伯爵令嬢と令嬢侍衛の革命的恋の決着②
『フランコルム王国国王 オラシオ・ドゥ・シュタウヴェン陛下。
アンジェイ・ピャストより、謹んで奏上いたします。
陛下もよくご存じの通り、私は、フランコルム王国の一国民として、ヒュペルオイアス帝国消滅以降の十八年間、第三代イース伯爵初代コルヌアイユ侯爵家令嬢アリスタクセンシア様付きの侍衛を務めてまいりました。
ですが、実は、私はヒュペルオイアス帝国の生まれです。
私の父は、ヒュペルオイアス帝国前皇帝 アウガスト・ソーンツェア。
母は、オクシタニス大公国大公女 エンドゥーラ・トランカヴェル。
アンジェイ・ピャストは私の母が騙った偽名で、私の本名はアンジェイ・ソーンツェア。ヒュペルオイアス帝国の元第一血統親王で、三重天寵の受者でもあります。
それらは私にとっては忘れ捨てた不快な過去であり、また、あえて公言して平和な国に風を起こすことは無益と考え、十八年間、固く秘匿してまいりました。
私はフランコルム王国の平和を望んでおります。それだけはお疑いくださいませんよう、切にお願い申し上げます。
私には、フランコルム王国と国王陛下に反逆する意図はありません。もちろん、ヒュペルオイアス帝国の復興も望んでおりません。このたびの蜂起はフランコルム王国の平和のための行動です。
また、このたびの私の行動は、イース伯爵夫妻並びに令嬢の預かり知らぬこと。これだけは確とご承知おきいただきたい。
このたびの私の行動は、フランコルム王国の平和のためと申し上げました。その事情を説明いたします。
ヒュペルオイアス帝国南下侵略戦争終結後、陛下のお父上フランコルム王国前国王陛下の寛大な政策により、多くの帝国人が暴君の圧政から解放され、命を永らえることができました。帝国内に充満していた不穏な空気が霧散し、帝国の臣民は平和のうちに己の暮らしを営むことができるようになったのです。
私も、その中の一人でした。私は、ヒュペルオイアス帝国の第一血統親王でなくなって初めて、平穏な日常、幸福な気持ちというものがどのようなものであるのかを実感することができたのです。
ヒュペルオイアス帝国を暴君から解放してくださった前国王陛下と、その善政を継承してくださっている現国王陛下には、感謝の念しかありません。
ところが、ある日、私は、この平和なフランコルム王国内に、帝国復興を夢見る者たちがいること、私を担ぎ上げて武装蜂起を企てている不埒者たちがいることを知りました。
その事実を知った私は、当然のことながら、フランコルム王国の平和を守るため、私の命をかけて彼等の野望を根絶やしにすることを決意いたしました。
偽りの反乱軍を立ち上げ、多くの者たちの目の前で、帝国第一血統親王であり三重天寵の受者である私が死ぬことによって、それは成されると判断いたしました。
二万を越える反乱軍の兵たちは、私が三重天寵の力で従えた者たちで、彼等は帝国復興を望む者たちではありません。現在のヒュペルオイアス州軍は元帝国人とフランコルム王国人が分かち難く一体化しており、元帝国人だけを選別することが不可能だったため、その全員を一時的に私の指揮下におくことにした次第です。
これほど多くの兵を動員したのは、そうすることによって、帝国復興を企てる者たちの軍資金を使い果たさせるためです。
二万の兵がヒュペルオイアス州から王都まで進軍(及び帰還)する。そのために要する兵站を賄うことで、反逆の真の首謀者たちが貯め込んでいた活動資金はほぼ底を突くことになります。
その上、私が死ねば、彼等は二度と帝国復興の夢を見ることはできなくなるでしょう。
このたびの騒乱の罪は、私の命をもって償うつもりでおりますが、もし処罰者がそれだけでは足りない場合は、蜂起の首謀者である元帝国内務大臣ヤロスラフ・ヴァーサリと元帝国侍従長オレーグ・フォルク両名の身柄をお使いください。
武装蜂起に失敗し、私が落命すれば、両名は抜け殻同然となりましょうから、抵抗もいたしますまい。
私の命を直接奪った二人は、首謀者両名の息子で、父の愚かな企てを失敗させるために、弑逆の咎をあえて行なってくれた者たちです。二人には、反乱軍の兵の帰還に要する路銀の分配等の指示も出しております。
