第10局 麻雀牌に、AI(アイ)を込めて
俺の名前は、……いや、名乗る必要はないだろう。
ただのモブ雀士A。そう思ってもらえればいい。あなたが覚える必要もない。
『マスター! ボク、早く麻雀打ちたいです!』
その前に、こいつについて紹介しておこう。
こいつは麻雀AI『神の眼』。
常に適切で的確な打牌をするAI。
俺はこいつを手に入れて、今からテストとして対局するところである。
動画サイトで『マージャン・キング 参加型配信』で検索。
ライブ配信で絞り込み、現在配信を行っているチャンネルを探す。
ひとつ、この『ツモってあそぼ!』というチャンネルの配信で試してみるか。
『わぁ、雰囲気が良くて楽しそうなチャンネルですね! こんなところで打てるなんて、腕が鳴るなあ』
AIもやる気は充分。
チャンネル主に挨拶して、参加待機列に混ぜてもらう。
「初見さん、ありがとう! 対戦よろしくね~!」
「060606さん……なんて読むんだろ……対戦よろしくお願いします」
ほう、このチャンネルは2人組のVTuberが回しているのか。
テンホーにレンホー……役満の名前かな。
『天和……親の配牌で和了っている役。人和……子が自分の最初のツモ牌を取る前に、他家の捨てた牌でロン和了した場合に成立する役。素敵なお名前ですね!』
それは大層な名前だ。
ひとまず、テンホー・立直、レンホー・立直、あとユエとかいうリスナーと一緒に打ってみる。
頼むぞ、『神の眼』。
まずはお手並み拝見だ。
『はい! 対局を開始しますね。この配牌だと、この牌が期待値80%です!』
AIの指示するとおりに牌を切っていく。
最新麻雀AI『神の眼』は、この麻雀アプリ『マージャン・キング』の期待値を完全解析した究極ツール。
高速演算による期待値の計算により、正確な打牌を可能にしている。
人間が勝てる道理がない、という触れ込みだ。
……まあ、なんかAIの疑似人格が無邪気というか、やたら人懐っこいのが謎だが。
『この060606って人、打牌が機械的すぎて怖いんだが』
『期待値マシーンかよ。1ミリも迷いがないの、逆に不気味だわ』
リスナーたちがざわめき出す。
それを無視してサクサクと牌を切っていき、テンパイ。
あとはこれが来たら和了れるな、と立直したところでユエが暗槓。
……あ!? その八索、俺が待ってたやつじゃねえか!!
立直を潰されて、あとは和了れないまま延々と牌を切り続けるしかない。
そこで捨てた牌を、そのままユエに拾われて終了。
「……060606さん、と言いましたか。随分打牌に迷いがないですね。牌を切るのに2秒もかかっていないようですが」
ギクーッ!
このユエとかいうやつ、他の対局相手の観察もしてるのかよ! 怖ッ!
「でも、ユエさんも結構速いよね」
「それは経験の積み重ねの結果です。私はAIに近い、機械的な打牌を目標としていますので」
なにそれ……こわ……。
もしかして、このユエってやつ、俺のAIと同等、いやそれ以上のスピードで計算しているのでは……?
――いや、そんなはずはない。人間がAIを超えられるわけが……。
それはともかく、俺にAI使用の疑いがかかっている気がする。
まずい、アカウント名をテキトーに数字にしたのも良くなかったか。
そうこうしているうちに、レンホー・立直が和了った。
ダマテンの上にピンフ、タンヤオ。
俺はまだテンパイもできていなかった。危ない……。
勝負は俺が親になり、東2局へと続く。
しかし、俺が、いやAIが予測もできないスーパープレイが連発するのだった。
ユエが立直を宣言。
「えーい、私も立直!」
テンホー・立直が明らかに危険牌をおっかけ立直に出す。
しかし、なぜか通ってしまう。
……いや、なんでそれが通って俺のが通らないんだよ。おかしいだろ。
『わー! ごめんなさいマスター! ボクの計算が合わないかも!』
AIのほうが明らかにテンパっている。
俺は少しめまいがしてきた。
俺の親を流され、東3局。
俺はAIの指示する打牌をして、なんとか立直。
頼む……降りてくれ……。
「立直」
嘘だろ!?
レンホー・立直が押し返してくる。
ここでおっかけ立直はどう考えても悪手だろ!
そんなん、麻雀をろくにやってない俺でも分かるぞ!
しかも、それを一発でツモるんかい!!
『マスター、どうしよう!? 期待値最悪なのに、この人たち、平然とテンパイしてます!』
落ち着け!
AIがパニックになってどうする!
俺は平静を取り戻そうと頭の中で素数を数えていた。
意味不明な打牌。
理屈が通らない押し引き。
AIの弾き出す期待値が音を立てて崩壊していく。
なんなんだ、この卓は……?
