24,毛威躍動。シンプルに強いぞ、髪の模倣者ッ!!《後編》
黒くツヤめく二〇メートル級の巨人が、朝の河川敷を駆ける。
『…………接近戦……斬り裂き尽くす…………』
堕撫尤ズレェタ・ヅラズラの禁忌解禁状態の人型の方、挽逝訃首取だ。髪の毛で構築されたその両手を無数の触手へと変化させ、更に触手の先端を鋭い刃に変える。
狙うは、堕撫尤の宿敵となる運命を背負った男子高校生、美川皿助が変身した二〇メートル級のゴツい緑鋼巨人、ダイカッパー。
真っ直ぐに、正面から無数の触手刃で斬りかかる。
『斬られるのは痛いッ!! 断固拒否するッ!!』
対するダイカッパー…皿助は、ヴィフストの攻撃を受ける事を当然拒絶の意思表明。
皿助は今、ダイカッパーそのもの。
ダイカッパーの装甲へのダメージは痛覚のみではあるが、皿助にフィードバックされる。
月匈音が相手ならともかく、よく知りもしない相手に痛い目に合わされるなど冗談ではない。
『俺は防ぐぞッ!!』
皿助の意思に応え、ダイカッパーがその無骨な両腕を前方へ突き出し、虚空に皿を描く様に全力で振るった。
波動奥義の一つ、【円皿状の波動疾走】だッ!!
両腕を前に突き出して全力でブン回す事で、自身の前面に回転しながら外周向きに拡散していく衝撃波を生み出し、その衝撃波の壁で相手の攻撃を流す……守勢の奥義である。
『……イくと……言ったはずだ……スパッと……』
ヴィフストの触手が、しなる。
無数の触手刃達が一斉に空を切る音は、獣のうなり声にも似ていた。
そして、無数の触手斬撃が衝撃波の壁に衝突し…………なんとッ、衝撃波の壁を斬り刻んだッ!!
擬音にするとまさしく、スパッスパッと景気良くッ!!
『ッ!? な、何だとォーッ!?』
皿助は思わず驚愕の声を上げる。
何せ、円皿状の波動疾走が破られたのは初めての事だからだ。そりゃあ驚く。
『…………絶叫とは……余裕…………だな……』
『!!』
ズレェタの冷めた声の後、衝撃波の壁を食い破った触手達が、一斉にダイカッパー本体へと襲いかかる。
驚愕と動揺のため、皿助はダイカッパーを退かせるのが一瞬遅れた。
直撃こそもらわなかったものの、触手刃の斬撃が数発掠め、二の腕や脇腹辺りの装甲を少し削り取られてしまう。
『ぬァ、ぐぁ……ッ!! やはり痛いッ……!!』
『……侮ったな……いや……この場合は……【侮り】と言うより……【傲り】と言うが相応しい……か』
そう、皿助は別にヴィフストの攻撃を甘く見ていた訳ではない。ただ、波動奥義に信を置き過ぎた。
故にその波動奥義を破られた事で精神的動揺が生まれ、ヴィフストの斬撃を僅かながら浴びてしまったのだ。
『ぐッ……!!』
慌てるな、焦るな。皿助は必死に自身の心に言い聞かせた。
精神が乱れれば、未熟な自分は一気に弱体化してしまう……それを理解している皿助は、冷静に思考を走らせる様に努める。
『…………ふん……だがしかし……掠めただけか…………予想よりは立て直しが早かったな…………まぁ……まだ初撃…………こんなもので構わない……』
ヴィフストはダイカッパーに斬撃を掠めさせた後、少し後退した。皿助の反撃を警戒しての事だろう。
一打退避の姿勢……先の発言からも読み取れる通り、ズレェタには早期決着のつもりは無い様だ。
しかしだが、後退したと言っても、少し。
皿助の方から頑張って踏み込めば、まだギリギリ張り手が届く距離にいる。
……行くか……? 行くのか皿助は……?
『……いや……ッ!! 今はまだ……【その時】じゃあない……ッ!!』
皿助の選択は、【待ち】。
クールかつクレバーに……皿助は【狙う】。
ズレェタの【ある発言】から思い付いた、【ある作戦】を実行する【絶好の機会】を。
ここはひとまず、躍起になって反撃せず、一度、態勢を立て直すべきと皿助は判断。
なので、皿助の方も距離を取ろうとした…瞬間、上空から【何か】がダイカッパーに影を落とした。
『ぬ……ぅおッ!?』
上空から降りかかり、六本の細い足で背後からダイカッパーに絡み付いたのは……黒い大毛玉ッ!!
