクシは、堕撫尤タブーの【首魁】よ? 言わば、部下達をまとめる部長的存在。そんなワタクシが受肉体状態で行使できる超越権が、部下達と同じで【一つだけ】……本当に、そんな事があると思う?」

「ッ、ま、まさか……!!」

「そうよ……ワタクシの受肉体は、【首魁特別仕様】。この状態でも、【二つの超越権をどうにか行使できる】のよぉん」


 今までの堕撫尤タブーとは一味違う……これが首魁ッ!!


 そして、パン・ドーラーが今、皿助へ行使した二つ目の超越権は……


「【欲望反転(アケルナ=マエフリ)】。【してはいけない】【やってはダメだ】【やめた方がいい】……そんな禁忌的に思える行為を、【とても実行したい気分にさせる】……精神を真逆に書き換え、偽りの欲望を根深く植え付ける。退廃的で背徳的な気分にさせちゃう……そう言う超越権よぉん。そして、低次元生命体は【欲望】に逆らう事ができない。特に坊やの様な未熟可愛い子は我慢弱い……もう貴方は、その【匣】から逃げる事は…いいえ、逃げたいなんて思う事は、無い」


 パン・ドーラーの説明が終わるのと同時、放たれた【匣】が、皿助の目の前でピタァッと静止したッ!!


「ぐッ……!?」


 開けたい、この【匣】を、すごく開けたいッ!! ハァハァッ!! 開けたいッ!!

 三日間の断食の後、大好物のキュウリの浅漬けを山盛り目の前に出された様な、そんな【たまらない】気持ちが皿助を駆り立てるッ!!


 これがパン・ドーラーの第二超越権【欲望反転(アケルナ=マエフリ)】ッ!! とんでもなく強力でえげつないッ!!


 だが、皿助の腕は今、一時的に感覚が死んでいる。どんなに【匣】を開けたくとも、腕が動かないのでは、開け様が……


「ッ、な、何ィーーーッ!?」


 皿助が突然、驚愕の大声を上げた。


 そりゃあそうだ。

 今、彼はとても信じられない光景を目の当たりにしているのだから。


 腕が、動いている。

 皿助の腕が、感覚の断絶した腕が、プルプルプルプルと必死に震えながら、動いているッ!!


「身体と言うのは、限界を越えても割と動く物よ……【精神力】次第ではね。貴方みたいな実直な子なら、経験があるじゃあない? もう身体はとっくに限界を迎えていても……【大切な誰かを守りたい・救いたい】……そんな【欲望】で心を燃やし、限界をとうに越えた身体を動かせた事が」

「ッ!!」


 すごく、すごく心当たりがあるッ!!


 つまり、今、皿助は……【限界を越えた腕】を、【匣を開けたいと言う強い欲望おもいの力】で【無意識に動かしてしまっている】のだッ!!


「そんな……そこまで本気で【開けたい気持ち】にさせられていると言うのか……!? こ、こんなの……圧倒的反則だッ……!!」


 ダメだ。開けてはダメだ。

 そう思えば思う程、パン・ドーラーの超越権は、より深く皿助の精神を侵食する。

 皿助の「ダメだ」と言う心の声を「いいぞもっとやれ」に片っ端から変換していく。


「う、うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおーーーッ!?」


 抵抗の叫びは虚しく響くだけ。


 皿助の指は、彼の意識をも超越した本能的欲望に駆られ、【匣】の上辺…蓋を、開けてしまった。


 瞬間、【匣】の内に閉じ込められていた虹色の光が、解放される。

 光と共に中から飛び出して来たのは……赤くて丸い、巨大な物体。ボクシング競技で使われる、グローブだ。

 巨大な赤いボクシンググローブが、虹色の光の中から皿助へ向かって飛び出して来たッ!!


「な、何ィーーーッ!? ぐ、ぐべぁッ!?」


 皿助の腕は【匣】を開けた時点でまた休止状態に戻っており、まともな防御は不可能。


 巨大なボクシンググローブの突進を、皿助は身体の前面でモロに受け止めてしまう形になったッ!! これは痛いッ!!


「ッ、が、ぁ……!!」


 河川敷の草原を、皿助の身体がゴロンゴロンと無様に転がっていく。

 身体が止まっても、余りのダメージに皿助は上体を起こす事すらままならない。


 皿助の口の端から血の筋が伝っていく。口の中を切った……だけではない。この量は、吐血……!! 臓器系に甚大なダメージが入った証拠ッ……!!