そうこうしているうちに、俺はテンパイすらできずに流局。
点棒が渡り、ユエが1位で終わった。
「ユエさん強いね~!」
「お見事でした」
「対戦ありがとうございました」
くっ……。
このままでは引き下がれない。
もう一度、リベンジで参加希望を出す。
順番待ちにはなるが、もう一度こいつらと打ってみたい。
「あら、やってるわね~」
純ママとかいうやつが来た途端、参加待機列に並んでいたリスナーが一斉に辞退し始めた。
……えっ、なに……?
「じゃあ、純ママと、060606さんと4人で打とうね!」
「ふーん? 変わったお名前ねえ」
俺はなぜか背筋に悪寒を感じた。
画面越しなのに、純ママの視線が絡みつくような錯覚。
……なんか、対局する前から嫌な予感がする……。
「はい、立直よ♡」
なんだこいつ!?
ありえない速度でのテンパイ、そして立直が飛んでくる。
そして、一発ツモ、と思ったら四暗刻だった。
……それ、立直する必要あった?
『あわわ……。この人、理屈で説明できません!』
AIの言う通り、確率的に存在しないはずの牌を自ら引き寄せているような引力を感じる。
しかも、この純ママとかいうやつが入ってから、俺はテンパイすらできなくなった。
どうなってる!? AIは常に最適解を示しているはずなのに!
この4人、こわい!
『ボク、この人たちのファンになってもいいですか!?』
AIがとうとうバグってわけわかんないこと言い出した。
「060606さんだっけ? アナタ、なんだか不思議な打牌してるわねえ」
純ママの声にフフッと笑いが混じる。
「――アナタからは、牌の声がしないのよね」
その瞬間、スピーカー越しなのに、冷たい指先で心臓を撫でられたような錯覚に陥った。
「マシーンに打たせるのもいいけれど、それじゃあ牌が可哀想よ? 牌はね、アナタに打ってほしいって泣いてるわ」
意味不明な台詞だったが、首筋に氷を当てられたような気分だった。
……バレてる。絶対AI使ってるのバレてる。
「でも、アナタの牌の切り方自体は嫌いじゃないわよ。次からは自分の頭で打ってみなさいな」
……。
純ママの言葉に、頭を殴られたような気分になる。
俺は、かつてプロ雀士に憧れていた。
でも、マージャン・キングを始めたのはいいものの、全然勝てなくて、魔が差して……。
とうとうAIに手を出したのだ。
『マスター、それはいい考えだと思います! この人たちの麻雀、すごく面白い! ボク、データを取るのでしばらく期待値計算にリソースを割けません! 次はボクなしで、マスター自身の麻雀愛で打ってみませんか?』
愛……?
AIのくせに、おかしなことばかり言うやつだな。
俺は思わず笑ってしまった。
そして、データを取るために動かなくなったAIを放置して、マウスを手に握る。
――今度は、俺が、自分の手で。
なにを切り、なにを残すか、自分の頭で考えなくてはいけない。
「まだまだ行くわよ~! かかってらっしゃい♡」
魔王のごとく、純ママが立ちはだかった。
純ママの猛攻を、安全牌で防ぎ、弾く。
守りながら、攻めの一手を模索した。
久々の頭脳労働に、脳が悲鳴を上げ、熱を帯びる。
それでも、麻雀を止められなかった。
……結局、AIチートに頼っていた俺が勝てるはずもなく。
テンパイまでは行ったが、和了ることはできなかった。
それでも、自分の頭を絞って手作りを考える工程はとても楽しいものだ。
負けたのに、なぜか爽快感があった。
「えへへ、今日も楽しかった~!」
画面の中で、テンホー・立直――テンちゃんが、屈託なく笑っている。
俺は、ふと浮かんだ質問を彼女にしてみた。
『テンちゃんは、AIで麻雀打つ人をどう思う?』
彼女は目をパチパチさせて、こう答えた。
「え? 麻雀にAIって使えるんだ? そっか、チェスとか将棋するAIもいるもんね。でも、それって楽しいのかな?」
――それだけ聞ければ充分だった。
『マスター、ボクはお役に立てなかったけど、マスターのデータも取りました。マスターのこの打ち筋なら、ボクがいなくても大丈夫!』
AIの太鼓判をもらって、俺は思わず声を上げて笑う。
このAIは、今後は俺が麻雀を研究したいときに、対局相手として活用しよう。
もう、こいつに代わりに打ってもらう必要はない。
……だって、麻雀は自分で打つから楽しいんだもんな。
「今日も『ツモってあそぼ!』をご視聴いただきありがとうございました」
「また明日も、遊びに来てね! じゃあね~!」
俺はAIをオフにした。
画面の向こうで笑うテンちゃんを見て、ふと思う。
最新のアルゴリズムよりも、彼女の「楽しい」という無邪気な愛(AI)のほうが、ずっと麻雀の真理に近いのかもしれないな、と。
――こうして俺は、『ツモってあそぼ!』のリスナーの1人となった。