『……早速……ヴィフストに手一杯で…………俺の事を……忘れていた様だな……』
『け、毛玉の方ッ!!』
ズレェタの禁忌解禁状態の毛玉の方、鹵狩乘賦だ。
毛で構築されているからか、ロガノフは余り重量が無い。ただのしかかって来ただけならば、大した問題は無し。
が、当然、ロガノフ側もそれは承知の上。当然、ただのしかかりに来た訳ではない。
ロガノフは背後から六本足をダイカッパー前面へと回し、ダイカッパーを抱擁する形でその上体を拘束したッ!!
しかもただ抱擁しただけではないッ!! ダイカッパーの前に回った足は溶け合い一房にまとまり、そのままダイカッパーを簀巻きの様な状態にしてしまったのであるッ!!
『うごッ!? ぬッ……!? な、中々のパワーで拘束してくる……!!』
『俺のロガノフは……妨害専門……この髪の締め付ける力……半端では……ないぞ…………さぁ、ヴィフスト……今の内にトドメを……』
『ッ……確かに強烈なパワー……だがッ!! ダイカッパーを造ったのは【誰】だと思っている!?』
『!!』
ダイカッパーは、【怪力で有名】な【河童】族が生み出した機体だ。
そして、その【特性】は河童族の特徴を模した【超膂力】。
『お前の【髪】にどれだけの締め付ける力があろうと……力自慢の河童族……俺はその特機を借りている【身】だ!! 故に、力比べに負ける訳には行かんぞッ!! ぬぅぅぅぅんッ!!』
皿助の力み声。
ダイカッパーが呼応し、内側からロガノフの髪縛りをブチブチブチィッ!! と少しずつ引き千切っていく!!
『ぐっ……これは…………抑え…………切れない……ッ……!? 流石……やるな…………ヴィフスト……!!』
『……わかっている……』
拘束から抜けられる前に、攻撃を。
ヴィフストは急いで攻撃態勢。触手刃を唸らせながら、ダイカッパーに吶喊してきたッ!!
いくらダイカッパーのパワーが規格外でも、ロガノフの拘束力だってそれなりに規格外。
更に言えば、糸やテープなど細長い物体は巻けば巻く程に強度が増す。つまり、ぐるぐる巻きになっているロガノフの髪はとても堅牢丈夫。
パワー比べはダイカッパーが圧倒しているが、態勢の優位はロガノフが取っている状態だ。
まぁ、それでも。
ブチブチとロガノフの髪が徐々に引き千切られて拘束が緩んでいるのを見るに、態勢の優劣分を含めてもダイカッパーのパワーの方が上。
それでも、完全に拘束を解くにはあと二・三秒は要る様相。
それだけあれば充分満足。
ヴィフストの攻撃速度と威力ならば、一秒以内にダイカッパーの首を取れる。
念には念を入れてやる、とズレェタはヴィフストの背中の髪を一部解し、伸ばしてまとめて二本の極太触手へと変化させた。その触手の先端はすごく鋭利。槍だ。極太の触手槍。
両腕の無数触手刃でダイカッパーの首を粉微塵に切り刻み、もげた頭部の眉間と胴体の心臓部に一本ずつ極太触手槍を突き立てて、確実に殺す。確実な勝利を得る。そのための槍。
『……かかったな……』
『…………何…………!?』
ボソッと聞こえたその声は、皿助の物。
瞬間。ダイカッパー全身が、緑色に輝き……そして、霧散した。
『『!!??』』
ダイカッパーが、消えた。
ロガノフの拘束髪が拘束対象を失い、バラけてしまう。
それだけでは、済まない。
『しまッ……』
『え?』
坂道を転がりだした石ころと走り出した車は、急に止まれない。
同様、トドメを刺そうと急いで飛び出したヴィフストも、急には止まれない道理。
ヴィフストが振るった無数の触手刃と二本の極太触手槍が、元々はダイカッパーがいた空間を破壊しにかかる。
だが、ダイカッパーが謎消失した今……その場所に存在しているのは……
『……ッ、げ、ぶぅぁああッ…………ヴィ、ヴィフストォォォォ…………!!』
ヴィフストの猛攻は、全てロガノフへ直撃ッ!!
