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アンジェイ・ピャストの告白②


 準男爵邸を出たアリスとアンジェイは、ラシャリエ子爵邸に立ち寄り、子爵家の住人にこの件の口止めをした。

「アンジェイを自邸のパーティーに呼びたい某侯爵領夫人が企んだ暴挙だった」という説明を、子爵家の人間がどこまで信じたのかはわからないが、「これが噂になって模倣犯が出ると、ラシャリエ子爵家のみならずベニエ商会にまで危害が及ぶかもしれない」という理屈は、彼等の口外を防ぐには有効だったろう。


 夏と秋の境目の日の午後。

 王都の大通りを避けてイース伯爵邸に向かう間、先導するアンジェイが無言なので、アリスも、愛馬に常歩の指示を出す時以外、ほとんど口をきかなかった。

 アンジェイの背中が自分との会話を拒んでいるようで、口を開く勇気が湧いてこなかったのだ。

(いつもみたいに、私の無茶を叱ってくれればいいのに……!)

 何も言えない時間が長くなるにつれて、無茶をした自分でなく、叱ってくれないアンジェイの方が悪いような気がしてくる。そんな理屈を振りかざしてアンジェイを悪者にすることは、さすがのアリスにもできなかったが。

 市街地を通り過ぎ、イース伯爵家の敷地の内に入ったところで、アリスは、なんとか声を出すことができるようになった。

「アンジェイ……あの……ごめんなさい。勝手に一人で飛び出して。まさか、あんなことになるなんて思ってもいなかったの……」

「――」

「心配させたのよね? 本当にごめんなさい。もう二度とこんなことは――」

『しない』とアリスが言う前に、先を進んでいたアンジェイが下馬する。

 無言のまま、乗ってきた馬をヒッチング・タイでブナの幹に繋ぎ、無言でアリスのもとにやってきて、彼はアリスに手を差しのべた。

 その手に促されて、アリスも下馬する。

 アンジェイは、多分、邸内では話しにくい話をしようとしている。

 アリスは上目遣いに、アンジェイの顔を盗み見た。

 いつもの、見慣れた無表情。だが怒ってはいない。怒りを押し殺した目はしていない。むしろ、その逆――のように、アリスには感じられた。


 南の庭の温室脇の東屋は、ガラス張りの温室内の樹木が作る影のせいで、風が涼しい。

 ガーデンパーティー用の椅子に腰をおろし、身体を丸めて、アリスはアンジェイの叱責を待った。――のだが。

「あの二人から、私の出自や三重天寵の力のことを知らされてしまったんだな?」

 アンジェイは、アリスの無茶無謀を叱るつもりはないようだった。

 アリスは、アンジェイの疑念に首肯すべきか否かを迷ってしまったのである。拉致監禁犯が語ってくれた事柄を、アリスは彼等に拉致される前に知っていたのだ。

 暫時悩み、とりあえず、縦に首を振る。

「でも、私、彼等に会う前に知ってたの。レブリエ男爵邸で、彼等の父親たちがアンジェイを侮辱するのを聞いちゃったから」

「!」

 アンジェイが僅かに目を見はる。それから彼は、ごく薄く笑った。

「そうか……。あれを私への侮辱と感じたから、アリスは何も聞かなかったふりをしてくれていたわけだ」

 アンジェイの言う通りだった。

『私を愛しているなら、フランコルム王国に反旗を翻し、ヒュペルオイアス帝国皇帝の地位を得て、私をヒュペルオイアス帝国の皇妃にしなさい』とアンジェイに命じることなどできるわけがない。一度ならず、『それでもいい』『どうしてそうしないのか』と考えたことがあるからなおさら、アリスは自分が知ってしまったことをアンジェイに打ち明けることができなかったのだ。

 生涯の友でも秘密はある――ものだから。

 秘密を抱いていることは苦しいことなのだが、それでも。


「今まで言わずにいて悪かった。だが、隠していたのではないんだ。ヒュペルオイアスの皇帝との関わり、三重天寵の力――私はすべて捨てたつもりでいた。母もそれを望んでいた。私がヒュペルオイアス帝宮でのことをすべて忘れて生きることを」

「アンジェイのお母様のお考えは適切で正しいと思うわ」

 ミロシュ・ヴァーサリやハラート・フォルクのように、父親の妄執に縛られているアンジェイなど、想像するだけでぞっとする。

「滅んだ帝国なんて重荷をアンジェイが背負う必要はないし、そんなものに縛られていないアンジェイの方が、私には――」

「アリスの正義に適っている?」

「そうよ。それが私の正義よ」

 全く躊躇いのないアリスの物言いに、アンジェイが微笑む。その微笑みは、だが、すぐに曇ってしまった。

「アリス。私の三重天寵の力は、人の心に愛を生む力と、人の心から憎しみを消し去る力だ」

「え」

 アンジェイの濃紺の瞳は、ほとんど黒色に見えるほど、暗い影が射している。

 アリスは、彼の力の意味を考えた。

 それは、臣民に愛され、敵対者の憎悪を消す力である。帝王になるには打ってつけの力かもしれない。だが、そうでなくても――。

「力の及ぶ範囲と期間がどれほどなのかにもよるでしょうけど、私にはそれは素敵な力に思えるわ……?」

 アリスは、自信を持って断言することはできなかった。

「使ったことはない。意識して使ったことはないんだ。力を授けられてから、ただの一度も」

「そうなの?」

「イース将軍――君のお祖父様は、幼い私に似つかわしくない指輪で何かを察していた節があったが、私自身は、私の出自のことも三重天寵の力のことも、母以外の人間に告げたことはない。そんな大層な力ではないと考えていたせいもあるが、大層な力でないことを知られたら、正妃に暗殺される危険もあったから」

「ええ、わかるわ」

 自身の力について語るアンジェイの目が、なぜか、あまりに苦しそうで――。

「誓って使ったことはない。使ったことはないのに、イース将軍は敵国の人間と知りながら、私たち母子を救ってくれた。旦那様も、使用人には不釣り合いなほど、私と母を厚遇してくれた。アリス、君も――」

 意味がわからない。なぜアンジェイはこんなにも苦しそうなのだろう。



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