第28話 「ただいまと、言えるように」
王国騎士と、魔王軍の対峙はこれまで何度もあった。
しかし今回は違う。話のスケールが違うのだ。個人間対立から、王国内部の陰謀。話のスケールがどんどん大きくなった。
「ホーリーライン!!!」
「あはは!! お兄さんの“それ”はまるでかつてこの世界を救った英雄が使っていた『光の剣』みたいだねえ!!」
光の剣が振るわれる。すると振るわれた地面は綺麗に裂けた。それをレロスは眺める。それを生身の人間が喰らえばーー絶対に死ぬだろう。
しかしレロスはそれに恐怖していなかった。彼を支配していたのは、もっと別の感情だった。憎悪。憎しみ。一言でわかる、悪感情そのものだった。
「…あんたが憎い。なんで俺じゃなくてリーナスを選んだ」
「王女様からのお願いだからね。依頼内容に含まれてたからやるしかないよねえ?」
「…なるほど、そういう感じだな」
「ああ、そうだよ? やれるだけやった。その結果がこれ!どう?君の願った未来は叶えれそうかな?」
「叶える……? どこまで行っても!! お前への憎悪は増すばかりだ!!!!!」
レロスの背中から溢れるのは、黒いモヤだった。毒ガスのように勢いよく吹き出すそれは、闇属性のそれだった。しかし普段とは異なる。顔を片手で覆う彼の姿はまさに悪役がお似合いとでもいうかのような姿。
「レロス殿のことも鎮めなければならない。貴様にはここで、消えてもらうっ!!!」
そう言ってレルアスはキャメルに斬りかかる。
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「私は、この戦いで自分の使命を再確認したい」
レルアスは急にそう言った。自身が所属する王国軍もとい、王国は今現在王女の謀反によって、王政に揺らぎが出始めた。そんな王国騎士団の一個人であるレルアスは、その点を不安に思っていた。
「ああ、それはそうだな。お前が命がけで守る王国は、今現在揺らぎが出ていて、隣国からの侵略もあり得るわけだからな」
「ええ、その通りです」
そうレルアスに言ったのはグェードだった。商人である彼は、隣国事情をよく知る数少ない人物だった。
そんな彼の発言は現在のロルベク王国を取り巻く国際情勢に急激な悪化を簡単に表していた。
この王国は半島に位置し、北側に「コルベリエス帝国」が位置し、西側の湾内から沖合にかけてある諸島を統治する国名すらわからない国家がある。
この3カ国に他にもいくつかあるにはあるのだが、コルベリエス帝国の圧倒的な実力・軍事力・権力によってねじ伏せられているのが現状だった。
グェードによれば、そんなコルベリエス帝国の皇帝が先日発表した声明によれば、次回の皇帝自らが指揮する『征踏』はロルベク王国にて実施すると発表したそうだ。
ーーつまり、近いうちにロルベク王国はコルベリエス帝国との全面戦争に向けた準備を開始する、と言うことを意味していた。
「まあ、お前さんは騎士でありたいんだろう?」
「ええ、そうです」
「なら己の思いを貫き通せよ。自分の本心をな」
グェードにそう言われたレルアスは、どこか自信を持ったかのような顔をしていた。グェードは「やっと男になったな」と言った。
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「あっっははははははは!! すごぉい!すごいよぉ!! この斬撃、すごおい!!」
キャメルはそう言って笑いながら避ける。
おそらく彼女はこの攻撃の真髄を理解していると思われる。推測気味なのは、彼女のことをしっかりと理解していないからである。
彼女はどこか無邪気だった。子供のようだった。遊びでもしているかのように、笑っていた。次々と飛び交ってくる斬撃を華麗に避ける彼女のそれは、まさに子供のようでーー
「あっははは!! 本当にすごいね! でも、これ本気じゃないでしょ」
急に声のトーンを下げて、彼女はそう言う。
ーーどこまでもお見通しなのか、とレロアスは感じた。これも『嫉妬』の異能なのだろうか。
謎めいているが、今はそれどころではない。すぐに体制を立て直しーー
「おっそー、これじゃあ相手にもならないよ?」
「ぐわあっ?!」
気づけば背後にいたキャメルは、レルアスを片足で蹴り飛ばす。遠くへと吹き飛ばされる彼だったが、すぐに体制を整えてキャメルの元へと向かう。
異能が弱い分、身体能力が強いのだろう。それが彼女にとってどれだけ大切で、奪われてたまるものか思える。
「…そういえばさあ、お兄さん」
「ああ?」
キャメルはレロスに話しかける。
どうやら何かを話そうとしているそうだが、レロスはそんなことに耳を傾けたくなかった。しかし、傾ける他、道はなかった。
「お姉さんの記憶を奪ったよね、お兄さんは。私が奪ったものにをさ」
「ああ、そうだよ。正当だろ、これは理由として十分だろ?」
「お兄さんは今の私の気持ちがわかるはずだよ。私が大事に保管していたのを奪ったんだからさ」
「……は…?」
彼女は、なにを、言っているのだろうか。
無理がある。あんなに適当な扱いをしていたのに?興味もなさげだったのに?依頼だったのに?
