第23話 「恩人」
海。それは夏を象徴する特大イベントと言っていい。
レロスたちの場合は、さらに特大になっている。それはなぜか。
「まさか、花火大会も一緒にやるなんてなあ」
花火。夏の風物詩であり、恋愛物では切って捨てることはできない超特大イベント。レロスの場合は、すでに交際を始めているので問題はないのだ。ないのだが…
「ああああああああああ!!!!」
「どうしたよレロス、彼女の浴衣姿でも想像したか?」
「ああそうですよ!ただいま想像中!妄想中!妄想でも俺の彼女超激かわ!!!」
「おおう、すげえ返答」
一人称が荒ぶるくらいには、自分の彼女が可愛いらしい。そんな彼を横目にグェードがサングラスをかけて大海原を見ている。
「にしてもさすがは観光名所だな」
「それは確かに…まさかここまで綺麗だとは思わなかった」
レロスはちょっとだけ平然を取り戻した。
でも時々脳裏に浴衣姿のリーナスが浮かび上がる。なお、リーナス本人は少し離れたところで海を眺めていた。レロスは妄想が続きすぎてしばらく動けそうになかった。
「この貝殻、綺麗」
澄んだ青色の貝殻をリーナスが手に取ってまじまじと観察する。なんでこんな色をしているんだろう?レロスなら知っているのかな?などと、いろんなことを考えている。
リーナスは色んな感情を、「彼」に向けている。
好き。大好き。愛してる。大事。失くしたくない。
この世界で、冒険者や組織の人間の命は、喰うか喰われるかのどちらかでしかない。弱肉強食がお似合いの残酷な社会だ。
その感情は、自分の中の基準という箱に入れて持ってみたときに、「重い感情」であると、そう理解した。
ちょっと緩和した方がいい。そう思っている。
「これあげたら、気持ちを切り替えよう」
「何をあげるって?」
「ひゅわ!!!!」
「また変な声。何か見つけたの?」
レロスが気づいたらそばに来ていた。
すぐ横でしゃがんで、リーナスが貝殻を包んで隠している手をまじまじと見る。
「その中に、何かあるの?」
「いや?なにもないよー?」
「嘘つけ。絶対何かあるって顔してる」
レロスの勘は、今日は一段と鋭かった。
そんな彼は現在目の前にいる彼女の浴衣姿を妄想しながら目の前にいる彼女に照らし合わせて顔をとろけさせていた。なおこれは彼の脳内における「レロス」という存在であるので、実際に彼の顔がとろけているわけではない。
「……なんでわかったの」
この日のリーナスはかなり折れるのが早かった。
いつもならもう少し張り合う。張り合ってじゃれあって、結局話すのがオチなのだが。
「これ、あげる」
その手に乗っていたのは先ほどリーナスが拾った貝殻だった。とても綺麗な色をしていた。澄んだ青色はまさに雲ひとつない青空のようで、清々しい気分になる。
「すごく綺麗だね、これ」
「え、でしょ?レロにあげようって思ってた」
「え、ありがとう」
リーナスはレロスの顔を観察する。
渡す前は、とても興味津々な顔。何が入ってるんだ?という文字をそのまま書いた顔をしていた。
渡した後は清々しいほどいい笑顔をしている。渡して良かったと心の底から思えるそんな笑顔だ。
「…かわいいね」
「僕がかわいいって!?」
レロスはレロスなりのかわいいアピールをしてみる。無論リーナスの心にブッ刺さる結果となる。しかしリーナスはその上を目指そうとした。もっとこうしたらいいのに…その思いで、その一心で。
「この腕の位置。ここをこうしたらもっとかわいいよ」
「…こう?」
「ひゅわあ…尊い…」
「変な声出てる…」
リーナスは交際開始後、その時のレロスが自分にぶっ刺さった時や驚いた時に変な声を出すようになった。これは簡単に言えば照れをそのまま言語化したもので、レロス以外の誰かがやった場合は塩対応を食らう。
そもそもリーナスは、感情表現がとても下手くそなので、レロスはその面とんでもない立役者となった上に彼女の心の支えにまで成り上がった異世界人なのである。
「リーナスも変わったよね」
「へ?どこが?」
「可愛らしくなったのは事実だけどさ」
「他に何かあるわけ?」
「仕草とか色々感情を表に出すようになったよね」
「だってレロスはいろんな時に助けてくれたよ?私、王国屈指の魔法使いなはずなんだけどなあ」
「大丈夫だってば。だって」
レロスはそういうが、リーナス本人は無意識でやってることなので特に何かが変わったとは思っていない。
仕草はたくさん増えた。甘え上手になったというか、それとは別にしても。好き好きアピールは前以上に上手になっていると判断できる。
「だって、最初に僕に魔法を教えたのはリーナス。その後あるコツを教えてくれたのはリーナスだよ?」