国王陛下には、寛大なお心で二人を赦免してくださいますよう、切にお願い申し上げます。
イース伯爵家の方々は、私の出自も三重天寵の力もご存じありません。暴君が死に、その取り巻きたちが我先にと逃げた北の国の帝宮で呆然としていたみすぼらしい母子を哀れんでくださっただけの、心優しい方々です。
イース将軍は、お孫様誕生を幼い子どもの血で祝うようなことはできないとお考えになり、当時四歳の幼な子だった私を殺すことなく、イース伯爵家に連れ帰ってくださいました。私は、ご誕生前のイース伯爵令嬢アリスタクセンシア様に命を救われたのです。
それ以降ずっと、アリスタクセンシア様は私の命そのものでした。アリスタクセンシア様は、暗く沈みがちだった私の心と人生を、その明るく生き生きした力で、光の世界に導いてくださいました。
アリスタクセンシア様と、アリスタクセンシア様が愛するご家族と、アリスタクセンシア様が生きるフランコルム王国の平和を守るためであるからこそ、私は私の命を使う決意ができたのです。
陛下。私のこの心を、お酌み取りください。
フランコルム王国の平和のために命をかける私に免じて、ご高配を賜りたく、心より祈願いたします。
最後に私の亡骸の処置について。
フランコルム王国の平和を守るためとはいえ、このような騒ぎを起こした者の亡骸を、どういった形であれフランコルム王国内に葬ることには問題が生じるでしょう。私の亡骸は、オクシタニス大公国大公世子ロジェ・トランカヴェルに委ねてください。
オクシタニス大公国には、我が母の嫁資となるはずだった領地があり、そこに葬るよう、ロジェ・トランカヴェルにご下命いただければ、僥倖に存じます。
私は、亡き母の故郷に帰り、亡き母と共に、泉下より、フランコルム王国の永遠の平和と繁栄を祈り続けます。
アンジェイ・ピャスト 』
アンジェイの蜂起は、フランコルム国王の民に、平和の価値を改めて思い知らせることになった。
また、アンジェイの手紙は、恐れと不安で浮き足立っていた王都の民の心を静める力を有していた。
そうして、フランコルム王国には、元の平和――否、真の平和が訪れたのである。
アリスと彼女の周辺の人々の心だけは、その恩恵に浴することはできなかったが。
イース伯爵家は、アンジェイの武装蜂起への関与を疑われることなく、その責任を問われることもなかった。
逆に、(おそらく、フランコルム王家の寛容を国民に示し、民心を得るために)イース伯爵家に対して、昇爵の話が出たほどだった。
無論、イース伯爵はその話を謹んで辞退したのだが、そこまでの流れを含めて、アンジェイが起こした騒乱の後処理だったのだろう。
絶対の信頼を置いていた侍衛を失ったアリスは、アンジェイの死後、館にこもりきり、ほとんど外出しなくなった。社交界にも姿を見せなくなった。
「生まれた時からいつも一緒だった侍衛を失った衝撃は大きく、とても以前のようには……」
「覇気がなくなり、口数も減ってしまいまして」
時折イース伯爵がアリスの現況を語る言葉に、明るく元気で快活だった以前のアリスを知る者たちは、大いに胸を痛めたのである。
シュメオン王太子とユースティア王女からは、見舞いの品と共に王家主催の催しへの招待状が幾通も届けられ、オクシタニス大公国のロジェ・トランカヴェル世子からは、ベニエ商会経由で、ワインやアンジェイの母由来の品が送られてきた。
エムリーからは、「慰めになるかどうか、わからないが」というメッセージ付きで、彼の養父が描きあげたアンジェイの肖像画が届けられた。
だが――両親や多くの友人たちの心配をよそに、アリスが人前に姿を現わすことはなかったのである。
もしやイース伯爵令嬢は病に伏しているのではないか、既に亡くなってしまったのではないかという噂が社交界に広がったため、真偽を確かめるべく、シュメオン王太子とユースティア王女がお忍びでイース伯爵家を訪問したこともあった。
アリスは生きていた。生きてはいたが、以前の勝ち気な明るさは影を潜め、すっかり物静かな普通の貴族令嬢になってしまっていた。そんなイース伯爵令嬢を見て、王太子と王女はかえって沈痛な気持ちになってしまったのである。




