義兄エムリーの登場①
「アンジェイは私の生涯の友よ!」
これまで、どんな時にでも、誰に対しても、どんな躊躇も迷いもなく、そう断言してきた。
そうでありたいと願っていたし、そうでなければならないと考えていたし、事実そうだと思ってもいた。
兄のように家族のように愛し必要としてはいても、恋してはいないと決めていたのに。
『おまえとアンジェイを正式に結婚させてやることはできないが、二人の間にできた子を養子としてイース家に迎え、イース家を継がせてやることはできると考えているんだ』
『そこまであの娘を気に入っているのなら、ヒュペルオイアス帝国の皇帝として、あの娘にアンジェイ様の妻になるよう命じればよろしい』
どうして誰も彼もが、私の心を乱そうとするのだろう――。
アリスは、どんな感情を抱けばいいのかがわからず、方向の一致しないあらゆる感情が入り混じって、思考までが混迷していた。
「館が見えてきたが……アリス、熱でもあるのか」
父に、気遣わしげな声で問われて、アリスははっと我に返った。
馬車の窓の右前方に、背の高いハリエンジュの小さな林。木々の向こうに胡桃色の壁の城館が見える。
「少し……緊張してるみたい」
「緊張? アリスが?」
「お父様は、私の心を投石機で攻撃されても崩れない城壁か何かだと思ってるの? 私だって、緊張くらいします。だって――」
視察旅行への出立前に、幾つかの懸念を抱いていたはず。アリスは大急ぎで、記憶の戸棚の抽斗に貼ったラベルの確認に走った。
「前領主だった子爵家が断絶して、領地が王家に返還されたあと、あの館を保全してくれていたのは、この地方の平民の商人だと聞いたわ。その人が、次の領主として自分が叙爵されることを期待していたとしたら、私たちはその人の望んでいたものを横からをかすめ取ったこそ泥みたいに思われているかもしれないし……」
「どうだろうね。この辺りは、ヒュペルオイアス州と接していて、統治には何かと面倒な問題がある。何より、爵位には責任が伴うから――そういったややこしい問題の解決や責任は貴族に任せて、自分は実利のみを得たいと考える者も多いと思うよ。いろいろ報告は受けてはいるが、直接会ってみないことには、本当のところはわからないな」
穏健で堅実な父らしい考え方である。先入観の排除に努める父の姿勢を、アリスは好ましく思った。
「それと……お祖母様の実家やお母様の実家が近いんでしょう? ご挨拶は必要なの?」
すっかり失念していたことを、今更思い出す。懸念事項はいくらでもあった。
「私の母の実家は、領地経営は家令に任せて、家族は王都の屋敷で暮らしている。エルフィフの実家とは、エルフィフの母上が亡くなってからほとんどやりとりがないんだ。爵位はエルフィフの弟が継いで、彼がエルフィフを通じて我が家に経済的助力を申し込んでくるかと思っていたんだが、エルフィフが仲介を拒んだらしくて、接触は全くない」
「そうなの……」
経済面で借りを重ねることを、母のプライドが許さなかったのだろうか。
母のぎこちないクラヴサンの音色が耳の奥で響く。アリスは固く目を閉じて、その音を断ち切った。