「…確かにそうだったね」
「僕にとって、右も左もわからなかった頃の僕に手を差し伸べて、たくさん教えてくれたリーナスを恩人扱いして、特別扱いして、守るのは責務なんだよ。僕にとってはね」
とても『傲慢』な返答だった。
しかしリーナスはレロスが恩返しなどいいことばかりでできたような人間なのは無論知っている。これまでずっとそうだったから。彼はきっと、「この世界にいる限り」自分に恩を返すだろう。様々な形で。
「じゃあ私も特別扱いする」
「え?」
「私だって助けられた。君が闇へ命を差し出しそうになりながらも庇ってくれたことだってあった。この前だって、背中を守ってくれた。『色欲』じゃなくて私を選んでくれた。私だってレロスに大恩を抱いてるんだよ?」
「大恩…」
レロスは思えば確かに沢山の恩を積み上げているだろう。彼にとって彼女が「恩人」であるように、“彼女にとって彼もまた「恩人」”なのだろう。それは揺るがないし、変わらない。再定義もされない。
彼女が最初にパーティの誘いをしてから、今日まで、レロスが読んできた異世界小説の主人公とは比べるまでもなく急スピードで成長をしてきている彼だが、彼の魔法は実を言うと全て未完成であった。それをリーナスは全て見抜いていた。
「そ、大恩。『深愛』も抱いてるよ」
「…そっか。わか」
言い切ろうとしていた。でもアクシデントは不意打ちで起こるものだった。
いつも、どんな時も不意打ちだった。『色欲』が現れた時も、『強欲』さえも。でも今回は比べ物にならないと、魂から。自分の根から。そう感じ取っていた。
その巨大な魔物は、レロスたちを容赦なく襲う。芯から強いと直感で伝わるその魔物は───。
「まさか海の守護者とはね!!」
ジャイアントオクトパス。体長が大きいモノで25mを誇る巨大なタコで、触手がとても美味とされるため高級食材に指定される。しかし今回は毒を持つ亜種だった。
「面倒なことになったなあ」
「レロスは下がっててよ」
「え…?」
「星は、いつでも輝けるようにエネルギーを貯めなきゃね」
そう言ったリーナスの周りに輝きが灯り、浮遊を開始する。あっちこっちへ行くが、次第にリーナスがどこからか取り出した魔法杖に集まる。
「せっかくの機会、レロスに守られないでいいくらい私が王国で一、二を争うくらい強いって教えてあげる」
轟音に包まれ、砂浜が光に包まれる。
聖属性とはまた違う、別の魔法だった。
温かみも帯びるがどこか鋭いその光は────。
「ユニゾンブレイクっ!!!!」
光は大きな魔物に直撃した。
逃れることはできない。出来たとするならバケモノがお似合いの生き物だろう。光が開けるまで、レロスはリーナスの本気の片鱗をその傍らで見て驚きと好奇心に支配されていたのだった。
「す、すご…」
「でしょでしょ?すごいと思わない?」
リーナスはいかにも自分を褒めて欲しい顔をしている。「えっへん私ってばすごいでしょ?」と言わんばかりの顔である。レロスはその自慢気な顔がとても可愛らしいと思ったが、砂煙が薄れると魔獣は全く効果なく立っていた。その魔獣は触手を体から放出してリーナスを襲おうと─────していた。
「気づいてないわけないでしょ?“ライトニング“!!ごめんレロ、やっちゃってくれない?」
「え?僕今立方体ないよ?」
「何かできない!?」
「まあできるけど…」
そう言って手をかざす。「”超新星爆発“の後、条件により爆発した天体の核が圧倒的な重力を持つ天体を誕生させる」と、昔レロスがあちら側で興味を持って調べた時に書かれてあった。つまりそれは─────。
「藪から棒だけどやるしかない!!”ブラックホール“!!!」
その日のブラックホールは、とても小さかった。
最初から手のひらサイズだったが、魔獣が一瞬にしてそれに吸い寄せられた。瞬きをすれば見逃すレベルで。
「え?今のブラックホール?」
「え、一応そう、なんだけど」
ひとまずは魔獣を討伐できた。
なおこの極小ブラックホールの発生原理は、この後すぐに判明したのだった。
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「あなたがたに、少々お手伝いしていただきたいのです」
唐突なお願いを申し出たのは、正教会最高顧問のヴィナスだった。年齢は23歳と、その若さでその地位に登りつめるほどの優秀な人材なんだろうなとレロスは年下の高校生の年代ながら思った。
「それでお願い、って?」
「入信だったら怒りますよ?」
「大丈夫ですよ、ご心配いりません」
