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8話 声の仕事

 ファイナルライブの情報が公式ホームページに載せられ、各メディアにも流された。エゴサすると嘲笑的な意見が目立つ。無謀だ、身の程知らず。ありえないほどスカスカな会場になるだろう……と笑いものにされていた。

 公式アカウントにはファンのみんなからの祝福が寄せられたが、不安も見て取れる。それでも時は待ってくれない。今やれることをやるしかない。


 今日は久しぶりにアニメの収録に向かった。アフレコブースの前方中央には複数のモニターとマイク。それらを囲むように長いソファーがあり、入れ替わり立ち代わりでマイクの前に立つ。現場に行くと、やっぱり諦めたくないという思いが濃くなる。


 高校生の恋愛もので全十三話のアニメ。今日は第五話の収録だ。

 平凡な主人公・颯太が、学園一の美少女・瑠璃に告白されて付き合うところから物語は始まる。颯太の希望で交際は周囲に隠すことに。自分なんかじゃ瑠璃に釣り合わない。付き合っているとバレたら彼女が馬鹿にされるんじゃないか。それを理由にしているが、本当は自分が貶されたくないだけだった。内緒で仲を深める二人だが、サブヒロインの明美が勘付き始める。瑠璃にお似合いだと評されるクラスのイケメンくんも変化を察知する。主要人物はこの四人。思春期の男女がすれ違いときに傷つけ合い、本物の愛を見つけるストーリー。


 私は明美役でオーディションを受けていた。颯太と同じ小学校でもあった明美は、当時彼との仲を噂されて舞い上がっていた。ところが、幼き恋心は颯太本人によって砕かれてしまう。クラスメイトの前で「好きでもなんでもない」と言われて以来、距離を置いていた。高校で再会しぎこちない会話を交わす。あの発言について「恥ずかしくて弾みで言ってしまった」と謝られ、わだかまりも解けて。今度こそあわよくば……。淡い望みは瑠璃の登場により散った。


 メインキャストの選考に落ちた私は、不定期出演の端役で拾われた。明美の友人と名無しモブを何役か。今回の役は友人とアクセサリーショップの店員。


「『ねえ加奈子。矢地くんと桜場さん、付き合っていると思う?』」

「『矢地って、二組の矢地颯太? ないない』」 

 私の台詞の後でマイクに安堵の息が乗る。隣にいるのは私と役を競って勝利した相手。

「『桜場さんとか高嶺の花じゃん。それに比べ矢地は普通……ってか地味寄りだし』」

「『……うん。二人、接点なさそうだもんね』」

「『なに明美。矢地のこと気になるの?』」

 友人の好きな人を馬鹿にしてしまった可能性。でもだとしたら、なんであいつを? と湧く疑問。どちらの感情も込めて声にする。

「『まさか。噂を聞いたから不思議に思っただけ』」

 内心ちょっと怒っているが、表に出さず軽く流す。上手いな……私にはできない。尊敬と悔しさが入り混じる。せめて少しでも吸収したい。


 アフレコはまずテストとして一回通す。ガラス越しの調整室から具体的な指示や指摘があり、その後に本番を録る。そして問題のあるシーンを録り直す。休憩を挟みながら続けて本番が終わった。ここからが録り直し作業。当然ながら出番が多いのは主人公とヒロイン。颯太と瑠璃のシーンを中心にリテイクが行われた。私の出番はAパートに一回、Bパートに一回。前者はリテイクなしだった。私がリテイクを出すことはほとんどない。台詞量が少ないから。メインキャストがダメ出しをされ、ディレクションに応える様子は勉強になるが、何も言われないむなしさもある。そこにいるのに存在していないようで。


 難航しているのは終盤の場面。瑠璃が交際一ヶ月記念におそろいのアクセリーを買おうと提案する。颯太は瑠璃を喜ばせるために了承するが、本当は買いたくなかった。周囲にバレる証拠になりかねない。おそろいの物を身に着ける度胸もなかった。

