第31話 「リスタート」
「隣国、って……まさか」
「ああそのまさかだ。……“帝国”だ」
ロルベク王国の北側にぴったりとくっつく超巨大国家、コルベリエレス帝国。あらゆる国を蹂躙する、最強の国がついにロルベク王国へと魔の手を向け始めた。
「そんな、本当に…?」
「本当だ。なにせ、今回は本当にまずい」
『嫉妬』とレロスのこと。それで頭がいっぱいだというのにその上に帝国との戦争。三つ巴のとんでもない構図は、リーナスたちに大きな打撃を与えた。これは、まずい。
「レロスのことで頭がいっぱいなのに…!」
「僕がどうかしたの?」
「ひゅえっ!?」
「わあ、変な声」
レロスがすぐ後ろに立っていた。いつから居たのだろうか。もしや最初から…?リーナスは焦る。さっきまでに闇落ちの話をレロスに聞かれていた場合。何か影響が出るのではないか、と。
「なんだか2人ともすごい剣幕だね。何かあった?」
レロスはまるで何も知らないようにそう言ってのけた。それもそのはず、彼は本当にさっき来たのだ。偶然通りかかったところに2人がいたので絡みに行った、というべきだろう。
「ちょっと情勢がやばいかもって話を」
「……記憶戻した方がいいのかな」
「いや、そう慌てることでもーー」
「でもなんだか、嫌な予感がする。戻したら本当に、嫌なことが起きそう。自分を捻じ曲げられそうな、そんな気がする」
レロスは「何か」を直感で感じ取っていた。何か起きるのは間違い無いのだと、そう思っていたというのが正しいだろう。
先ほどウヌクから説明があったように、彼の記憶が戻った場合は闇落ちもしたがって復活する。もし仮に「力ずく」で浄化させる場合は、その時はレロスとの戦闘は避けられない。
まあ、七大幹部のトップかつ、最古参のウヌクにとってはどうともなるようなことだろうが。
「そう…なの?」
「うん、なんだか直感だけど寒気がする」
「それはあながち間違ってないかもな」
「どういうこと?」
そうレロスは聞き返してみる。自分に関することは知っておきたいと感じる、彼の好奇心由来の感情。それは彼の全てでは無いが、彼という一つのパズルを形作るピースのようなものだ。無くてはならない、必要不可欠なもの。
「お前、知って後悔するか?」
「しない。知ったら僕は最善の道を考えるよ。今の僕なりにね」
「そうか、なら…話そう」
そう言ってウヌクは口を開いた。これまで何があったか。そして、『色欲』との戦闘の最中闇落ちしたこと。その後、憎悪にまみれてリーナスを救おうとしていたこと。そして、自己犠牲を躊躇わず、自ら前線へと出るようになってしまったことも。
「……すごいね、そんなことがあっていいんだ」
「あっちゃいけないと思うぞ」
ウヌクは真面目そうにそう返す。レロスは考えている様子で、リーナスは本当に伝えてよかったのか、考え始めた。なにせ今の彼は純粋で、あらゆることに新鮮味を覚える、そんな人物だったから。
「ちょっと持ち帰って考えたい。仮に僕が本当にそうなら…」
「ああ、そりゃ構わん」
「レロス、また後で」
「あれ?来ないの?」
「うん……今は、ちょっと、ね」
リーナスのそのちょっと申し訳なさそうな言い方は、ウヌクにどこか嫌な予感を抱かせるものだった。
レロスがしばらく経ってから、ウヌクはリーナスに声をかけた。
「リーナス」
「なに」
「お前……『冷めた』か?」
ここでいう冷めたは、いい意味ではない。少なくとも2人の関係が変わるもの。そう、恋愛的な意味で。
「違うよ」
「ならなんで」
「一回、レロのことを考え直したい」
「……」
「確かに私は、レロのことが好き。でも、彼は記憶を無くしてて、私が一方的に大きな愛をぶつけてる」
「それは……いつもそうだったと思うが…」
「……とにかく、今の関係じゃ、歪すぎるって思う」