そう言ったヴィナスは一冊の白い本を差し出す。どこか神秘的な雰囲気を漂わせているそれは、触り難い雰囲気を持っていた。
「これは我が正教会の書庫の奥底に眠っていた謎めいた本です。この本に書かれていることの調査をお願いしたいのですが…よろしいですか?」
「一回めくってみても?」
「ああ!!全然めくっていただいて結構ですよ、なんならどんどん見ていただいても大丈夫です!」
そう言われたのでレロスとリーナスは座ってその本を見てみる。1ページ目。「神は視ている」という記載がされていた。その下には、箇条書きで正教会の教典に関する注意書きがされていた。
「まあなんか教典だ…と……」
そのページからめくると、殴り書きで意味深なことが書かれていた。
「神は視ている」「神の断罪を受け入れよ」「あの地に踏み入れるな」「あの地は神聖なる地」
…それは、極めて意味深だった。
そもそもあの地とはどこか。さっぱりわからなかったが、リーナスは心当たりがあったようだった。
「もしかして『聖地』かな?」
「ああ、あそこですか」
「『聖地』って?」
「神の住処と言われる場所です。あそこにいる神秘的な人物以外踏み入れてはいけないのだとか…」
とりあえず興味が湧く場所であるのは事実だった。
どうしても踏み入れてみたい。そう思った。
レロスが謎めいた本に興味が湧いているうちにヴィナスはリーナスに暗示した。ハンドサインは、グーパーを5回繰り返すもの。それが何を意味するのか─────。
「…一旦この話は置いておこう、ヴィナスさん、この話は持ち帰っても?」
「ええ全然。せっかくの海でしょうしごゆっくりどうぞ」
「じゃあリー?そろそろ花火だよ?」
「…!そうそう忘れてた!ちょっと待ってて!」
そう言ってリーナスは駆け出した。ウヌクたちの方へ向かって。リーナスはウヌクたちとちょっと談笑してから、岩陰へと走って行った。ウヌクが手招きをしたので、レロスはその場に向かった。
「どうしたの」
「いや、お前も贅沢なやつだなと」
「…?どういうこと…」
「レロ、おまたせ」
そう言ってリーナスの声がしたので、その方を向く。
そこにいたのは、浴衣姿のリーナスだった。
見惚れた。その世界の何よりも、彼女に意識が向いた。その意識を違う方向に向けられない。避けられない。逃げられない。変えられない。
「………」
「………」
2人して沈黙を貫く。
恥ずかしいとかではない。リーナスはレロスから何か話してくれると思って待っている。綺麗だね、とか、可愛いね、とか。
一方レロスはリーナスからどう?とか、いろんなことを聞かれるのかと思って待機している。が、それ以上に目の前にいる浴衣姿の彼女がとんでもなく可愛くて、それ以外の思考を放棄している。しかしハッとしてついに口を開いた。
「そ、その………」
「……ん」
「綺麗、だよ……」
「……あ、ありがと」
2人とも直視できない。詳しいことは考えられない。レロスの服装自体は、普段と変わらなかった。でもリーナス視点ではその服装自体は、とんでもない価値を生んでいた。美化されているのか、何なのかわからない。レロス視点は先程と変わらない理由でその状況が直視できない。
「…むず痒いことをしてくれるな」
「2人とも、青春してるんだなあ」
むず痒い気持ちを浴び続けるウヌク。青春しているのを目の前で体感し、自らの隣に一生女性がやってこないことを一生嘆いていた頃を思い出してしまったグェードがそのそばに立っていた。
「「………」」
「レロ」
「はい」
「あっち行こ」
「?」
「後ろの2人がうっとおしい」
後ろで突っ立っていたウヌクとグェードを一言で罵り、リーナスは手を引いてレロスを遠く向こうへ連れて行く。
─────言うまでもなく、2人は石像と化した。
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「いい眺めだね」
「ここからなら花火もよく見えそう」
2人が向かったのは、現在訪れている海岸の砂浜であり、海岸の中でもダントツの人気を誇るデートスポットだった。この日行われる花火はいわゆる海上花火であり、かなり分散していたおかげでスムーズに場所取りすることができた。
「ねえレロ、伝えたいことがあるの」
「ん?なに?」
「あのね、私、レロを連れてい」
言い切る前に、花火が始まってしまった。
リーナスは何かを言おうとしていた。花火は水面に反射してより美しく演出していた。
リーナスは決意していた。彼を連れて行くこと。そう、あの王城へ連れて行くのだと。国王から直々にリーナスが指名されてしまったのだと。「そういう暗示」を先程見せられたのだから。