 ショッピングモール内のアクセサリーショップに入る。そこで対応する店員が私だ。

「『すみません。このペアネックレスのシルバーはありますか?』」

「『申し訳ございません。ただいま在庫を切らしておりまして……。一週間ほどお時間をいただけましたらご用意できますが』」

「『瑠璃、どうする?』」

「『取り寄せてまではいいかな。来週だと記念日過ぎちゃうもん。他のも見てみようよ。今度は颯太が選んで』」

「『俺はセンスないし、選ぶのも時間がかかるから。瑠璃の好きにすればいい』」

「『……なんか、さっさと終わらせたいみたい』」

「『そんなことない。言い出したのは瑠璃なんだから、こだわりがあるだろ』」

『もう一度最初から。颯太はもっと焦って。今のはただ冷たいだけ』

 調整室から音響監督の指示が飛んでくる。箇所は違えど、毎回このあたりの颯太で止まる。テストのときから注意されていた。

「はいっ。すみません」


 颯太役の男性声優はこの中で最も新人だ。横から台本を見ると、細かい字でたくさん書き込みがしてあった。この場面で颯太は、向かいのショップにクラスのイケメンくん率いる集団を見つけてしまう。ただ一言「クラスメイトがいるから離れたい」と言えばいいだけなのにできない。瑠璃に彼を意識させてしまうのではないかと不安で。加えてちっぽけなプライドもあり口に出せない。長く店にいては気づかれる危険がある。颯太は焦りと不甲斐なさを感じているのに、瑠璃は冷たくされたと受け取る。そういうシーンだった。

 颯太は、言ってしまえばかなりウジウジした主人公だ。小学校時代にもその性格で明美を傷つけている。自分に自信が持てない彼には、「学園一の美少女の彼氏」という肩書きは荷が重い。自信をつけて、堂々と彼氏を名乗れるまでに成長する物語でもあった。

 私には少しこの気持ちがわかる。さすがにここまで卑屈ではないと思うけど。唯夏の隣はたまに窮屈だった。


 何度も録り直してようやく先に進めた。私は店員として、乗り気でない颯太の意見も聞き入れながら他のアクセサリーを提案する。まだイケメンくんの姿はある。気づかれてはいないが、今にもこちらを振り向きそうだ。

「『彼氏さんはシンプルなデザインがお好きなんですね。それでしたら、こちらはいかがでしょう?』」

 しまった。感情を入れすぎた。店員は彼らの内情を知るわけもない。何かあったとは察していても。今のは明らかに知りすぎている演技だった。が、何も言われない……?

「『……いいです。また別の機会にします。ご丁寧にしていただいたのにすみません』」

 ……あ。今の颯太は良かった。張りつめていた空気が一気にやわらぐ。

「『ちょっと、勝手になに言ってるの? さっきから冷たい。あたし何かした?』」

『カット。店員はもっと感情を抑えて』

「はい。気をつけます」

 調整室からの指示に答える。やっぱりか。颯太役はというと、何かをつかんだような顔でいた。

『颯太は今までで一番良かったから、その調子で』

「はい! ありがとうございます!」

 この場面をもう一度録り直した後は、問題という問題はなく進み。時間は押したものの無事に終わった。


 この現場は仕事が詰まっている人が多い。私以外はほとんどそうで、誰もがせわしなく動いて次の仕事に向かう。

「久しぶりに優香ちゃんと収録できて嬉しい。今日は本当に楽しかったよ」

 そんな中、明美役の詩織さんが話しかけてきた。違う事務所の先輩であり、他の作品で共演経験もある。主要キャラとモブの関係ではあるけど。結構付き合いのある人で、神奈川公演とファイナルライブにも来てくれる予定だ。

「私も詩織さんとご一緒できて光栄です」

 役同士は友人でも私の出番は限られている。二人は作中で描かれていないところでは一緒にいるのだろうけど、画面上での絡みは多くない。次に私が参加できるのは第九話。四話分も飛ぶ。

「優香ちゃんがいるとやりやすい。『いま私、上手くなっているんだな』と思えるんだよね。だから優香ちゃんには毎回いてほしいよ」

 褒められているにしては引っかかる表現だった。どう受け取ればいいのやら。けど、後半は素直に飲み込めた。次回はメインキャストとして共演したいと言われているようで嬉しい。彼女に負けたからモブになったのだけど、それは関係なく。


