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強く賢く超絶美形 ―私のスパダリ侍衛に欠けているのは身分だけだったのですが  作者: 川瀬えいみ
第八章 ヒュペルオイアス帝国の拉致監禁犯たちとの対決
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ヒュペルオイアス帝国の拉致監禁犯たちとの対決③


「ヒュペルオイアスの帝宮で、俺たちの父親は内務大臣だの侍従長だのと大仰な役職に就いていたが、奴等は別に突出した才に恵まれていたわけじゃなかったんだ……なかったんです」

 自分の意思を取り戻したばかりのミロシュが丁寧語で言い直す。

 臨機応変、大変結構なことだと、アリスは満足した。偉そうに足でも組んでみたい気分になる。

「家柄のいい大貴族だったの?」

「とんでもない! 平貴族――むしろ末端の貧乏貴族だったんです」

 とハラート。

「家柄は大したことがなく、特別な才に恵まれているわけでもない者たちが、なぜそんな重職に?」

 レブリエ男爵邸で会った彼等の父親たちは、五十歳手前ほどに見えた。帝国滅亡時は三十代、もしかするとまだ二十代だったかもしれない。となると、ますます重用の理由がわからない。

(ん? あ、もしかして……)

 アリスの中に、一つの良くない考えが浮かんでくる。そして、それは正鵠を射ていたらしい。

「二十年近い敗残者暮らしですっかり若い頃の面影は残っていませんが、俺たちの父が皇帝に重用された理由は、顔。それだけです」

(やっぱり……)

 ヒュペルオイアス帝国最後の皇帝は、オクシタニス大公国を訪問した際、アンジェイの母の美貌に魅せられて、拉致同然に自国へ連れ帰った男である。迷惑極まりない美形好きなのだ。

 ミロシュとハラートはその事実に触れるのも不快そうだった。彼等にそんなことを語らせてしまったことを、アリスは申し訳なく思ったのである。

「え……と、その……。あなた方のお父様たちは、お若い頃にはさぞかし目元涼やかな美青年だったのでしょうね。ええ、あなた方を見ればわかるわ」

 アリスなりの精一杯の慰めだったのだが、二人にはそれがかえって気に障ったらしい。

「俺は母に似たんだ!」

 と、ハラートから反論が返ってきた。彼には、自分の容姿が並以上だという自覚があるらしい。

 対照的に、ミロシュは、

「殿下を見慣れているあなたにそんなことを言われても……」

 と、ハラートに比べると謙虚だった。

 どう反応すべきか、アリスは大いに迷ったのである。

 ともあれ、彼等の話で、かつてのヒュペルオイアス帝国宮廷の雰囲気と、現在の彼等のおおよその事情は把握できた。


 容姿に優れた貧乏貴族の青年が、その容姿ゆえに思いがけない栄誉栄達を極めることになり、すっかりのぼせあがってしまった。ところが、彼等の我が世の春は、フランコルム王国軍によって突然断ち切られてしまう。

 望外の栄華だったからこそ、それを突然奪われた彼等の衝撃落胆は凄まじく、あまりの急変に心がついていかなかった。彼等は奪われた栄華の記憶にしがみつかずにいられなかったのだ。

 幸か不幸か、アンジェイという帝国復興の希望の芽はあった。

 彼等は、過去の栄光を取り戻すために、すべてを犠牲にした。幼い息子たちにも帝国復興の夢を押しつけ、その夢の実現のために生きることしか許さなかったのだ。

「幼い頃は、父の言うことが絶対だった。逆らうことなど考えもしなかったさ。だが、長ずるに従って、子どもに自分の意思が育ってくるのは自然の理だろう。俺は生活家具や調度の設計に興味を持って、その勉強をしたかったんだが、未来の帝国大臣が職人の真似事など言語道断と、父に殴り飛ばされた」

「俺も――本当は地質地形学を学びたかったんです。父には、宮廷でハンマーを振るって笑いものになりたいのかと、それこそ一笑に付されてしまった」

「どうかしてるわね。ヒュペルオイアス帝国が地上から消えて十八年。いまだに本気でそんなことを言っているのだとしたら、あなた方の父親たちは妄執に取り憑かれた亡霊だわ」

