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アリスとアンジェイの幼い約束①


 アンジェイをイース伯爵家に連れてきたのは、アリスの祖父だった。つまり、二代目イース伯爵である。

 今から十八年前。アンジェイがイース伯爵家にやってきた、まさにその日に、アリスは生まれたのだ。

 新しい命が誕生した喜ばしい日に、凱旋将軍となった先代イース伯爵が伴った敵国の母子。それが、四歳になったばかりのアンジェイと、見るからに心労で弱っている彼の母親エンドゥーラだった。

 アリスの祖父は、家人に、「戦場に取り残されていた母子を、気まぐれで拾ってきた」と説明した。

「初めて私の孫が生まれるのに――イース伯爵家に新しい命を授かるという時に、私に銃剣を向けた兵ならともかく、幼い子どもの命を奪うのは、神の怒りを買うのではないかと思ったのだ」と言う父(アリスにとっては祖父)の言葉を、アリスの父は大いに喜んだという。

 アリスが最もよく憶えている祖父の記憶は、祖父が亡くなる半年ほど前のこと。アリスの三歳の誕生日の数日後のことだった。


 フランコルム王国の乳幼児死亡率は、他国のそれに比べて特に高いわけではない。それでも三歳まで生き延びれば、子どもが成人できる可能性は格段に高くなる。

 それゆえ、どの家庭でも、子どもが三歳になると、神に感謝の祈りを捧げるために大聖堂に赴く慣習があった。これを堅信祭という。

 その際、ごく稀に、感謝の祈りを捧げる子どもに対して天の神から特別な恩寵が下されることがあった。いわゆる“天寵”である。天寵を受けた子どもには神から特別な力が付与されることが多いため、その子どもの情報は、王都にある中央治部局への報告と登録が義務付けられていた。

 三歳になったアリスが堅信祭に向かう日の朝、アリスの祖父はアリスの父に、「アンジェイを連れて行くように」と指示した。

 彼には何か予感があったのだろうか。

 もっとも、アリスの父は、そんな指示がなくとも最初から、アンジェイを伴うつもりでいたらしい。気分屋のアリスを聖堂内で大人しくさせておくには、アンジェイのお守りが必須と考えて。

 アリスの父は、イース伯爵家のような新興の貴族の家の子女に天寵が授けられるはずがないと思っていた。三歳になったばかりのアリスも、そんな父に倣い、楽しいお出掛け気分だったのだ。


 天寵は、三歳になった子どもが祭壇の前で祈りを捧げるために合わせた手の指に、天の神の祝福の証として、細く白い絹糸の指輪のような線が浮かぶことで確かめられる。その線を天寵の糸輪という。

 天寵の糸輪は、大抵は一本。稀に二本。ところが、アリスの場合は天寵の糸輪が三本浮き上がった。

 それまで、子どもたちの祈りの様子を微笑みながら見守っていた神官たちは、三重の糸輪の出現という奇跡のような出来事に慌てふためいた。

 これまでに、フランコルム王国で三重天寵を受けた者は、記録に残っているだけで二人。フランコルム建国の王ロタール一世と、フランコルム王国中興の祖といわれるティエリー二世のみ。

 直近では、ヒュペルオイアス帝国をフランコルム王国に併合した前国王が一重の天寵を受けている。天寵によって彼に与えられた力は『生涯で最も重要な戦いでの勝利』だったと、彼は臨終の際に告白している。

 二重天寵では、百五十年前に、五十歳で健康な男子を産んで王朝断絶の危機を救ったアニュス王女がいたきり。

 三重天寵を受けた二人の王が神に与えられた力がどのようなものだったのかは、伝わっていない、

 それほどまでに、天寵は謎の多い力だった。

 神官たちはすぐにアリスとアリスに付き添っていたイース伯爵とアンジェイを別室に移動させ、どのような力を授かったのかを、アリスに問うてきた。

 その際アリスは、

「悪意を持つ大人に利用されることがあってはならないので、この強大で危険な力の内容は誰にも知らせてはならぬと、神はおっしゃいました」

 という嘘をすらすらと口にした。

 あの時、三歳の幼女にそう言わせたのは、自分に力を与えた神その人だったと、アリスは思っている。


 アリスは、天寵の力の内容を神に教えてもらった。――というより、天寵の糸輪が自身の指に現れた時には既に知っていた。

 力は二つ。人の心の真実を知ることのできる力だった。

 一つは、他者から、彼(彼女)が自分の命以上に大切に思っている人物の名を聞き出す力。

 もう一つは、自身の命を失っても不幸にしたいほど憎んでいる人物の名を聞き出す力。

 天寵の糸輪は意識すれば見えないようにすることもできるが、幅広の指輪で隠しておいた方が意図せず力を使ってしまう危険がなくていいだろう等々の情報や忠告も、神はアリスに与えてくれていた。

 他言してはならぬと神が言うのだから、他言するつもりはなかったが、アリスには、自分に与えられた力がそれほど大層なものだとは思えなかったのである。

 ある人物が大切に思う人を知ることは、天寵の力を使わなくても聞き出せることだし、もう一つの力は使いたいとも思わなかった。

 そんなふうだったので、大人たちの慌てぶりが、アリスはおかしくてならなかったのである。



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