ーー大して、関わりもないはずなのに?
憎悪と怒りがこみ上げる。レロスを包み込むように。
「もう、いい。レルアスには申し訳ないがやるしかないようだな」
「はあ?なにを言ってーー」
「“ダークエネルギー”」
そう詠唱すると、キャメルは異空間へと意識が転送された。その空間は、キャメルの知識の宝庫だった。あらゆる知識がそこに詰まっていた。
「ここは…私の…」
様々な景色が詰まったその場所をしばらく眺めると、違和感が起きる。目の前の視界で知識が倍増していくのが見えた。それは、急激にどんどんと増える。累乗するように、みるみると。
「なあああああああああああ!!!」
キャメルは、急激な知識量の増加に耐えきれず倒れた。現実に引き戻されると、レロスはまさに悪役のような形相で見下していた。
「や、やめっ」
「覚悟ーーーっ!!!!」
レルアスは彼女の知識量増加を感じ取る前からその場で待機していた。
リーナスは無事自らの記憶をカーミラの手から奪還することができた。ひとまずは安心、と言えるだろう。
「それじゃあ、こっちも吸収するとして、か」
「ああ、そうしたらいいと思う」
そうして彼は記憶を闇属性につけた。きらめいていたそれを闇につけるのはどこか罪悪感にまみれるが、この際どうでもいい。この先にリーナスの復活が待っている時ならーー。
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「その、今までありがとうね」
「うん、僕も楽しかったよ」
「どう楽しかったの…?」
「新鮮味があった、かな。あと懐かしさも感じた」
「懐かしさ…?」
「そうだよ?例えばーー」
レロスはリーナスとテラスで街並みを望みながらそう言う。リーナスはどこか興味があるようだった。この「2人」はまもなくお別れだと言うのに、彼女の好奇心がそそられてしまったらしい。
「例えば、ちょっと素っ気ないところとかね」
「え、そうなの?」
「そうだよ?例えばーー」
遡ること、2週間前の記憶喪失直後。
レロスは気まずい気持ちでリーナスと食卓を囲んでいた。
「………。」
「……あの」
「? なに?どうかした?」
気まずい空気が流れる。何か話題を、話題を、話題を…
しかしレロスは思い出した。昔のリーナスは、今の彼女のようだった。ちょっと素っ気ない感じが、どこか懐かしい。
ーーああ、そういえば昔、僕はリーナスに拾ってもらったなあ。最初はいかにも意地の悪いことを言われ、さんざんなことをされたっけ。
その後、自らの失敗で立ち直れなくなった時に、いろんな場所へ連れて行ってもらって、告白されて、勇気づけられて、エフェルとの戦いで無事帰る事ができて…
そのあと、記憶がなくなった。
なんでだろうか、急なタイミングだった。王城に行った後だから、その辺りで何かリーナスの近辺にあっただろうか。
リーナスの近辺を完璧に知っているわけでもないレロスは知る余地もない。と言うのも彼は束縛する気が全くないのだ。ただそばにいて、愛を、好意を感じているだけで十分だった。
その面彼女は束縛する必要性は低かった、はずだ。
ずっと一緒にくっついて離れず、一緒にくっついてくるのはまさに親についてくる子供のようで、可愛らしい。
「ごめん、やっぱりなんでもない」
「え?なになに、言ってくれないとモヤモヤする」
「……昔を思い出してただけだよ」
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「ーーって事があったんだ」
「レロスは、昔から昔の『私』のことばっか考えてるよね」
『もー、全く。私のことが好きなんだからさ!』
「へ?それは一体どういう…」
「私も、昔の私に敵わないかもしれない。でも、あなたのことは大事だからね」
『今の「私」も、私と同じにたいだよ?』
幻覚のリーナスも、今目の前にいるリーナスも、どっちも好きだ。選べない。無理だ。選択できない……いやでも彼女はこういう時こういうはずだ。
すると幻覚は思った通りのことを言い始める。それとぴったり重なるように、目の前にいる「リーナス」も同時に喋り始める。
「『どっちも私なんだから、平等に愛して欲しいよ、レロ』」
その言葉は、とどめだった。
もうすぐで別れを告げなければならないリーナスと、自分はどれだけ関わりを持とうとしなかっただろうか。
逃げてばかりで、リーナスが1番困ってるはずなのに、自分が1番困ってるんだと言わんばかりで。惨めだ。恥晒しでしかない。
しばらくしてレロスは一回落ち着くために部屋の外へ出た。幻覚リーナスも無論ついてくる。が、どこか申し訳なさそうだった。
「それで、話って?」
『今の私と、お別れしてもらわないといけないの』
「……は?」
『ほら、嫉妬の異能の関係でさ、難しいの、もうこうやってるのも』
「……そっか、わかった」
