第5局 豪運の暴力
「テンさん~……。みかん剥いてください~……」
「ユエさん、とろけてるねえ」
――年が明け、1月5日。
ユエが立直姉妹の住むマンションに滞在して、この日が最終日。
……なのだが、彼女はこたつから出ようとしない。
「これが日本の誇る最終堕落兵器……。テンさんにみかんを剥いてもらい、口に運んでいただく……。私の論理回路に致命的なノイズが……『多幸感』が流れ込むぅ……」
「お雑煮できたよ」
レンちゃんがお盆に3人分の丼を運んできた。
完全栄養もち……ドドメ色のおもちがカマボコやニンジン、シイタケと一緒にプカプカと浮いている。
「ここのところ、ずっとお雑煮だね」
「おもちって余りがちだよね……でもこんな怪しい色のおもちなのに普通に食べられるのが逆に怖い」
「この効率的な色は昆布を使用しています。健康に害はありません」
「本当にぃ……?」
お喋りしながら一緒にお雑煮を食べていた。
「ユエさんにはいくらでもいてほしいけど、私も明日から仕事なんだ」
「ええ、わかっております。私もこれ以上はお邪魔しません」
申し訳なさそうなテンちゃんに、ユエは真剣に頷いた。
「……それはそれとして、この魔力には、抗え……ません……スヤァ……」
「帰る準備してね?」
おお、なんということだ。
機械仕掛けの月女神は、こたつの中で陥落している。
レンちゃんはそっと彼女の隣にスーツケースを運ぶのであった。
ユエが昼頃にマンションを出たあと、夜になって立直姉妹は配信を始める。
「こんばんは~! そしてあけましておめでとうございます! 今年も『ツモってあそぼ!』をよろしくね~!」
『あけおめ~!』
『テンレンに会いたかったよ~!』
『VTuberが稼ぎ時の年末年始に休むなよ!(笑)』
配信が始まった途端に、待ちわびたリスナーたちによるコメント爆撃が滝のように流れていった。
「ごめんごめん! 年末年始はオフでユエさんと一緒に過ごしてたんだ~!」
『は? いつの間に仲良くなったんだ??』
『あなたたち、めちゃくちゃギスギスしてませんでした……?』
『ふふん。羨ましいでしょう』
『!?』
『今、コメントにユエさんいなかった?』
実のところ、ユエはテンちゃんの観察のために、コメントはせずとも毎回配信をチェックしているのであるが。
「ということで、早速参加型配信を始めましょう。『参加希望』の4文字を打って参加待機列に並んでくださいね」
レンちゃんが友人戦のルームを作成し、リスナーの待機列を捌いていく。
「よーし! 今年こそド派手に勝っちゃうぞ~!」
『お、新年早々、飛び宣言?』
『フラグ立ってるぞ~』
「飛ばないし、フラグもへし折るもん!」
ふんす、と気合を入れて雀卓の画面を睨むテンちゃん。
そこへ、『こんにちは』とコメントが飛び込んでくる。
『あら、なんだか、楽しそうな場所に来ちゃった♡』
「わ、初見さんだ! いらっしゃいませ~!」
『アタシも一局、打ってもいいかしら?』
「どうぞ。『参加希望』と打ってくだされば、次の局でお相手しますよ」
そして、参加待機列に名前が表示される――。
『ぎゃああああああ!? 純ママだぁぁぁ!?』
『やべぇやつが来たぞ! 立直姉妹逃げろぉぉぉ!!』
「え? なに?」
にわかに騒ぎ出すリスナーたち。
立直姉妹はその反応に困惑した。
『あらやだ! アタシったらすっかり噂の的になっちゃって……有名人ね♡』
嵐の中心と思われる謎のリスナー……『純ママ』は、まったく動じていない。
一方のテンちゃんは――。
「わぁ~! みんな知ってるユエさんや純ママが来てくれるなんて、うちのチャンネルも大きくなったもんだねえ、レンちゃん」
「まだ100人規模だからまだまだだよ」
……テンちゃんは相変わらずマイペースにしてボジティブ。
他方、レンちゃんは話を合わせつつ、純ママの動向を見る。
――やべぇやつ、ってリスナーは騒いでる。
もしも荒らしとかだったら、ブロックしなきゃ。
しかし、そのわりには純ママは穏やかな態度だし、危ない人間には見えない。
先の対局が終わり、純ママと打つ回になったが、参加待機列のリスナーはみんな辞退を始めた。
『やだ! 拙僧やだ!』
『純ママと打ちたくない!』
一様に怯えるリスナーたち。
しかし、純ママはそれに傷つく様子もない。
『んもう、ちょっと飛ばされたくらいでトラウマになったの? 肝っ玉が小さいわね♡』
「困ったね。参加者がいなくなっちゃった」
「じゃあ三麻で打つ?」
そこへ、『参加希望』の文字が流れてくる。