無数の触手刃がロガノフの髪をすごい勢いで削りまくる。そして、トドメと言わんばかりに二本の極太触手槍が、ロガノフの中心部を見事に刺し貫いた。
完全にやっちまったヴィフスト。
ダメージ限界容量を越えたのか、ロガノフの身体……と言うか毛玉がハラリハラリと崩壊し始める。
『ろ、ロガノフ……ば、馬鹿な……俺は……確かにダイカッパーを狙って…………だが、【消えた】……ダイカッパーが【消えた】んだ……瞬間移動……!?』
「それは違うぞッ!!」
『!!』
否定の声は、下方から。
ヴィフストが視界を下へ向けようとした瞬間……緑色の閃光が瞬き、謎のキュウリが舞った。
「示祈歪己発動ッ!! 機装纏鎧・真化巫至極……シンッ…ダイ、カッッッパァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
『ッ!?』
舞い散る謎キュウリを吹き飛ばす様に飛び出して来たのは、緑色のオーラを纏った一メートル級の塊。
三等身にスーパーデフォルメされたダイカッパー、何気に第二部初登場……シン・ダイカッパーであるッ!!
振りかぶられたその小さな掌には、既に覇皿が接続されていたッ!! 臨戦態勢ッ!!
さて、ここでひとまず今起きた事象を解説しよう。
まず、ダイカッパーの消失現象について。
仕組みは簡単。皿助が機装纏鎧を解除し人間サイズに戻っただけ。
これにより、ダイカッパーの巨体が一瞬で消失する。
そうなると、ヴィフストは攻撃対象を、ロガノフは拘束対象を一瞬見失う事になる。
そしてヴィフストの攻撃は、想定外にロガノフを襲うだろう。
そうなってしまえば、流石のズレェタだって動揺するはず。動揺は大なり小なり、【僅かな隙】になってしまうのが道理。
皿助はその僅かな隙を突いて、再度、ダイカッパーを……いや、今度はシン・ダイカッパーを起動したのだッ!!
第一部にて雪妖精の雪吏乃相手にも使用した「機装纏鎧は数瞬で展開・収納できる」と言う点を活かした奇襲作戦であるッ!!
実は皿助、前回のロガノフの「俺の役目は敵を拘束する事」と言う発言を聞いた時点で、この作戦を使う事を決めていた。
ロガノフのあの機体フォルムから、拘束手段は髪で絡み付いて来る抱擁的緊縛系だろうと予想するのは簡単だったからだ。
今回の戦いは一対二と数の不利がある。
だったらば、奇襲奇策なんでも弄して、数の不利を活用される前にどちらかを潰す。連携の本領を発揮される前に、連携する仲間がいない状態にしてやる。
連携されると勝目が薄いのならば、連携させない。合理的だ。
ついでに、連携相手を失った動揺で揺らいでいる内に、有利を確保できるだけのダメージもくれてやる。
これが皿助の目論見、その全容であるッ!!
そしてご覧あれ、全てが上手く決まった様子だッ!!
流石は我らが皿助ッ!!
『ドスコイッ!!』
『……ぐぬッ……!?』
皿助の叫びと共に、シン・ダイカッパーの小さな張り手が、ヴィフストの鳩尾真芯ド真ん中に突き刺さった。同時に、ヴィフストからテンションの低い驚愕悲鳴が漏れる。
そこそこダメージは入った感触だが、まだだ。まだヴィフストは健在。
まぁ、想定内だ。
ヴィフスト・ロガノフが堅牢であろう事なんて、前回の時点で皿助は予想していた。
だから、本当は後に控えているだろうパン・ドーラー戦まで温存したかった示祈歪己も今ここで切った。
それくらい、厄介な相手だろうと想定済み。
当然、一発で倒せるなどと楽観してはいない。
ならばどうする?
決まっている。
一発で倒せないならば、二発。二発でも無理そうなら三発四発五発六発……とにかく叩き込めば良い。それこそが合理。
と言う訳で、
『うぉぉぉおおおおおおッ!! ドスコイドスコイドスコイドスコイドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!』
怒涛ッ!!
ただでさえ強烈な皿助の必殺技、【力士百人力鋼掌・怒涛激連破】が、攻撃強化用の波動【豪鋼破断の波動疾走】によって強化された超必殺技。
これぞ最初の堕撫尤バレネッタを葬った【力士百人力鋼掌・怒涛激連破・極限到達】ッ!!
しかも、あの時はただのダイカッパーで放った技だった。
今回はシン・ダイカッパー。その威力は壮絶に半端無いッ!!
いくら防御力すごいなヴィフストと言えど……
『……ッ……!?』
……しかし、だが、しかしッ!!
