第30話 「発覚していく事実」
「記憶の全部が戻ったわけじゃないよ」
「ああ、それはもちろん」
「戻ったのは1日分だけ。全体像を掴めないけど…君と恋人同士だったのは、確かみたいだ」
そうレロスはリーナスと会話を交わした。レロスが戻った記憶はなんとリーナスと恋人同士であったことを確定させる「1日分」の記憶だけなぜか復活したこと。
「なんで1日分だけなんだろうね」
「わからない。でもこれは今の君たちにとっていい一歩だったんじゃないかな?」
「多分そう…なはず」
そう2人は意見を交わすが、結局どうなるかはわからない。だから今は、1日1日を大切にしていかなければならない。昔のレロスとの思い出を大事にするように、今のレロスと作り上げていく思い出を。
「それで、今日は何をするんだっけ」
「今日は今のレロスの属性を確認するよ」
ロルベク王国には、確認魔法士という職業がある。新しい魔法の正式認可、正しい形での魔法属性の確認を行う役職だ。リーナスはそれに近い力を持つが、公式には認められていない。つまりリーナスは、ただ強い魔法使いである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いらっしゃいませ〜」
「魔法属性の確認をお願いできる?」
「了解しました!リーナスさんのお連れですか?」
「えーと、パーティメンバー兼彼氏」
「へー、パーティメンバーって彼氏!?」
確認魔法士が驚きの声を上げ、レロスはびっくりしてリーナスの後ろへ隠れる。まるで小動物のようで可愛い。
「とりあえずお願いしてもいい?」
「え、あ、はい!」
そう言った確認魔法士は、レロスに手をかざす。目を細め、魔法属性の確認作業に全集中する。
ーー5分ほど経過して、結果が出た。
「……!?」
「何? 珍しい属…せ…」
「え? 何2人とも」
2人とも、口を開けたままその場に立っている。まるで感情も何もないただただ直立した棒のように。
通常の属性判定では、基本4属性に加えて闇と聖がある。レロスの場合はーー。
「闇属性、なのは間違い無いんですが」
「え、はい」
「あなたは…………幽属性ですね、間違い無く」
「幽……???」
「レロ、幽属性ってのは基本死者が扱うやつだよ」
『レロス』が明るい闇を放つ一方で、今のレロスは記憶喪失でありながら、再び闇属性の変異属性であった。
それに加える形で、確認魔法士は続けた。
「加えてなんですが、『光明』も同時に発現していたことを確認しました」
「『光明』……?」
「『光明』というのは、単にいえば明るい闇です。ただこれは個人差が大きく、星が美しく輝いていたり、空が世界の終わりみたいな色で輝いていたりなど、いろんな形での『光』があると感じられる場合の闇属性です。『レロス』さんが使っておられました。こんな感じで…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
とある日の荒野。モンスター狩りのクエストに単独で赴いたレロスは、魔物の軍勢にまんまと囲まれてしまった。
「僕もまだまだだなあ…」
それが、1番レロスが思うことだった。常にレロスにとって、リーナスと常に一緒にいながら、彼女に勝てないのはすでに当たり前なのだと感じている。彼女を超えることもできないとも思っている。
「僕はあの子を超えることができない。でも隣で胸を張ってあの子の未来を華々しくできるのなら、それはこの上ない僕の倖せだろうね」
そう言ったレロスは、立方体を取り出して、腕を前に伸ばす。そしてーー
「ブラックホール」
ーー世界は、闇に包まれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「これが、光明……というか僕なんですよねこれ」
「レロ、こんなことになるのも見込んでたのかな…あの発言は…」
