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大公世子ロジェとの取引き①


 オクシタニス大公国はフランコルム王国の従属国。フランコルム王国の南西で国境を接する小国である。

 併合前のヒュペルオイアス帝国の国土は併合前のフランコルム王国の二倍あったが、オクシタニス大公国の国土は併合前のフランコルム王国の五分の一ほどしかなかった。つまり、ヒュペルオイアス帝国がフランコルム王国に併合された現在では、オクシタニス大公国の国土はフランコルム王国の十五分の一。

 気候は温暖で過ごしやすいのだが、降雨量が少ないため、農作物は葡萄やオリーブ等、比較的乾燥に強いものに限られている。

「そのオクシタニス大公国の朝貢使節の歓迎会に、なぜ私が招待されるの? ユースティア王女がまた何か企んでいるのかしら」

 封蝋の紋も見慣れたユースティア王女からの招待状。中の招待状を一瞥して、アリスは溜め息と共に疑念を吐き出した。

 オクシタニス大公国は、毎年、その年の献上品を持たせた朝貢使節を、宗主国であるフランコルム王国に派遣してくる。

 去年までは、アリスはその朝貢の儀にも歓迎会にも出席を求められたことはなかった。だというのに、今年に限って。しかも招待主は、常日頃からアリスを目に仇にしているフランコルム王国第一王女ユースティア姫となれば、何らかの魂胆あってのことと、アリスが疑うのもゆえなきことではないのだ。

 そんなアリスに、アンジェイが穏やかな声で答える。

「今年は、大使として初めて、オクシタニス大公国の大公世子がフランコルムに来たのだそうだ」

「オクシタニス大公国の大公世子? 次のオクシタニス大公ってこと?」

「そういうことになる。宗主国の宮廷に赴いて、人脈を作り知見を広げるため――だろうな。少なくとも表面上の理由は」

「王子様の修学旅行というわけね」

「オクシタニスの主な農産物は葡萄とオリーブ。特産品は美男美女」

「は?」

「特に、オクシタニス大公家は代々美形揃いなことで有名で、他国からの侵略や国家消滅の危機を、美しい女性や男性を敵国に送り込むことで乗り越えてきた国だ。その国の大公世子がフランコルムの宮廷にやってきた。大公世子は独身だ」

 そこまで言われてやっと、アリスはアンジェイの言わんとすることが理解できた。

「つまり、ユースティア王女は、今度は私とオクシタニス大公国の世子をくっつけようとしてるわけ?」

「だろうな」

「懲りない王女様ね。でも、行かなきゃ」

「行くのか?」

「行かないわけにはいかないでしょう。特産品が美男美女の国の大公世子様。アンジェイとどちらがより美しいのか、この目で確かめなくては」

「……では、そのように」

 楽しそうなアリスに、アンジェイが溜め息で応じる。そのままアリスの部屋を出ていこうとしたアンジェイを、アリスは引きとめた。

「それにしても、アンジェイ。オクシタニスの特産品は美男美女だなんて、よく知ってたわね。地理の先生は、葡萄とオリーブの収穫量が多い――というところまでしか教えてくれなかったのに」

 アンジェイは幼い頃から、アリスと同じ教師に付いて、同じ内容の教育を受けてきた。もっとも、アリスは授業を受けっぱなしで、教えられたことの半分を忘れるのが常。アンジェイは、復習を欠かさず、関係書籍を読み漁って知識を増やすことに熱心――と、二人は極めて対照的な生徒だったが。

 アリスより四歳年上なのだから、自然なことではあるのだが、成績はいつもアンジェイの方が上だった。

 三重天寵を授かった自分が、高慢で自惚れの強い人間にならずに済んだのは、知性も美しさも精神力も、三重天寵の自分よりはるかに優れたアンジェイが常に自分の側にいてくれたからだと、アリスは思っていた。

「私がそんなことまで知っているのはアリスのせいだ。ヒュペルオイアスとオクシタニス、どちらも葡萄の産地なのに、ヒュペルオイアスの葡萄加工品はワインが主。対するオクシタニスは干し葡萄やジャムが主。それはおかしい、産する葡萄の品種が違うせいなのかと質問して、アリスが先生を困らせたことがあっただろう」

「あ、あったわね、そんなこと。すごい子どもの頃。だって不思議だったのよ。北方のヒュペルオイアスでワインが作られるのはわかるの。寒いから、身体を温めるものが求められるのは当然だわ。でも、ヒュペルオイアスでは、オクシタニス以上に干し葡萄やジャムが作られるべきでしょ。長い冬の備蓄食料として。逆に、南方で暖かいオクシタニスはその必要はないはず。なのに――」

 地理の教師は、結局アリスの疑念に明確な回答を与えてくれなかったのだ。

「だから、私が調べたんだ。オクシタニス関連の書物を読んで――。美男美女の件は、オクシタニスの歴史書に何度もその記述があった」

「さすが勉強家。で、干し葡萄の謎は解けたの?」

 アリスの十年ぶりの質問に、アンジェイが渋い顔になる。アンジェイも確かな解答には至れていないようだった。

「宗教上の問題……かな。オクシタニスは敬虔な信仰者が多くて、無欲清貧が尊ばれている。酒で酩酊するなど不埒千万――そんなところのようだった」

「現段階では、まだ推測なのね。では、オクシタニスの使節歓迎会で、大公世子様に直接尋ねてみましょう。清貧を旨とする独身の大公世子様。楽しみだわ」

「楽しそうで何よりだ」

 そう応じるアンジェイは全く楽しそうではない。

「でも美男で独身の大公世子様。しがない伯爵令嬢の私より、身分的にはユースティア様の方が釣り合いがとれているように思うけど……」

 呟くアリスを残して、アンジェイは今度こそアリスの部屋を出た。



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