皿助は、【違和感】を覚えた。
確かに、【髪の装甲に張り手を叩き込んでいる感覚】はある。それを破壊している感覚もある……だのにッ!!
ヴィフストの髪装甲に、目に見える変化が一切無いのだッ!!
『ぐッ……!?』
絶対におかしいぞこんなの。
追い風ペースと思った矢先に滲みだした不穏な不安。すごく嫌な予感。
皿助の背筋に、ぞくり……と言う悪寒が走った。
ここは一旦退かねば、そう本能的に感じた。
そんな皿助に、
『…………少し、【気付くのが遅かった】な…………』
ズレェタは、クールさの中に僅かな笑いのニュアンスが混ざった声で……告げた。
『……貴様の両腕……もらったぞ…………』
『ッ!!』
後退しようとしたシン・ダイカッパー……しかし、【見えない何か】がその身体を……いや、その両腕を、ヴィフスト側に引っ張る。
『こ、これはッ……【毛】…いや、【髪】ッ!! 【髪の毛】だッ!! 【よく見ないと見えない程に細い髪の毛】がッ!! 俺の手にッ、掌にッ、指にッ、ものすごく絡みついているだとォーーーッ!?』
そう。
シン・ダイカッパーの両腕……正確にはその手首から先、両掌には、常人の肉眼では到底目視できない程に細い髪の毛が、ビッシリ雁字搦めに絡みついていたのだッ!!
『ッ……そうか……さっきの【違和感】……わかったぞ……全部わかったッ!!』
皿助は瞬時に理解した。
『俺は……なんて事だ……俺はッ!! 【策に嵌めたつもり】で、【策に嵌められていた】のかッ!!』
『……正解……だ……』
そのズレェタの声は、ヴィフストから……ではなかった。
そのズレェタの声を発したのは、【シン・ダイカッパーの両掌に絡みついた細過ぎる毛】だったッ!!
そう、実はッ!!
今、シン・ダイカッパーの掌に絡みついている髪は……再起不能になって散ったはずのロガノフなのであるッ!!
端的に言おう。
皿助は、【ズレェタを騙した】つもりが、【ズレェタに騙されていた】のだッ!!
そもそもな話……まず、【ロガノフは再起不能になどなっていなかった】。
ロガノフは皿助の策に嵌ってヴィフストに破壊された……【ふり】をしていたのだッ!!
ズレェタの受肉体を中枢として形成されているヴィフストと違い、ロガノフはその毛玉を構成する髪自体に生命が……意志がある。
つまり、その髪の全てを破壊し尽くさない限り、再起不能にはならないのである。
多少斬り刻まれて極太の槍で貫かれようと、破壊されていない部分の髪は充分に活動を継続できるのだ。
しかし、皿助はそんな事は知らない。
なのでロガノフは、崩壊した様に見せかけ、その身を細かく分解して空中に散布。ヴィフストの周辺警戒に当てていた。
要約すると、ロガノフは再起不能になったふりをして皿助を騙し、その髪を使ってヴィフストの周囲に【皿助ですら目をこらさないと見えない程の細い髪で造った防御用の緩衝ネット】をしれっと無数に展開していたのであるッ!!
