第8局 スナック純・リアル本店へようこそ
「リーチリーチ! 1000点あれば……って、レンちゃんが言ってたもんね! 私の当たり牌、カモン!」
今日もテンちゃんは、何も考えず楽しそうに牌を切る――。
「ロン」
「ロンです」
「……え?」
テンちゃんが口をあんぐり開けて固まった。
「えっ、ちょっと待って!? 2人!?」
「テンちゃん……それは……うん、事故」
「同時放銃。確率的には低いですが、ゼロではありません」
「あらぁ♡ 牌に愛されすぎちゃったわねぇ」
「私の点棒〜っ!!」
テンちゃんに降りかかった災難。ダブロンである。
この4人組は、相も変わらず麻雀ゲームで卓を囲んで遊んでいた。
実際にはテンちゃんレンちゃんの家のこたつ机に集まり、スマホゲームを使って打っている。
「ねえ、そういえば、なんだけど」
「うん? どうしたの、純ママ」
全員の視線が漢女に集まった。
「ちょっと提案なんだけど、アナタたち、本物の麻雀牌に触ってみたくない?」
純ママは悪戯っぽくウィンクしていた。
――そういった経緯で、テンちゃん、レンちゃん、ユエは『スナック純』リアル本店に行くことになったのである。
「えっ、すごい! 電脳支店の背景そのまんまだ!」
テンちゃんが目をキラキラさせて感嘆の声を上げた。
純ママが動画サイトで運営している『スナック純・電脳支店』。
その背景画像と同じ、昭和を思わせる酒場の風景が広がっている。
「あの配信の背景ね、イラストレーターさんに描いてもらったのよ。アタシの店の写真を送ってね」
純ママは愉快そうに微笑んでいた。
彼女は人を驚かせ、喜ばせるのが生き甲斐のようである。
「あの立ち絵……VTuberモデルもイラストレーターに?」
「ええ。アタシ、絵心はないんだものね」
純ママの立ち絵を描くのはさぞかし楽しい仕事だったろうなとレンちゃんは想像した。
「あっ、アレじゃない? 雀卓」
テンちゃんの指差す方向には、雀卓が置かれている。
その上には、麻雀牌セットの入った箱があった。
「すごーい……! これが本物の麻雀牌かあ」
テンちゃんがそっと手の上に牌を置いたり、指で撫でるように触ったりしている。
牌の表面に彫られた文字の感覚。
「わあ、ひんやりして気持ちいい……」
スマホの画面をタップするのとは違う、指先に伝わる彫りの深さと、牌同士がぶつかる『ジャララ……』という乾いた重厚な音。
テンちゃんは、まるで宝物に触れる子供のように目を輝かせていた。
「ユリア樹脂製ですね。重さと手触りが安定しています」
ユエは麻雀牌をつまむように持ち、スナックの電灯に透かすように覗き込んだ。
「しかも、ほとんど人の手に触れていないようです。雀卓もまだ新しい。最近購入されたもののようですね」
「あら、ユエちゃんの解析は高性能ね」
純ママがおどけたように笑う。
「決して安い買い物ではないでしょう。スナックに置くために購入したのですか?」
「それもあるわね。お客さんが楽しめるようにっていう目的もあったから」
「他にも理由があるの?」
「一番大きな理由はね……」
純ママが声を潜めた。
3人は思わず顔を寄せる。
「……アナタたちと実際に雀卓を囲めたら楽しそうじゃない? アナタたちの打ち筋を間近に見られるなら無駄な出費じゃないわよ」
「ママ好き~!!」
お茶目にウィンクする純ママに、テンちゃんは今にも飛び跳ねそうなほど喜ぶのであった。
早速、試しに4人で打ってみることにしたが……。
「あ、それチー!」
「待って待って待って」
テンちゃんが対面のレンちゃんから捨て牌をチーしようとするのを慌てて止める。
「え? なに、レンちゃん?」
「あのね、テンちゃん。チーは上家の捨て牌からしか出来ないんだよ」
「そうなの?」
「テンさん、チョンボですね」
「チョンボ……ってなに?」
レンちゃんとユエは愕然としていた。
テンちゃんはルールをほぼ知らないまま、麻雀を打っていたのである。
