↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツモってあそぼ!〜VTuberたちの麻雀コラボ〜  作者: 永久保セツナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/11

第7局 努力と執念の女

 レンちゃんは夢を見た。

 色のない世界で、かつての上司の罵倒が聞こえる。


「お前の努力は方向が間違っている」

「効率が悪いんだよ」


  かつて投げつけられた言葉たちが、冷たい雨のようにレンちゃんの心に降り注ぐ。


(……わかってる。私には才能がない。だから、人より動かなきゃいけないのに――)


 彼女をせせら笑う声。

 デスクの上に積み上げられた、やり直しの書類……。


 ――ああ、これは「あのとき」の再演だ。

 夢だとわかっていながら、それはレンちゃんのトラウマを刺激した。

 早く、目を開けないと。

 必死に夢の世界から逃げ出そうと抵抗する。

 そんな彼女の手を、誰かが握って――。


 レンちゃんは汗びっしょりのまま、うっすらと目を開けた。

 ベッドの脇には、心配そうに覗き込むテンちゃんがいる。


「大丈夫? うなされてたよ」


 テンちゃんはレンちゃんの額の汗を、濡らしたタオルでそっと拭った。


「……平気」


 ――あなたが私の手を握ってくれたから。

 いつだって、レンちゃんを救ってくれる手を、そっと握り返す。


「……私、なんで寝てるんだっけ」


「純ママとユエさんと打ってて、知恵熱を起こしたんだよ。覚えてない?」


 純ママの配信チャンネル、「スナック純・電脳支店」。

 そこで熾烈な対局を繰り広げ、配信を終えた時、レンちゃんはドッと力が抜けた。

 死に物狂いで立直一発ツモを決めて、豪運の怪物――純ママに一矢報いたのだ。

 そのあと、対局がどんな結果だったか、覚えていない。

 ただ、「あ、これ知恵熱出てる」と遅れて気付く程度には頭が熱くなっていて――。


「レンちゃんが倒れちゃって、びっくりしたよ~」


 テンちゃんは「食べれる?」と皮をむいたリンゴを差し出す。

 だいぶ皮を厚く削ったらしく、いびつな形になっていた。

 しかし、レンちゃんは文句を言わない。

 テンちゃんが自分を思ってむいてくれたリンゴだ。

 彼女の指に絆創膏が貼られていないだけ奇跡だと思おう。


「ごめん……今夜の配信だけど……」


「配信はお休みだよ。だから、気にしないで寝てていいからね」


「え? でも、テンちゃん1人でも配信は回せるでしょ」


「何いってんの。私にはレンちゃんを看病するっていう大切な役目があるんだから!」


 テンちゃんは「それにね」と続けた。


「私はレンちゃんと一緒に麻雀できないなら配信はお休みでいい」


 それが、レンちゃんの心を打つ。

 おそらく、彼女が一番ほしかった言葉だ。


 テンちゃんがSNSに『レンちゃんが知恵熱でダウンしちゃったので、今夜はお休みします!ごめんね!』と投稿する。

 瞬時に流れてくる『レンレンお大事に!』『昨日の数え役満はそりゃ脳が焼けるわw』『ゆっくり休んで!』という温かいリプライの嵐。

 それを眺めているだけで、レンちゃんの心のトゲが少しずつ溶けていく。


「……ありがとう、テンちゃん」


「うん! それじゃ、おかゆ作るね」


 そこへ、マンションの1階玄関からの呼び出し音が聞こえてきた。

 テンちゃんは「はいはーい」とインターホンへ向かう。


「あっ! 今開けるね! エレベーターあるからそれで上がってきて!」


 数分経って、ビニール袋のガサガサした音を立てながら、ユエと純ママが部屋に入ってきた。


「ちょっとぉ! レンちゃん、麻雀のやりすぎで知恵熱出したってホントぉ!?」


「純ママ、声が大きいです。レンホー・立直の身体に響きます。それに、知恵熱が出た原因、あなたですよ」


「あらっ、ごめんなさいね。アタシは卵がゆでも作ろうかしら。材料買ってきたのよ」


「レンホー・立直。私からは完全栄養ゼリーです。リンゴ味なので栄養ドリンクよりは飲みやすいかと」


 ユエがレンちゃんに渡したゼリーのパッケージは銀色で、いかにも効率重視の彼女らしいが、わざわざリンゴ味を探してくれたのだろうという気遣いが、レンちゃんにも嬉しい。


「ふたりとも、ありがとう!」


 テンちゃんも自分のことのように喜んでいる。


「テンちゃん、台所借りてもいいかしら? どこに何があるか教えてくれると助かるわ」


「うん! こっちだよ~」


 テンちゃんと純ママがおかゆを作るために台所へ向かった。

 その間、ユエはレンちゃんの世話を焼く。


「ひどい汗ですね。着替えは必要ですか? 身体を拭きますか?」


「背中だけ拭いてもらおうかな。自分の手じゃ届かないから」


