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伯爵令嬢と令嬢侍衛の革命的恋の決着③


 オクシタニス大公国の大公世子ロジェ・トランカヴェルが、フランコルム王宮を訪れたのは、アンジェイの起こした争乱が収まって一年が経ち、再び巡ってきた春だった。

 十四歳になったロジェ・トランカヴェルは、青年と呼ぶにはまだ少年の面影が濃く残っていたが、二年前に比べると随分と背が伸び、また随分と大人びていた。

 ロジェ・トランカヴェルが以前より格段に大人びて見えたのは、彼が伴ってきた彼の従兄のせいだったかもしれない。

 モンセギュール公爵アモーリー・トランカヴェル。

 ロジェよりも頭一つ半分背が高く、一回りほど年上らしい大公世子の従兄は、十四歳の従弟の半分も宮廷作法を心得ておらず、まるで躾のなっていない子どものようだったのだ。

 トランカヴェル家の血が流れていることを証明するような漆黒の髪は短く、まるで鏡も見ずに己が手で適当に切ったよう。堂々たる体躯を包んでいる群青色のビロードの上着は、裾は膝に届くほど長いが後裾にスリットが入っており、まるで騎馬民族の服形。にもかかわらず、縁の銀糸の刺繍はフランコルム王国の王都で流行のもの。中のシャツは東方産の上等の絹。

 その出で立ちは、異国風というより多国籍風。

 フランコルム王国の宮廷で、彼はまさに異彩を放っていた。

 しかし、玉座が置かれた謁見の間のロングホールで、国王の大公世子謁見を見守っていたフランコルム王国の貴族たちを最も驚かせたのは、大公世子が連れてきた彼の年上の従兄の “顔”そのものだった。

 傲慢な目で周囲を見渡したモンセギュール公爵アモーリー・トランカヴェルの顔は、フランコルム王国に一瞬の嵐を巻き起こして死んでいった、あのアンジェイ・ピャストにそっくりだったのだ。


「アンジェイ殿に似ておりましょう? アモーリーの父はアンジェイ殿の母君の弟に当たるのですが、若くして亡くなってしまったのです。アモーリーは我が国の東の辺境の領主で、滅多に大公宮にも出仕せず、そのため礼儀もわきまえていない田舎者なのですが――」

 従弟の謙虚な(むしろ用心深い?)言い回しが気に入らなかったのか、モンセギュール公爵は、

「野人で悪かったな!」

 と、全く遠慮のない声量で不満を吐き出した。

「そこまでは言っていないでしょう」

 年上の従兄をたしなめてから、ロジェ・トランカヴェルは愛らしい苦笑をフランコルム王国国王に向けた。

「モンセギュール公爵領は、その大部分が険峻な山岳地帯で、農作物は少量の麦と何種類かの果樹が実る程度の痩せた土地なのです。ですが、大変美しい花崗岩の産地で、それに付随した金属鉱脈もあり、資源の宝庫。これまで、それらの資源は、険しい山岳に阻まれて首都に運ぶことができず、宝の持ち腐れ状態だったのですが、このたび、アモーリーが我が国の首都ではなく、フランコルム王国との国境の町に運ぶルートを開拓いたしまして、フランコルム王国のベニエ商会や北方運輸との商業協定も結ばせていただきました。おかげで、今や、この従兄は我が大公家より金持ちなのです」

「まるで、財産以外に何の取り柄もない馬鹿のような紹介をしてくれる。おまえがどうしても一緒に来てくれというから、わざわざ山を越えてやってきた従兄を何だと思っているんだ。俺は、フランコルム王国に、その魅力で野人を人間に変えてのけた女神のような美女がいると聞いたから――」


 礼儀知らずというより傍若無人。

『富貴者は自分がルール』を地で行っているのか、身分社会や社交界の仕組みを知らない真の野蛮人なのか――。

 王の御前でのアモーリーの振舞いに衝撃を受け言葉を失う者、驚き慌てる者、ただただ呆然とする者――反応はそれぞれだったが、不思議なことに、謁見の間に居並ぶ貴族たちの中に立腹している者は一人もいなかった。野人に無礼を働かれている国王その人でさえ。

