伯爵令嬢と令嬢侍衛の革命的恋の決着①
イース伯爵邸を出奔した際、アンジェイがアリスに残したのは、
「すべて決着をつける。アリス、一年待ってくれ。次の春、東の庭のりんごの木に花が咲くまで」
という短いメッセージだけだった。
アリスは意味がわからず混乱した。
決着とは、何の決着なのか。
アリスの中では、つけなければならない決着は、すべてついていた。
アンジェイはヒュペルオイアス帝国の復興にも帝位にも興味がない。そして、アンジェイ・ピャストとアリスタクセンシア・ドゥ・イースは必ず結ばれる恋人同士なのだ――と、必要な決着はすべてついていたのだ。アリスの中では。
アリスは、アンジェイの出奔当初、彼は何らかの新しい活動――二人が共にいることを、より容易にする状況を作るための作業――を始めたのだと考え、さほど慌てることなく心当たりを捜した。
イース伯爵領、コルヌアイユ侯爵領、アンジェイの母の故郷のオクシタニス大公国。だがアンジェイは見付からず、捜索範囲をヒュペルオイアス州にまで広げることを考え始めた頃、当のヒュペルオイアス州から、前皇帝の遺児が帝国復興を求め、二万の兵を率いて王都に向かって南進を始めた――という報が、アリスの許に飛び込んできたのだ。
アリスには寝耳に水のことだった。何かの間違いだと思った。
しかし、その報の直後、コルヌアイユ侯爵領のエムリーから、「反乱軍の指揮を執っているのは、間違いなくアンジェイだった」という知らせが届けられたのである。エムリーは、王都に向かって進軍する反乱軍がコルヌアイユ侯爵領を通った際、その目で、反乱軍の先頭に立つ馬上の指揮官の姿を見たのだという。
エムリーにそう言われてしまうと、アリスとしても、反乱軍の首謀者がアンジェイであることを認めないわけにはいかなくなった。アンジェイは、他の誰かと見間違われるような平凡な容姿の持ち主ではないのだ。
二万の兵は、なぜか、約三分の二が元帝国人、他の三分の一がフランコルム王国人で構成されているらしい。
王都に向かう途中で通る町や村へは、「武器を持って抵抗しなければ、戦闘も略奪もしない」という先触れが出され、各地に配備されている地方駐留軍にはフランコルム国王から進軍を食い止めるようにとの命令も出されなかったため、反乱軍は流血なしで王都に到着した。
そして、王城正門前で、アンジェイ率いる反乱軍二万超と、王と王城を守る近衛軍一万が対峙。
アンジェイが出した開城要求に、国王は応じるのか。あるいは、要求を退けて徹底抗戦が始まるのか。
多くの王都民が固唾を呑んで城門を見守っていた時。
反乱軍の中から、突然二人の兵が飛び出して、反乱軍指揮官の腹と胸を長斧槍で突き刺した。
それまで王城門前に整然と並んでいた反乱軍は、途端に蜂の巣をつついたような大混乱に陥り、王城軍側はその騒ぎが市街地に広がるのを避けるために門を開け、反乱軍の指揮官の亡骸と指揮官を刺した暗殺犯二人だけを城内に引き入れた――らしい。
反乱軍の兵たちに対して、王城軍の指揮官から反乱首謀者の死亡通告があったのは、それから四半時後。
もっとも、その通告がなされる前から、「あの出血量ではまず助からない」と、暗殺を間近で見ていた者たちは察していたらしい。
――すべて、伝聞である。
反乱軍の指揮を執っている人物がアンジェイ・ピャストと判明した時点で、イース伯爵家の人間は、王命により、自邸での謹慎を余儀なくされていたのだ。
イース伯爵は、王の命令にいかなる弁明もせず、異を唱えることもしなかった。その王命がなければ、反乱軍の前に立ちはだかってアンジェイを思いとどまらせるために、反乱軍を追いかけて行きかねない娘の気性を、彼は誰よりもよく知っていたから。
アンジェイが二人の青年の凶刃に倒れたあと、反乱軍指揮官の暗殺はフランコルム国王が反乱軍内に紛れ込ませた王の刺客の仕業だったのではないかという噂が、王都中にまことしやかに広まった。
反乱軍の指揮官暗殺直後、王城側が、指揮官の亡骸と暗殺犯二人だけを城内に入れた事実が、その噂の論拠だった。
が、その噂は数日で消え去った。
二人の暗殺者に命を奪われた指揮官当人の書簡が、一般に公開されたために。
反乱の首謀者であるアンジェイ・ピャストは、彼の率いる二万超の兵がヒュペルオイアス州境を越えた日に、フランコルム王国国王宛の親書を用意していたのだ。