そういうリーナスの声を聞いて、レロスは少しだけ憎悪を感じた。なぜ感じたのかはわからない。いつどこで感じた憎悪なのか、レロスは興味が湧いたがすぐに話は本来の魔法属性の話題へと戻っていく。
「それで幽属性、ですね。幽属性は主に亡者に見られる闇属性の亜種です」
闇属性にはいくつかに派生がある。「亡闇」と「光明」の基本2種とはまた別で「幽属性」が存在する。
「光明」は派生というより変異。本来闇属性のモヤは真っ黒で、光すらも反射しないまさに暗闇そのもの。しかし光明は一見すれば美しい夜空のような景色が、モヤの中に広がるという変異現象。なぜそのような変異が起きるかは、今も研究が進められている。
一方「幽属性」は、本来黒いモヤ...正しくは黒霧が放出される闇属性において、白い霧が発生し、なおかつ超常的な技を使えるようになる闇属性の変異亜種。
なぜ変異するかについては研究がある程度済んでいるらしく、存命中に闇属性であることが前提条件となる。まず1つは人として死亡していること。もう一つは、闇属性の「光明」が極限状態へ突入した結果、とされる。
「な、なるほど…?」
「理解できないのも無理がありません。我々も完璧な理解はできていません」
そう確認魔法士は続ける。問題はそこから、らしい。
「まず第一として、我々の世代では初めて確認した闇属性かつ幽属性の使い手ですから興味があります」
「研究対象として、ですかね…」
「ええまあそんなところで」
「レロはあげないよ?」
レロスの彼女だから、と言わんばかりの顔でそう言ったのはリーナスだった。2人の熱中した議論から半ば蚊帳の外に追い出される形で置いてけぼりになっていた。
「……ああ!そうでしたそうでした!そういう感じでしたね!」
「ちょっと揶揄ってますよねそれ」
少しリーナスが照れているのを見て、レロスはどこかむず痒い気持ちになった。この感情は、彼女への好意によるものだろうか。
ーー少なくとも、現時点ではわからないものだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後、幽属性に関する書物を渡されたレロスとリーナスは、そのままクエストへ直行した。
「リー、そっち沢山いるけど大丈夫?」
「平気平気!」
そういう彼女からは四つの色をした神秘的な光が放たれていた。どこか目を引くそれは、次第に輝きを強めていきーー。
「ユニゾンブレイク!!」
爆散した。否、爆発寸前に一瞬だけ魔法陣が魔物らの足元に出現したのが見えたので、魔法陣を形成し、その範囲内で爆散させる、という形で発動しているのだろうか、などとレロスは考えていた。
ーー幽属性。それは、まさに幽霊そのものの魔法を発現できる、ある意味すごい属性だ。根本は闇属性であるから、大前提として闇属性を扱えるものでなければまず無理だった。
書物には、「扱うときは『呪う』ように、悪感情を込めるか、怖がらせるように力を意識するかの2択をコツとして出していた。おそらく他にもあるだろうが今回は後者を選択する。
目の前にいる、魔物を怖がらせるように。意識していると、なんだか体が浮いているような感覚になる。なんでもすり抜けれそうな、そんな感じもする。
ーー今ならいける。そう確信する。
腰につけているポーチから立方体が飛び出し、レロスの霧を吸収し、暗めの白色に染まった。なぜ、今こいつが反応したのかはわからなかった。だが今ならいける。
「ホロウゴースト!!!」
立方体から勢いよく、まるでガス放出のように出された白い霧が、あっという間に魔物を包み込み、あの世へと導いていった。白い霧は亡霊の形をして、黒い闇へと引きずり込んだ。幽属性らしく、まさに亡者の属性と言わんばかりの性能を発揮していた。
「うわあ、本当に幽霊みたい」
「だね、使っててもあまり…いや…うん…」
レロスは元来、そういう幽霊に興味があった。というのも、そういう現実味のないような話が実在していたすれば、それはそれで面白いと感じられるからだ。