「ありがとうございます。毎回ご一緒できるように頑張ります」

「お互い頑張ろう。ライブの練習も頑張れ。……実は今、優香ちゃんたちを応援する方法を考えていてね。近々お知らせするから」

 詩織さんはもったいぶるように言う。なんだろうと気になったけど、準備ができるまで待つことにした。

「わざわざありがとうございます。待っています」

「私もライブ楽しみにしてるよ! それじゃあ」

 彼女はポンと私の背中を叩き、風のように次の現場へと駆けていった。


 詩織さんは芸歴十年目の二十九歳。私より四年先輩で六歳年上。遅咲きで、名前が知られ始めたのは七年目の二十六歳の頃だった。誰が何年目の何歳で軌道に乗ったかは、売れてないがゆえに気にしてしまう。この人が売れた芸歴と年齢にはまだ達していないから大丈夫……というふうに。四月で私は七年目の二十四歳になる。当時の詩織さんと比べて「まだ達していない」と安心できるのは年齢だけ。


 私には次の仕事がない代わりに用事があった。事務所にファンレターを取りにいく。解散発表後に受け取るのはこれが初めてになる。このスタジオと事務所が近いからついでに寄るつもり。

「宮井さん」

 帰ろうとすると、渋い声の中年男性——音響監督に呼ばれた。何かしたかと心当たりを探すも見つからない。他のスタッフさんが去った調整室にそっと足を踏み入れた。

「余計なお世話だったら聞き流してくれて構わないが」

 緊張をゆるめるような前置きをされた。

「宮井さんは使いやすいよ。クセがなくて柔軟で、作品に馴染む。そして周囲に良い影響を与えている」

 いきなりの褒め言葉にいまいち意図が汲み取れない。ミスをして落ち込んでいるわけでもなく……いや、落ち込んでいると思われているのか。なにしろ今日は解散発表後初めての現場。引退を悩んでいるのではと心配されていても不思議ではない。とすると、何を言われても手放しで喜べないな。


「周囲にいい影響を与えるとは、どのような意味ですか?」

 クセがない、柔軟などは地味で目立たないを感じ良く言い換えただけだろう。私の声は高いと言うには低く、低いと言うには高い。聴いてすぐにわかるような特徴はないと、デビューしてから薄々は自覚していた。嫌というほどに理解したのは唯夏が売れた頃。

「共演者にいい演技を引き出させる。呼吸や間の取り方を自然に合わせられる。初対面の相手でもな。宮井さんと出会って結構経つが、ここ最近は随分とその能力が上がっている」

「そうでしょうか」

 じゃあなんでモブを脱せないのか。疑問は口にせずとも伝わったらしい。

「気づかれにくいのが難点だな。共演者で気づける人も今の段階では多くないだろう。川里さんは身をもって知ったようだが」

 するりと詩織さんの名前を出して、彼は続ける。そのせいでオーディションでも損をしがちだ。掛け合いのある審査で相手役にいい演技をさせておいて、自分は落ちる場合がある。

「本当に私の影響なら、私も合格させる必要があるんじゃないですか?」

「選考側も相手の良さに目がいって見落としているか、気づいていてあえて他の人を選んでいるケースもある」

「といいますと?」

「相手の良さを引き出したのが宮井さんだとしても、良い演技をしたのはその相手で、それだけのポテンシャルがある。採用してから鍛え上げれば同じだけの力が出せるだろうから、宮井さんの受けた役は別の人でも……と思われ、落とされた作品もこれまでにあったはずだ」

 事実だとすれば馬鹿みたいな話だ。敵に塩を送っただけ。自分が選ばれなければ意味がないのに。


「私はどうしたら選ばれますか?」

「いっそのこと、オーディションに参加する全員の魅力を引き出すつもりで挑めばいい。あの人もこの人も、自分が良さを出してあげている、自分がいなければ相手は力を出せないと、選考側や当事者にはっきり主張するように。そこまでできれば作品に必要な人間だと判断される」

「……それは私が選ばれたことになるんですか? 私が演じた役が選ばれたと言っていいのでしょうか」

 周りにひたすら尽くした結果、選ばれたとしても。私単体では価値がないと言われているみたいだ。

「共演者にいい影響を与え、尽くせる人なら役にも同じことができる。作中に溶け込む力はあるから、役に尽くし寄り添うことをより心がければ、現場と役に求められる声優になれるはずだ」