当然、ロガノフがそんな事をしているなど予想も出来なかった上に【自分が相手を見事に嵌め、今相手は隙を晒している】と思い込んでいた皿助は、目をこらしてロガノフの髪緩衝ネットを探したりはせず、突っ込んでしまった。
ロガノフの仕掛けた罠の中に、意気揚々と飛び込んでしまったのである。
さながら、小躍りしながらネズミ捕りのチーズに向かっていく愚かなネズミ。
皿助が【ヴィフストの髪装甲を破壊している感触】だと思っていたのは、最初から【ロガノフの髪緩衝ネットを破壊している感触】だった。だから、いくら破壊してもヴィフストの外観に変化が発生しなかったのだ。
『理解したか…………敵の攻撃を【妨害】するのが……俺のロガノフの役目……それは即ち【防御】…………常にそれだけを……【防御】だけを考えて……ロガノフは動いているのだ……故に【鉄壁】……隙は無い…………これが俺の【強み】…………貴様には同情しているぞ……何せ貴様は俺と違って……独り分の意識で【攻撃】も【防御】もこなさなくっちゃあ……ならないんだからな……大変だ…………だから必ず、【攻撃】の際には【防御】が疎かになってしまう……その結果が……今の貴様の掌……』
『ッ……!!』
シン・ダイカッパーに破壊されたロガノフの髪緩衝ネットは、ただ破壊されただけで終わってはいない。
破壊されて散った髪緩衝ネットの【まだ活動できる部分】が、少しずつシン・ダイカッパーの掌中に絡みついていき、そして、掌に張り付いたまま髪同士で再合体。
結果、シン・ダイカッパーの掌に絡みつく無数の細過ぎるピアノ線めいた髪の毛ができあがった。
『……さて……ここで一つ質問をしたい…………貴様の掌に絡みついているその髪が……全て【刃】に変わったら……どうなると……思う?』
ヴィフストの方のズレェタの意地悪過ぎる質問に、皿助はものすごく戦慄した。
手首から先にビッシリと絡み付いた【髪の毛】の全てが……【円皿状の波動疾走の防御を貫通する様な馬鹿げた斬れ味の髪の刃】へと変わる。
いくらシン・ダイカッパーの超高密度装甲と言えど、そんな規格外な斬れ味の刃に四方八方から包み込まれたら―――
……その結果がどうなるかなんて、思考の回転速度がすごい皿助なら、一瞬で理解し、想像できた。
流石の皿助も狼狽えの叫びを上げそうになった、その瞬間。
シン・ダイカッパーの両手首から先が、細切れになって、散った。
緑色のオーラを纏った細かい破片が、斬り刻まれた反動で空へと舞い上がる。
バケツに貯めたオーロラをひっくり返した様なその光景だけを無音でトリミングすれば、ちょっと美しみを覚える光景だと言えるだろう。
『づッ…ァ…ぐ、ぐあ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁあああああああぁぁあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああッッッ!!』
そんな美しみを塗り潰す様に、皿助の鮮烈な悲鳴が爆裂した。
男子高校生ってそんな汚い音域の声が出せるのか、と驚愕してしまう様な、酷く濁った悲鳴。
声だけを聞けば、【巨大で悍ましい怪物の雄叫び】だと勘違いして逃げ惑う人もいるかも知れない。
今、皿助は「両手首から先をズタズタに斬り刻まれた」と言う筆舌に尽くし難いにも程があるって言うか文字で表現できんのこの痛み馬鹿なのってレベルの激痛で、脳みその痛覚回路を焼き尽くされているのだ。
声帯が吹き飛びそうな程に絶叫しても、その声帯の痛みは両手の痛みに塗り潰されて感じない。どこまでも叫べる。
『あが、ぁ、ぁぁッ……両腕……手首から先が……バラバラにッ……痛いッ……痛過ぎるッ……!! すごく痛いッ……!!』
最早その痛みの度合いを何かに例える余裕すら無い……ただ【痛い】と言うコメントしかできない……!!
『……ぐッ……ぅッ!!』
だが、皿助は頑張ったッ!!
痛みで脳がショートしかけ、意識がしきりに点滅する中、気合で意識を繋ぎ止め、後方へと跳躍。
脳がまともに働いていないせいでまともなパワーは出なかったが、それでもシン・ダイカッパーのパワーは強烈至極。
一気に三〇メートルは跳ね飛び、ヴィフスト・ロガノフから大きく距離を取った。
『ふん……まだ跳ねる元気はあったか……だが……勝負は……あったな…………チュラカワ・ベースケ……強烈な【張り手】を放つ【掌】こそが……貴様の【最大】にして【唯一】の【武器】なのだろう…………貴様は今……針を引っこ抜かれたハリネズミ…………つまりは針を抜かれた痛みに震えるただの哀れな無力ネズミだ……』
ヴィフストの周囲で滞空する髪緩衝ネット状態のロガノフが、憐れむでも侮蔑するでもなく、淡々とした口調で皿助に言う。
