第4局 麻雀しながら年越しを
「レンちゃん! これも買おう!」
「ダメ。無駄遣いしないで」
年末のスーパーマーケット。
レンちゃんはテンちゃんの持ってきたポテトチップスを見て、首を横に振る。
「ええ~っ、無駄じゃないもん! せっかくユエさんが遊びに来てくれるんだから、おもてなしのためのお茶請けは用意しないと!」
「ユエさんだったら『カロリーの過剰摂取です』って拒否しそうだけど。っていうかテンちゃんが食べたいだけでしょ」
レンちゃんは商品の値段を見ながら、食材を買い物かごに入れていった。
――発端は、いつものテンちゃんの『行動力の化身』とも言えるフットワークの軽さである。
彼女はユエに「一緒に麻雀しながら年越ししよ!」と連絡し、立直姉妹の家に招待したのだ。
ネット上の相手とオフで会うのは初めてのことで、テンちゃんから話を聞いたレンちゃんは驚いたものだった。
「あのね、テンちゃん。もしユエさんが性別を偽って男性だったらどうするつもりだったの?」
「え? 麻雀打つのに性別関係あるの?」
「違う、そうじゃない」
――本当に、この子は私が守らなければ……。
あまりに無垢で、人の悪意を知らなすぎる。
まあ、そもそも人の悪意に敏感であれば、彼女を「駄牌」などと罵倒したユエを家に招くなど普通はしないだろう。
レンちゃんはテンちゃんに気付かれないように、小さくため息をついた。
買い出しを終えて、帰宅した2人は部屋の掃除を始める。
大掃除は既に終えて、あらかたホコリを落としたのだが、お客様が来るのであれば隠したいものの1つや2つはあるものだ。
「わー! 早く片付けないとユエさん来ちゃう! レンちゃん、ゴチャゴチャしたのは一旦全部押し入れに入れちゃお!」
「だいぶズボラな感じするけど、仕方ないか」
和室の押し入れに小物を押し込んで、代わりにこたつ机に買ってきたお菓子を広げる。結局テンちゃんに押し負けてポテチも買ってしまった。
ちょうどいいタイミングでインターホンが鳴る。テンちゃんはオートロックを開けてあげた。
「お邪魔します」
ユエはオフでもメガネの知的な女性だ。なんでも、大学で麻雀サークルに入り、日夜腕を磨いているらしい。
「ユエさん、いらっしゃい!」
テンちゃんが笑顔で迎え入れると、小さく頭を下げる。
カラカラとスーツケースを転がしながら、玄関で靴を脱いだ。
「レンホー・立直。お世話になります。こちら、つまらないものですが」
「あ、これはご丁寧に」
レンちゃんは箱を受け取って、パッケージを怪訝な目で眺めている。
「何もらったの? 食べ物?」
テンちゃんが手元を覗き込んだ。
「完全栄養もちだって」
「おお! お雑煮にぴったりだね!」
「すごい……効率良さそうな色をしてるね……」
レンちゃんは首を傾げつつ、台所のテーブルにそっと置く。
年明けにお雑煮に入れてみんなで食べる予定だ。
「年末年始は暴飲暴食が多くなりがちな時期ですから。栄養が偏ってはいけません」
「それはそうだね! 私たちの健康を考えてくれるなんて、優しいなあ」
「当然です。テンさんには少しでも長生きしていただかないと。その打牌は、牌譜を集めて分析が必要です。長く生きて対局数が多ければ多いほどデータが取れます」
相変わらずテンちゃんに執着してるなあ……と思いつつ、レンちゃんは居間に案内する。
3人でこたつに潜ると、チョコやポテチをつまみながら、雑談を始めた。
「こうしてオフにVTuberさんとお話するの初めてだから、楽しみだったんだ~」
「通常、ネット上の相手とオフラインで出会うのは推奨されません。犯罪に巻き込まれるケースもあり、たいへん危険な行為です」
「じゃあ、なんでユエさんは私たちと会ってくれるの?」
テンちゃんの質問に、ユエは一瞬、沈黙する。機械が返答を考えているような間だった。
「まず、配信での言動に不審な点がなかったことですね。声紋を解析しましたが、ボイスチェンジャーを使っている痕跡もありません。このことから、おふたりとも女性であることは明確。リスナーからの評判もおおむね良く、SNSでの言動をチェックしてもネットリテラシーを守られていて素晴らしい」
ユエは、早口でまくし立てたあと、また沈黙を挟む。
