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伯爵令嬢と令嬢侍衛の革命的恋の決着④


 イース伯爵邸の東の庭に立つりんごの木は、白と紅色の混じった小さな宝石のような蕾で、全身を飾っていた。時を待ちきれなかったらしい一つ二つの蕾が、早くも白い花を咲かせている――咲いてしまっている。

 咲いてしまった花を、アリスはじっと見詰めていた。

 本当は「咲くな」と命じたかった。

 咲いてしまったら、アンジェイが約束を破ったことになってしまうから。

 だが、アリスは、最初から命じる必要はなかったのだ。

「アリス」

 声が聞こえた。

 聞き慣れて、忘れようのない声。

『一年待ってくれ。次の春、東の庭のりんごの木に花が咲くまで』

 今日が約束の日。約束は守られたのだ。

 一瞬、アリスの心臓が止まる。多分、止まったまま、アリスは後ろを振り返った。

 見慣れているのに、見慣れない――不思議なものが、そこに立っていた。

 止まっていた鼓動と呼吸、長いこと忘れていた言葉と感情と思考が、徐々にアリスの許に戻ってきた。

 その瞳にも、輝きが戻る。


「あの美しかった髪をそんなに短く……。まるでナイフでざくざくと切った藁のよう」

「似合わないか」

「おまけに、財力を誇示するように嫌味なビロードや上等の絹の服」

「モンセギュール公爵などという肩書きを背負うことになってしまったので、致し方ない。だが、そのおかげで、旦那様から君に求婚する許可を得ることができた」

 そのために変わったのだと言われると、嫌味を重ねることができない。アリスはアンジェイに背を向け、再びりんごの木の方に向き直った。


「今朝、今年最初の花が咲いたのよ」

「私は間に合ったのか?」

「こんなに長い一年を経験することになるとは思わなかった」

「すまない。自分でも驚いたのだが、私は存外にプライドが高い男だったらしい。一生、君とイース伯爵家に守られるだけの男でいることに耐えられそうにない自分に気付き、君に釣り合う身分を手にいれることにしたんだ。そのついでに、帝国復興の内乱の火種を完全に消してしまえば一石二鳥だと思った」

 あの大規模騒乱の方がついでだったと、アンジェイは言う。アリスは少なからず呆れてしまった。

「ヒュペルオイアス帝国第一血統親王の存在を完全に抹消し、アリスに求婚できる身分を得て、その身分にふさわしい財を築くには、どうしても時間が必要で――」

「言い訳はそれだけ? 私は、家も身分も捨てて駆け落ちしてもいいと言ったのに」

 アンジェイがアリスの横にやってきて、その肩を抱き寄せる。アリスは、その手を振りほどけなかった。


「君がミロシュたちに拉致された時、私が病気で死んだことにする策を提案したことがあったろう?」

「そんなこと……ああ、私がアンジェイの死に絶望して後を追う、ドラマチック展開ね」

 思い出すのに、少々時間がかかる。アリスは、真面目に熟考して思いついたことでないと、すぐに忘れてしまうのだ。

「君のあの突飛なアイデアが、私にこの計画を思いつかせた。さすがは私のアリス。まさに革命的なアイデアだ」

「革命的でごまかさないで」

「家も身分もご両親も友人も――君に、何一つ捨てさせないためには、平和な国に革命を起こすより、私自身が革命的に変わる方が、最短かつ最善だと思ったんだ」

「最短?」

 つい、責める口調になる。アリスにとって、この一年は、決して短いものではなかったのだ。

 アンジェイはすぐに低姿勢になった。

「怒らないでくれ。アリスなら信じて待っていてくれると確信していた」

「だとしても――生きていることを私に知らせてくれなかったのは、なぜ」

 敵を欺くには、まず味方から。その常套手段は知っているつもりなのだが、それでも知らせてほしかった。

「アリスは 芝居や嘘が下手だから」

「つまり、私を信じていなかったということ?」

「信じていなかったのは、アリスの演技力だけだ」

「相変わらず、ああ言えばこう言うのね」

「アリスに鍛えられた」

「また私のせいにする」

「事実だ。それで、アリス。君に求婚してもいいか」

「まだだったの? あなたにしては手際が悪い」

「では、せっかちなアリスのために迅速に」

 アンジェイの腕が、アリスを抱きしめてくる。

 アリスは、求婚がまだだと文句を言おうとした――のだが。

 懐かしいアンジェイの胸や腕の温もり。強い口調を続けるにも限界があった。

「百年だって待つつもりだった。でも、寂しかったのよ」

 一人はつらくて、苦しかった。

「私もアリスのためでなかったら耐えられなかった」

 アリスは、そのずるい言い回しをやりこめてやりたい衝動にかられた。

 が、その衝動より、アンジェイの唇や腕の我儘を許したい気持ちの方が強い。

 だから――長くゆっくり吐息して、アリスはアンジェイの胸の中で目を閉じたのである。



 妻エルフィフの部屋で、イース伯爵はずっとそわそわしていた。

 窓の外に目を向けては嘆息し、嘆息しては妻の上に視線を戻す。

「そろそろ日が落ちるぞ。あの二人はまだ庭にいるのか」

 エルフィフの部屋からは、東の庭のりんごの木がよく見えるのだが、アリスたちは木の幹の向こう側にいて、ここからはアリスのドレスの裾しか見えない。

 アンジェイの求婚は首尾よくいったのか否か。その結果がなかなか判明しないことに、イース伯爵は焦れていた。

 彼は焦れていて――それだけでなく不安でもあったのだ。なにしろ、彼は、自分の娘の我の強さを誰よりもよく知っていたから。

「お日様の位置なんて、あの二人は気付いてもいないでしょう」

「風も冷たくなるだろう。そろそろ呼びに――」

「旦那様には、今、あの二人を呼びに行く勇気がおありですか?」

「……ない」

「私もですわ」


 エルフィフが、半分開いていた窓を、更に広く開ける。

 窓から入ってくる風は、まだ暖かかった。

「大丈夫。りんごの花の季節の風は、日が落ちても暖かいですから」

「だからもう少し待ちましょう」と、風も楽しそうに囁いた。



 Fin.




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