「…俺は否定も肯定もしない。それがお前の選択なら尊重しよう」
そうしてリーナスは、レロスとの関係に一度区切りをつけることを決心した。しかしウヌクは一個だけ疑問があるようでーー。
「もしまたあいつと交際することになったらどうするんだ」
「その時は、あっちが振り向くまで待つよ」
「できるのか?」
「できるよ、だって」
そう言ってリーナスは街中の方へと歩き出す。ウヌクはそれを陰から見つめた。それはどこか、虚しいような、悲しいような目線で。
「私は、今もずっと、『彼』を待つことができるんだから。それと同じことはできるよ。それに」
「……」
「そうして彼が記憶が無くなったとはいえ、変な反応してるのを見るのは、すごく楽しいし、私にとっての幸せは、まさにそれだからね」
リーナスの願う幸せは、レロスがちょっとしたことでびっくりしたり、喜んだり、悲しんだり。そんな感情の色んな変化を眺めて、自分が楽しいと思える瞬間を、思い出に残しておくこと。
ーーしかしそんな理想郷は、一瞬にして崩れた。
「きゃああああああああああ!!!!」
「「!?」」
悲鳴が聞こえた。町の方から聞こえたが、一体何が?それに、聞こえた方向はレロスが歩いて行った方向のはず。もし彼に何かあればーー。2人は急いで悲鳴が聞こえた方向へと走る。案の定そこにはレロスと、もう1人女が立っていてーー。
「またあなたは、良からぬことを覚えてしまったのね」
「また、ってことはあんたか、俺の記憶を盗んだの」
「ええ、そうよ?私は魔王軍七大幹部が1人、キャメル。でも…今のあなたとは、お別れ」
そう言って女ーーキャメルは、レロスの記憶を再び奪った。目の前で記憶が抜き取られ、またキャメルが輝きが手にする瞬間を、リーナスは目の当たりにした。再び彼が一から再構成される、が…。
「……っ、…………ここは……一体…?僕は…レロスで…ええっと……」
「……っ!まさか、記憶の全てを奪えなかった……!?なんで、なんでなの…?これは、一体…どういうこと…!?わけが…わけがわからない……!!」
「なんなんだよあんた…全く状況が一切読み込めない」
そう言ったレロスは、記憶がないはずだった。なぜか白い霧を放出し、キャメルを取り押さえた。
「この世界に衛兵がいれば、の話だけど衛兵でもくれば、多少はマシになると思うんだけど」
「……でも面白い。とても、面白い。でも足りない。私はそれだけじゃ止められないってこと。あなたは今知識と若干残った記憶だけあるよね。なんでかわからないけど、エラーが起きたからそうなっちゃったけど」
なんともまあ不運なことだろうが、嫉妬の異能は何度も乱用するとこういうバグが起きるらしい。それも、かなり強力だ。つまり今の彼は転移直後にして、先ほどまで扱えていた魔法は扱える上に、異世界転移後の一部の残留した記憶のみ残っているという、歪な状態だった。
「レロに何を……」
「あらあら、紫髪のお姉さんに………『傲慢』」
「街中で何をしてるんだお前は」
「…用件は済んだわ。彼の記憶をまた奪えた。…少々グリッチが起きてしまったけど、まあいいとしましょう。あとは帝国にお任せするわ」
「何を、言って…」
「それじゃあお2人さん、ぐっば〜い」
そう言ってキャメルは姿を急に消した。何がしたかったのか、何を言っているのかわからなかったが、今はレロスの保護をしなければならない。しかし今のレロスは、リーナスが今さっきやろうとしていたことに対してとても都合が良かった。でも今はそんなことを気にしていられるか。
「ええっと、その、あなた、たちは…」
「……私はリーナス。この王国の七色英の『紫』を飾る者だよ」
「私は魔王軍七大幹部が1人、ウヌク。どうぞよろしく頼むよ」
「ええっと、その、僕は……レロスで…あなたは…リー……ええっと、その、こんがらがってて、ちょっと…」