 そりゃあそうだ。全身を正面からぶっ叩かれたのだから、腹の中身を軽くシェイクされていても何も不思議は無い。


「ぐはッ……い、痛い……【匣】の中から……巨大な、拳が……!!」

「【匣を開けたら、どこからともなく現れた巨大な拳に殴られる不思議】……まぁ、割と軽めの攻撃的不思議を引いたわねぇん。運は良し良し……」


 パン・ドーラーが感心する様につぶやく中、役目を果たしたボクシンググローブが虹色の光の粒子となって散っていく。


「ぐ、な、何だと……い、今ので、【軽い】……だと……!?」

「ええ。さぁ……次は、【何】が出るかしらぁん?」


 お昼のサイコロふりふりおじさんの様な楽し気な笑顔を浮かべ、パン・ドーラーがその手の照準を倒れ伏す皿助へと合わせ直す。


「【奇忌開匣(パララ・ダイス)】」


 そして無情にも、その掌から新たな【匣】が皿助へ向けて放たれたッ!!


「そして……【欲望反転(アケルナ=マエフリ)】」


 同時に、「開けたくない」と言う願望を「開けたい」と言う欲望に反転させてしまう凶悪な超越権も発動。

 このまま行けば、先程の再現ッ!! デジャブ的な光景が巻き起こるだけッ!!


「ぐ、ぅぅぅぅぅううう……!!」


 痛みに悶える皿助に構わず、皿助の身体は【匣を開けたい欲望】に駆られて勝手に立ち上がってしまうッ!!

 悔しいけど、身体はいつだって欲望に正直ッ!! 例えそれが他者から押し付けられた偽り的仮初の願望であってもッ!! 身体は意思に反して反応してしまうッ!!


「人間の……生理……!! 拒絶はできない……するつもりも毛頭無いッ!!」


 実にピンチ。だが、皿助は無理矢理に胸を張った。

 バレネッタの時にも言った。どんな事があろうと、美川の人間ならば、仁王立ちで在るべきだとッ!!


 人間らしさを拒絶せず、人間らしさに支配もされず、人間らしさを超越していけ。

 それくらいの気概がなければ、美川の家に生まれた重責には耐えられない。


「ふふ……イキがるじゃあないの……生意気で可愛らしいわ。でも、具体的にどうするつもりかしらぁん?」

「【こうする】んだッ!! うぉぉぉぉおおッ!! これが俺にできる、【この匣の攻略法】だァーーーッ!!」


 からかい嘲笑するパン・ドーラーに啖呵を切り、皿助は上へと跳んだ。高く高く、とても高く跳んだ。


「どこへ逃げても無駄よぉん」


 皿助の動きに追従する様に、【匣】の軌道もグイィンと急上昇ッ!! 更に加速し、一気に滞空する皿助の足元にまで迫るッ!!


「その【匣】のホーミングは半永続的……貴方はもう、その【匣】を開ける以外の選択肢は持ち合わせていな…」

「いいやッ!! 俺は、【開けない】ッ!!」


 その両腕が意思に反して【匣】に伸びようとした刹那。

 皿助は、自らの意思で、思いっきり、【足】を振るった。


「!!」

「【蹴り】は暴力的だから、好きじゃあないがッ!!」


 相手は無生物。ならばまぁ良し。

 と言う訳で、皿助は空中で【匣】を、思い切り蹴り付けたッ!!

 当然、その足には破壊力を増強する波動【豪鋼破断の(アイアンガイスト・)波動疾走オーバードライブ】をすごくいっぱい纏わせてあるッ!!


 この威力で壊れてくれッ!!


 祈る様な気持ちで、皿助は【匣】を蹴ったッ!!


 バキャッンッ。


 祈りが届いたのか、【匣】はガラスが砕け散る様な音を伴って、潰れたッ!!


「……よしッ!!」


 上手くいったぞッ!! と喜ぼうとした皿助……


「……本当、いちいち可愛らしいリアクションをするわねぇん」


 そんな皿助を、パン・ドーラーが、嗤った。


「ぬッ……!?」


 不意に、皿助が蹴り潰した【匣】から、虹色の閃光が溢れ出した。


「【開ける】…と言うのは、あくまで、わかりやすい言い方をしていただけに過ぎないわ……ワタクシの【匣】はねぇ……【開けよう】が【潰そう】が……とにかく【匣の中身を外に出した相手に不思議を齎す】のよぉん」

「そ、そんな……!!」


 せっかくの思いで見つけた攻略法は、何の攻略にもなっていなかった。


 そんな絶望を味わう皿助に、虹色の光の中から現れた【青白い雷撃】が襲いかかるッ!!