「幽霊、ね……」
「レロが死ぬ暗示だったりしないよね」
「わかんない、でも今は……」
レロスは何かを言おうとした。でも、それを言ったら彼女にいい意味で感情を与えてしまう。それでもし僕がいなくなったら、どうする?そういう、責任感がレロスを支配していたのだった。
クエストから帰宅し、しばらく経った頃。
リーナスはレロスの隣に当たり前のように座った。レロスは内心、「超絶可愛い子がなぜ隣にいるんだ!?」という驚きと恥ずかしさ、そして何より異性が、美人の異性が隣にいることに驚きを隠せなかった。
「ねえレロ」
「は、はい」
「私のこと、今のレロスは好き?」
とても唐突。でも彼女は自分のことを彼氏だと思っているわけで…判断が難しい。今の自分と再びちゃんと恋人になったとして、記憶が戻った時に「今の自分」が消えて「元の自分」だけになったらどうなる?悲しまないだろうか。
「え、えっと」
「んー?」
「まだ、わからない…はっきりし」
「あ、そ、そうだよね!」
リーナスは焦ってそう言った。違う。そうじゃない。そんな反応、して欲しくない。わがままだけど、そう思った。
「違うんだ!その…!」
「へ…?」
「一目惚れ、してて…美人だな、可愛いなとかは思ってるけど…好意があるか、はっきりしてなくて…」
「……」
リーナスは黙り込んだ。顔を手で覆って、顔を見せまいとしている。耳が少し見えた。真っ赤だった。レロスはリーナスの顔が見たくなった。どんな顔をするのか気になったのだ。
腕をグイっとしてみる。リーナスは口を開けて、驚いた顔をしている。あまり見られたくないよ、と言いたげな顔をしていた。
「へわ」
「ちょっと意地悪なことを言っちゃうけど、可愛いね」
「〜っ」
リーナスはまた顔を覆うとしたが、手がレロスに両手とも握られているので覆えない。リーナスは「離してよ!」と言わんばかりの焦った顔で見つめる。
「わあ、すごく真っ赤」
「誰のせいだと思ってるの!?」
リーナスはポカポカと叩いてくる。レロスは妙な気持ち、身に覚えのない愛情を感じた。レロスは悩み始めた。今の感情は一体?なんで感じたのか?興味がどんどん湧く。
「ごめんってば」
「…ねえレロ」
「ん?なに?」
「記憶戻った?」
「戻ってないけど…?」
レロスはキョトンとしている。リーナスは思った。そして、確信した。
ーーレロスの意地悪なところは、最初からあったのだと。
「生まれながらにその性格はズルすぎると思うな…k
「え?何か言った!?」
今日も今日とて、2人は正常運転である。歪ではあるが。そう、歪。片方は記憶喪失、片方は記憶喪失経験済み。お互いを一度亡くしてしまう経験をしてしまった彼らの一からの生活が、また始まるだけのこと。
もちろん他でもなく目的は『嫉妬』からの記憶の奪還。困ったことに、彼女の行方は未だわからないままだった。手がかりはあるのだが、それを使ったところで痕跡がない、それで手詰まりに…というループに陥っているのだ。
数日後、リーナスはウヌクと2人で落ち合うことになった。
「まずはレロの記憶の奪還を優先するべきだと思う?」
「ああ、そうだな。というかだな」
「ん?」
「お前随分と丸くなったよな。前まで俺に対する当たりが強かったはずなんだが」
「え?強いけど?私的には」
「…そうか、わかった。まあいい、話を戻そう。レロスの記憶奪還はリスキーだぞ」
「……なんで?」
ウヌクは深刻そうな表情でそう言った。リーナスはリスクが大きすぎるその奪還がどういうことを意味するかを聞けると思って、ウヌクがまた口を開くのを待った。
「あいつはお前の幻影を追ってたんだ。幻覚で出るくらいにな」
「……確かにそうだったね」
「それにこんなことも言っていた」
ーーー
レロスは『嫉妬』が率いる魔王軍の軍勢の前に立った。それはどことなく、闇深い感じだった。