「……はい。精進します」

 なんだか釈然としない。詩織さんの言葉と相まって、どう消化すればいいのか迷う。


 私がいると演じやすいとみんなからは言われる。特に唯夏からは。でも鵜呑みにはできない。仲間なのだから当たり前だ。メンバーフィルターがかかっていて、唯夏にはさらに相方フィルターもかかっている。私だってみんなとがやりやすい。だから「毎回いてほしい」と外で言われるのは嬉しい。身内贔屓なしで評価されているようで。しかしさっきの会話を踏まえたら、踏み台や引き立て役のようなマイナスの意味にも解釈できる。私が明美をやりたかった。そばで引き立てる役じゃなくて。……でも明美は詩織さんじゃないとダメ。そうとしか思えないから、負けたんだ、負けているんだと……まざまざと思い知らされる。


 音響監督は励まそうとしてくれていたのに、しょせんモブがお似合いなのだと言われた気分にもなった。そのモブですら貴重な仕事だと理解している。この作品を合わせて三作モブの仕事があるけれど、解散するまでには出番が終わってしまう。


 事務所に着き、内勤中のマネージャーからファンレターを受け取ろうとすると、電話中だった。話し声やキーボードのタイプ音が飛び交う中で、マネージャーの話し声に耳を傾ける。嬉しい報告を受けているらしい。……もしかしてオーディションの結果が出た? 


「スケジュールが詰まっておりまして——」

 その一言で私の話じゃないと悟る。日程調節に苦労しているようだった。私ならどこに予定を入れられてもいい。迷惑がかかるとしたらバイト先だけ。マネージャーの手元、メモ帳と手帳に視線を移す。——これ、唯夏への作品オファーだ。

 ぎゅっと胸が締め付けられる。……私もまだ結果は知らされていない。もしかしたら今度こそは受かっているかもしれない。


 スケジュールは本人と相談して折り返すと話がまとまったらしい。

「待たせて悪かった。はい、ファンレター」

 手紙の入った紙袋を渡されて、

「それからオーディションの件だが……今日、どちらも不合格の連絡が入った」

 ……希望は潰えた。

「そうですか」

「惜しかった、合格者と競り合っていたと伝えられたよ」

 選ばれなければなんの意味もない。合格者の中には私が良さを引き出した相手もいたのだろうか。スマホゲームはひとりでの演技だったが、アニメには掛け合い審査があった。


「アニメの方、端役でのお話は来ていませんか?」

「端役は新人に任せる方針で、残念ながら……」

 六年目の私はもう新人とは呼べない。長く結果を出せていない私より、可能性を持つ新人に振りたいというのは当然で。

「わかりました。ありがとうございます。失礼します」


 逃げるように廊下を歩く。誰にも見つかりたくなくて早足になった。……また唯夏。どうして。誰かが落ちて誰かが受かる。当たり前の話。

 メンバー同士でも同じ作品を受けたり、同じ役を争ったりする。それ以前に、オーディション枠を常に奪い合っている関係だ。事務所に来たオーディションは、募集要項に基づき誰が受けるべきか選別される。唯夏だけ受けられて、受かるなんてよくあること。落ちた二つのオーディションは唯夏とは関係なかった。それなのに今回は上手く割り切れない。


 唯夏にこのタイミングでオファーが来たのは解散するからだろう。唯夏を使いたい作品は数知れない。起用する側からすればユニットの存在は邪魔だ。解散すれば空いたスケジュールを狙える。ライブと作品イベントのバッティングもなくなる。

 やっぱり足枷だったじゃん。解散後の広い世界でより多くの役が唯夏を待っている。解散したら私には何もなくなるのに。解散という現実がもたらすものが丸きり違う。まるで天国と地獄。あまりに近くにいる唯夏が——あまりに高い位置にいる。どうしてオファーをもらえるような人が相方なんだろう。……そうじゃない。なんで相方なのに遠くへ行ったの。なんで私は一緒に行けなかったの。


