7話 宝石の夢 愛知公演
朝は唯夏からのモーニングコールで起こされ。地元から見にきてくれる友達からも応援のメッセージが届いていた。
天気は曇り。アラレに近い雪がちらついていたが、開場する午後五時までにはやんだ。
今日の会場は市民会館の大ホール。前方に飛び出した二階席が特徴的だ。キャパは約千六百。めでたく完売した。
当日リハで最終確認をし、全てを整えてステージに立つ。その前に私と唯夏にはやることがあった。舞台袖でマイクと台本を構える。唯夏が大きく息を吸った。
「本日は、ライブタイトル『宝石の夢』愛知公演にお越しいただきまして、誠にありがとうございます」
幕の向こうで歓声が聞こえる。影ナレでは声だけを届けて、こちらも声だけを受け取る。ああ始まるんだと感じるこの瞬間が好き。次は私だ。
「開演に先立ちまして、ご来場の皆様にご案内申し上げます」
館内は禁煙。撮影、録音は禁止。諸注意を述べて開演までお待ちくださいと結んだ。この役目は神奈川公演では紗英たちに託される。そしてファイナルライブでは影ナレをやらない。
開演前の一仕事を終えたらステージへ。紗幕と呼ばれる白い幕に照明と私たちの影が映る。幕越しには薄くお客さんが見えた。みんなで目を合わせると、一曲目のイントロが流れ始めて——幕が落とされた。初タイアップ作のオープニング曲から始まる。日常系アニメの主題歌らしい明るく前向きな曲。解散発表後の一曲目だからこそ、元気づける歌詞でファンのみんなを安心させたかった。
二階席まで広く見渡す。カラフルな色が私たちを照らしてくれる。水色のペンライトを振る人に視線を送った。
声優としての差は歴然な私たちだけど、ペンライトの色は均等だ。マフラータオルなどのグッズを色別に販売しても差は出ない。
今日は白を振っている人も多い。ユニットモチーフの宝石はダイヤモンド。本来ならユニットカラーは透明だけど、ペンライトでは再現が難しいから白とされていた。
続く二曲目がポップなテイストだったのに対し、三曲目はEDM系のクールな曲。かわいさに振り切った衣装とのギャップを見せていく。シングルジャケットにもなったバレエの村娘風の衣装。ボリュームのあるスカートを揺らし、キャメルのブーツでステップを踏む。
曲が終わって暗転する間に、フォーメーションの位置から横一列に並び直した。ステージ上が明るくなる。
「みなさーん、こんばんはー! 私たち、ジュエリーピースです!」
歓声とともにペンライトが揺れ、応えるように手を振った。
下手端の亜希が「はーい」と手を挙げる。
「トパーズ担当の長浜亜希です。みなさん、盛り上がってますかー?」
ペンライトがオレンジ色に染まった。亜希の低めで落ち着きのある声からMCが始まる。高身長でスタイルのいい亜希が初めに挨拶すると場が華やぐ。
「ライブタイトルである宝石の夢にちなんで、みなさんに夢のような時間を過ごしてもらえるように、最高の歌とダンスを届けます。私たちの夢を受け取ってください!」
続いて上手端の芽衣。ちらほらとペンライトが緑になり始めて、芽衣が一歩前に出る瞬間には全て変わった。私たちには自己紹介的なコール&レスポンスがないから、比較的早いペースで進む。それによって色替えも忙しいだろうに、ファンのみんなは合わせてくれる。
「ペリドット担当の牧原芽衣です。今日は唯夏の出身地でもある愛知県に来ることができて幸せです。始まったばかりですが、さっそくみなさんの声援に元気をもらいました。私からもたくさんお返しさせてください」
甘くやわらかい声には愛と感謝が込められていた。ちっちゃくてかわいい芽衣がその身に背負っているものを私は知っている。今はそれを感じさせない癒しのオーラを放っていた。
順番はまた下手の方へ。いつもの並び順は、両端に亜希と芽衣、真ん中の紗英を挟んで下手に唯夏、上手に私。会場はピンク色になった。
「モルガナイト担当の宮瀬唯夏です! みんな、愛知へようこそ~!」
軽くて高い、ダイヤモンドのような透明度のある声。キラキラした瞳は二階席の奥まで愛を届ける。唯夏はいつでもプラスの感情を何倍にも増やして伝えてくれる。ステージ上で真っ先に泣き出すのも唯夏だけれど。
「みんなにはたくさん愛知を堪能してほしいです。地元民の方はお久しぶりですね。お待たせした分、今までで最高のライブにしてみせます。最高に楽しんでいってください!」
ペンライトはピンクから水色に変わり始めた。マイクをぎゅっと握り直す。
「アクアマリン担当、宮井優香です。今日は私たちに会いにきてくれてありがとうございます!」
水色の光が視界いっぱいに広がった。この景色にいつだって勇気や元気をもらっている。