『傷むだろう……両腕…………抵抗しなければ……速やかに楽にして……やるぞ……』
ヴィフストが放ったのは、重病人に囁きかける死神の如き甘く残忍な誘惑。
両腕の無数触手刃をいかにもな大鎌状に変えて、皿助を誘う。
『はぁ……はぁ……!! く、そ……ッ!!』
皿助は震え声。痛みに震えているだけではない。その声には、悔しみの震えも混ざっていた。
何が悔しいか。
実にロガノフの言う通りだと納得してしまいかけたからだ。
そして、痛みから逃げたがっている自分の実に人間らしい【弱い部分】が、ヴィフストの甘言に魅力を感じてしまっていると言うのにも気付いてしまった。
敵の言葉にぐうの音も出ない。
敵の誘いに今すぐ身を預けてしまいたい、屈してしまいたいと一瞬でも考えてしまった。
とても悔しい。悔し過ぎる。
そして、すごく恥ずかしい。
だったらば。
悔しいと思うのなら、絶対に諦めるな。
恥ずかしいと思うのなら、どうにか挽回して格好付けろ。
『……ほう……まだ、逆転できる気でいる雰囲気……だな……面白い少年だ…………だが、愚かでもある……』
愚か。
確かにそうかも知れない。
この状況から逆転する術など、あるとは思えない。
それでも、諦めたくない、挽回したい。だから皿助は思考を回す。
ここは確かに土俵際…その際の際かも知れない。すぐ俵一個分背後には、絶望的終焉が待ち構えているのかも知れない。
でもだがしかし、土俵際も土俵の中だ。まだ、何も終わってなどいない。
未だに脳を焼き尽くす様な激痛に苦悶しながら、皿助は必死に考える。
痛みを取り除く術はある。
機装纏鎧を解除すれば良い。機装纏鎧を解除すれば、起動時に負ったダメージは全て消え去る。
……だが、それでは先が無い。
機装纏鎧を解除して起動し直せば【皿助を蝕む痛みの余韻】は消えるが……【機装纏鎧の機体損傷】は消えない。不調が残る。
第一部の芽志亞から幽子への連戦で学んだ事だ。
あの時は、ダイカッパーを数時間休めていてもあのザマだった。
ダイカッパーの両掌が元通りになるまで、何分かかるか。仮に一分程で治ったとしても、その頃には真化巫至極は時間切れ……数分のクールタイムが必要になる。
あの時、ユーコに勝てたのは、真化巫至極でダイカッパーの不調を払拭し、損傷を修復する事ができたからだ。
今回は、それと同じ手で回復を計れない。
だって、もう既に真化巫至極は発動中だし……
『……ん? …………待てよ……』
不意に、皿助はある事に気付いた。
そして、手首から先を失った自身の両腕の断面を眺める。
『……どうした……? ようやく……諦めが…………付いたか……?』
『…………【先入観】だ』
『…………何?』
『そうか……【先入観】だったんだ……【こんなすごい能力】を【重ね掛けできる訳がない】……そんな【決まり】があるなんて、あの時、【マカ】は一言も言っていないのに……俺は【先入観】で決め付けていた……』
『…………何の話を……しているんだ……? 痛みで気が狂った……か? まぁ、無理も無い……生命体は痛みに弱くて必然……』
『お前こそ、何の話をしているんだ?』
『……!』
皿助の声は、未だに痛みの余韻に震えている。
だが、確実にその声の奥にある物が、変化した。
皿助の声に、【力強さ】が戻ったのだッ!!
『気など狂っていない……!! 断じて正気だ……俺は、極めて正気で、【この状況を覆す術を見つけたぞ】と言っているんだァーーーッ!!!!』
何を思ったかッ!!
皿助は手首から先を失った腕を振るって、叩き合わせたッ!!
『!?』
『ぐぅァッ……!!』
そりゃあ痛いッ!! 痛いってッ!!
極めて正気だと自己申告した者の行動とは思えないッ!!
皿助はマゾヒズムに目覚めてしまったのかッ!?
『……何をしているんだ……やはり気が狂ったか……? それとも……アレか……? それは……【合掌】……我らが王……神に祈って…………祈って……』
そこまで言って、ズレェタは気付いた。
そう、皿助のあの所作は、両手の掌が無いせいで【手首の傷口の擦り合せ】になっているが、見方を変えれば【合掌】とも取れる。
皿助の【合掌】……まさかッ!!
『示祈歪己発動ッ!! 真化巫至極ッッッ!!!!』
その叫びに呼応する様に、シン・ダイカッパーを包んでいた緑色の不思議オーラが勢い良く弾けたッ!!
緑色の光の柱が、この奥武守町の河川敷から太陽を衝かんばかりに天へと駆け上がっていくッ!!
『……こ、これは……』
合掌して、気合を入れた「示祈歪己発動」の掛け声。
それは間違い無く、示祈歪己を発動させるための所作ッ!!
既に皿助は示祈歪己を発動してシン・ダイカッパーになっていると言うのにッ!!
その状態で更に示祈歪己発動ッ!!
そう、これは示祈歪己の重ね掛けッ!!
