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ツモってあそぼ!〜VTuberたちの麻雀コラボ〜  作者: 永久保セツナ


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10/11

番外編 ユエは、いかにして機械仕掛けの月女神と成ったか

 ユエの本名は月城(つきしろ)月(ゆえ)という。

 上から読んでも下から読んでも月城月。

 同級生にからかわれがちだが、ユエ本人はこの名を気に入っている。


 名付け親はユエの父だった。

 父親はプロ雀士である。

 しょっちゅう大会で家を留守にしていた。

 ユエは母を知らない。

 離婚したのか、死別したのかも彼女の与り知るところではない。

 しかし、父は母を嫌っているわけではないのだろう。

 母の写真を見る彼の目が優しいことを知っているから。


 プロ雀士、という肩書は立派なものだが、別段暮らしが裕福なわけではない。

 実際、ユエの父は麻雀教室の講師や雀荘でのバイトなどを掛け持ちして働いている。

 父の書き下ろした麻雀教本が、ユエの宝物である。


 父が雀士であり、家にも当然のように雀卓が存在していた。

 父はときどき、麻雀仲間を呼んでは一緒に卓を囲んでいる。

 ユエは幼い時から、それに興味を示していた。


「月、一緒に麻雀やるか?」


 父が戯れにそんな事を言っては、牌を触らせてくれた。

 麻雀牌は、最初は冷たいけれど、握りしめているうちに体温で温かくなっていく。

 ユエは、その感触が好きだった。


 そんな彼女が、父に師事するのは時間の問題だったろう。

 物心つく前から麻雀に馴染んでいたユエは、大人顔負けの若き雀士に育っていった。

 父もそんな彼女の熱心さに心を打たれる。

 熱意に応えるために、牌効率を徹底的に叩き込んだ。

 長期休みには何切るドリルを課題にしたし、1局打つごとに牌譜を一緒に確認する。

 クリスマスも正月も、実家を離れて一人暮らしを始めたのちも、ユエの生活は変わらない。

 それは、スポーツ選手が己のコンディションを最良の状態に保つために、飲み会にも参加しないのに似ている。

 ユエはただストイックに、麻雀に打ち込んでいた。

 自分もいずれはプロ雀士になる。

 それを疑うことすらしない。


 やがて、ユエは動画サイトでVTuberの存在を知った。

 自分も立ち絵を隠れ蓑にして、VTuberとして活動を開始。

 自分の知る限りの知識を初心者雀士に伝え、麻雀の啓蒙活動をすることにした。

 ……のだが、初心者には牌効率や知識の伝達が少しばかり難しかったらしい。

 ユエのチャンネルには、思うほどには人が集まらなかった。


 ユエは、自分のチャンネルに人が来ない理由を求め、動画サイトをさまよう。

 そこで見つけたのが、登録者100人程度の『ツモってあそぼ!』だった。

 しばらく配信を観察していたが、――理屈では、話にならないはずだった。

 レンホー・立直は多少麻雀の心得があるのは分かる。

 しかし、このテンホー・立直という女は何なのだ。

 効率の欠片もなく、ルールすら理解しているかも怪しい。

 無性に腹立たしく思ったユエは、コラボの申し込みをした。

 ……今ならただの嫉妬だと分かる。

 ユエの、少し恥ずかしい思い出だ。


 結果的に、ユエはテンホー・立直に、その灰色の脳細胞を破壊された。

 しかし、彼女に敗れたはずなのに、心が軽くなっているのに気づく。

 不可解だった。

 期待値というモノクロの数式だけで構成されていたユエの世界に、テンホー・立直は、論理を無視した極彩色のペンキをぶちまけていった。

 破壊されたはずの脳が、今までで一番熱く拍動している。

 そこから『ツモってあそぼ!』を観察するようになり、いつしか常連リスナーに変貌していた。

 ユエは、あの体験で明らかに何かが変わった。

 正月休み、何切るドリルを解くのが億劫になって実家に帰らなかったのは初めてのことだ。

 ユエにとって、テンホー・立直を定義するならば、「灰色の世界に色をつけた、予測不能の光」である。


 ――ユエは、うっすらと目を開けた。

 見知らぬ部屋。

 ここはどこだろう。

 ゆっくりとした緩慢な動きでベッドから起き上がり、軽く体を伸ばす。

 身体を拘束されているわけでもない。

 誘拐……などではなさそうだが、油断はできない。

 これは、そう……。

 脱出ゲームの中に迷い込んだような気分だ。

 ここがどこなのか、わからない以上、調査する必要がある。


 机を見ると、整頓されていてきれいなものだ。

 この部屋の主は几帳面なのだろうか。

 壁を見ても、特にポスターなどは貼られていない。

 カレンダーは4月になっている。

 本棚には麻雀の教本が数冊。

 その中にユエの父の著作もあり、この部屋の主とは仲良く出来そうだ、と彼女は考える。

 ふと、本棚の上に乗せられた額縁が、後ろを向いていることに気付いた。

 気になって、その額縁を持ち上げる。

 ひっくり返して、中に入った賞状を読むと――。


「……え?」


 ユエの手が震える。

 なにか恐ろしいものを見たような、でもこの額縁を落としてはいけないと必死に握った。

 そこに刻まれた、伝説的なタイトルの名。

 麻雀を志す者なら、それが「神の座」に近い称号であることを知らないはずがない。


 ――……なぜ、そんな人が、場末のスナックでシェイカーを振っているのですか?


「――あら」


 ユエの肩がびくりと震え上がる。

 振り返ると、入口に純ママが立っていた。


「酔いは覚めたかしら? 夕飯ができたから、呼びに来たのだけど」


「あの……」


 純ママの視線は、ユエの持つ額縁に注がれている。

 ユエは「……ごめんなさい」と、そっと本棚の上に戻した。


「純さん。あなたは……」


「見ちゃったのね。……バレちゃあしょうがねえ……」


 低い声でニヤリと笑う純ママ。

 今まで感じたことのない圧に戦慄する。

 思わず身構えるユエ。


「――なーんちゃってね」


 次の瞬間、純ママはいつもと変わらぬ、穏やかな微笑みに戻っていた。


「ユエちゃん、悪いんだけど、それ、テンちゃんレンちゃんには秘密にしておいてくれない?」


「……それは、なぜ」


「あの2人には、アタシの過去を知られたくないのよ。サプライズはあとに取っといたほうが美味しいじゃない?」


 純ママに悪意がないのを感じ取り、ユエの緊張が少し解ける。


「2人だけのナイショにしてね。さ、夕飯、早く来ないと冷めちゃうわよ」


 純ママに促されて、部屋を出た。

 ――ドアを閉める直前、ユエの視線は、やはり本棚に向けられていたのである。

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