「ぐぐぁぁぁぁぁぁぁあああッ!? ぐあああああああああああああああああああああああああッ!? し、痺れるッ……!? ぐ、あ、ぁああああッ……!!」


 全身に強烈な雷撃を浴び、皿助は白目を剥いて脳天から真っ逆さまに河川敷の草原へと落下。

 最早、その四肢は雷撃の余韻でビクンビクンと震えるばかり。


「ふふ……まだ呼吸音も、心臓の鼓動も聞こえる……生きているのねぇ。今のは【雷】の数倍の電流と電圧があったはずだけど……流石と言った所かしらぁん?」

「ぎ、ぁ、……ぐ……お、俺は……こんな……所で……死ぬ訳には……いかない……からな……!!」


 白目を剥いたまま……皿助は、【手を着いて】、上体を起こしたッ!!

 今の雷撃が、運良く電気治療的な恩恵を腕に齎したのだろう。まだ若干感覚が呆けてはいるが、腕の機能が戻ってきたッ!! 不幸中の僥倖かッ!!


「晴華ちゃんを助ける……月匈音とも約束した……皿楼べる姉さんや、皿唯臥さいが兄さんにも【やり遂げる】と宣言したぁぁぁ……ッ!!」


 だから、まだやれる。


 奥歯が磨り潰れそうな程に歯を食いしばり、皿助は立ち上がろうとした。


「そう。じゃあ―――禁忌解禁」


 そんな皿助の耳に、容赦が無いにも程があるパン・ドーラーの声が届いた。


「ごめんなさいねぇ……ワタクシ、生来…可愛い坊やには加減ができない性格なの」


 冗談めいて嗤うパン・ドーラー、その足元を中心に、虹色の光が河川敷に広がっていく。

 虹色の光は六枚の虹色光プレートとなり、パン・ドーラーを包み込む。

 パン・ドーラーを飲み込む形で、巨大な虹色の【匣】が形成された。


「……あ、ぁ……?」


 皿助は白目を剥いたまま、呆然とそれを見守る事しかできなかった。


 禁忌解禁。

 受肉体の内に封じられている堕撫尤タブーの一部を解放する事で、更なる力を解放する行為。


 皿助は今、ただでさえパン・ドーラーに一方的にやられていたのに。

 パン・ドーラーは、更に強くなる。


 そんなの、絶望に絶句し、意識が遠のいてしまうに決まっているだろう。


 皿助の視線の先で、虹色の【匣】が無情にも展開されていく。


 その中から最初に現れたのは、翼だ。赤色・橙色・黄色・緑色・水色・青色・薄紫……虹の七色を帯びた、一四枚…七対の巨翼。

 まるで羽化したての蝶が羽のシワを伸ばす様に、ゆっくりと、静かな動きで、翼が広がっていく。


「……ッ……」


 皿助に取っては絶望の象徴とも言えるはずの【それ】はとても美しく、前向きな感情で息を飲ませる程。


『これが……ワタクシ、堕撫尤タブー首魁の圧倒的禁忌解禁……』


 全高大体二〇メートル弱、翼の先端まで含めるなら四〇メートルに近いその全容は、まさしく【大天使】と形容したくなる様相だった。

 ベースは先程までのパン・ドーラーがそのまま巨人化した様な感じだが、美しみを覚える妖艶な黒色だった髪と瞳と爪は、太陽光を彷彿とさせる柔らかく暖かな山吹色に変化。そして背には、虹色の輝きを放つ一四枚の翼。

 皿助の錯覚か……神々しい後光が差している様にも感じられた。


無限開弄むげんかいろう魔屠凌死渦マトリョウシカ】』


 神聖に仇なす全ての魔に、死と言う名の浄化を齎す大天使。

 パン・ドーラーの姿と、その禁忌解禁の名を聞いて、皿助の脳裏を過ぎったのはそんなイメージ。


『この禁忌解禁により、ワタクシが新たに獲得した権利……早速、味あわせてあげましょう……』


 大天使パン・ドーラーが、その巨大な腕を倒れ伏す皿助へとかざした。


『そして、これが最後の贈り物……』


 大天使パン・ドーラーの掌から、巨大な虹色の【匣】がスポンッと飛び出し、ゆっくりと、皿助の元へ。【匣】は皿助の目の前に着陸すると、一気に収縮。皿助でも手に取って開けられるサイズに変化。


