第9局 マージャン・キング
「うーん、久々に配信の空気吸った気がする!」
テンちゃんとレンちゃんは相変わらず配信活動をしている。
100人規模のチャンネルは荒らしが発生することもなく、温かい空気が流れていた。
『配信の空気美味しいねえ』
『今回もレンちゃんの連荘は見れるのかな?』
「それ、ずっと擦ってるね」
レンちゃんも思わず苦笑い。
ユエや純ママも、おそらくは配信を見守っているのだろう。
参加するかどうかはリスナーの参加状況を見て判断しているようだ。
「参加希望する人いる~?」
『自分で参加するより、純ママの雀卓破壊見たほうが楽しいかも』
『そういえば、テンレンのランクって今どのくらいなん?』
「お、そうだ、みんなのランクこっそり見ちゃお!」
テンちゃんが麻雀アプリを操作して、友人一覧からランクを確認していく。
余談だが、レンちゃんもユエも見守っている状況なので「こっそり」ではない。
「ちなみに、私はまだ初心者だよ!」
『知ってた』
『せめて雀士にランクアップ頑張って』
「ありがとう! 今年中には雀士に上がるの目標にしようかな!」
「テンちゃんってあんまり段位戦やらないもんね」
「うん。参加型配信って友人戦でしょ? ランク関係ないからあんまり段位戦に興味なくて」
レンちゃんは「テンちゃんらしいね」と微笑ましく見つめた。
「えっと、レンちゃんは……雀騎士! ってすごいの?」
「テンちゃん、そもそもこのゲームのランク、全部覚えてる?」
「えっと、初心者、雀士、雀騎士、雀爵、雀王だっけ」
『その上に雀帝、そして最上位――雀皇がいますね』
答えたのはユエである。
「雀皇! なんか響きがかっこいい!」
『雀皇はこのゲームをプレイしているユーザーのうち、たった1人しか辿り着けない称号とされています』
「そして、かつて雀皇になったプレイヤーがいた……けど、今は消息不明らしいね」
『雀皇か……。数年前に彗星のごとく現れて、全一を独走したまま、ある日突然アカウントを消して消えた伝説のプレイヤーな』
『あいつの打牌は「牌が意志を持っているようだった」って言われてたよな』
訳知り顔のリスナーたちがコメントを残していく。
「へえ~、そうなんだ。でもさ、段位上がると一緒に打てなくなる人増えない? 私はそれ、ちょっとイヤかも」
「テンちゃんらしい考え方だね」
テンちゃんにとっては遠すぎて関係ない話なので、どこか他人事のようにしか思えないらしい。
『雀騎士帯、魔境すぎる』
『雀爵から空気変わるよね』
『雀帝は人間じゃない、牌効率を徹底した機械かなんか』
『雀皇はもはや都市伝説』
リスナーの思い思いのコメントがポツポツと浮かんでくる。
「ってことは、レンちゃんは雀士の1個上なんだ。ユエさんは……雀王! すごい!」
「え、そこまで行ってたんだ。やっぱりプロ雀士を目指してる人は格が違うよ」
『恐れ入ります。今年は雀帝を目指したいですね』
「で、最後に純ママは――雀爵かあ。レンちゃんより強くてユエさんより1個下くらい? 意外と普通かな?」
その瞬間、コメント欄の動きが少しだけ止まった。
『……いや、おかしくね?』
『ユエさんと純ママ、逆じゃなくて?』
『配信で見てた打牌と合わない……』
『どう考えてもあの人、役満連発してるし、雀爵で収まる器ではないような……』
『あら、アタシもテンちゃんと同じで、そこまでランクに興味ないだけよ~。段位なんて飾りよ♡』
『うわびっくりした』
リスナーのコメントの中に、純ママが混じる。
「あ、純ママだ! やっほー! よかったら一緒に打とうよ!」
『いいわよぉ。でも今、スマホを電池交換に出してて代わりのスマホで打ってるのよね。なにか粗相をしたらごめんなさいね?』
「ユエさんも打ってく?」
『……いえ。今回は観察に徹します』