「優香?」

 一番会いたくないときに会ってしまった。出入口の近くで入ってきた唯夏とばったり。

「どうしたの? こんなに急いで」

「ちょっとね」

 どうしても気持ちのやり場がなくて——

「オーディション、どっちも落ちてた。スマホゲームとアニメ」

 口に出してしまった。唯夏は気落ちしたような表情を見せ、

「そっか。でもまた次があるよ。スマホゲームは追加キャラも多いから、近いうちにまたオーディションあるかもだよ」

 けれども前を向かせようとしてきた。

「……そうかな」

「そうだよ」

 次っていつ。唯夏はすぐ、明日にでもチャンスが来るだろうけど。私は何ヶ月後になるか……あるかどうかもわからない。収まりがつかなくてどうしようもなかった。


「唯夏は……作品オファーが来てたよ」

「え、本当?」

「マネージャーが電話で話してるの聞いた。おめでとう」

 こんなの当てつけだ。作り笑顔を盾に、私は傷ついてるんだって……鬱憤をぶつけた。マネージャーからされるべき喜ばしい報告を台無しにして。

 唯夏は真剣な顔で、何か考えるような素振りを見せた。オファーとなると大役を任される重圧があるんだろうか。私にはわからないけど。


「うん、ありがと。頑張らないと。お互い頑張ろう」

「……うん」

「オファーが来たってことは、同じ作品のオーディションも来るよね」

 ……何を言いたいのかはわかる。全ての役をオファーで決める作品はあまりない。たいていはオファーを出した声優の事務所からオーディション枠を設ける。唯夏も先輩のオファーからオーディションが来て役をつかんだ経験がある。

「どうだろう。来るかな」

「きっとあるよ。そのへんも聞いてみるね」

 チャンスだよ、みたいに言われても。オファーの件を持ち出したのは私だけど、どうしてうつむくことも許してくれないんだろう。唯夏のせいで苦しんでるの、わかってよ。紗英だったら放っておいてくれる。この間オーディションに受かったようだけど、私の状況を鑑みてそっとしておいてくれた。そしていい頃合いで声をかけてくれた。


「もう行きなよ。用事あったんでしょ?」

「ん。じゃあまたね」

 私とは逆方向に歩いていく唯夏。マフラーを外した首元から光るものがちらりと覗いた。アクアマリンのネックレス。唯夏はよくつけている。いつでもみんなを感じていたいからと。私は初期こそよく使っていたけど、みんなとの大事なときにしかつけなくなった。いつでも身に着けていると、外の仕事に繋がらない気がしたから。

 遠ざかっていく背中を見る。そのネックレスつけてオファーの話受けにいくの? ……外して。それは私の宝石なんだよ。



 家に帰ってもファンレターを開けられなかった。こんな気持ちで読みたくない。部屋の隅に置いて手をつけようとしなかった。

 代わりにオーディション原稿と資料をテーブルに広げる。どこがダメだったのか、どう生かせばいいのか。考えようとして手が止まる。生かすもなにも次なんてもう。……辞めたくない。諦めたくない。


 本当は落ちていたのなんてわかっていたけど。十二月中に連絡すると言われた。世間はもう正月休みに入ろうとしている。期日ギリギリに合格の連絡が来るわけない。どちらも発表までの期間がかなり長めに取られているオーディションだった。なおさらありえない。これが「合格者にのみ連絡」の形式だったら、とっくに諦めている時期だった。

 それでも信じ込もうとした。すがっていた希望を失ったからこそ、続けたいと渇望する。ならどうしたら。亜希と芽衣はこの感覚と戦っていたんだ。そして決断できたということは勝ったということ。


 私……私は。引退を選べない。だけど、唯夏のことを思うと立ち上がれなくなる。相方なんでしょう? そばにいて。置いていかないで。これ以上遠くへ行かないで——ああ、でも。唯夏はさらに高く遠い場所へ行ける、行くべき声優なんだ。どうしてまた唯夏なのかって、そんなのわかりきっている。唯夏を選ばない世界があったなら、世界の方がおかしい。


 明後日には亜希と芽衣の引退を打ち明けるのに、何をやっているんだろう。仲間のために説得できるだろうか。……無理かもしれない。醜い感情に溺れる私には。


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