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王太子シュメオンの急襲③


 ユースティア王女とアンジェイを控え室の外に出し、その扉を閉じると、アリスは右手の人差し指の指輪を外して、シュメオン王太子の方に向き直った。アリスの銀朱の髪が銀色に、灰紫の瞳が紫色に変わる。振り返るなり、アリスは王太子に問うた。

「シュメオン・ドゥ・シュタウヴェン。あなたがあなたの命以上に大切だと思う人は誰?」

 彼のように、恵まれた境遇に生まれ、才能にも容姿にも恵まれ、プライドの高いエゴイストの答えは「自分だけ」か「誰もいない」だろう。となれば、彼の心を操るために、彼が殺したいほど憎んでいる人間を探らなければならない。

 そうなることを予想し、重い気持ちで問うたアリスへの王太子の答えは、

「ユースティア」

 だった。

 その返答は、完全にアリスの虚を突いた。

 たった今、肉親への愛情などかけらも持ち合わせていないような冷たい理屈で、妹の心をいたぶっていたシュメオン王太子の『自分の命以上に大切な人』がユースティア王女だとは。

「あ……え……と、そう、なの?」

「僕は、ユースティアの幸せだけは、命に代えても守る」

 三重天寵の力の下では、誰も嘘はつけないはず。

 アリスは、指輪をはめ直すのも忘れて、椅子に身を投げた。



「あ……あの、アンジェイ。兄がひどいことを言って、ごめんなさい」

 国王夫妻の謁見はそろそろ終わりかけているらしい。調度清掃管理の担当者が廊下に並べられた休憩用の椅子の点検を始めていた。

 長い廊下を先導するアンジェイの背中に、ユースティア王女が蚊が鳴くように小さな声で謝罪してきた。

「いえ」

「アンジェイがあんな目――あんな顔をするのを初めて見たので、私、驚いてしまって……」

「――」

「驚きはしたけど、でも、意外ではなかったの。私、アンジェイがアリスに恋していることは知ってた――そんなこと、宮廷中のみんなが知ってることだもの。知らないのはアリスだけだわ」

「――」

「あ、でも、アンジェイがいつも無愛想なお顔でいるのは正解だと思ったわ。人前では、あんな目はしない方がいい。若い令嬢や心臓が弱いご婦人方が勘違いして卒倒しちゃうから」

「以後、注意します」

「ええ、注意して。それとね、兄は根は優しい人なの。嫌ってもいいけど、憎まないで」

「……そのように心掛けます」

 謁見の間から、廊下に人が出てきた。

「ここまででいいわ」

 ユースティア王女がアンジェイに告げる。

 アンジェイはいつもの彼に戻っていた。



 シュメオン王太子の答えに、アリスは呆然としていた。てっきり傲慢で冷たい兄だと思っていたのに。

 だが、王太子の心を知ると、世界が違って見えてくる。

「そう……。あなたには、ユースティア様の心を惑わすアンジェイは、さぞかし目障りな存在だったのでしょうね」

 正義も優しさも愛情も、表現方法は人の数ほどある。そんなことにも思い至らずにいた自分に、アリスは少し腹が立った。


 シュメオン王太子を解放すると、ほとんど入れ替わりにアンジェイが控え室に戻ってきた。椅子に深く身を沈ませていたアリスに、アンジェイが上から尋ねてくる。

「どうした」

「自己嫌悪に陥っているところ」

「自己嫌悪? アリスにしては殊勝なことだ」

「好きに言って。――私、王太子がユースティア様に冷たすぎると思ったの」

「あれは愛情だろう」

「え」

 アンジェイは気付いていたのか。アリスが目で問うと、アンジェイは首を横に振った。

「あんな言い方をされても、王女殿下は兄を慕っていた。二人の間に情愛がないはずがない」

「そう……そうね。人の心は、外からはわからないものだわ」

「誰でもそうだろう」

「アンジェイも?」と反射的に言ってしまいそうになったアリスは、だが、その直前で言葉を喉の奥に押しやった。


『アンジェイは君の生涯の友で、恋人ではない。僕はね、アリス。アンジェイもそう思っているんだろうかと、極めてささやかな疑問を抱いただけだよ』

 シュメオン王太子の声が、ふいにアリスの胸の中に蘇ってきた。



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