考えてみたら、皿助の中の示祈歪己担当者・マカも、皿助に示祈歪己を教えてくれたユーコも、一言だって「示祈歪己の重ね掛けはできない」なんて言っていない。
確かに、示祈歪己を一度発動し、そして【解除すると、次回発動まで一定のクールタイムが必要になる】。それは実体験で知っている。だが、示祈歪己を一度発動し、そして【解除する前にもう一度発動できるかどうか】については、誰も言及していないし、皿助自身も試した事が無かったッ!!
示祈歪己を重ね掛けできないと決め付けていたのは、ただただ皿助の先入観でしかないッ!!
しかし、実際。
示祈歪己を重ね掛けする陰陽師などいない。
何故ならば、
『ッ、ぐ、ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?』
絶叫。皿助、絶叫ッ!!
だって身体が熱いんだものッ!!
示祈歪己は、己の願望を叶えるために世界を歪める程のスーパーパワー。
ここで実はな話をしよう。
皿助の真化巫至極がそうである様に、示祈歪己と言うのは一度発動して終了すると、「次に発動するまでに一定のクールタイム」を必要とする。
このクールタイムは、「示祈歪己発動のためのエネルギーが貯まるまでの時間」……ではない。示祈歪己は気合や生命のエネルギーを利用している。生命が持続している限り、示祈歪己発動の燃料が尽きるなんて事は有り得ない。
このクールタイムは、「示祈歪己発動で解放されたスーパーパワーにより【過度の負荷】を受けた肉体が、次の負荷に耐えられるまで回復するのを待つ時間」なのである。
つまり、理論上、示祈歪己は生命尽きるまで何度でも発動できる。
しかし、一回分以上の示祈歪己パワーに人間の身体が耐えられない。
一回分の示祈歪己パワーは、その発動者の身体が耐えられるギリギリに設定されているのである。
だから一度発動して終了すると、次の発動まで身体を休めるための制限時間が設けられているのだ。
蛇口と水とコップを想像して欲しい。
蛇口が【示祈歪己パワーの源泉】で、ここから出る水は【示祈歪己パワー】、そしてコップが【起動者の受入容量】とする。
示祈歪己発動は、この蛇口を捻ってコップに水を貯める様な状態だ。
コップにはどんどん水が貯まり、これがコップの限界に達して溢れる手前で、自動的に蛇口が締まり、一定時間ロックされる。
その蛇口がロックされている間に、コップの水はゆっくりと零され、また新たに水を注ぐ容量が確保される訳である。
だが、皿助は今、蛇口がロックされていない放水状態……即ち示祈歪己発動中に、この蛇口を更に回して開放した様な物。
そんな事をすれば当然、当然、皿助の受入容量を遥かに越える水量が放出される。
常識外れたすごい水圧でコップに水を注ぐ……そんなの、下手したら水圧でコップがガシャーンってなるだろう。
今、皿助の身体は、その内側から溢れ出まくる示祈歪己パワーに圧倒され、すごく軋んでいるのだ。
当然、皿助は痛いし、苦しい。
だがッ、それは示祈歪己が重ね掛け状態になっている何よりの証ッ!!
見よ、シン・ダイカッパーの両掌が、再構築されていくッ!!
『ぬ、ぬぅぅう……ッ!! 目論見通りに再生したがッ……こ、この【パワー】はッ……想定外過ぎる……ッ!!』
再生した両掌もろとも、全身が内側から爆ぜ飛んで散ってしまいそうだ。
(おい馬鹿野郎。何しているんだ君は……)
『ッ!!』
突如、皿助の脳内に響いた声。
それは、なつかしきショタ皿助の頃の声だった。
『まさか……【マカ】かッ!?』
そう、ショタ皿助の姿を借り、皿助の中で示祈歪己のアイコンを務めていた存在、マカの声である。
(君は……いや、確かに重ね掛けをするなと説明しなかった俺も悪いが……普通やるか? 普通に考えてオーバースペックになるってわかりきってるだろうに。連発できないと言われた物を同時発射して、ただで済むと思うとかどんな思考回路をしているんだ? 「誰もやるなと言ってないからやりました」って反抗期中学生の屁理屈か?)
