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アンジェイ・ピャストの告白①


「アンジェイ!」

 アリスが歓声をあげると同時に、ミロシュとハラートが掛けていた椅子から立ち上がる。

「アリス! 何をのんきに、拉致監禁犯と茶飲み話に興じているんだ!」

 アンジェイの声が怒っている――振りをしている。アンジェイはアリスの緊迫感のなさに呆れているようだった。

 彼が手にしているのはバスタードソードではなくフランベルジュ。炎の形の剣だった。殺傷能力は低いが、消えない傷跡を残す意地の悪い剣である。アンジェイは、拉致監禁犯を殺さずに捕えるつもりなのだ。彼は落ち着いている。

 ということは。

「アンジェイ。やけに余裕を感じるけど、いつから突入の時を窺っていたの」

「彼等の父親の顔がよかったあたりから、かな。すぐには信じられず、つい足が止まってしまった」

「随分長いこと盗み聞きしていたのね」

 アリスの嫌味をすがすがしく無視して、アンジェイはハラートの喉元に剣を突きつけた。

「私は父を軽蔑していた。帝位も帝国も、父から何かを受け継ぐつもりはない」

 その宣言への反論が、意外やミロシュから返ってくる。

「けれど、それでは、殿下は永遠にアリスタクセンシア嬢の下僕でしょう」

「望むところ」

「アリスタクセンシア嬢もそれを望んでいるかどうか」

「アリスは国が乱れることを望まないだろう」

「殿下が令嬢の下僕でい続けようとなさるなら、我等は、殿下首謀の反乱計画を捏造して殿下の出自をフランコルム国王に知らせ、殿下が蜂起せざるを得ない状況を仕立て上げるつもりです。起つことができないなら、いっそ自害していただきたい。我等は十八年待った。もう限界です。決起できないなら、いっそ死んでください」

「アリスが生きている限り、死ねない」

 行儀のいい犬の方が冷酷。

 ミロシュとハラートが何を企んでいるのか、アリスにはやっとわかった――ような気がしたのである。


「ね……ねえ。死ぬの死なないのと物騒な話はやめて、別の道を探しましょう。私の三重天寵の力を使って、あなた方のお父様たちを説得してまわってもいいわ」

「十八年も待たされたあとで、今更……」

「ならいっそ、アンジェイが病気か何かで死んだことにして、お父様たちの野望の芽を摘むのはどう? 私は、アンジェイの死に絶望して後を追った振りをするの。ドラマチックでしょ」

 アリスは、本気で良策だと思っていたのだが、その提案はアンジェイにあえなく却下された。

「相変わらず、アリスは発想が突飛だな。そんなことをしたら、イース伯爵家はどうなる。私は恩知らずにはなりたくない」

「それは私がどうにかするわ。アンジェイ、この二人の目的は――」

「私に帝国復興のために武装蜂起させ、失敗させること――のようだな」

 さすが、アンジェイはわかっている。

 彼等は、父親たちの野望と未練に縛られて、自分の人生を自由に生きることが許されなかった。そんな彼等が本当に自由になるには、まず父たちの夢を実行に移す必要があるのだ。アンジェイを首魁に押し立てて反乱を起こさせ、その上で、失敗させる。反乱が成功しては困るので、適当なところで、彼等が敵側に(フランコルム王国側に)内通でもするつもりでいるのだろう。

 一度蜂起に失敗すれば、彼等の父親は諦める。もう若くはない彼等に不撓不屈の気概はない。

 それが彼等の計画で、目的なのだ。


「悪くない策だ。私が先頭の立った蜂起が失敗すれば、馬鹿げた夢追い人たちの野心は完全に打ち砕かれ、フランコルム王国の現在の平和も保たれ、貴様等は真の自由を手に入れることができる」

「アンジェイ! なに感心してるの! そんなことをして、『失敗しました』『ごめんなさい、もうしません』で済むはずがないでしょう! 駄目よ。そもそも、どうして、騒乱を望まず、野心も持っていないアンジェイが、平和の犠牲にならなければならないの。無謀な野望の元凶は、この人たちの父親なのに!」

