アンジェイ・ピャストの告白③
「それで何か不都合があるの?」
「三重天寵の力のせいかもしれない。アリス、君が私を愛してくれるのは」
「は……?」
「力を使ったつもりはない。だが、私はアリスを愛していて――その気持ちが、いつのまにか三重天寵の力を発動させ、君に作用してしまったのではないかと……私は、そんな卑劣な手段で君の愛を手に入れてしまったのではないかと、不安でたまらないんだ……!」
アンジェイは心底から苦しんでいるらしい。そんなことがあってはならないと考えているらしい。
彼の声、眼差し、たくましいその体躯までが苦悩に震えていている。
そんなアンジェイの様子を見て、アリスは――アリスはぽかんとした。比喩ではなく実際に、目と口をぽかんと見開いてしまっていた。
アンジェイは、だから、いつも素っ気ない態度をとっていたのだろうか。だから、常に二人の間に距離を置こうとしていたのか?
「アンジェイ……は、そんなことを気にして、ずっと私との間に壁を作っていたの? あの……身分違いを気にしてのことじゃなく?」
「……」
“そんなこと”と断じられて、アンジェイは、実に彼らしくない複雑怪奇な表情を浮かべた。
「アンジェイ。あなたはもっと賢い人かと……」
「……」
アンジェイは無言。もしかすると、彼は拗ねているのかもしれなかった。
「あなたはとても美しくて、強くて、優しくて、賢くて――恋以外のことでは賢くて、誠実で、努力家で、いつも私を助けてくれて――私がアンジェイを嫌う理由はないし、好きにならない理由もないし、愛さない理由も恋しない理由もないわ」
「だが、もしかしたら……」
「アンジェイはもっと自信家だと思っていたのに」
「アリスの前で自信家でいられるものか」
「自信を持っていいわ。アンジェイは忘れてるみたいだけど、私も三重天寵の受者なのよ。力を使ったことのないアンジェイにはわからないでしょうけど、天寵の力には、時間、物理的距離、支配力の強弱に制限があるの。私の場合は、個人に対して絶対の支配力を発揮するけど、力の有効期間は短くて一時的――と、そんなふうに。当然でしょう? 永遠で無限で絶対な力なんて――それは神にだけ許される力だもの。アンジェイが私の人生全部、あなたの周囲のほとんどの人間を、絶対の支配力をもって支配し続けることは、三重天寵の力ではまず無理だわ」
「そう……だろうか」
まるで見知らぬ町で迷子になった幼な子のような眼差し。
アンジェイがこれほど自信なさげな言葉遣いをすることがあろうとは。
アリスは彼を、もしかしたら十八年の人生で初めて『可愛い』と思った。
「私の三重天寵の力は、ある人が自分の命以上に大切だと思う人は誰なのかを知る力と、自分の命をかけることになっても殺したいほど憎い人が誰なのかを知る力よ」
「人の心の底を探る力か」
「そう。それでね。私、以前、自分の力を、鏡に映る自分に対して使ってみたことがあるの。私が自分の命以上に大切だと思っている人はアンジェイとお父様で、自分の命をかけることになっても殺したいほど憎い人は、アンジェイを傷付ける人だったわ」
「アリス……」
それでもアリスの言葉を信じ切れていないらしいアンジェイの濃紺の瞳。
アリスはおかしくてならなかった。『こんな大きななりをして』と脳内で明確に言葉にし、胸中ではっきりと笑った。
笑ったことを気付かれぬよう、顔を伏せ気味にして椅子から立ち上がり、アンジェイに尋ねる。
「アンジェイがそんな心配をしていたら、私はどうなるの。アンジェイがどうして跳ねっ返りでじゃじゃ馬の私を愛してくれたのか、私こそ、その理由がわからないわ」
「私はアリスの正義が好きなんだ。正しくなくても、間違っていても、いつもアリスの正義が好きだった。……アリス!」
やっと自己不信を払拭することができたらしいアンジェイが、アリスを抱きしめてくる。大きななりをしているだけに、その力は強かった。
「本当はいつもこんなふうに抱きしめたくてたまらなかった。アリスの前に跪いて、すべてを打ち明けて、それでも私を愛してくれと、一生涯そばにいさせてくれと懇願したかったんだ……!」
「そんなことしなくても……んっ」
アンジェイの唇に、アリスは声と言葉を奪われた。その腕と胸でアリスの自由を奪ったまま、アンジェイは自分の唇でアリスの唇をなぞり続ける。
「アリス……アリス、アリス……! 君が本当に私を愛してくれているのなら、私は必ず君を私の妻にする……!」
(そ……その決意は嬉しいけど、唇が……)
アンジェイは十中八九、アリスが胸中で『こんな大きななりをして』と失笑したことに気付いている。だから、その意趣返しに、こんなに強く抱きしめて離してくれないのだ――。少々酸素が足りていない状況で、アリスはそう察していた。
アンジェイの手と唇は執念深い。
アリスは早々に降参し、全身と心から力を抜いた。
そうと気付いたアンジェイが、少し腕の力を緩めてくれる。
アリスを包む彼の熱はそれでも冷めず、アリスはアンジェイの手指と唇に翻弄されながら、夢うつつの中で考え始めていた。否、まともに考えることはできていなかった。
『君が本当に私を愛してくれているのなら、私は必ず君を私の妻にする……!』
その誓いを、アンジェイはどうやって実現するつもりなのか。アンジェイは革命でも起こす気なのだろうか。
そんなことを、ただぼんやりと、アリスはアンジェイの胸の中で思っていた。