「……と、建前を並べましたが、実のところ、興味ですね。テンさんに誘われたのもありますが、おふたりの人柄に敬服し、実際に会って言葉を交わしてみたいと思った、その一言に尽きます。好奇心が猫を殺さなければ良いのですが」
「えへへ……褒められてるよね?」
「もちろん」
ユエは表情筋が固いのか、ほとんど無表情だったが、テンちゃんを見る目が優しかった。
その様子を見て、レンちゃんは微笑ましく思いながら席を立つ。
「それじゃ、夕飯にしよう。我が家だと大晦日のうちにおせち食べるんだけど、それでいいかな?」
「ええ、構いません。おせち料理、楽しみです」
「出来合いのものだから、味は保証するよ」
レンちゃんはそれなりに料理はできる。普段からテンちゃんと自分のために献立を考える役割だ。しかし、おせちを作るほどの力量はない。
こたつ机の上に並べられたお重と、その中に小さく盛られたおせち料理。お刺身やローストビーフなども並べられた。
テンちゃんはご馳走に目を輝かせる。
「年越しのタイミングでおそばも出すから、腹八分目にしておいたほうがいいよ」
「おそばも楽しみ! いただきまーす!」
テンちゃんは嬉しそうにサーモンのお刺身を味わった。
ユエはおせちの黒豆を食べて「……美味しい」と呟く。
「おせちを食べたのは何年ぶりでしょうか」
「年越し、普段何して過ごしてるの?」
「特に日常と変わりません。牌譜を検討しながら完全栄養バーを食べて日付が変わる前に寝ます。スポーツ選手がコンディションを整えるのと同じです」
ユエの言葉に立直姉妹は目をパチパチさせた。
「すごい……本当に、麻雀に真剣なんだね」
「ええ。私の親もプロ雀士なので、年末年始は大会で忙しいのです。ほとんど家にいません」
「えっ! プロ!?」
「はい。幼少期より、親から徹底的に麻雀で勝つ方法――牌効率を叩き込まれました」
なるほど、ユエの異常なほどの効率への執着も納得がいく。
「麻雀は効率がすべて。これまで、そう信じて打ち続けてきました。しかし……それをあなたが壊してくれたのです。テンさん」
ユエのテンちゃんを見る目に熱が宿った。
「これからも、その人類には早すぎる神の一手をずっと解析していたい……」
「褒められてる? よね?」
「もちろん。これ以上ない賛辞です」
「テンちゃん……なんかすごい信者を獲得したね……」
実際のところ、テンちゃんは初心者ゆえに破天荒な一手を繰り出しているだけ。
……なのだが、それがユエの機械仕掛けのようなロジックを粉々に破壊してしまったのである。
そうこうしているうちに、年末特番がテレビから流れ始めた。
「あっ、そうだ! 除夜の鐘にちなんで、108回対局しようよ! 1回対局するごとに煩悩もいなくなりそう!」
「108回!? 朝までずっと対局することになるんじゃないのそれ!?」
「1局5分と仮定して、5分×108回=540分。換算すると9時間ですね」
「知恵熱どころか脳が焼き切れるわ! 煩悩の前に私たちが死ぬわよ!?」
レンちゃんが全力でツッコミながらも、結局3人でスマホを取り出して、麻雀アプリで友人戦を行う。
「ああっ! テンさんいいです! そのめちゃくちゃな打ち筋! また貴重な牌譜が手に入りました!」
「うおおー! ポンポンポン!」
「対々和狙ってるのがバレバレなんだってば!」
女3人、かしましく年越しを過ごす夜。
結果的には108回対局する前に全員力尽きてこたつで寝落ちした。
「……ユエさんっていつまで家にいるの?」
1月2日になってもユエは立直姉妹の家に居座っている。
「1月5日頃でしょうか。冬休み、実家に帰ると親が何切るドリルを課題として出してくるので、テンさんのお誘いで滞在することにしました」
「テンちゃん? 私なにも聞いてないんだけど?」
「あれ、言ってなかったっけ」
――だから、スーツケースを転がしてきたわけか。
レンちゃんはやっと合点がいった。おそらく着替えなども持ってきているのだろう。
まあ、テンちゃんも仕事始めは1月5日以降だ。それまではこうして女3人で過ごすのも悪くない。
レンちゃんはそう納得して、ユエからもらった完全栄養もちをお雑煮にぶち込むのだった。




