第9話 「親愛なる闇」
リーナスによる「罰ゲーム」という名前の魔獣大量討伐クエストは、レロスと立方体の連携によって一瞬で終了した。
──それを、遠目で投げめる黒い男が1人いた。
「我が動く時が来たか。魔王軍は必ず再興するのだ」
黒い男はそう言って黒い影に飲まれて姿を消した。
レロスたちはクエスト討伐結果を記録して帰宅しようとしていた。
「レロスさんすごくお強いんですね…あれを一瞬で片付けるなんて…」
「…リー。なんだか僕たちの影、さっきより濃くない?」
「…そう?言われてみれば確かにそんな気もするようなしないような…」
さっきは下の草や土が普通に見えていたが今は黒一色。何かがおかしい。明らかさっきとは別の何かがやってきている暗示の可能性が高かった。
しばらくするとその影は盛り上がって人の形を形成し始める。
「そこの男。貴様の闇は“明るすぎる”。闇なら暗くあれ」
影は急にレロスを説き始める。
レロスとリーナスからすれば急に影が話し始めるのだから、混乱でしかなかった。
「私は魔王軍外幹部が1人。ケルベス」
しばらくして、影が薄れて足元が影に飲まれた人間の男が目の前に姿を現した。
その姿形、声そのものが。とてつもなく似ていた。
「貴様と同じ、闇属性を扱う数少ない人類だ」
そう、レロスに。どこもかしこも似ていた。
今の服装も一緒。強いていうなら相手はレロスとは違って希望を失っているのか、悪い意味で「闇」に飲まれている。明らか悪い力に取り憑かれているように見える。
「今僕たちは対魔王軍の要人だ…この場を凌がねえと...!」
「そう。そうね。やるしかない...!“メイクウォーター”!!」
詠唱と同時に勢いよく水がケルベスに向かって放たれる。しかし、その攻撃は虚しくも影に飲まれて消えてしまった。
「ええっ、影に飲まれた...!」
「吸い込む力、か。どこか僕のホールと似ているな」
「貴様の闇と一緒にするな。私は深い絶望を抱いたのだ。お前とは...違う!!!」
ケルベスは激昂した。おそらく過去に何かあったのだろう。何かあったにしろ、何かなかったにしろ。彼との戦闘は続けなければならなかった。
レロスは頭の中で現在の状況を整理した。
現在相対しているのは、「魔王軍外幹部のケルベス」。闇属性を扱う魔王軍では異例の存在と思われる人間。姿は自分そっくりで、扱う力、魔法も自分とよく似ている。何より決定的に違うのは闇属性だった。
「深淵」
ケルベスの闇属性は闇をそのまま体現したようなものだった。ただただ恐怖。照らすものもない。動けもしない。だからこそ、自分の闇属性がどれだけ異常かすらも把握できてしまった。
自分の闇属性は、本来の闇属性から遠く離れた少し別のものだったのだ。
星空があること自体がおかしかった。周りが薄暗く燃えていることもおかしかった。闇属性の本来の性質はこちらなのだと。
「貴様の闇属性など、すでにかけ離れすぎているのだ。闇とは何か。これこそが本質だろう?闇そのものではないか。照らすものを消し去る。それが闇だ」
「いいや…違う…!!闇から光は生まれた…!!」
そばで同じく闇に飲まれてしまったリーナスの手をしっかりと離さず握って全身全霊で魔力を高める。
それに呼応したのか、立方体も輝いて宙に浮き、周りの闇を吸い尽くす。
「光が闇から生まれる…?笑わせてくれるな。闇こそ全てを吸い込むもの。光がそこから生まれる?そんなはずがないだろう!」
「いいや、見えてるさ。むしろそれを実演してやりたいんだが」
レロスは背後からやってくる「清々しいほど綺麗な力の気配」を感じ始める。
「ここは七大幹部にお任せする」
「は...?七って…ま、まさか!!!」
「ああ、そのまさかだよ」
頭の上に手を添えてジャンプしたのはウヌクだった。
ケルベスの首に負担をかけさせる飛び方は悪意しかないとその場で感じ取った。
無論その後、ケルベスの首は可動域を超えて曲がってしまった。
「ぐああああああああああああ!!!!!!」
「これはこれは。外幹部ではないか。それも『深淵』…外幹部なんぞ、ただ力に乗っ取られた傀儡そのもの。こうやってしまえば…」
そう言って黒い力を抽出し始める。
その黒い力は禍々しく、邪悪な雰囲気を纏っていた。
「き、貴様ああああああ!!!」
先ほどまで首が曲がっては行けない方向に曲がっていたケルベスが何事もなかったように「無傷で」抵抗し始めた。
