第3局 初心者ゆえの奇跡
今回はコラボのため、三麻――3人麻雀で行われた。
「テンホー・立直。あなたの不合理な打牌を叩き潰します」
「はあ~? テンちゃんが飛ばされる前にあなたを箱下まで叩き落してあげる」
「うんうん、ユエさんもレンちゃんも白熱してるね! これは撮れ高が楽しみ!」
牌が配られ、3人はそれぞれ自分の手牌を見ながらどんな役が組めそうか考える。
最初の親――東家はユエ。迷うことなく一萬を河に捨てる。
「このチャンネルで三麻初めてだし、リスナーさんに軽く説明しておくね!」
テンちゃんは牌を切りながら喋り始めた。
「三麻は萬子が1と9しかないから、階段が作れないんだ。だから最初に切られることも多いよ」
「一萬や九萬を残しても、雀頭もしくはコーツで使われることが多い。それゆえ、配牌の時点で1枚しかない場合、残しておくのは効率的ではありません」
「なるほど。ユエさんは効率主義ってわけね」
レンちゃんの指摘に、ユエはパチパチとまばたきをする。
「何を言っているのですか? 麻雀とは牌効率が全てです。どこまでも効率を追究し、どこまでAIに近い打牌ができるか、そこに尽きる。ゆえに、私はテンホー・立直を非効率の極致と呼んでいるのです」
「言ってることは正しい。けど……気に入らないな」
レンちゃんが牌を横に曲げ、1000点棒を卓に叩きつける。
その音は、いつもの楽しい配信のそれではなく、冷たく鋭い「宣戦布告」の響きだった。
「――立直」
途端、立直専用のBGMが流れ出す。
『処刑用BGMキター!』
『……あ、これレンレンがマジな時の音だ』
『あ、あのダマテンアサシンのレンレンが立直を……!?』
『行けーっ! 刺せーッ!』
コメント欄が熱気で盛り上がる。
「私は、テンちゃんと私の夢を壊す人間を許さない」
レンちゃんの目は夜の底のような温度をしていた。
ユエは、それを意に介さず、牌を引く。
「……残念。ツモです」
「なッ!?」
ユエの手が引いた牌を置く。
「ツモ、タンヤオ、三暗刻、ドラ3。親の跳満、18000点です」
「――ッ!」
「わ、開幕から高得点だ!」
テンちゃんとレンちゃんの点棒が9000点ずつユエに渡った。
レンちゃんの顔に焦りが浮かぶ。
――この人、言葉に棘がある。けど、間違いなく強い。
テンちゃんをこれ以上、傷つけさせるわけにはいかない。
なんとか和了って親を流さないとまずい、と拳を握りしめた。
「現時点で私のトップ率は87.4%。ここからテンホー・立直が逆転できる確率は、天文学的な奇跡を待つ以外にありません。……無駄な抵抗です」
――……この人、本当に人間? 打ち方に一切の迷いがない……!
レンちゃんは信じがたい思いで唇を噛む。
東1局、親のユエが勝ち越して1本場。
「ダブルリーチ」
「は!?」
第1打からリーチ宣言牌が置かれる。
ユエ専用の冷徹な旋律の立直BGM。
低く、規則的な電子音が、雀卓そのものを制御するかのように鳴り響き、対局者の思考を一拍ずつ追い詰めていく。
「宣言しておきましょう。私は五面張です」
「な……」
「えっ、五面張って待ちが5種類あるってことだよね!? すご!」
声が詰まるレンちゃんに対し、テンちゃんは素直に驚いていた。
「……テンホー・立直。あなたには恐怖という感情が欠落しているのですか?」
「え、怖いけど、別になにか失うわけでもないでしょ?」
テンちゃんの言葉に、ユエはピクリと眉を動かす。
「……なるほど。そうですね。あなたは雀士を職業としているわけでもない。あくまでエンジョイ勢」
ユエの声色には失望が混じっていた。
「では、大人しく私に振り込んで箱下にでも行けば良い」
「せっかくのコラボだから、少しでも長く打てるように頑張りたいなあ」
テンちゃんは事実、いつもよりは慎重に安全牌を探っている。
レンちゃんも無事に打牌し、一巡した。
一方、後方腕組みリスナーの一部は、この状況を冷静に見ている。
『今のリーチ、期待値的には正解だけど、テンちゃん相手に「正解」を打つと死ぬぞ……』
「……立直一発は回避しましたか。しかし、私の優位には変わりない。おまけにダブルリーチでは捨て牌を手がかりに安全牌を探ることも至難――」
「じゃあ私も立直しちゃお!」
「は?」
テンちゃんの追っかけ立直。
ユエの立直BGMが張り巡らせた冷たい支配領域を、テンちゃんのおもちゃの行進のように軽やかな旋律が、無遠慮に塗り替えていった。
ユエのメガネも思わず割れそうになる。
「……この状況で追っかけ? 放銃のリスクが高すぎる。よほど待ち牌が良形? いやしかし……五面張に勝てるわけが……」
動揺するユエは、それでも冷静、平常心を保とうと――。
「あっ! ロン! それロンだよ!」
「はぁぁぁ!?」
ユエは立直をしているため、当たり牌を引くまでは引いた牌を捨て続けなければいけない。
その捨て牌が刺さった。
「……なぜ、この牌で待ったのですか? カンチャン、おまけに残り牌は1枚だけ。あまりに博打すぎる。ハッキリ言ってあなたは頭がおかしい」
「え、なんか立直のボタンが出たから」
「――」
ユエがフリーズしたように動きを止める。
『草』
『ユエさん、五面張をカンチャン1枚に抜かれるとか、これもう呪いだろ』
しかし、リスナーにとって、このテンちゃんの「初心者ゆえの奇跡」もお馴染みのものであった。
「――ありえない。1枚切れのカンチャン待ち? 期待値マイナスの極致。そんな打牌が、私の完璧な五面張を……? ――エラー。計算不能。宇宙の法則が乱れ――」
ボカンッ!
派手な音と共に、ユエの立ち絵のメガネが爆散し、そのまま消滅した。
「ゆ、ユエさーん!?」
「理解不能……。これ以上の対局維持は不可能。レンホー・立直。棄権します。もう私の負けでいいです」
「え、あ、はい」
「お邪魔しました」
ユエは画面から立ち絵を消し、退室する。
『なんだったんだ……?』
『嵐のような女だったな』
リスナーたちがざわめいたあと、テンちゃんは「レンちゃん、どうしよっか」と話し合う。
「配信終わりにする?」
「まだ時間余ってるから、通常通り参加型配信に戻そう」
「はーい! じゃあ『参加希望』で受け付けるよ~!」
――こうして、『ツモってあそぼ!』は平和を取り戻した。
ユエは、ひとりで反省会を行っている。
「テンホー・立直……いったい何者なの……。私の効率を追究した脳髄にバグが混じったような感覚……解析しなければ……」
実のところ、テンちゃんは初心者ゆえに何も考えていないのだが。
こうして、ユエも『ツモってあそぼ!』の常連リスナーとなる。