 人間社会のルールを知らぬ凶暴な野生の獣でも、それが美しければ、人は魅了されるのだ。

「わかった。わかったから――陛下の御前だ。ご挨拶をしてくれ。礼儀正しく」

 幸い、この獣には、礼儀礼節をわきまえた有能な猛獣使いが付いていた。

 その猛獣使いの鞭に打たれた獣が、(一応)大人しく前を向く。

「……オクシタニス大公国のモンセギュール公爵アモーリー・トランカヴェルだ」

「あ……うむ。商業協定の件は聞き及んでいるぞ。我が国の国庫も多大な恩恵を受けている。モンセギュール公爵、よくいらしてくれた」

 国王の御言葉が下されるのを待ちかねていた参列貴族たちは、その言葉の終わりを合図に、一斉に口を開くことになった。


「なんてこと! アンジェイ様にそっくりですわ!」

「ですけど、アンジェイ様の髪の毛は、長くてまっすぐで、あんなに短く自由奔放では……」

「指輪もありませんわ」

「アンジェイ様は氷のように静かな眼差しをしていらしたのに、あの方は全く逆。行儀の悪い炎ですわ」

「でも、アンジェイ様より明るくて陽気なよう」

「アンジェイ様は、振舞いも優雅で、貴族より貴族的で」

「あら、でも、野性的な魅力もなかなか」

「ところで、野人を人間に変えた女神のような美女というのは何ですの?」

「東方に伝わる伝説だよ。東方の荒野に、神々が作った野人がいた。その野人が、美しい神聖娼婦の魅力に屈して、人間社会の仕組みに馴染み、人間世界の英雄になっていく、という」

「神聖娼婦の魅力って、つまりそういうことですの?」

「まあ、陛下の御前ではしたない!」

「美女が野人を飼い慣らすお話? でも、今のアリス嬢では、とてもあの野人に太刀打ちできるとは思えませんわ」

 最初のうちは、場所柄をわきまえた囁きだったものが、どんどん音量を増し、大騒ぎになっていく。

「ふん。確かに俺は礼儀知らずの野人だが、この宮廷の面々も、ぎゃあぎゃあ騒がしい山猿の群れと大差ないではないか」

「アモーリー!」

 ロジェに叱咤され、アモーリーが不服そうに黙る。

 その場の騒ぎを収めたのは、国王の傍らにいたユースティア王女だった。


「騒がしくて、ごめんなさい。公爵があまりに美しい野人なもので、皆、驚いてしまったのよ」

 皮肉にもとれる王女の野人呼ばわりが気に入ったらしく、アモーリーはにっと不敵に笑った。

 それは、宮廷での作法を心得たアンジェイなら絶対に見せないだろう反応だった。

「でも、アリスを生き返らせてくれるのは、こういう人なのかもしれない……」

「アリス? それが美女の名前か? その美女は死人なのか?」

「アモーリー! その言い方……!」

 幾度目かのロジェの叱責を、ユースティア王女はその指を前方に伸ばすことで遮った。

「いいえ、もういっそ、これくらい似ても似つかぬ別人の方が――」

「そうだな。そうかもしれない。モンセギュール公爵には、なるべく早いイース伯爵邸訪問をお勧めする」

 シュメオン王太子も妹姫と同じことを期待したらしい。

 子どもたちの意を酌み取った国王が、後方に控えていたイース伯爵を玉座の前に呼び寄せた。


「公爵は、明日にでもイース伯爵家を訪問されよ。イース伯爵、それでよいか」

 イース伯爵は、王の下問にすぐには答えを返さなかった。

 アンジェイと瓜二つの姿。アンジェイとは似ても似つかぬ、その立ち居振舞い。

 イース伯爵は、間近で見るモンセギュール公爵に、声と言葉を奪われてしまっていたのだ。

 が、アンジェイと違って人間界の作法を心得ていない野人は、イース伯爵から返答がないことを、無作法とも失礼とも感じなかったらしい。彼は、そんなことは全く意に介さなかった。

「なぜ明日まで待たねばならないんだ? 今すぐに行くぞ。俺は、野人を人間にしてのける奇特で気丈な美女を早く見たいんだ」

『俺に人間の礼儀を求めるな』と言わんばかりに、野人は我儘だった。

 おかげで、シュメオン王太子は、

「公爵には、我が国が誇る美女たちの姿が目に入っておらぬようだ」

 と告げて、その場の貴婦人たちの体面を保ってやらなければならなくなり、貴婦人たちは、

「アリス様以外の女性を失望させる点は、アンジェイ様と同じですわね」

 と、嘆息することになったのだった。



 イース伯爵夫妻を急き立てるようにして謁見の間を出たあとも、アモーリーの無作法は収まる気配を見せなかった。

 彼は、自分が乗ってきた馬車は、あとで在外宿舎に向かう大公世子のために王宮から動かせないと言って、イース伯爵家の馬車にどかどかと乗り込んできたのである。

 イース伯爵は、それでも、彼の無礼を咎めることはしなかった。

「モンセギュール公爵。どうお聞き及びなのかは存じあげないが、我が娘は――その、亡くなった者以外には……」

「はい」

 いかにも心苦しげに口を開いたイース伯爵に、意外なほど静かな響きの答えが返ってくる。

 馬車の中で、イース伯爵夫妻と三人きりになると、野人は野人でなくなっていた。

 彼の上から傍若無人な態度は消え去り、その代わりに彼がアリスの両親に手渡してきたものは、礼儀正しく切なげな微笑。

 イース伯爵は、それですべてを悟ったのである。



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