 アリスが同情して頷くと、ミロシュとハラートの顔は、ぱっと明るくなった。

 どうやら、彼等の周辺には、彼等の不満への同調者が彼等以外にいなかったらしい。だからこそ、彼等は親友同士なのだろう。

「そうなんです。そんな旧態依然の理不尽で、息子の俺たちから自由を奪っておきながら、自分たちは何をしているのかといえば、『アンジェイ殿下の成長を待っているのだ』とか『今は屈辱に耐える雌伏の時』とか」

「かっこよさげなことを言って、つまりは『伏せて、待て』ということ。俺たちは犬か!」

「あ、えーと……」

 つまり、彼等の目的は、帝国の復興でも、帝国貴族の地位や権力を取り戻すことでもなく、父親の妄執から解放され、自分の人生を自分の意思で決める権利を取り戻すことであるらしい。

 であるならば、ヒュペルオイアス帝国が滅び、帝国の貴族社会の一員でなくなった時に、それは彼等の手に入ったのではないだろうか。

 そうアリスは思ったのだが、平民であれ貴族であれ、自由とはそう単純なものではないのかもしれない。

 彼等は自身の父たちを疎んじながら、結局、その父たちに養育されて、この年まで育つことができたのだ。どんな立場にあろうとも、人は一人では生きられない。


 それまでお互い以外の誰にもぶつけられなかった不満をアリスにぶちまけて、気が晴れたらしい。彼等は薄茶色の犬と赤褐色の犬のように従順に、アリスが求める帝国残党の情報を提供してくれた。

 二人の話をまとめると。


 彼等の父親たちの野望である帝国復興を妨げる要因は、大きく二つ。

 一つは、ヒュペルオイアス帝国の最後の皇帝に人望がなさすぎたこと。

 もし帝国復興が以前の帝政に戻ることであるならば、それを心から望んでいるのは、ミロシュの父たちのように、皇帝の寵愛でいい目を見ていた者たちだけ。実際、帝国内の真っ当な人間の多くは、一日も早い皇帝の死を望んでいたらしい。

 帝国復興を妨げるもう一つの要因は、帝国を滅ぼしたあとのフランコルム王国の対応――寛容政策が素晴らしすぎたこと。

 ヒュペルオイアス帝国の行政、司法、軍部のトップは皇帝の寵愛を受けた無能者で占められていたが、その下には有能な官吏や士官が配置されていた。その状況を把握したフランコルム王国前国王は、皇帝と無能なトップのみを組織から排除し、他は現状維持としたのだ。トップだけを、フランコルム王国の有能な役人に置き換えた。

 無謀な南下侵略戦争の責任を追及されたのは、皇帝におもねって私利私欲を貪っていた高位高官、大貴族、皇帝一族と軍の指導者のみ。兵卒士官下役人は許されて、希望者はそのままフランコルム王国軍や行政組織に職を与えられた。もちろん帝国民も奴隷に落とされることなく、それまで通り、平民としての身分と私有財産を保障された。ミロシュたちの父のように粛清から逃げおおせた者たちを深追いすることもしなかった。

 フランコルム王国と同レベルの福祉政策が実施され、帝国民の生活水準は以前より上がった。

 フランコルム王国軍は、皇帝の圧政からの解放軍と見なされ、帝国滅亡から十八年が過ぎた今では、平和をもたらした救国の軍だったという評価がもっぱらになっている。


 ――等々のミロシュたちの話は、アリスの認識とほぼ合致していた。

 帝国復興は、現実には見果てぬ夢なのだ。それでもミロシュの父たちがその夢を捨てきれないのは、アンジェイという希望が存在するからなのだと、ミロシュたちは言う。

 前皇帝の人望の無さが、帝国民のアンジェイ母子への同情を深くしていたというのだ。

 アンジェイ母子は美しく善良。派手な正妃一派に妬まれ、暮らしは質素で薄幸。幼い皇子は神によって特別な力を与えられた三重天寵の受者。アンジェイ母子には、国民に愛される要素しかなかったのだ。

 それゆえ、アンジェイが蜂起したなら、今ではフランコルム王国の州軍や警察組織に組み込まれた数万の元帝国兵たちも、元帝国民の多くも、彼に従うだろう。

 アンジェイが起たなければ――ミロシュの親父たちだけでは――蜂起は不可能。

 それがわかっているから、ミロシュの父たちは、アンジェイをその気にさせようと躍起になっているのだ。



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