第25話 「忘却、災戦の始まり」
王城での一件から、数日が経過した。
この間何かあったわけではないが、王国の内情がやや荒れ始めているようだった。
まず、現国王の娘であるカーミラの発言力が急激に増し、通常の政策に比べてカーミラ優位になっている。
おそらくは、レロス強奪、そしてゆくゆくは自らの権威維持のため。
一方レロスとリーナスは部屋にて閉じこもっていた。
レロスは資料を眺めるがすぐに整理整頓し、紙束を机の上に置いた。
「うーん、やる気がわかない…いいや、もう今日はサボる!!!」
「そんなこと言ってたらまた好奇心がわくでしょ…」
「そう言ってるリーナスに興味が湧いたかも」
「ほら言わんこっちゃない…ん?私に興味が湧いた???」
いつも通り、レロスはデレデレしていた。
とは言っても難しい話すぎて内容を理解できていないために脳が追いついていないだけである。もっとも、現在調査を進めている資料は全てヴィナスが依頼した某白い神聖っぽそうな書物の関連資料である。その関係で正教会の組織構造、歴史に至るまで、ありとあらゆる情報をレロスは取り込んだ。
数日間のうち半分程度の時間をその調査に費やした。
しかしそれを持ってしても白い書物の真相には一向にたどり着けないのが現状である。
「難しいなあ…」
「……。」
「リーナス?どうした?」
「……なんでも」
「んん…?」
どこかリーナスの様子がおかしい。
普段の嫉妬具合とはまた別のような、何か。また新しい扉を開けてしまったのだろうか。
「………私ちょっと自分のやることするね」
「ん?ああ、別にいいけど…」
「………ふんっ」
どこか冷たい。
レロスは少しそんな寂しさを感じたが、目の前の資料に目を向けた。
「なんでなの………」
そうボソッとリーナスは言い残して部屋を出ていく。
どこか様子がおかしいと思いながら、レロスは作業に熱中した。
「………ということなんだが」
「ふむ、それは『ツンデレ』ではないか?」
「わからん。もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「いや、考えすぎだからいいよ、気にしないでほしい」
レロスの考えていた考えすぎていたことは、的中してしまう。
その翌日の昼に、レロスはリーナスに呼び出され、話し合うことになった。
「……それで、話って?」
「あの、私記憶がすっぽ抜けてて…」
「……え?」
ここ数日、何かおかしいとは思っていた。絶対に何か起きてはいけないようなことが起きてしまっている、と。
それが、ここ数日のリーナスと関係があることも十分理解していた。否、想定していた。でも受け止めきれなかった。その事象は、信じられるものではなかった。
────リーナスは、記憶がすっぽ抜けていた。
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話し合いから数時間、夜も深まってきた頃。
レロスは、自室に引きこもっていたが気分転換にベランダで夜空を眺めながら考えることにした。
何かをしていたわけではない。別にここ数日はクエストすら行っていなかったし。だからあるとしたら…そう考えても記憶喪失になる機会は見当たらない。
リーナスはドジだし肝心な時は油断するから何かしでかしたかもしれないが。それでもわからない。少なくとも今は。
そう考えると同時に蘇ったのは、彼女と一緒に過ごし始めたあの日からこの前までの思い出。王都の郊外でオオカミに襲われているところを助けられたことをきっかけに、助け合う関係に、次第に関係は恋人に移り…
「なんであいつがあんな目に遭うんだよ…なんで俺じゃないんだ…なんで、なんでなんだよ…」
次第にレロスは涙を抑え切れなくなる。自分がどうしようもできない問題が立ちふさがってくることが、無力感をさらに強める。それに対抗するかのように普段は燃え上がる好奇心も、この日はあまり燃え上がらなかった。
「はあ、どうすればいいんだろ…」
彼は今は夜空を眺めることしかできなかった。それしかできない自分に憎悪を抱きながら、空でその一生を焦がしながら輝く星々に尊敬していた。
一方その頃、リーナスは自室で日記帳を発見し、それを見ていた。
「自分」が残した痕跡を、少しでも見て思い出せないか、試している。しかしそれでも記憶は戻らない。戻ってくれない。
「早く記憶が戻らないと…私を必要としてくれる人たちが困っちゃう。だから───」
そう言って、日記帳を開く。
「9月28日。天気は快晴。レロスとピクニックへ行った。途中で『強欲』が出てきたけど、その前後のレロスがとても勇敢でカッコよかった。」