「ッ、ぅ、あぁ……や、やめろ……俺の腕……と、止まれ……!! 止まって、くれ……!! 頼む……!!」


 最早、皿助には【匣】から距離を取ろうと言う素振りを見せる余力すら残っていない。

 己の腕が【匣】へ向かっていくのを、絶望の視線で見守るしかない。震える声で神に懇願するしかない。


 だが、それはただ虚しく。


 皿助の指は、空気も何も読まず、【匣】を開けてしまった。


 溢れ出した虹色の光の中から、突風が巻き起こる。


「づ、ぁ、ぐおあぁぁあああああ…………、ッ……!?」


 突風に煽られ、天高く舞い上がった皿助は、そこで信じられない光景を目の当たりにした。


 ……【匣】だ。皿助と共に、皿助が開けた匣が空へと舞い上がっていたのだが……


 その【匣】の中に、【もう一つ】あったのだ。


 そう、【匣】の中に、【同じ匣】が、もう一つ。


『ワタクシが新たに手に入れた権利……それは【奇忌開匣(パララ・ダイス)で創造した「匣」を、「ターゲットが滅ぶまで無限に開き続ける匣」へと強化する権利】……ちなみに、二発目以降は自動で開くから、貴方はもう動かなくても良いわよぉん……』


 さながらそれは、永遠とも思える程に繰り返されるロシア人形の脱皮。


 二つ目の匣が自動的に開き、中から溢れ出した虹色の光と共に、巨大なトンカチを振りかぶったヌイグルミの熊さんが出現する。


「ベァアアアアアアッ!!」

「ぐぁああああああッ!?」


 熊さんにトンカチでぶん殴られ、皿助は勢い良く地上へと落下。

 河川敷の草葉や土を吹き飛ばし、大きめのクレーターを刻み付ける。


「ぐ、ぼ、ぁ……ッ……」


 口から吐き出される血の量が、洒落になっていない。

 余りの衝撃に、いくつかの臓器が一緒に飛び出してしまいそうだった。


 だが、【匣】はまだ開き続ける。


 次に出現したのは、さっきも見た巨大なボクシンググローブ。しかし、さっきと違い、一発ではない。

 無数。無数の巨大ボクシンググローブが、次々に皿助へと降り注ぐ。


「ッ……こ、のまま、では……ッ!!」


 このまま生身で喰らい続けたら、間違いなく死ぬ。

 皿助は決死の力を振り絞り、腕を学ランの内へ。そして、そこに収めていたダイカッパーの媒介である平皿を取り出した。


「き、機装纏鎧……ッ!! ダイ…カッパァァァ……ッ!!」


 皿助の力無い叫びに呼応し、平皿から吹き出した不思議キュウリが、皿助を包む形で竜巻を形成。

 不思議キュウリの竜巻が防壁となり、巨大グローブの雨を弾く。


『ひ、ひとまず……は……!!』


 不思議キュウリ達が爆裂四散し、緑鋼の無骨巨人・ダイカッパーが顕現。

 変身中は攻撃できないと言うルールを逆手に取り、どうにかボクシンググローブの雨は防ぎ切った皿助だが……


 そんなの関係ねぇと言わんばかりに、また【匣】が開く。

 現れたのは、巨大なスコップを構えた一〇メートル級のモグラヌイグルミ。


「埋めたろかァァァーーーッ!!」

『ぐッはァァァーーーッ!?』


 まずは、そのスコップを思い切り皿助…ダイカッパーへと振り下ろした。

 皿助はダイカッパーを起動こそできたものの、もう回避する余力は無く。

 ダイカッパーはその一撃を腹部装甲でモロに受ける形になり、機体全体が川原へとめり込む。


「掘り返したろかァァァーーーッ!!」

『ぬわァァァーーーッ!?』


 なんと、ここでモグラはまさかの二撃目ッ!!

 今までのは全部一発だったのにッ!!


 モグラはスコップを地面に突き立て、河川敷の土ごとダイカッパーを掬い上げると、思いっきり上空へとブン投げたッ!!


 ダイカッパーの巨体が天高く舞い上がり、河川の真上に出た所で、次の【匣】が開く。

 現れたのは……


『……なッ……!?』

「ハロー☆ 昨晩ぶりデスね、ベースケ♪」


 新たに【匣】の中から現れたのは、皿助と同年代くらいの金髪ツインテールな外国人女子。

 そのそばかすのあるプリティフェイスと素敵な谷間を、皿助はよく覚えている。


 最初に皿助と戦った堕撫尤タブー、バレネッタ・リクリアだ。


「ボスの【匣】のおかげで、一時モーメント的デスがリターンって奴デス♪ さてさて、それでは、昨晩は不発に終わってしまった……」


 何を思ったか、【匣】から現れたバレネッタは、空中でダイカッパーの顔面を思い切り抱きしめたッ!!

