ヒュペルオイアス帝国の拉致監禁犯たちとの対決④
彼等の話に、アリスは引っかかった。
「才もカリスマ性もないから、父たちはアンジェイを必要としている」と、彼等は言っている。
では、彼等は? 彼等自身には、アンジェイの才もカリスマ性も必要ではないというのか。
アリスは、最初に口にした質問をもう一度口にした。
「それで、あなた方の目的は何? あなた方はどちらを望んでいるの」
「だから、俺たちがほしいのは自由……」
「どちらの自由? 父親たちの野望を叶えて、その妄執から解放されることと、父親たちの野望を実現不可能にして、その妄執から解放されること。あなた方は、どちらの自由を望んでいるのかと訊いているの」
それは、帝国の有力貴族の息子に戻ることと、今のままフランコルム王国の一平民として生きることの、どちらを望むのかという問いでもある。
「それは……俺たちも決めかねているんだ。だから、殿下と直接話す機会を持ちたいと――」
それは嘘だと、アリスは思った。道を決めかねている人間が、貴族を拉致監禁するなどという危険かつ大胆なやり方を採るはずがない。迷いを抱えているのが事実だとしても、彼等は、自分たちが進むべき方向をほぼ決めているに違いなかった。
「アンジェイは、大きな犠牲を伴う争い事は好まないわ。無益どころか有害だもの」
「好まなくても、殿下にはその力がある。三重天寵という神の意思、帝国民に行き渡った神寵帝理念の思想、国の統治者にふさわしい才知と美貌。殿下が起てば、皆が従わずにいられない」
「それでも、アンジェイはそんなことは……」
食い下がろうとしたアリスを、ハラートが遮ってきた。
「殿下が、フランコルム王国の三重天寵の姫君を熱愛していることは、巷では有名な話なんだ」
(そんな話、私は知らないわよ)
「イース伯爵家の使用人のままでいたら、好きな女を自分のものにできない。だが、皇帝になれば、三重天寵の受者だろうが、どんな大国の姫君だろうが望むままだ。亡き皇帝がそうしたように」
「アンジェイは、そんな、人の心を踏みにじるようなことはしないわ」
「二億の臣民の頂点に立つ力があるのに、その力をたった一人の女の下僕仕事に用いるなんて、馬鹿げているとは思わないか」
「思うわ。私にそれほどの価値はない」
アリスの即答に、一瞬ぎょっとしてから、ハラートはその唇を歪めた。
「あんたが身の程をわきまえた聡明な令嬢でよかったよ」
「よくないだろ。愚かで傲慢な女の方が、罪悪感なしに利用できる。殿下の思い人が“帝国”と釣り合いの取れた女性では困る」
ミロシュの横やりを、ハラートは、
「綺麗なだけの馬鹿女に骨抜きにされてる皇帝を戴くよりましだ」
の一言で一蹴した。
(だから、どうして、アンジェイが私に骨抜きにされてるとか、そういう話になってるのよ! 訳がわからないわ)
噂と現実の乖離に、アリスは少しいらいらし始めていた。
「何がどう有名なのかは知らないけど、私はアンジェイに、まともに告白されたことも口説かれたこともないわよ」
「は? いや、でも、あー……二人は恋人同士なんでしょう?」
アリスの苛立ちに臆したように、恐る恐るといった体でミロシュが尋ねてくる。
薄茶色の犬は、赤褐色の犬と違い、噛みつき癖がないようだ。行儀のいい犬には、優しく接してやりたい。
「違うと思うわ。私はアンジェイが大好きで、いつまでも一緒にいたいと思ってるけど、アンジェイは時々すごく素っ気なくて……」
「それは現在の殿下の立場上……」
行儀のいい相棒が優しくされるのが気に入らなかったらしい。薄茶色の犬の横で、躾のなっていない犬が、またしてもきゃんきゃん吠え始めた。
「俺たちは、あんたを人質にとれば、殿下を思い通りに操れると踏んでるんだ。進むも退くも、俺たちの思うまま」
「アンジェイは、そんな馬鹿じゃないわ」
『子世代は性急』というエムリーの情報は、帝国復興に向かって急進的というのではなく、『進むか諦めるかの決着を早くつけたいと考えている』という意味だったらしい。確かに、赤褐色の犬はせっかちな性格のようだった。
「どうかな。あんたを殺せば、殿下も死ぬだろ? 自分が生きてる意味がなくなるんだから。そういう決着のつけ方もある」
いったい彼等の周辺では、どんな噂が蔓延しているのだろう。アリスは額に手を当てた。
「そんなことがあるはずないでしょう!」
まず、その辺りの誤解を解くとこらから始めよう。
アリスがそう考え、長めの吐息を洩らした時だった。
「アリスが死んだら私も死ぬが、その前に、貴様等を黄泉の国に送ってやる!」
聞き慣れた低い声が、アリスの計画を頓挫させてくれたのは。




