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ツモってあそぼ!〜VTuberたちの麻雀コラボ〜  作者: 永久保セツナ


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8/12

番外編 レンホー・立直は、いかにして麻雀に辿り着いたか

 書類は、今日も戻ってきた。

 赤字の量を数える気にもなれなかった。


 これはレンちゃん――本名:青山(あおやま)蓮(れん)の過去の物語だ。


 蓮は大学卒業後、憧れだったゲーム制作会社にイラストレーターとして入社した。

 ゲームを作る仕事は、決して楽ではない。

 彼女もリリース前には会社に泊まり込み、ラフを描いては修正を重ねる日々を送っていた。


 ただ、その努力が報われることは少ない。


 ある日、コーヒーを飲もうと休憩室に入ると、会話が一瞬だけ止まる。

 それは、今日に限った話ではなかった。

 蓮は何も言わず、自販機の前に立つ。


 その日、蓮は辞表の書き方を調べた。


 仕事を辞めた彼女は毎日、昼間から飲み歩く生活を送っていた。

 もう彼女を縛るものは何も無いのに、胸の真ん中にいつも空虚な穴が空いている。

 その穴を埋めるように、酒を流し込んで、前後不覚になるまで酔いつぶれて。

 ――気付いたら、知らない天井を見上げていた。


「……? ここどこ……?」


 外で飲んでいたはずなのに、屋内だ。

 起き上がると、女性の部屋らしいことに安堵した。

 少なくとも、変な男にホイホイついて行ったということはなさそう。


「あ、起きた?」


 部屋に入ってきた女を見て、「あっ」と声を上げた。


「テンちゃん……!?」


 ――赤川(あかがわ)天満(てんま)。

 大学時代の親友だ。


「なんで、」


「レンちゃんが公園のベンチで酔っ払って寝てたから、連れて帰ったんだ。あのままだと風邪引いちゃうから」


 この子にだけは醜態を見られたくなかった。

 羞恥心で顔を俯ける。

 天満はしゃがんで蓮に視線を合わせた。


「よかったら、事情を聞かせてくれないかな? ただごとじゃないよね」


 少しの逡巡のあと、蓮は諦めてこれまでにあったことを話す。

 天満はじっと話を聞いてくれた。


「レンちゃん、イヤじゃなければだけど。私とルームシェアしようよ」


「え……?」


「私も家賃折半できる人探してたんだ。部屋もいくつかあるし、レンちゃんなら気心知れてるから私も安心だな」


 ……結局、天満の厚意に甘えてしまった。

 もと住んでいた場所を引き払い、家具や持ち物を移して一緒に住み始めた。


「仕事はこれから、ゆっくり探していけばいいよ。焦らなくていいからね!」


 天満は会社勤めらしい。

 彼女は人付き合いが上手いし、きっと毎日楽しいんだろうな。

 蓮は心がささくれ立つのを感じていた。


 こうして、心機一転、仕事探しを始める。

 しかし、理由が理由だけに面接で上手く説明できず、難航を極めた。


 そんな中で、動画サイトを見ていて麻雀というものを知った。

 もちろん、蓮は自分がプロ雀士になれるとは思わない。

 それはプロに対する侮辱だ。

 彼女が着目したのは、VTuberがたしなみとして麻雀の配信をしていること。

 自分がVTuberとして配信をして、少しでも収益を得る。

 それで、少しでも天満との2人の家にお金を入れられたら。

 そんなささやかな夢を抱いて、蓮は麻雀の勉強を始めた。


 とはいえ、最初はルールもよくわからない。

 図書館に通い、麻雀に関する本を読み漁って、なんとか概要を掴もうとする。

 無職の利点は時間があること。

 こうして、いつでも図書館という知識の宝庫にアクセスできる。


 最初は半分も理解できなかったけど、気に入った本は自分で買って読み込んだ。

 麻雀の基本は4メンツ1雀頭。

 役の種類と作り方。

 手作りのコツと、待ちの種類を増やす方法。


 基本ルールを頭に叩き込み、あとは段位戦やVTuberの参加型配信に潜り、ひたすら打ちまくる。