「……」
そんなことを書いた日記帳…レロスと過ごした日々を書き記した日記帳を、リーナスはひたすら読んでいく。1ページ、1ページ。それを見た時間を1秒たりとも忘れずに。
その晩は、それをして無くなった記憶を取り戻せるように日記帳を眺めていようと、そう心に決めていた。何もなかったら。
読み進めていた時に、ベランダから爆発音が聞こえたのは、まさにそう考えていた直後だった。
急いだ。とにかく、早く。無事であってほしい。なんでそう思うかは、何もわからない。わかってくれたら、どれだけよかったか。
「レロス!?」
「…リーナス!?ダメだこっちに来るな!!」
直後にレロスは赤い炎に包まれる。
それを見た後に、普段は華やかに輝く王都が見えるはずなのだが。
「な…なん、で……」
街並みは、赤くメラメラと輝いていた。
人々の悲鳴が、ある一種のBGMになるように、とても悲惨な形で輝きを灯していた。
そうしてしばらくすると、1人の女性がベランダがあったところに降り立つ。
「お姉さん、そこで何してるわけ?」
「え、えっと、その」
「まあ、私は魔王軍七大幹部が1人、『嫉妬』のキャメル」
そう、嫉妬に身を焦がす女───キャメルは、そう言う。今回の件の首謀者は彼女なのだと、すぐにわかってしまった。
「な、なんでこんなことを…?」
「依頼だよ。私は基本こういうのはしたいと思わないけど、自分に利があるならば。やる他ないと思うんだよね」
「誰からの…誰がこんなことを…!?」
「…ロルベク王国、現国王の第一王女、カーミラ。次期女王と謳われる、王女様の依頼」
予想だにしない、そんな一言だった。
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「ぐっ………」
燃える炎を黒く包み込んだ。
落下による物理的な痛みは消えない。こればかりは、炎が焼くことによって生じる痛みとは違うのを痛感する。
にしてもなぜだろうか。
『嫉妬』を名乗った女から放たれた、カーミラ依頼の王都襲撃。なぜカーミラが依頼することになるのだろうか。一つは、彼女はすでに買収されていて、ロルベク王国に敵対するどこかの国の言いなりになっているのか。
あるいは、王位を狙っての行動か。
どちらにせよ正気の沙汰ではない。
一国の王女がやることじゃない。絶対にそうだと思った。
「この状況を打破しないといけない…!」
そう言った、直後だった。
「我々もそう思いますよ」
「ええ、全くですよね」
「ああ、全くだ」
男3名。全員が違うところの組織の所属だった。
1人は、王国軍。
1人は、宗教組織。
1人は、魔王軍。
「これは災厄の戦…『災戦』だ、レロス。立て」
ウヌクはそう言って手を差し出した。
上にいる『嫉妬』は、4名の結集を知らなかった。
ーー
「まずは現状、だな」
「王国軍が全力を挙げて調査した形では、魔王軍七大幹部『嫉妬』が、急襲した。そしてこの有様であるということ。追加が、王女様が首謀者であること」
「なんでなのだろうな」
「ここ最近王国の内政が荒れていたし、それとも関係がありそうだな」
「まあ否定はしないな、何か関係はあるだろう」
現状は認め難いものだったが、認めざるを得ない。
リーナスの記憶喪失はかなり痛手である。4名はそこは意見が一致した。彼女は他でもない王国屈指の魔法使い、『紫』であるのだから。
この大型戦力の喪失は痛手であり、何より損失だった。記憶がどこかの拍子で戻ればいいのだが。
そう考えたレロスはふと一個の仮説を思いつく。
「なあ、一個仮説を思いついたんだが」
「なんだ?言ってみてくれ」
「今回のリーナスの記憶喪失───カーミラが関わってると思わないか?」
「それはそうだな。時期的にもカーミラと会った直後だったしな」
「あり得ることにはあり得るかと」
4人の意見は一個の仮説を捨てない、そういう線で固定された。カーミラが何か企んでいる。そう仮定づけたのだった。
しかし直後として頭上での衝撃音にレロスは冷や汗を流す。上にはリーナスしかいない。
「リーナス……まさか…!?」
「今のあいつは力がどうなのか未知数だ。いくぞ」
「お前に指図されるまでもない。俺は王国軍空中騎士隊第一部隊長、“レルアス”なんだぞ?」
「私も同じくですよ、正教会最高顧問、ヴィナスですから」
4名は上へと向かうこととした。
上の惨状がどうなのか、全く予想せずに。
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どうなってるんだ?
