第10話 「挫いて、立ち上がって」
「『色欲』のエフェル。お前を討伐する…!!」
そう言って白い光を纏って飛んできたのはウヌクだった。時折本当に眩しく光っている。
「これはこれは。『傲慢』じゃないか。いまだに独りよがり…おっと、それはもう解消されたのか」
「よく回る口だな。レロス、リーナスを運んでいくんだ。ここは俺が対処する」
「あ、ああ!わかった」
レロスは相当ひどい焦りと怒りに満ちているのだろう。目に光が宿っていなかったがどこか慌ただしかった。
──それもそのはず、リーナスは現在色欲によって生と死の狭間を彷徨っているような状態なのだ。この世界だったからよかったが、レロスが元いた世界では即死。そんなほぼ致命傷を治すには、この世界の一流の治癒術師でないと厳しい。
「頼む…!!!頼むから、また元気な姿を見せてくれよ!!」
レロスはそう言いながらリーナスをおぶり、治癒テントへと運び込んだのだった。
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「スパーキング」
「明暗」
光が猛烈に炸裂し、闇がそれを吸い込むという、対となる属性同士のぶつかり合い。時折火花を散らせ、ぶつかり合った瞬間に暴風を伴う魔力同士の衝突は、周りの地形を抉るほどだった。
「さすがは独りよがり。1人でも十分自分だけを守れるよう善処してきたってわけ?」
「馬鹿の一つ覚えは黙っておけよ。まだ幹部になって数年程度の若造が...!」
そう言ってウヌクはエフェルに蹴りを入れる。
その蹴りは無事にあたり、地面に叩きつけることに成功した。
「ぐ…!!」
「どうした?変装すらしないとは。『色欲』も落ちたものだな」
「その感情を待ってたんだよ…!!」
そう言って姿を変えたエフェルを見たウヌクは動揺を隠せなかった。脳ではエフェルとはわかっている。なのに体が手を出せないという反応を示す。抗わなければならない。こいつに鉄槌を下さなければならない、なのに。なのに。手も足も出ないどころか声すら出ない。
「たかが幹部。魔王様には遠く及ばんよ」
そう言ってどこからか大剣を取り出してウヌクを切り付けた。無様にもウヌクは切り伏せられてしまった。
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「だ、誰かー!!!」
レロスはそう誰かを呼び求める。今にも死にそうな大事な大事な人をおぶって。涙を浮かべながら。必死に叫んで。
「おい!大丈夫か!?まず担架に乗せよう、行けるか?」
そう言って治癒術師がリーナスを啖呵に載せる。
しばらくして暖かな光が患部に放たれて治癒されていくように見えた。
「リーナス…!頼む、頼むよ…俺を置いていかないでくれ…!!まだ想いも打ち明けられてない…!!」
レロスは悲痛な叫びを静かに放ったのだった。
ただ今はそれしか思い浮かばない。本音をぶちまけることしか。
「…リーナス、せめて無事でいてくれ」
「お前さん、この子のことが大事なのか?」
治癒術師が治療しながらそう言ってくる。
治療中になんて気楽な…と思ったが、ここは不満を出すべきではないと思い正直に答え始める。
「ああ、大事だとも。この命に変えて守りたかった。でも今の俺では守れないらしい」
「…守れるようになったら、君もこの子も、結ばれることを願ってるよ。まあまずは治癒だな」
そう言って治癒術師は本気で治療を開始した。
最近王都で話題のバカップルもどきはこの2人で間違いないだろうが、絆はとても深いものに見えた。
治癒術師はそう考えながら、目の前の課題と真剣に向き合って治癒し始めたのだった。
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「ぐ…ううっ…」
「さすがは『傲慢』。生きる根性だけは見ものだな」
「ぐうっ…!こんなところで死んでたまるかよ…!!」
直後、空に閃光弾が打ち上げられる。
何かの合図であることはエフェルにもわかった。
「何をしようとも…無駄だ!!」
エフェルはそう叫び、ウヌクの胸を一突きする。ウヌクから血が滲み出て、地面に溢れるように流れた。
しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「…さっきまで以上に、大暴れしたみたいだな」
