第6局 反撃の立直
「――いらっしゃい。ここは雀士たちの終着駅……『スナック純・電脳支店』にようこそ」
配信画面の背景は昭和を思わせる酒場の画像。
そこに純ママの立ち絵が微笑んでいる。
キューティクルの輝く、長いプラチナブロンドの髪。
長い睫毛に通った鼻筋。唇には赤いリップを塗っていた。
その美貌に似合わぬ、筋骨隆々の身体。
露出の多い服の胸元からは豊満な胸筋が見える。
純ママは、見目麗しき漢女である。
『今回、コラボ配信ってマジ?』
『ママって一緒に打ってくれる友達いたんだ』
「んまっ、失礼ね! アタシにだって麻雀仲間くらいいるんだからね!」
リスナーのコメントをいなして、純ママは笑っていた。
「ま、そういうわけで、今回は迷える子犬ちゃんたちが来てくれてるわ」
「たのもー!!」
「こんにちは。本日はよろしくお願いいたします」
「子犬……」
パッと立ち絵が表示されると、テンちゃん、レンちゃん、ユエがそれぞれ挨拶をする。
『なるほど、これが今回の生贄ですか』
『可愛い女の子を飛ばして泣かすなよ~?』
「大丈夫よぉ! この子達はちょっと点棒を根こそぎ奪っても泣いたりするような弱い子たちじゃないわ」
「飛ばすのは確定なんですね??」
レンちゃんには、とても冗談には聞こえなかった。
「レンちゃん! 今回こそは純ママから点棒を奪えるように頑張ろう! やるぞー!」
「そうだね……。前回はえらい目にあったから、一矢報いたい」
テンちゃんの言葉に、ぎゅっと拳を握る。
「役満VTuberの牌譜も貴重なデータになります。なんとしても解析・解明してみせる……!」
ユエは前回の対局で14万4000点を支払う羽目になった牌譜を保存しそこねていた。
メガネの奥の瞳には熱い光が走っている。
「うんうん♡ 気合充分ね♡ それじゃ始めましょ」
背景が麻雀ゲームの雀卓に切り変わった。
「テンちゃん、ユエさん。なんとしても純ママに親番を与えないように、早く和了って高速で流していくのがいいと思う」
「その戦法が賢明でしょう。ただし、スピードを重視しすぎて鳴きを増やすと相手の思うツボ。平常心と冷静な対応が必要になるでしょう」
「うん! 気合でなんとかする!」
3人で結託して純ママに立ち向かうことにする。さながらゲームのレイドバトルの様相だ。
「かかってらっしゃい。一緒に楽しく遊びましょ♡」
ラスボス――純ママは変わらず、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべていた。
麻雀牌が4人に配られ、全員打牌しながら手牌とにらめっこをする。
「純ママ、さっきの話だけど……」
「ん? どれのこと?」
テンちゃんを見て、純ママは首を傾げた。
「一緒に打ってくれる友達がいないって、リスナーさんが言ってたけど……ママは普段どんな配信をしてるの?」
「ああ、それね」
純ママは牌を切りながら、事情を話し始める。
「アタシ、普段は段位戦やってるとこを配信してるのよ。もちろん、配信者モードで相手の名前は隠してね」
「参加型配信はあまりしていない、ってことですか」
レンちゃんも話に混ざった。
「だぁって、アタシがうっかり飛ばしちゃうと、だぁれも参加してくれなくなるんだもの」
純ママはつまらなそうに口を尖らせる。
その様子を見ていたリスナーもポツポツとコメントし始めた。
『ママはなんか、一緒に打つと「そうはならんやろ!!」ってなること多くて、こっちの精神ガッツリ削られるんだよね』
『っていうか、東1局で役満砲撃って即終了、みたいなパターン多いよな』
「牌がそうしてくれっていうから仕方ないわねぇ」
純ママは「じゃあこうしましょう」と提案する。
「今回は牌の声は無視するわ。もう少し長く対局できるようにする」
『出た、ママの「手加減(大嘘)」』
『前回それ信じて凸したニキが、東1局で四暗刻単騎食らって配信開始5分で解散になったの忘れてないからな』
『純ママの「楽しく遊びましょ」は「死ぬ気で来い」の合言葉なんだよなぁ……』
勝手知ったるリスナーたちは震えている。
「それはダメです」
レンちゃんは首を横に振った。
「それ、手加減してくれるってことですよね。気持ちは嬉しいですけど、私たちはそれじゃ喜べません」
「でも……」
「だってさ、それじゃ純ママがつまらないでしょ?」
テンちゃんの言葉に、純ママは驚いたように目をパチパチさせる。
それから、フッと微笑んだ。
「……アタシったら、ダメね。相手に対する敬意を欠いたばかりか、こっちが気を使われちゃったわ」
「麻雀はみんなで楽しく打つものだよ! 勝っても負けても、みんなが笑えるのがいい!」
「テンさんの言うとおりですね」ユエも同意する。
「それに、本気で打っていただかないとこちらも困ります。対策を練るために、牌譜データが必要ですから」
ユエの言い分に、純ママは声を出して笑った。
「ユエちゃんらしいわねぇ。わかったわ。楽しい対局にしましょう」
4人で喋りながら打牌を進め、純ママが立直をかける。