レロスは慌てて思い出しているようだった。しかし今の彼に無理なことをさせるわけにはいかなかった。不運にも再び奪われたのだから、仕方ないのだろう。元いた世界の名前を使うべきではないと思っているのかも、しれないがーー。
「レロス、落ち着いて?ゆっくり、深呼吸」
「深、呼吸……」
「そうそう、深呼吸。吸って……吐いて……」
リーナスはそう言ってずいっと近づく。レロスは心拍数が上がって体全体で心臓の鼓動が聞こえた。ドキドキドキドキ。自分が生きているんだと、そして目の前の女性に、見惚れているのだと。
「…話も積もるだろうし、場所を変えよっか、落ち着けた?」
「……ちょっと強引すぎないか」
「黙れ、くそ傲慢グチグチマン」
「ひどくないか、泣くぞ」
目の前で男女がいじりあっている。これはなんだろうか、喧嘩?よくわからない。それにどこだよここ。全くわからないんだけど。レロスは困惑に満ちていた。今自分に何が起きていて…と。
とりあえず聞かずにはいられない。聞けるだけ聞いて対処できるならしてみようと、そう思った。
「ええとその、僕はレロス、で…」
「……帰ろっか、家に」
そう言ったリーナスはどこか普段とは違う雰囲気だった。なにせこの2人がいつもくっついていたのを目の当たりにしていたウヌクからすればこれは異常事態以外、何でもない。
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「ーーなるほど?つまり僕は君のパーティメンバーで、ウヌク…は味方の魔王軍幹部、と」
「そうそう、そんな感じだよ」
見事なまでに恋人であった痕跡を消したアパートの一室で、3人は集った。記憶が大半吹っ飛んでしまったレロスから飛んでくる質問に対し、的確に返答する2人だったが、裏ではもしかして、と一つの仮説を立てた。
もし仮に、レロスが闇落ちするのが確定な場合。
ーーこの世界にいる限り、彼は無限ループに囚われる可能性があるのではないか、と。
しかし、そんな彼が今考えてから急に顔を顰め始めた。そして次第に「うーん」と唸り始め、何かを考え込んでいる様子だった。記憶が吹き飛んでいるとはいえ一部は残っている。そこで生じる矛盾で悩んでいるのか、はたまたーー。
「どうしたの?」
「なんだか直感で記憶を戻すことに抵抗感があるんだよね」
「なるほど…」
ウヌクは少し考えてからリーナスに耳打ちした。リーナスはそれを聞くと、少し前から感じていたそれを確信へと変えた。
「おそらくレロスは記憶を取り戻した後のことをなんとなく察している」
「…レロス、どういう感じの抵抗感を感じるの?」
「うーん、なんだか自分じゃなくなる感じ?」
「やっぱり…だね」
「ああそうだな」
レロスは、記憶が戻ることで自分が捻じ曲げられる。つまり、リーナスが記憶喪失になっている間、特に確定視されるのは、「記憶喪失前の嫉妬との最後の戦闘時のレロスは、最悪なほどに汚染されている」ということだった。
「…2人で頷き合ってるけど、どういうことなの…?」
「……そうだな、汚染の話は、ついさっき説明したよな」
2人はレロスから過去何があったか、という質問に対して基本的に正しく回答した。ただし、リーナスと恋人だったという点だけ見事に伏せて。
「汚染…が関係してる、ってこと?」
「…そうなの、レロスは、記憶喪失前に汚染してた」
「…なるほど!記憶がつながったぞ!」
「それはどういうことだ…?」
「今僕にはいくつか繋がらない断片的な感じの記憶が散在してるんだけど、今答えてもらったことで改めて考え直せたんだ」
レロスが何を言っているのか、さっぱり理解できない。リーナスとウヌクは、2人揃って首を傾げた。レロスはそれを見て慌てて説明し直そうとした。