そこに立っていたのはレロスだった。
しかし先ほどまでとは異なる。雰囲気がそもそも違ったのだ。リーナスだけでなく、ウヌクまでも失いかけているこの状況を打破できない自分への憤りと、そんなことにした張本人への深い憎悪が、魔力として、黒いモヤがもくもくと滲み出ていた。
「…お前はさっきの…」
「問答無用。“ペテルギウス”」
詠唱後の夜空はどことなく暗く、前回のポラリス、ブラックホールとは異なって一段と暗かった。まさにいわゆる正統派の「闇属性」そのものに限りなく近かった。
星が微かに光っていた。最後の力を振り絞るように。その一生を終えかけていた。
「これが今のあなたの実力というわけか。しかしこれは未完成では?何もかもが不十分でしかない」
エフェルの言う通り、この魔法は未完成だった。
エフェルが腕を振るうと、闇は一瞬でひび割れてしまった。レロスにのしかかるのは、今の悲惨な現実。怒りがその悲惨な現実を越えることはできなかった。
「なんで、こんなことに?なぜ?なんで?俺が…惨めだったからか」
闇属性の魔法に失敗した場合…場合によっては「術者のメンタルが破壊される程の闇に覆われる」。これがレロスに降りかかってしまった。形になっていない魔法を放てばそうなってしまうのだ。
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数日が経過した現在でもレロスの闇は晴れていなかった。
そんな彼でもリーナスのそばにはいようと思っているようで─────。
「レロス、大丈夫?また俯いてるよ?」
「大丈夫」
「レロス、外晴れてるよ。心地良さそう」
「うん」
「レロス、……ごめんね」
「………」
レロスはもはや通常会話はできない。返ってきても定型文でしかない。メンタルが闇を乗り越えることはできなかった。極度のストレスを彼は抱え込んでいた。それゆえに、彼は乗り越えることができずにいた。
そんな彼を支えるのはリーナスだった。彼女は応急処置により奇跡的に生還することができた。レロスが最も心配し、最も涙し、最も気にかけていた…と、数多くの人から言われ、彼女はそれを返すように気にかけている。
「レロス、ぎゅってしとく?」
「…………うん」
今の彼は前のリーナスがレロスを心配してずっと腕にしがみついていたように、今度はレロスがひっついておかないといけない。…リーナスほどではないが、生きていることを実感しておかないと今すぐにでも死にそうな雰囲気を漂わせていたのだ。
レロスにとってリーナスは一目惚れした片想いの相手であり、かけがえのないパートナー的存在。どちらにせよ、彼の生涯に関わる重大な存在であり歯車でもある。
逆にリーナスにとってのレロスはどうだろうか。多少は意識しているが、異性としては見ていても、危なっかしいことばかりするなと思うばかり。でもどこか愛情が湧くのは確か。
「もう大丈夫……ありがとう」
「え、もういいの?」
「うん、大丈夫」
「本当の本当に?まだくっついてていいよ?」
「いい」
「じゃあ私がくっつきたいからくっつくね」
「え、うん…別にいいけど…」
「じゃあ遠慮なく、ぎゅーっ」
レロスは少し戸惑いながらも受け止めてみせる。
今の自分に出せる最大限の包容を。たとえ風の中、海の中、闇の中。どこにいても彼女を救い出し、そしてこの現状を打破してみせる。まずは闇から脱出することを考えなくては。そんな理想を抱えるが、現実はそう上手くいかない。むしろ逆だった。とても難しい。
まず現在のレロスは闇属性が使えない。というのも魔法失敗の反動を喰らっているためだ。立方体は何もかも閉ざしていて、ポーチも開かない。無理に開けようものならポーチがダメになるだろう。
「レロス、無理だけはやめてね」
「うん、わかってる」
「レロス、自分を大事にして。私のことも。。大事にはして欲しいけどまずは自分のことを…ね」
「うん。わかってるよ」
「レロス、ちゃんといつか伝えるから。気持ちがちゃんと明暗はっきりしたら」
リーナスはそう言ってレロスから離れた。
レロスとリーナス。2人の思惑は、似ているようで似ない、なんとも言えないアンバランスで一致していたのだった。