『説教か……ッ!? まさか説教が始まる流れかッ!? 今はちょっと勘弁してくれないかッ!? 身体中が痛くて死にそうなんだ正味、今はッ!! ぐぅあああ……!!』
(……やれやれ……頭を使え。今、君の身体がすごく痛いのは、示祈歪己二回分のパワーに身体が耐えられていないからだ)
『そ、それは流石に理解しているッ……!!』
(ならばつまり、君の身体の内ですごく暴れているパワーを身体外へと放出すれば、万事解決する訳だ)
『パワーの放出……!? ど、どうやって……!?』
(それはアレだ。決まってるだろう。昔君がドハマりしていた玉を集める漫画のナントカ波ーッ、みたいな感じで、ブッ放せ)
『わかりやすいッ!!』
と言う訳で、皿助は早速、再生した両手首を合わせて掌を上下に開いた。あれだ、お遊戯会で【お花】を作る様な手形だ。
すると、天高くまで走っていたシン・ダイカッパーの不思議オーラが、その掌中にすごい勢いで【圧縮】されていく。
そう、【圧縮】。皿助の示祈歪己・真化巫至極の本領であるッ!!
『むッ……何をする気だ……貴様……』
『ふッ……決まっている……まぁ、お前は【この構え】を見ても、ピィンッ…とは来ないだろうがな……』
ズレェタの問いかけに、皿助は痛みに震える声で笑った。
ゆっくりとシン・ダイカッパーに腰を落とさせ、オーラを圧縮して閉じ込めたお花手形の掌を腰の辺りに持っていく。
これが、構え。
『男児なら誰もが一度は真似しただろう【あの技】を……今から放つのだッ!!』
その技は、かの超人気少年漫画……【ドスコイボール】に登場した必殺技ッ!!
小学生の頃に真似した必殺技、堂々の第一位ッ!!
超長距離張り手砲……その名も……
『カッパッ波ァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!』
雄叫びと共に、シン・ダイカッパーは腰の辺りまで下げた掌を一気に前方…ヴィフストへ向けて、全力で突き出したッ!!
シン・ダイカッパーの掌に滞留していた緑色のオーラ…示祈歪己パワーの塊が、押し出される様な形でヴィフストへ向かって、飛ぶッ!!
極太ッ!! さながら極太の緑レーザービームッ!!
シン・ダイカッパーからヴィフスト及びその周囲で緩衝ネットになって滞空しているロガノフへ向かって、レーザービームが迸るッ!!
『な、何ィィーーーーーーッ!?』
流石のズレェタも、クールではいられないッ!! 驚愕の絶叫ッ!!
何故ならその一撃が「ロガノフの緩衝ネットを総動員しても到底防ぎ切れず、ヴィフストを破壊し尽くすだろう威力である」と理解できたからだ。
しかし、わかっていても回避は間に合わず。
何せレーザービーム、光の砲撃…【光速】だ。この低次元世界に置いて、質量ある物体の移動速度としては最高単位だと言われている速度である。
視認してから躱すのは、いくら禁忌解禁状態の堕撫尤でも至難。天使としての本領をいかんなく発揮できていれば回避できていた可能性はあるが……そんな仮定の話は無意味。
即ち、カッパッ波は狙い通りの軌道で放たれれば、ほぼほぼ必中不可避の砲撃と言う訳だ。
そんな軽く理不尽なスペックのカッパッ波が、ロガノフもろとも巻き込んでヴィフストに喰らい付いた。
『ぅ、うごッ……こ、こんな……こんなパワーッ……!? ぬ、が、ぁ……!!』『規格外……にも……程がある……!! 防ぎ切れ……なッ……』
『うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!! 髪の一本まで……吹き飛べ、ズレェタァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
ダメ押しの気合を注入すべく、皿助が叫ぶ。
応じて、レーザービームの太さがちょぴっとだけ増した。
『ぐ、んぬ…ぁ……こんな…【奥の手】を……残して……いたとは……チュラカワ…ベースケ……見事だァーーーぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁッ!!』
それが、ズレェタの断末魔だった。
シン・ダイカッパーのカッパッ波に耐え切れず、ヴィフスト・ロガノフは崩壊ッ。
解れ、そして崩れ落ちた髪の一本に至るまで、カッパッ波の超高密度エネルギーの奔流が焼き尽くしていくッ!!
当然、ヴィフストの内部に格納されていたズレェタの受肉体も、焼き、砕き、完膚無きまでに破壊ッ!!
カッパッ波の光が収束し、消え失せる頃には……ズレェタの痕跡は欠片一つ残ってはいなかった。
『……か、勝った……』
ズレェタは受肉体を失い、天界へと還った。
堕撫尤の【真の目的】について尋問するつもりだったのにそれは叶わなくなってしまったが、負けるよりマシだ。
とにかく、皿助はズレェタに勝ったのだ。
『これで……』
これで、堕撫尤は首魁パン・ドーラー独りを残すのみだ。