「チョンボっていうのは、いわゆるペナルティね。テンちゃんはこのあと役が揃っても和了れないし、点棒も罰金として徴収されるわ」
「ええっ!? そんなぁ!」
「そうか……麻雀のゲームアプリならチョンボが発生することがそもそもないから、初心者でも遊べちゃうんだ……」
「それが良さでもあり、弊害でもありますね」
そんな会話をしながら、4人でジャラジャラと牌を混ぜていく。
当然のことながらチョンボを連発したテンちゃんが最下位であったが、本人は楽しそうなので良しとしよう。
ちなみに後日の配信で、4人の対局を知ったリスナーたちに『テンちゃん、リアルで全自動卓じゃないのにチーしようとしたってマジ?w』 『アプリの「鳴く」ボタンに依存しすぎた弊害が出てて草』 『チョンボで点棒溶かすテンちゃん、解釈一致すぎる』と総ツッコミを入れられたのは言うまでもない。
「ちょっと休憩しましょ。アタシがノンアルカクテル作ってあげる」
純ママが雀卓から席を立ったのを合図に、他の3人もカウンターまでついていった。
ママがシェイカーを振る仕草は手慣れている。
オレンジジュース、パイナップルジュース、レモンジュースをシェイクしたそれは、鮮やかな黄色。
それを4つのグラスに入れて、それぞれの席に渡した。
「これはなんて名前なんですか?」
「これはね、『シンデレラ』っていうカクテルよ」
レンちゃんの問いかけに、純ママがにっこりと笑う。
「名前の由来はね、シンデレラって魔法にかけられて舞踏会に行くじゃない? それと同じで、お酒が飲めない子でもバーに行ける、魔法のカクテルなのよ」
「へえ、素敵な名前!」
「カクテル言葉も素敵なのよ。ズバリ『夢見る少女』。どう? アナタたちにピッタリだとアタシは思ってるんだけど」
「少女という年齢かどうかは微妙ですが」
テンちゃんもレンちゃんももう社会人だ。
ユエは大学生だが、それでも成人している。
しかし、純ママは豪快に笑ってこう言うのである。
「あらぁ~、大丈夫よ! 少女の心を持てばみんな少女! アタシもね!」
「その理論はいかがなものかと思いますが……このカクテル、ビタミン豊富で素晴らしいと思います」
フルーティーで酸味が強いのが特徴だが、アルコールが入っていない分、飲みやすい。
4人は『シンデレラ』を飲みながら、会話に花を咲かせる。
「――でさ、リスナーさんが言ったわけ! 『レンちゃんの連荘だ!』って!」
「私はくだらないダジャレだと思ったんだけど、テンちゃんがツボに入っちゃって、しばらくそれ擦られたんだよね……」
「あっはっは! なにそれ~!」
「そのコメント見たユエさんも『夏であれば納涼に活かせるかもしれませんね』って言ってたよね! ……あれ、ユエさん?」
テンちゃんが、隣に座っていたユエの異変に気付いた。
――ユエは、なんだかぼんやりとしている。
「あらら、おねむかしら?」
「でも、なんか顔赤くないですか?」
「大丈夫……です。酔うと眠くなる体質で……」
「お酒入れてないけど」
ユエはこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。
「……もしかして、場酔いかな。スナックの雰囲気だけで酔っ払うみたいな」
レンちゃんの推測は、おそらく正しい。
やがて、ユエは椅子に座って背筋をピンと伸ばしたままの姿勢で眠ってしまった。
「もう、しょうがないわねえ」
純ママは優しい微笑みのまま、ユエをひょいと抱き上げる。
200cm近い巨躯を持つ純ママであれば、女の子を持ち上げるくらいは朝飯前なのだ。
「2階にアタシの居住スペースがあるから、ベッドくらいなら貸してあげるわ。アナタたちも一緒に来てくれる?」
「うん! ユエさんが起きるまでに夕飯でも作ろう!」
「あら、いいわね。アタシ、この4人で食事するの、大好きよ」
わちゃわちゃと話しながら、バックヤードに入り、スナックの2階に続く階段を昇っていく。
純ママの腕の中で揺られながら、ユエは己の過去と出生について夢を見始めた――。