「予想はしてましたが、速い……っですね!」
ユエの牌効率を詰め込んだ頭脳をフル回転させても、牌の引き運には限界があった。
純ママは、あまりにもテンパイが早い。
こうなると、他の3人は放銃を避けるため、安全牌を捨てて防御に回るしか手の打ちようがない。
――でも、ベタオリにも限度がある。安全牌を捨て続ければいずれ万策尽きる。
純ママが捨て続ける牌、他の2人が捨てて通った牌、さらには安全スジになる牌まで推測して捨て続けるのは、いつ放銃するかというプレッシャーもあって、レンちゃんの脳が熱を帯びていった。
「それ、ロンね」
「しまっ……!」
レンちゃんが迷って出した牌が純ママに捕捉される。
立直、混一色、三暗刻、小三元、ドラ2。子の3倍満、24000点。
「前もこんなことあったわね。さあ、レンちゃん。ここからどうする?」
純ママは微笑みを浮かべたまま、レンちゃんを見つめた。
四麻での初期値は25000点。
レンちゃんは24000点を持っていかれて、残り1000点の崖っぷち。
「レンちゃん……!」
「……大丈夫」
しかし、テンちゃんの心配そうな声音に、レンちゃんはなぜか落ち着き払っている。
「次は私の親番。……知ってる? 親番で無限に和了れば、理論上は勝てるんだよ」
「それは論理的と言えるのでしょうか。レンホー・立直らしくもない言葉ですね」
レンちゃんもそんなことは百も承知だ。
ただ、虚勢を張っていないと崩れ落ちそうになる。
東2局。
純ママはレンちゃんの親を流すために、積極的に鳴いていった。
白と中が彼女の雀卓の端にポンされている。
「ママ……もしかして、發持ってる?」
「さあ、どうかしら」
もし、純ママの手持ちに發が2枚あった場合、誰かが發を捨てればそれをポンされて大三元――役満が成立する。
しかし、そんな愚かなことをするのはテンちゃんくらいのものだし、さすがの彼女だってそのくらいは警戒するだろう。
つまり――既に發は3枚持っていて、あとは和了を待つだけ、という可能性が濃厚。
レンちゃんはつばを飲み込んだ。
口の中がカラカラに乾いている。
――それでも、引き下がれない。
「純ママ、あなたが私を飛ばさなかったのが誤算だったって証明してみせます」
レンちゃんは雀卓の真ん中にリーチ棒を叩きつけた。
「――1000点あれば、立直はできる……!」
流れ出す立直BGM。
ユエが息を呑む。
テンちゃんも目を丸くして黙ってしまった。
純ママだけが愉快そうに口の端をつり上げる。
「いいじゃない、いいわ! レンちゃんのそういう度胸、アタシ大好きよ!」
「それはどうも……!」
起死回生をかけた一手。
しかし、それは背水の陣でもある。
立直をするためには1000点を供託する必要がある。
つまり、今のレンちゃんの点棒は0。
これで放銃すれば、彼女の持ち点はマイナスになって即終局という大博打だ。
視界の端で、デジタルの点棒表示が「1000」と頼りなく点滅している。
――……次、私が振り込めば終わる。でも、逃げたらどのみち純ママに食い殺されるだけ。
指先が熱い。
脳が、膨大な牌の組み合わせを計算しすぎて、限界の悲鳴を上げているのがわかった。
レンちゃんは雀卓を睨む。
――お願い、誰か当たり牌を捨てて……!
レンちゃん以外の3人が、次々と牌を切っていく。
純ママ……違う。
ユエさん……違う。
テンちゃん……違う。
……どれも、当たり牌ではない。
ここまでか――。
1巡して、半ば絶望しかけていたレンちゃんが牌を引いた。
その牌を見て、彼女の時間が一瞬止まったように固まる。
「レンちゃん……?」
テンちゃんが心配そうに見つめた、次の瞬間。
「…………ツモ……!」
レンちゃんが牌を置く。
開かれた手牌。
「そんな……! 一発ですか!?」
ユエが驚愕の叫びを上げた。
リスナーたちもざわめき出す。
『おい待て、数えろ。立直一発ツモピンフタンヤオ三色一盃口……』
『ドラ2に裏2!? ぴったり13翻……数え役満だあああ!!』
『1000点からこれ引くの、主人公すぎるだろ……』
「……嘘……!?」
「うわあああ! レンちゃん! やったやった! 役満だよこれ!」
テンちゃんは隣にいるレンちゃんを思いっきり抱きしめた。
「あら、裏が乗るなんて、なかなか運が良いじゃない」
「……計算不能。いえ、計算はできますが、この状況で数え役満をテンパイし、一発でツモり、さらに裏ドラを2枚乗せる確率……。レンホー・立直。……あなたは、ロジックを超えましたか」
親の数え役満により、レンちゃんには48000点が入る。ツモなので他の3人が16000点ずつ支払う形だ。
「面白くなってきたわぁ! 久々に『遊んでる』感じする!」
純ママが思わず舌なめずりをする。
「よーし! 私もレンちゃんに負けないように頑張るぞ~!」
「レンホー・立直……やはり侮れない相手ですね……」
こうして、「スナック純・電脳支店」での夜は更けていく……。
翌日、レンちゃんが知恵熱を起こしたのは無理からぬことだろう。