「ええっとその…」
彼がいうにはこうらしい。
今のレロスには記憶が断片的に、少なくとも7つの記憶の断片があるそうだ。それも、つながったとしても間に空白があるせいで、何があってそうなったかを理解できないらしい。
しかし今さっきのウヌクとリーナスによる回答で、全て繋がったらしい。記憶は戻っていないが、なぜそうなったかという課程がわかったことでうまくつながることができたという。
「ただ一個だけのぞいてなんだけどね」
「一個だけ?」
「そう、リーナスと2人で街中をぶらぶらしてるやつ。なんだからやけに距離近いんだけど、何か隠してたりしない?」
「………!!!!」
リーナスは一瞬で真っ赤になった。ウヌクは頭を抱えた。
ーーこりゃダメだ、と。いつかバレるのが目に見えてしまう。
まあなにせ今回の隠蔽工作はリーナスが一方的に実行に踏み切った。それは、今のレロスと再度また、いや、またどの状態のレロスとも、平等に愛を分かち合えるようにするため。
ウヌクはわかっているが、それは苦難の道だと思った。リーナスは堪えなければならない。レロスはリーナスの攻め具合によっては非常に疑われる可能性がある。
しかしそんなウヌクの不安をよそ目に、レロスは内心焦りを感じていた。目の前にいる薄紫髪の美少女。同年代らしい彼女に目を奪われてしまった。まずい。これが恋だろうか。
彼女いない歴=年齢の典型的な彼にとっては、この上ない初恋。今まで異性に魅かれる、なんてこともなかった彼に、ついに春が訪れたも当然。しかし実態はかなり歪なのだが。
「と、とりあえず!それも含めて思い出していこう?」
「え、それはそう。何があったか知りたいし。どんな思い出が待ってるんだろう?」
「やけに前向きだな」
「だってそうじゃないとさ」
ウヌクは疑問をあらわにした顔でレロスを、リーナスはニコニコとそんなレロスの様子を見ている。ふとリーナスが目を開けると、レロスのとても綺麗な笑顔を見て少し心が晴れたような気がした。
「だって、そうじゃないと幸せに一歩も近づけないでしょ?」
まるで闇堕ちした彼とは真逆のことを言っている。闇堕ちしたレロスは、記憶が正しければこんなことを言っていた。
『リーナスが幸せなら、それは僕にとっても幸せだ。彼女を守って死ねるなら、それは本望だ。それで僕より長く幸せに生きれるなら、僕も幸せになる』
いかにも自分勝手で、いささか気持ち良いとは思えない発言だった。しかし今のレロスは自分の幸せをも大事にしようとも思っている。これは『レロス』との大きな違いだ。
前向きに考えれるのはプラスだと言える。従って彼からのヘルプも出るだろう。そう考えれば自分たちも強くならなけれーー
「リーナス!!助けて!!」
「なに!?」
キッチンで助けを求めたレロスの元へ、呼ばれたリーナスが駆けつけると、バタバタしているレロスが目に入った。
「……何があったの?」
「やけどした」
ーー多分彼は精神年齢がものすごく幼い。
リーナスはそう感じたのだった。
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「そうか、貴君はよくやった」
「ありがとうございます」
とある宮殿にて、男と女が言葉を交わしていた。女は、魔王軍七大幹部、『嫉妬』のキャメル…という人物。もう1人はーー。
「さて、余の出番であるか」
「ええ、その通りです」
「承知した。では、近衛軍」
「はっ」
どこからともなく現れた「近衛軍」と呼ばれた集団は規律正しくその男が通る道を用意した。レッドカーペットの上を、男が歩く。
「それでは、征くとしよう」
「行ってらっしゃいませ、コルベリエレス5世陛下」
コルベリエレス帝国、第71代皇帝のロルベク王国への「征踏」が遂に始まろうとしていたのだった。