「僕の最大の幸福の享受は、あの子が心から幸せと思えた時しか要らない。それ以外は、いらない。何もいらない。あの子が笑顔を見せてくれる。嫉妬してくれる。何より、それが僕にとって充分すぎる幸せだから」
そう言ったレロスは、まさに七大幹部のような邪悪さを投影していた。闇深い…つまり、「闇属性の汚染」が完了していた、ということだと、ウヌクは言った。
「そんなことが…いや待って。それならなんで私に対する接し方が変わらないの?」
「あいつの根本にあるのはお前の幸福だ。それを阻害するようにしたくなかったんだろ」
ますます浮かび上がる『レロス』という人物の輪郭。彼は何を目指し、何を求めていたのか。それの根本がリーナスにあることは、明確だった。それに闇属性の汚染…それがもし本当なら、今のレロスも危うい。今後同じ状況になるということなのだから。
「少なくともーー」
ウヌクは続けて、汚染が完了していた時期を特定したことを話した。汚染が完了していたのはーー。
「…嘘、じゃないんだよね」
「ああ、『色欲』にやられた後、立ち直ったレロス。あれはもう手遅れだ」
光明を使いこなし始めたレロスは、すでに闇落ちしていた。そんな事実が発覚した。
リーナスは受け止め切れるはずはなく、あの時のレロスを、いやそれ以前からちゃんと守るべきだったと後悔した。
「リーナス。お前が気負うことじゃない。でも、あいつに全責任があるわけでもない。これは俺たち全員の課題だ」
「……そうだね」
「まあまずなんだが、レロスの闇落ちについて振り返ろうか」
ウヌクはまた口を開く。レロスの闇落ちの症状は、次の通りだと言った。リーナスは目線は下のまま、聞くことに集中した。
「まず一つ目。リーナスのいないところで変な発言をしている」
「確かに、聞いたことないもん…さっきのも、この前の属性確認の時も…」
「これに追記するなら、リーナスの幸せが第一優先になっていて、自己犠牲を躊躇しないこと、だな」
確かに自分が率先して前線に出ていた。怪我するんじゃないか、と思うくらいにはとても前へ出ていたと思う。
「二つ目。リーナスをどんな形であれ『失う』と、極度の幻覚症状が現れる」
「確かに、私が出てたらしいね」
「それは知らないが、実際に幻覚は出てたみたいだ」
「続けて三つ目。2つ目の症状が悪化した場合、憎悪に塗れる。これはほぼ確定だ」
「え?それは私の記憶を粗末に扱ってたから、って聞いたけど…」
「それが着火剤だったわけだ。あいつの精神状態は……」
ウヌクが次に口を開いた時、リーナスは昔のレロスを捨てる覚悟をしなければならないかもしれないと、そう感じた。
「既に、邪悪なほどに真っ黒だった」
レロスは、すでに悪に染まっていた。ある一つの目的のために、一切の躊躇をしない。そんな人間になってしまっていた。
「ねえウヌク」
「どうした」
「もし取り戻して、闇落ちレロスが復活するじゃない?」
「……ああ」
「その場合、あなたの属性で『浄化』できないの?」
「……それは考えていなかったな。………忘れていたが、属性確認はどうだったか?」
「闇属性なのは確定。でも若干厄介だな、とは思う」
「どういうことだ?」
「闇属性の変異のことは知ってる?」
闇属性の変異は、光明と幽属性のことを指す。ただ後者はあまり知れ渡っていない。
「ああ、知っている。2つあるとーー」
「その2つともだよ」
「……なに?」
リーナスから手渡された属性診断書を見せられたレロスは頭を抱えた。彼は元から悪役に染まる運命だったのかもしれない。いや、しかし今の彼が前の彼と同じ道を歩ませなければいいだけの話。ならば……これは、『傲慢』の役目だろう。
「これは、極めてまずいかもしれないな」
「どういうこと?」
「隣国が来る。近いうちにな。それと時期が被る可能性がーーー極めて、極めて、高い。99.9%の確率でな」
ウヌクから放たれたその言葉を、リーナスは受け止める他ないのだと、そう感じたのだった。