 レンちゃんがパジャマの背中の部分だけたくし上げ、ユエが濡れタオルでそっと汗を拭き取った。

 冷たいタオルの感触が、レンちゃんの体温を心地よく下げていく。

 レンちゃんの着替えの入ったタンスからパジャマや肌着の替えを出そうとしたユエ。

 しかし、その視線はレンちゃんの机に吸い寄せられた。

 そこには、大量の麻雀教本がところ狭しと置かれている。


「レンホー・立直。これまで、血の滲むような努力を積み重ねてきたのですね」


「それを見られるのは恥ずかしいけどね……」


 レンちゃんの顔が赤いのは、熱のせいなのか羞恥心のせいなのかは分からない。


「なぜ、恥ずかしがる必要があるのですか? 努力する人間、向上心のある人間は敬うべき存在です」


「でもさ……努力しても届かない、ってやっぱりしんどいよ」


 レンちゃんの声には悔しさが滲んでいた。

 彼女がどんなにあがいても、テンちゃんのように楽しんで打つことは出来ない。

 ましてや、純ママのような豪運の怪物に雀卓をひっくり返されてはたまらない。

 力の入らない拳を握るレンちゃんを見ながら、ユエは首を傾げている。


「レンホー・立直。先日の対局で純ママ……いえ、私たち全員の度肝を抜いたあなたが、そんなことを言うとは心外ですね」


「え? 心外……?」


「そうです」


 ユエは無表情のまま、レンちゃんのベッドの脇に座り、着替えを布団の上に置いた。


「あの対局での『1000点あれば立直はできる』――少なくとも、この私の胸を騒がせるほどには格好良かったですよ」


「あ、ありがとう……?」


「ですから、どうかご自身を卑下しないでください。一見泥臭い努力と執念こそが、あなたの強さの秘訣だと私は推測しています。先ほども申し上げましたが、努力する人間、そして最後まで諦めない人間は尊敬と賞賛に値します」


 ユエは立ち上がると、「着替えが終わったら声をかけてください」と廊下に出る。


 ――……今の言葉、裏ドラが3枚乗った時より心臓に悪いんですけど。


 無機質なはずのユエの言葉が、今のレンにはどんな教本の金言よりも力強く響いた。

 レンちゃんはユエの言葉を噛み締めながら、着替えをそっと手に取った。

 着替えが終わったタイミングで、コンコンとドアがノックされる。


「卵がゆ作ったけど、お腹は空いてるかしら?」


 純ママがお盆におかゆの入ったどんぶりを運んできた。

 彼女の200cm近くある巨躯には、どんぶりが小さく見える。


「すっごいよ、レンちゃん! 純ママが出汁から取った本格的なやつだよ!」


「おいしそう……お腹空いてきたかも」


 おかゆから漂う香りに、レンちゃんの腹の虫も思わず鳴き出した。


「私もおかゆ食べたーい! でもレンちゃんのために作ったやつだもんね」


「あら、大丈夫よ。多めに作ったから、アタシたちも夕飯にしましょ」


「やったー! 純ママ有能!」


「デキる漢女(おとめ)と呼んでちょうだい」


「それでは、ちゃぶ台を持ってきましょう。折りたたみ式の小さいものがあったはずです」


 ユエは年末年始に立直姉妹の家に滞在していて、どこに何の家具があるか、ほぼ把握している。

 4人はレンちゃんの部屋で一緒に食事をした。


「……うん。だいぶ熱下がったね」


 テンちゃんはレンちゃんの体温計を見て、安心したように頷く。


「でも、無茶はしちゃダメよ? 今夜の配信は予定通りお休みしなさい。麻雀はいつでも打てるし、牌はどんなに時間がかかってもアナタをちゃんと待ってくれるんだから、ね?」


 ツン、と純ママが額をつつくと、「わ、わかってます……」とレンちゃんは渋々といった様子で頷いた。

 その様子だと、無理を押して配信をするつもりだったのだろう。

 ユエからもらった完全栄養ゼリーをジュー……と吸うと、喉越しが良く、胃に優しい感じが心地よい。

 やがて、レンちゃんはウトウトとしてくる。


「おねむかしらね? それじゃ、アタシたちは邪魔しないように部屋を移動しましょうか」


「ううん、レンちゃんは1人きりよりみんなと一緒にいたほうが楽しいと思う」


「そうなのですか? そういったタイプには見えないのですが」


「レンちゃん、意外と寂しがり屋なんだよ」


 ――テンちゃん、うるさいなあ……。

 彼女に文句のひとつでも言ったほうがいいのだろうが、レンちゃんの身体は自分のものじゃないみたいに重い。

 やがて、意識が泥のように溶けて、夢の中に沈んでいった。


 ――でも、またあの夢を見るなら、みんなが一緒にいてくれたほうが助かるのはそうかな。


 眠りに落ちるレンちゃんの口角は、わずかに上がっている。

 3人の騒がしさが、彼女にとっての一番の子守唄だったのだろう。

 幸いなことに、レンちゃんは、その夜は恐ろしい灰色の夢を見なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。