 そうやって、レンホー・立直の原型はできていった。


 自分で立ち絵を描き、必要な機材を買う。

 購入資金は退職金をはたいた。

 痛い出費だったけど、結果的にこの選択は間違いではなかったと思う。


 こうして、レンちゃんは当初はひとりで配信活動を始めた。

 昼間は受注サイトでイラストの小さな依頼を受け、夜には配信をする。

 その生活サイクルは今も変わらない。


 そのうち、天満も麻雀に興味を持った。


「ね、レンちゃん。私にも麻雀教えてよ」


 彼女に請われるままにルールと遊び方を教える。

 天満はわざわざゲームアプリまでインストールしてくれた。


「麻雀って面白いね」


 ニコニコ笑う彼女に、麻雀を教えるのは楽しい。

 しかし、次の台詞には度肝を抜かれた。


「私も一緒に配信したい! レンちゃん、立ち絵描いてよ!」


 しかも、彼女はその場で報酬を振り込んでくれたのだ。


「そんな、お金なんていいよ……」


「何いってんの。プロに対してお金を払うのは当たり前でしょ」


 会社で道具のように使い潰されたレンちゃんの胸に、その言葉がスッと染み入る。


「その代わり、素敵な立ち絵を描いてよね!」


「……うん、うん……! 私、頑張るから……!」


 目から熱いものが溢れてくるのを止められなかった。

 それから、当時の自分が持てる技術の粋を詰め込んで描いた立ち絵が、今のテンホー・立直とレンホー・立直だ。

 ずっと灰色だった視界に、テンちゃんが選んだ「赤」が飛び込んできた。

 筆を動かすたび、止まっていた時間が動き出す音がした。

 そして、そのイラストが、レンちゃんのフリーランスになってからの実績第1号である。


 これが、『ツモってあそぼ!』の立ち上げ、そして立直姉妹の始まりの物語。

 テンちゃんとレンちゃんは、いつだって隣り合って配信に登場する。

 弱くても、楽しい雰囲気の配信を心がけて、少しずつ登録者を増やしていった。


 ――期待値なんて、あの頃のレンちゃんにはどうでもよかった。

 1パーセントでもいい。

 この家で、テンちゃんの隣で笑っていられる確率を上げたかった。

 ただそれだけだった。


 そして、今はユエや純ママといった麻雀仲間もできた。

 レンちゃんは、紆余曲折あったけれど、今の生活が何よりもかけがえがなく、大切な居場所だと思っている。


 ――レンちゃんはそっと目を開けた。

 ベッドの近くには、テンちゃんとユエが眠っている。


「あら、目が覚めた?」


 純ママが「しーっ」と人差し指を唇に当てながら、毛布をそっと2人にかけていた。


「具合はどう?」


「ええ。もう大丈夫です」


「みたいね。いい顔に戻ったわ」


 純ママは満足そうに笑う。


「アタシはそろそろ帰るわよ。漢女(おとめ)とはいえ、女の子の部屋で一夜を明かすのはちょっとね」


「純ママ。……ありがとうございます。卵がゆ、美味しかったです」


「どういたしまして。喜んでもらえてよかった」


 目を細めて頷くと、純ママは荷物をまとめて、「じゃあね」と部屋を出ていった。

 玄関まで見送ると、改めて鍵をかけ直す。

 マンションとは言え、女だけの生活空間だ。

 防犯意識を忘れたことはない。


「ふう……」


 台所でコップ1杯の水を飲んでから、部屋に戻る。

 テンちゃんは純ママのかけてくれた毛布を蹴飛ばして眠っていた。


「相変わらず寝相悪いんだから……」


 一方のユエは、まっすぐな姿勢で微動だにしない。

 性格が寝相にも出るのかな、と思いながら、テンちゃんに毛布をかけ直す。


「……明日から、また配信頑張ろう」


 いや、配信は頑張るようなものでもない。

 テンちゃんがいてくれるおかげで、毎日充実している。

 リスナーのみんなに心配かけちゃったから、まずはそれを配信冒頭で謝ろう。

 レンちゃんは机に雑然と置いた麻雀の教本を手に取る。

 眠くなるまで、本をパラパラと読み返してみた。


「……麻雀、楽しいな」


 彼女の口は、自然と笑んでいた。

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