『そこまであの娘を気に入っているのなら、ヒュペルオイアス帝国の皇帝として、あの娘にアンジェイ様の妻になるよう命じればよろしい』

 あんな下劣なことを思いつく男たち、アンジェイの母を無理に我が物にした皇帝と同じ価値観の持ち主たち。そんな輩の人生を正すために、アンジェイが利用されるなど、神の望みでも許されることではない。

「十八年も野望を糧に生きてきた男たちだ。父たちは、理を尽くして説得しても聞いてくれない」

 投げやりなハラートの言い草が、無責任極まりなくて腹が立つ。親が親なら、子も子である。

「それでも、救いようのない馬鹿じゃないはずよ。皇帝の寵臣から平民の身になっても、彼等は商人として成功している。能力はそれなりに――」

「無益な妄執に突き動かされて、誇りも家名も捨て、敵国人に媚びへつらって生き延びただけのことだ」

 それができたなら――それも才であり、力だろう。

「説得はどうあっても無理なの」

「無理だね」

「なら、私が二人を暗殺するわ」

「は?」


 間抜けな声を洩らしたのは、意外やミロシュの方だった。少し遅れて、ハラートが全く感情のこもっていない笑い声をあげる。

「は、ははは……」

「何がおかしいの。平和な世を乱すことを企む者たちを抹殺する。帝位も騒乱も望んでいないアンジェイが死ぬより、ずっと正しい対処法だわ。あなた方に親殺しはできないでしょう。私も、あなた方にそんなことをしろとは言わないわ。心ならずも彼等の中に野望の種を植えつけてしまったアンジェイは、その潔白を証明するためにも、暗殺には無関係でいなくてはならない。第三者にも頼めない。なら、私が動くしかないでしょう」

 アリスの断言に、その場にいた三人の男たちは揃って棒立ちになった。

 暫時、沈黙。むしろ静寂。

 それから、最初に気を取り直したアンジェイが、ミロシュとハラート、いきり立つアリスに、椅子に掛けるよう、手で示した。

 不承不承、椅子に身を沈めたアリスの前にアンジェイが立つ。


「アリス。君の考えは、いつもいつも突飛で大胆すぎる。もはや革命だ」

「そうかしら。古典的手法――むしろ野蛮な手法だと思うけど」

「革命というのは、体制や組織の社会変革だけをいうのではないということだ」

「革命家。望むところだわ」

「冷静になってくれ。君がそんなことをしたら、イース伯爵家はどうなる」

「王国の平和を守るために、己が手を血に染めた三重天寵者の家として、昇爵の栄誉にあずかってもいいくらいだわ」

「君の手が血に濡れるなんて、あっていいことじゃない」

「アンジェイが死ぬよりましよ。私は正義を行なうの」

「アリス。正義というものは人の数ほど存在するものなんだ。君の正義が万人に受け入れられるとは限らない」

「そうね。アンジェイが生きていることが、私にとっての正義よ。私以外のすべての人々が私を罪人と見なそうと、私は平気よ。アンジェイのいない世界で、私が生きていられると思うの。私は――」

 アリスは、自分の力説に更なる力を加えようとした。が、彼女はそうすることができなかった。

 やたらと軽く楽しそうな笑い声が、彼女の演説に割り込んできたせいで。

 住人のいない準男爵邸の応接室に笑い声を響かせたのは、アンジェイでもアリスでもなく――つまり、二人の拉致監禁犯だった。

「こんな恋人同士の睦言を初めて聞いた」

「さすが三重天寵の姫君。平和惚けした貴族令嬢とは覚悟が違う」

「これでは、殿下が骨抜きにされるのも、致し方ないな」

 多分おかしすぎて(と、アリスは思いたかった)、ミロシュの目には涙さえ滲んでいる。

「アリスタクセンシア嬢。父たちを消すしかないのなら、協力します。我等は、お二人に従います。私は、あらゆる障害を乗り越えて、お二人が幸福に結ばれる光景を見たくなりました」

「私もミロシュと同じです。すっかり毒気を抜かれてしまった。三重天寵のお二人を罠にかけて利用しようなどと、最初から無謀な計画だったんだ」

「……」

 これは褒められているのだろうか?

 その点に関しては、今ひとつすっきりしなかったのだが、アリスは彼等の改心を信じ、二人を解放することにしたのだった。



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