『では、私が一局打ちましょう』
ユエが珍しく参加してきたのだ。
「ユエさん! 助かった~。じゃあ、この4人で四麻打とうね!」
テンちゃん、レンちゃん、ユエ、純ママ。
この4人の対局が、のちに彼女たちの運命の夜となる。
『……純ママ。「スナック純・電脳支店」というチャンネルで参加型配信をしているVTuber、ですね』
ユエが牌を切る合間にコメントを打った。
『あら、詳しいわね。アナタも同業者かしら?』
『そんなところです。しかし、あなたが本物だとしたら、油断はできませんね』
「純ママってユエさんが警戒するほどすごい人なんだ!」
『…………まあ、噂に聞く限りでは、色々、すごい人ですよ』
ユエが含みのある言い方をしていて、レンちゃんは心に引っかかりを覚える。
――あのどストレートな物言いをするユエさんが、言葉を濁している……只者じゃないんだ。
「ねえねえ、レンちゃん! 今度、純ママの配信も遊びに行こうよ! スナックだっけ?」
「テンちゃん、対局に集中して。今回の相手はヤバそうだよ」
『そんなに固くならないで、お手柔らかに、ね?』
おそらく、純ママは画面の向こうでウィンクでもしてそうだ。
「よーし、なんかカンのボタン出てきたから押しちゃお!」
「テンちゃん??? なんでそういう危なっかしいことするの???」
テンちゃんは4つの牌を雀卓の右端に寄せる。
『あら、じゃあアタシもカンしちゃう♡』
純ママがカンした途端、右端に置かれた4つの牌がピカピカと輝き出した。
『あら~♡ 牌が喜んでるわ~♡』
「それ、ドラが乗ってるんだよ! すごーい、ドラ4だ!」
「!?」
レンちゃんは背筋に悪寒が走る。
ドラ4……これを和了られたら最悪、満貫以上になる。なんとか和了を阻止しないと。
早く和了の形を作るために、ポンを鳴いて手を早めようとした。
『あら……それ、ロンよ?』
「な……ッ!」
純ママの手牌が開かれる。
……手牌にはドラがさらに2枚、そして赤ドラも2枚。
「タンヤオに、ドラ……8……」
倍満、24000点をレンちゃんがひとりで支払う。
四麻は全員初期値が25000点なので、彼女はわずか1000点まで追い込まれた。
レンちゃんはめまいがするのを感じる。
『レンレン! 気をしっかり持って!』
『やべぇよ……やべぇよ……』
リスナーもアワアワと騒ぎ出した。
『さあ、連荘するわよ~♡ がんばるぞい、っと♡』
純ママの言葉に悪意は感じられないが、彼女が無自覚に卓を破壊しているのはレンちゃんにも分かる。
――とんでもない怪物が、笑顔のまま嵐のようにやってきた。
「ねえねえ、純ママ! 麻雀で勝つコツとかあったら教えてほしいな!」
テンちゃんだけが、この脅威を分かっているのかいないのか、いつもと変わらない。
『簡単よぉ。牌が喜ぶことをしてあげればいいの』
『……意味不明。麻雀におけるオカルトを信じるタイプですか?』
『え? オカルトじゃないわよ。聞こえないの? 牌がこうしてほしいって声』
『……理解に苦しみます。いったい、なにを言って……』
『例えばね。これが来たときにこれを切ったら、次はこれが来るわけ』
純ママは何事もないように、平然と妙な話を続ける。
『でね、なんだか綺麗に揃ったわ、ってなるわけよ。――ツモ』
トン、と引いた牌が卓上に置かれ、手牌がオープン。
――字牌が、綺麗に並んでいた。
麻雀のアプリゲームが、自動的に成立している役と翻数、点数を計算してくれる。
四暗刻単騎、字一色。親の3倍役満、144000点。
『……14万4000点……こんなの、銀行の振り込みじゃないですか……』
ユエが愕然としていた。
ツモのため、点数はテンちゃん、レンちゃん、ユエの3人で折半し、1人48000点支払うことになる。
……全員マイナス点のため、ここで終局だ。
『あら、終わっちゃったわ。もう1回遊ぶ?』
「純ママすっごーい! 他に参加者いなかったらもう1回リベンジしたい!」
「……テンちゃんは、この絶望の中でどうして平然としていられるの……」
レンちゃんもユエも、魂が抜けたように脱力していたのであった。
結局、『次は手加減してあげるわね♡』と言いつつ、ドラを乗せまくる純ママに誰も勝てない。
豪運の暴力は理不尽なまでに雀卓を焼き尽くす。
配信の終わり際、純ママは『今度、スナック純にもいらっしゃい』とコラボの約束をして去っていった。
爆散するユエのメガネ、泡を吹くレンちゃん。
テンちゃんだけが「今回の対局すごかった! 切り抜き作ろう、切り抜き!」と興奮していたのである。




