第2話 「予兆」
リーナスとのパーティ結成から、およそ2週間が経過した。
彼らは現在、どうにかしてアパートの一室を借りれるくらいにクエストをこなして稼いでいた。
「ねえ、朝ごはんは何?」
リーナスは寝起きで、とても眠そうな顔をして聞いた。
「トーストと、卵焼き。あとオオカミのウインナーな。」
このメニューはこの世界では当たり前のもので、オオカミの食肉がかなり流通している。
ちなみに味は美味。普通に美味しい。
「おっけー、顔洗ってくる...」
フラフラとした足取りをしていたので、大丈夫かあいつ、と少し心配げな目線をリーナスに向けて自分は料理を作ることに専念した。
「「いただきます」」
日本出身のレロスはともかく、リーナスまでなぜその言葉を話しているか、と言うと、彼女が自ら進んでレロスに合わせてくれたのだ。
今ではすっかり習慣となり、なくてはならない一種の行事になっている。
「今日も美味しいよ、ありがとね、毎日。」
リーナスが何気なく感謝を述べる。
「いやいや、そんなことないよ。役割を分担してるんだし、流石にその役割をこなさないと。」
リーナスから見れば、レロスは与えられた役割を淡々とこなす勤勉な人間だった。
与えられた役割はちゃんとこなすし、その役割に加えてクエストでも指示があればそれに従ってちゃんと行動してくれる。
まあ、未だに魔法が使えないので武器を用いた物理攻撃がメインとはなるが。
ご飯を2人で頬張っていると、
「それにしてもレロスも様になってきてるね」
と、リーナスがそう言う。
確かにまあ、鍛え始めたこともあってか動きも前より持久力や筋力がついて素早く動ける時間が多くなった気がする。
「それでもリーナスには敵わないよ。結局のところまだリーナス頼りだし。俺はただリーナスのサポートをしてるだけにすぎないしさ」
レロスは謙虚な態度を示した。
あくまでリーナスの手柄だったと、そう言わんばかりに。
「それでも君がいなければ私は袋叩きにされてたはずだよ。だから助かってる。自分に自信を持って」
リーナスは日頃のクエストではレロスのサポートがあってこそだと考えている。
だからこそ、彼がいなければ成し得ない。
これは実際そうで、ブロックを常に所持しているレロスは非常に彼女にとって大事な人物であるためだ。
「ごちそうさまでした」
レロスは早々と食べ終わり、食器を片付け始める。
「今日はクエスト行くの?」
レロスが皿を洗いながら聞く。
「いや、今日は君の訓練を行おうかなって。君にも必要最低限の魔法を覚えておいてほしい」
レロスはああ、確かに現在はリーナス頼りだから妥当かもしれないと考えた。
一方リーナスは単純に覚えておかないと一部は物理攻撃も効かないので覚えておいてほしい...と言うお願いであった。
平原に出て、いざ隣を見ると初めて会った2週間前と変わらない服装で遠くを見ているリーナスの姿が目に入る。
彼女は振り返って手招きをして、
「こっちこっち、早くするよ!」
と言って呼びかける。
「はいはい、今行きますよ」
そう言って駆け出した。
彼は黒い服を好んでいるため、ほぼ全身が黒い服装をしていた。
「それ、暑くならないの?」
リーナスが心配そうな目で服装をじっと見ている。
「暑くはないんだ。気温に合わせて冷却したりできるんだとか」
元いた世界では考えられないものである。
ぜひこれこそ元いた世界に流通していてほしい。
「それでどんな魔法を教えてくれるんですか、先生」
敬意を込めて先生、と呼んでいるがそこに欲情はなく、ただただ尊敬の意しかない。
「今日は君がどんな属性の魔法を習得できるか。それを確かめたい」
「まずは属性について勉強しよっか。まずは基本属性からね!」
基本属性とは、水・火・土・風。基本中の基本であり、大半の冒険者はこちらの属性であることが多い。
後者の2つは、聖・闇。対極でありながらどちらも勇者や魔王などを采配してきた属性である。
「それじゃあ、まずこんなふうに手を前に出して」
腕を伸ばし、遠くの方に手をかざすようにする。
「そしたら、目を瞑って。手の先から、エネルギーを出すように意識してみて」
言われた通りにこなしていく。すると、体の中からゆっくりと何かが出ていく感覚がし始める。
「...これは...もしかしたらすごいことになるかもね...」
そう、意味深な言葉を呟いた。
「結論から言うね。君は闇属性。魔族に多く見られるんだけど、人間では本当に希少なものだね。あっても聖属性なのに、本当に珍しい。少なくとも私は闇属性の人間に出会うのは君が初めてだよ」
どうやら本当にごく稀なものに選ばれてしまったらしい。運がいいのか悪いのか...