それが最初に思い浮かんだ疑問だった。改めて街並みを望んで見ても惨状が広がっている。ただそれだけ。
それを気にしている暇すらなかった。『嫉妬』がリーナスを手にかけようとしていたのだから。
「…リーナスを離してくれよ」
「んん?ああ、さっき吹き飛ばされた子か。ごめんだけど依頼はこの子に関わるものだからさ」
「『嫉妬』、それ以上は認めないぞ」
「……『傲慢』…」
「彼女を離せ。離したら今は何もしない」
『嫉妬』がリーナスを解放し、レロスが速やかに酷く怯えたリーナスを引き寄せ、安心させようとして抱き寄せた。
「まあいいわ、私たちはこれで撤退するし置き土産して行ってあげる」
「何を………」
「その子の記憶がすっぽ抜けたのは、私によるものよ」
そう言い残してキャメルはふっと消えて行った。
最後の置き土産も含め、彼女の発言からわかったことは、今回の首謀者はカーミラであるということ。実行犯は魔王軍の中でもマイペースな七大幹部、『嫉妬』の仕業であること。そして、リーナスの記憶喪失がこの一件と関係性があることが確実となった。
今も状況は読み込めないが、ひとまず大変なことに巻き込まれた実感はあった。
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数日後、攻撃は次第に王都から離れていった。戦火が王都に降りかからないのはいいこと…なのだが。
「ごめん、私のせい…なんでしょ?」
「違う、違うんだよ」
「ううん、これは多分私のせい」
「そう気負うなリーナス。お前の責任じゃない」
「でも…」
「そうだぞリーナスちゃん。昨晩の攻撃は不意打ちみたいなものだし、あまりにも身勝手なことだったし」
「それは、……まあ、そうだね」
「でしょ?だから気にするなよ」
レロスとリーナス、その2人に加えてウヌクとグェードは食卓を囲んで話し合っていた。食事ではないが話し合いである。
突如として記憶喪失となったリーナスの記憶を取り戻す方法を模索していたウヌクは、ある一個の手段を見つけたという報告があった。
グェードは、この国に留まるのは危険が生じるとして、他国への移住を検討するべきという意見を出す。
レロスは戦況報告、リーナスの経過観察を話す。
「それで、リーナスの記憶奪還方法なんだが」
「ああ、そういえばあるんだった」
「それが、レロス。お前が1番得意としているやつなんだ」
「……どういうこと?」
レロスは首を傾げる。リーナスも首を傾げた。
ここはどこか記憶喪失前の2人のような気がして、ウヌクとグェードは寂しさを感じた。
「…ああ。お前の“闇属性”が関わるモノなんだが、───ポラリスが、使い方次第では記憶を取り戻す手段になる」
「……ポラリスが?」
「ああ、ポラリスが。というのも、『嫉妬』の異能というのは──。」
『嫉妬』の権能。
それは、他者を妬み、苦しめる力と言っても過言ではない。時に幸せに、時に苦しい目に合わせることができてしまう。そんな最悪の代物である。
「それでなんだが、今のポラリスでは到底記憶を奪還することは出来ない」
「は?じゃあなんのために僕にこの話を?」
「お前ならできると、そう信じているからだ」
「………っ」
「大丈夫だ、お前は絶対にリーナスを救い出せる。なんてったってお前は…」
ウヌクは少し言うのを躊躇った。今言ってしまえば、レロスはそう感じ、どう受け取り、どう対処するのか。あらゆるパターンが思い浮かぶ。だからこれは、彼にとっての決定事項であり、揺るがないことであるのだと。ウヌクはそう信じている。
「なんてったって、お前はリーナスの唯一無二のパートナーなんだからな」
「……!!」
レロスは勢いよく顔を上げた。
その言葉は彼に一つの希望を抱かせる。その希望は、身を焦がすように輝きを灯す。
果てしなく長くなろうとも、老いぼれになろうとも、自分が死のうとも。この命にかえてでも、彼女を守り抜き、生涯幸せであってほしい。何があろうとも。
それはレロスがリーナスに対して思う1番の気持ちだった。
そしてその気持ちは、レロス以外の人物が思うレロスへの一種の願いと対照的だった。
忘れられた記憶。
災いと国内の政治勢力の争いが結びついた結果の災戦。
この二つをどう対処するか、レロスは思考を巡らせる。
何よりそれらを対処した先にあるのは、リーナスの記憶奪還であるのだと。
そう思いながら、話し合いは進んでいった。