『……あとは今の私に任せるね。私はこれでお役御免、みたいだからさ。バイバイ、レロ。また……今度はしっかり抱きしめてね』
「もちろんだよ、いつでも、待ってるから」
『待ちきれないくせに…』
そう言って幻覚は笑顔で消えた。
それはレロスの心の悩みが消えたということでもあった。言い方は悪いが、そうとしか言いようがなかった。
「……話はついたの?」
「うん、そうだね。ついたよ…心もはっきりとした」
「そっか、それは良かったよ」
「うん? なにかおかしい?」
「いやね、私は思うの」
リーナス曰く、彼女は記憶を無くした後日記帳を見て、過去の自分がどのように過ごしてきたかもわかった。
「こんなことまでしてたの!?私…」
隙あらば、くっついたりキスしたり。はしたないと言われても仕方ない部類で、まずかった。
それでもどこかそれは幸せそうだった。毎日レロスとどう言う事があったか、それでどう思ったかと、永遠に同じように書き記していた。
幸せそうだった。すごく、ものすごく。とても笑顔でしれていそうなことばかりだった。時に彼に守られ、彼を逆に守ったりと、時に勇敢だった。
ーーああ、なんて私は、弱いのか。
そう思った彼女は、過去の自分に追いつくことは難しいと、そう感じていた。でもそれは、間違っている。今の私は今の私のやり方でやる他ないのだと感じていた。レロスが受け止めきれない分も私が受け止めてあげて、支えてあげて。
寛大すぎるかもしれなかった。でもそれが、今のリーナスにとって心地よかった。
「そう、なんだ…リーは、いつもそんなことを言ってたよ、似てきてるね、どんどんと」
「そう?なんだ…『私』に近づいてるんだね…」
しばらく沈黙が流れる。でも今に2人にはそれが「ちょうどよかった」。
2人はしばらく些細な雑談を交わしあった。主にレロスが普段のことを話すのだが、リーナスはそれら一つ一つに耳を傾けた。
「そんな事があったんだね」
「そうなんだよ!とても面白かったんだ」
レロスが笑えば、リーナスも笑う。リーナスが笑えば、レロスも笑う。まさに相互作用の関係性。リーナスは、この今の状況に一生浸っていたいと思った。
ーーああ、前の私みたく、幸せになりたい。あわよくば、どうか、どうか。この人と一緒に。
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「いい、のか?本当に」
「いいってば。今更躊躇わないよ」
ウヌクやグェードが立ち会う中、リーナスはレロスにそう言った。いよいよ記憶を取り戻す時が来たのだ。
「食いもないのか?やり残したこととか…」
「強いて言うならあなたを愛したかったくらい?でも前の私…いや、“私”がやってくれるでしょ?」
実を言うとリーナスも前の自分と今の自分を比べていた。どれだけ優れているか、どれだけ愛想が良かったか、とか、人柄がどれだけ良かったか、とか。
でもそれはとっても些細なことだと気づけた。それだけで、十分報われたと思えた。
「そう、か。わかった。何か最後に伝えたいことはあるか?」
「……それなら、わかった。じゃあこれだけ約束して」
「なんだ? なんでも言ってくーー」
リーナスはそっとレロスの頬に口づけをする。多分彼にとって一生忘れられない口づけだ。それをわかっての上でやる。彼がこちらを見る。みるみる赤くなるその顔は、まるで赤りんごのようだった。
「リー……? これは、一体…」
「私からのお願い。ーーもし私が記憶が戻った後でも、私のことを覚えておいて欲しい。……愛して欲しい」
「……わかった。任せろ!リーが覚えてても、覚えてなくても、僕が覚えておく」
「うん、それじゃあ、お願いね」
「任せて!それじゃあ、」
「「またいつか、逢える日まで」」
そう言った直後、リーナスは気を失った。これで前段階は終了した。これより実行に移る。レロづは自身の闇につけておいたリーナスの2つの記憶を認識し、記憶を組み合わせる要領で融合させる。
分かれてしまった記憶を融合させるとレロスの体からきらめきが溢れ出す。手をリーナスの頭に触れる。そのきらめきを、手の先から出すようにすると、徐々に目を瞑ったリーナスへ煌めきが移っていく。
「リーナス…」
レロスはリーナスへ記憶が移り終えたのを確認すると、彼女に手をそっと握る。黒い手袋をしているレロスは、自分の手は、先ほどまで憎悪に満ちていたはず。今は不安と言う感情に変わっていることが、不思議でしかなかった。
しばらくすると、握り返される。自分が握っているのは、リーナスの手しか握っていない。そこから、レロスは、ハッとする。まさか、いや、信じ切れるか。また、絶望の淵に追いやられないだろうか。
ーーその「まさか」は、良い意味で現実となった。
「リー…ナス……?」
彼女は、そう言ってとても綺麗な薄紫の目を見せた。
頬を赤らめ、目の前にいるレロスをまじまじと見るように。