「そっかー。じゃあ三麻にしようかな?」
純ママが来ると誰も参加しようとしないが、テンちゃんは別に気にしない。
純ママも、その空気に救われているふしがあるようだ。
『三麻っていいわよね。点棒が飛び交って、誰かを飛ばしたり飛ばされたり……スリルがあって素敵だわ』
「純ママって飛ばされたことあるの?」
『ないけど?』
コメント欄には『草』『化け物かな?』と文字が流れていく。
「よーし! 今日も打つぞー!」
「対戦よろしくお願いします」
『対よろ♡』
こうして、三麻が始まったわけであるが……。
『――いやーん! また変なとこ押しちゃった~!』
今回の純ママは一味違う。
なんと、スマホのタップミスが連発しているのだった。
「純ママ大丈夫~?」
『携帯ショップから貸してもらったスマホがちっちゃいのよ~! 牌を捨てようとすると隣の牌が捨てられちゃう~! 最悪~!』
リスナーの1人が『それって指が太……アッ、なんでもないです』とコメントすると、『命知らずがいるぞ』『純ママこいつです』とツッコミが流れる。
レンちゃんは純ママの200cm近くある巨体を思い出していた。
たしかに、純ママの所持しているスマホは、通常のスマホよりふた回りほど大きかった気がする。
『あーッ! 今ツモできたのに隣のキャンセル押しちゃった! 何よ、このスマホ~!』
「純ママ、なんか大変そうだね……」
「あれ? でも『マージャン・キング』ってパソコンのブラウザでも出来るよね? そこからログインしたら良くない?」
テンちゃんの一言に、一瞬遅れたあと、『ナイスアイデアだわ、テンちゃん!』と純ママのコメント。
純ママがPCからログインした瞬間、アバターから放たれるオーラが変わった。
さっきまでヨレヨレだった打牌が、一糸乱れぬリズムで河に並んでいく。
『……待て、今のツモ切り、0.1秒も迷いがないぞ。これさっきまで隣の牌捨ててた人と同一人物か!?』
リスナーが悲鳴を上げた。
そこから純ママの快進撃が始まるのだが、それはまた別の話である。
「――わ~! 純ママ、パソコンから入ったらやっぱり強い!」
「テンちゃんが言わなかったら物理的に弱体化したまま、いい勝負ができたかもしれないね」
純ママに再び雀卓を破壊され、点棒がボロボロになった立直姉妹。
それでも、テンちゃんは満足そうに笑っている。
「え~、だってさ、純ママがタップミスしまくってたら楽しくないじゃん! 私は勝つよりも気持ちいい対局したいんだもん!」
『テンちゃんのそういうところ、アタシ大好きよ♡』
「まあ、テンちゃんがいいならいいけどさ。友人戦だから段位関係ないし」
レンちゃんは微苦笑を浮かべつつ、彼女もまんざらでもなさそうな顔をしていた。
「じゃあ、いい時間だし、今日の配信はここまで! また明日も『ツモってあそぼ!』に遊びに来てね! じゃあね~!」
「ご視聴ありがとうございました」
テンちゃんが手を振り、レンちゃんがペコリとお辞儀をする。
いつものように、『ツモってあそぼ!』の配信は終了した。
レンちゃんは、テンちゃんが寝静まったあと、1人で牌譜の確認をする。
勉強熱心な彼女は、配信が終わったあと、毎回その日打った局の見直しをするのが日課だった。
「……やっぱり」
レンちゃんのマウスをクリックする手が震えている。
純ママと打った対局の牌譜。
全員の手牌を確認すると、純ママの手牌だけが異質なのがよくわかった。
「……これ、タップミスしてなかったら、九蓮宝燈を出してたじゃない……」
――九蓮宝燈。
「和了ったら死ぬ」とまで言われる、天文学的確率の伝説的な役満。
これを事も無げに出せる純ママは、やはり雀爵などに収まる人物ではない。
――何者なの、あの人は……。
レンちゃんは、その手牌から、しばらく目が離せなかった。