 豊満なおっぱいで形成された谷間が、ダイカッパーを通して皿助の顔を優しく嬉しく包み込むッ!!


 だが、皿助に鼻の下を伸ばす暇など無かった。


「【接触爆破パフパフ】デスよ……☆」


 ズドンヌッッッ!!!!


 轟音と共に、爆裂ッ!!

 バレネッタが、その乳房が、すごい勢いで爆炎と衝撃を吐き散らし、爆発したッ!!


『……ぁッ……』


 顔面から黒い煙を立てながら、落下していくダイカッパーの傍ら、また【匣】が開く。


「ふぇっふぇふぇ……こうしてお目にかかるのは初めましてじゃのう、チュラカワ・ベースケ」


 次の【匣】から現れたのは、紅フン一丁の筋肉お爺さん。

 皿助は知らないだろうが、彼は皿助の姉・皿楼に打ち倒された堕撫尤タブー、ディーティー・サーティ。


「ほれ、チェストじゃァッ!!」

『がぅッ……!?』


 ディーティーの裏拳が、ダイカッパーの側頭部、こめかみに直撃ッ!!

 横合いに吹っ飛んだダイカッパーを待ち構える様に、先回りしていた【匣】が開くッ!!


 中から現れたのは、巨大なリンゴッ!!


 ディーティーに吹っ飛ばされたダイカッパーは、思いっきりリンゴに衝突ッ!!

 始末の悪い事にこのリンゴ、めっちゃ堅かったッ!!

 とても堅牢丈夫なダイカッパーの胸部装甲が、リンゴとの衝突の衝撃で粉々に砕け散るッ!!


『う、ぼ、ぁ……』


 胸部装甲の損壊を中心に、ダイカッパーの全身に亀裂が走り抜ける。

 もう皿助にはダイカッパーを保持し続けられるだけの余力が残っていないのだ。


 生身から通算して、ダメージを受け過ぎた。


「……先の戦いは…………本当に……見事だったぞ…………」


 しかし、無慈悲にも【匣】は開き続ける。

 現れたのは、つい先程打ち破ったロン毛侍な堕撫尤タブー、ズレェタ・ヅラズラ。


 その右手には、既に髪の毛で形成された巨大な出刃包丁。


「……だが…………ここまで……だったな…………せめて、一瞬で逝け……スパッと……」


 左肩から入り、右腰へ真っ直ぐに抜けていく斬撃―――袈裟斬り。斜め方向に、一刀両断。

 まるで豆腐か何かを斬り分けるかの様な気軽さで、ズレェタの刃がダイカッパーの機体を、綺麗真ッ二つに斬り裂いたッ!!


『…………ッ…………ぁ………………』


 ダイカッパーが力無く伸ばした右手は、一体、何を掴もうとしていたのか。


 ……いや、おそらくもう、皿助に何かを思って身体を動かす余力があったとは思えない。

 その手はきっと、生にしがみ掴んとする皿助の魂がただヤケクソに動かした、無意味な一挙手。


 そんな最期の足掻きとも言える手さえ、ただ虚しく虚空を掴むだけ。


 ……悲鳴も、雄叫びも、呻きすらも無く。


 二つに分割された皿助ダイカッパーが、静かに川の中へと墜ち、そして消えた。


『……【匣】の開放が、止まったわねぇん……』


 大天使パン・ドーラーの言葉通り。

 執拗な程にパカパカと開いていた【匣】の開放が止み、その中から出現した熊やらグローブやらモグラやら堕撫尤タブーの面々やらが虹色の光の粒子になって消えていく。


 大天使パン・ドーラーの【匣】は、【ターゲットが滅ぶまで無限に開き続ける】……それが【止まった】。


『―――さようなら。可愛い坊や……チュラカワ・ベースケ』





 美川皿助―――【死亡】。










【次回予告】

本気マジに死んでしまった皿助は、三途の川で目を覚ます。

このまま皿助は…ダイカッパーは三途の川を流れてしまうのか……!?

それとも……!?


次回、河童復活。甦れ、その名はダイカッパー・コンゴウッ!!


どうなる、皿助ダイカッパーッ!!

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