「そういえば、闇属性ならどんな魔法が使えるの?」
レロスがそう思って聞く。
「闇属性なら、物をブラックホールみたく吸い込んだり、闇で覆い尽くしたり。まあ色々あるよ」
リーナスはそう言うが、どこか普段とは違うように見えた。
ひとまず、闇属性の魔法を習得しなければならない。
「闇属性は、簡単に言えば吸い込む力だよ。逆に聖属性は放つ力。」
リーナスはかなり噛み砕いて説明してくれた。
リーナスの説明通り、この世界では闇属性の最も強い魔法だと術者次第では世界を丸ごと吸い込んでしまう...そんな力を発揮する。
「吸い込む...ブラックホールみたいな?」
レロスがそう言うと、リーナスは頷いてから
「そうそう。まあ案外簡単だと思うかもしれないけど、結構難しいよ」
リーナスはなぜか知ってるようにそう語る。
彼女は習得しようと試みたものの失敗してしまったらしい。なのでやり方だけ知っている...その状態で止まっているそうだ。
「それじゃあやってみよっか。さあ、手にあらゆるものを吸い込むようにしてみて。」
リーナスが手を重ねてそう言う。
イメージはできた。あとはそのイメージを投影するようにイメージする。
そうしているうちに、次第に手の先に力を感じるようになってくる。
「あれ...?なんかおかしいな...」
リーナスは状況がおかしいことに気づいた。
ちゃんと力は溜まっている。
しかし本来であれば初心者であればお手玉サイズの黒いモヤが出るのだが、レロスの場合はまるで夏の入道雲のようにどんどんと上へ上へと伸びていく。
リーナスは状況が掴めなかった。闇属性は使えないので、今何が起きているのかわからなかった。
レロスがふと異変を感じて目を開けると、目の前が黒いモヤで覆い尽くされていた。
「うえええええええええ!?なんだこれ!!?ちょ、リ、リーナスさん!?これは一体なんですか?!」
驚きのあまり大声を出した。
するとリーナスは正気を取り戻して、
「と、とりあえず引っ込めて!」
今の彼では制御できないくらいのものに見えた。
場合によっては世界を滅亡しかねない。それは避けなければならない。
「と、とりあえず良かったけど問題はこのあと...!」
リーナスはそう言ったが、レロスは何もわかっていない。
闇属性の魔法の代償の一つとして、一つだけ欠点がある。それは───。
「...静かになった?」
さっきまで少しざわめいていた森が急に静かになったのだ。
それも、レロスが黒いモヤを出したタイミングで。
「な、何が起きようとしているんだこれ...?」
レロスは目を瞑ってイメージすることに集中していたせいで何が起きたのか理解できていない。
リーナスもあまりわかってない。何が起きているのか。
草むらの中からガサゴソと音がする。
「な、何かいるのか!?」
レロスが拍子抜けたような声で聞く。
もちろん返答はなかった。が、しばらくしていると叢の中から子オオカミが出てきた。
「なんだ、チビオオカミか。ビビらせるなよ」
レロスはほっと息をついて子オオカミに近づこうとする。
それを、リーナスが止めた。
「ダメだよレロス。今の状況わかる?」
リーナスは青ざめた顔でレロスを見つめる。
「状況...?普通に子オオカミが出てきただけじゃないのか...?」
レロスは全く状況を理解できていないらしい。
リーナスは冷や汗をダラダラと流し始める。
「あ、あのね...?これは私が悪いの...だから理由言っても怒らないでね...?」
リーナスがとても申し訳なさそうなトーンでそう言う。
「え、あ、うん...まあ言ってみなよ...?」
レロスはなんとなく察して冷や汗をかき始めた。
「私たち...オオカミの縄張りの中にいる...!」
リーナスは小声でそう言う。
───闇属性の魔法の欠点。それは、黒いモヤで目立ちやすくなることである。
それとは関係なしにオオカミたちの聴覚は優れており、普通に世間話をしていればすぐに捕らえにやってくる。
小声であれば、それを避けることができる、のだが...群れの中となればもはやそれすらも、無謀なのだ。
「どうすればいいんだ!?」
レロスは慌て始めた。
もちろんこれは彼らにとって命の危機であるからそうなるのも仕方がない。
「どうするも何も、ここから...逃げるしかないよ!!」
リーナスは慌ててレロスの腕を掴んで走り出す。
「お、おい!ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
走り出した直後、叢の中から無数のオオカミが飛び出してくる。それも、レロスを狙うように。
レロスはさっき以上にパニックになった。今度こそ死ぬと危機を感じたためだ。
しかし今の自分には闇属性の魔法がある。
「手の先から...出す...」
手の先から、モヤがどんどんと出ていく。
しかしさっきのようにモヤは上には向かわない。モヤはオオカミたちに勢いよく、まとわりついた。
「あ、あれ!?レロス、もしかして...」
リーナスは後ろを見ればさっき見たばかりのモヤがオオカミたちを捕らえているのを見て驚きが隠せなかった。
「こうするしかなかっただろ!?とりあえず離れよう!」
レロスは慌ててそう言う。
まだ気は抜けない。「未熟な」魔法であればアレはすぐに解けてしまう。解ける前に逃げなければならなかった。
せめて、王都の門まで逃げれば衛兵が助けてくれるだろう。
「つい最近まであそこオオカミいなかったんだけどなあ…」
リーナスがレロスとパーティを結成する前に何度も訪れた場所なのだが、その時はオオカミはいなかったのだ。
そもそも、あの森はオオカミの生息に適してすらいないのだ。
オオカミの主食となる中型動物がいないためである。
疑問は深まるばかりだったが、とにかく逃げた。
────オオカミからは、ひとまず逃げることに成功した。
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遠くの高台から、黒いフードを被った黒い騎士のような服装をしている男が遠くの黒いモヤを見ていた。
「なるほど。あれほどまでの実力があるとは。予兆があるのかもしれんな。我ら魔王軍の...再興が...!」
男はそう言ってそこから立ち去った。
魔王軍。いつしか消えてしまった、人類最大の敵。
その残党が、再び動こうとしていた。