「色欲の異能か。相手を不自然なほど治癒する力もある、と。これは面白い力だ」
「まさか、七大幹部の『傲慢』がいるとは…!貴様!次会った時に後悔させてやる!」
ケルベスはそう言い捨ててどこかへと消え去った...はずだった。ケルベスはレロスの影から這い出て、レロスをあろうことか影に引き摺り込んだ。
「レロス!?」
「レロ!?ねえ?!」
普段息の合わない2人が珍しく息を合わせてレロスを呼びかけるが、2人して地面に喋りかけているので、側から見ればただの変態であった。
「お前、僕をここに引き摺り込んでなんの用だ」
「何も、そうだな。まず認識を改めよう。…よお、もう1人の俺」
「は…??僕…?どういうことだ。理解できない」
「まあ無理もない!俺は遠い未来から来たお前だ」
突如として明かされた事実に驚きが隠せない。
ケルベスが、未来のレロス、その人なのだから。自分自身と会うなんてこれが初めてだし、そうはならないと思っていたことが現に起きてしまっている。
「僕…なのか、リーはどうしたんだ」
「…俺を庇って死んだんだよ…」
未来ではどうやら魔王軍との決戦でリーナスを失ってしまったらしい。というのも、リーナスが先陣を切って攻撃したのが逆効果で一直線に撃ち抜かれて殺されたらしい。再起不能。それがまさしくお似合いだったそうだ。
「そんな…それでお前はなんで敵であるはずの魔王軍に…」
「…深くは言えない。だから忠告する」
「なんなんだよ、ためらわずに言えよ」
「味方が…有力な味方が裏切るぞ。絶対にそいつを信じるな」
どんどんと明かされる、未来であったこと。それを過去の自分に話して何になるかわからないが、どちらにせよレロスが信じるのはリーナスただ1人であった。
他に人がいるならそれはもはや俺ですらない何かに成り下がっているんだろう。そう思った。
「それは本当なんだな?改めて聞くが、お前は未来の俺なんだな?」
「ああそうだとも。ずっと最初からお前のことを視ていたさ」
「最初から...は少しゾワっとくるものがあるが、まあ信じてみよう」
「まあお前までも俺と同じようにならないよう願ってるよ」
2人は同一人物ながら話を進めていく。
最初までは普通に話すことができていたが途中から違和感を感じ始めた。どことなく「闇が深まっている」のだ。
「そろそろ解いてくれないか?あまり暗い場所にもいたくないんだ」
「ああ、そうか。わかった」
「ああそうだな頼むぜ、エフェル」
「ああ…わかった」
そうして自分が「色欲」であることをレロスに看破されたエフェルは、レロスに看破されたことに気付かずに魔法を解いてしまった。
「まんまと引っかかったな『色欲』!!」
「んなっ...気づかれて…!?」
「未来の俺だとか言っておけばなんとかなるとでも思ったか!残念!引っかかりませんでした!!」
「それなら…!!」
色欲はまんまとレロスの手のひらの上で転がされている。そんな彼女が次に見せた姿は...目につけば目を離すことができないほど麗しい姿をしたリーナスだった。つまりレロスは視界的に誘われている。
「それで引っ掛かるとでも…おも…」
「レロス〜、私に手を出すつもりなの〜?」
「うううううううううううう」
「何引っかかってるの、レロ」
リーナスがひょこっと悶絶しているレロスの後ろから姿を出して、杖で一直線に振り落とすと、リーナスもといエフェルは斜めに一刀両断された。
「レロ〜、こんなのに引っ掛かるなんてまだまだだね」
「リーナス…か、びっくりした。エフェルかと思った」
安堵の息を吐くが、直後として信じられないことが起きてしまった。
「レロス…逃げて…!!」
「は?お前はエフェル…まさか…!!!」
「ご明察ってわけ。私は…エフェルよ〜!!!」
そう、エフェル...ではなく本物のリーナスを切ったのはエフェルだった。レロスは視界系の魔法で見間違えてしまったらしい。なんでだ。なぜこうなった?見間違い?力不足……?
「……おい、お前。やってくれたな」
「ええ、やりましたよ?」
「やりましたよ…?何がやりましたよ?だよ。許さねえぞお前…!!!」
しばらくして2つの闇はぶつかり始めた…かと思われた。白い光がフッとやってきた。
「『色欲』のエフェル。お前を討伐する…!!」
白い光…否、ウヌクが聖なる光を纏ってそこへ舞い降りてきたのだから。