「相方の出身地、そして主題歌を歌わせてもらった作品の舞台の地で、みなさんと時間を共有できることが本当に嬉しいです。限りあるときを大切に一瞬一瞬を噛み締めて、素敵な思い出を作りましょう。本日はよろしくお願いします」
お客さんがざわつくのを感じた。いつもであればなんてことのない挨拶でも、解散を控えた状況下ではデリケートな単語が入っている。序盤は……さらに大きく言えばこの公演は、あまり湿っぽい空気にはさせない。少なくともMC中は。なんといっても今日はファイナルライブの発表もするのだから。私までの三人はあえて解散に関する発言を避けてきた。ここの挨拶で解散に触れるのは紗英だけと決めている。その繋ぎとして、私は間接的に解散を語った。
赤く染まった会場。踏み出す紗英の背中を見守る。
「ガーネット担当、リーダーの内村紗英です。一曲目からみなさんの強い熱量を感じて。私たちもみなさんの熱に負けないように、もっとパフォーマンスで魅せたいと思います!」
高くて安定感と芯のある声。紗英は歌が一番上手い。その歌声は私たちの核となるものだ。盛り上げながらも続く言葉で少しトーンを落とす。
「……そして。大切なお知らせから約一ヶ月が経ちました」
客席から鼻をすする音が聞こえた。私たちもお客さんも受け止めなければならない現実。
「急な発表で、寂しい思いや悲しい思いをさせてしまったと思います。ごめんなさい。私たちは全力で駆け抜けていきますので、どうか最後の瞬間までよろしくお願いします」
お辞儀から顔を上げると拍手に包まれた。お客さんの表情のひとつひとつを受け止めて、みんなとも目を合わせる。
「さて、せっかくだし唯夏からおすすめのご当地グルメでも聞こうかな?」
亜希が話を振ると、唯夏はくしゃっと笑って答える。
「愛知でライブするたび言ってる気がするけど、喫茶店には絶対行ってほしい! 特にここ一宮には老舗の喫茶店がいっぱいあるから。えっとね……」
モーニングやパンケーキから始まり、ひつまぶしに味噌煮込みうどん、手羽先。食べ物や名物の話からすっかり通常通りのMCになっていく。地方公演らしくその地域の色に染まった。
MC後、数曲歌った後に衣装チェンジした。初披露の未熟シンデレラ。お客さんは椅子の演出に驚いてくれた。みんな同じ衣装だったさっきまでとは違い、今度はそれぞれのカラーを纏う。裾の長いドレス風のワンピース。私と唯夏は水玉模様なのに対し、紗英、亜希、芽衣はストライプ柄。この長いスカート丈で椅子を移動させながら踊るのは、レッスン中こそ苦労した。今は軽々と舞うように踊る。この衣装を見せられる曲がこれだけなのは残念だ。
ポーズを決めて曲が終わると、ストライプ柄の紗英たちはステージが暗いうちに去る。私と唯夏は、椅子の背もたれについているマイクポケットにマイクを入れ、ワンピースのフロントボタンを外して脱いだ。中に着ているのは、メンバーカラーと黒のバランスがいいシックな衣装。脱いだ衣装は椅子にかけ、マイクを持ち直す。椅子はすぐに撤収された。
イントロが流れて照明がつく。どよめきが起こった。早着替えに対してもそうだけど、ここで最初の二人曲、淡恋が来たことへの反応に見える。冬に歌う真夏のラブソング。唯夏と二人きりで歌い踊るのもこれが最後だ。どんどん最後のものが増えていく。神奈川公演でここのセットリストはソロ曲に変わる。ファイナルライブは全て全員曲がいいという意見が通った。最初から最後まで五人揃ってステージに立ちたいから。
ここだけは二人のステージ。動きを揃えて、そのために何度もマイクを持ち替えて。目は合わせようとしなくてもよく合う。全神経を歌とダンスに集中させているけれど、ほんの少しだけ隠し事をしていることがよぎった。唯夏と二人だから? サビで指切りをする振り付けが約束を連想させるから? ……余計な思惑は笑顔でかき消した。
淡恋はハモリが多い。一番と二番で高低パートを入れ替えたり、どちらかがコーラスに回ったり。二番のサビでは同時に違う歌詞を歌うパートもある。そこで唯夏がうっかり私のパートを歌ってしまった。それをパートの入りの時点で気づいて、私は唯夏のパートを歌った。元からそうするつもりだったかのように違和感なく。アイコンタクトでありがとうと告げられる。客席は変わらず盛り上がり、むしろ突然のパート交換に沸き立っていた。
手を繋ぐ振り付けで曲が終わり、繋いだままステージ裏へ。入れ替わりで三人が表に立つ。
「ほんとにごめん。ありがとう!」
「唯夏も、信じて私のパートを歌い続けてくれて助かったよ」
「優香、合わせてくれるんだなって思ったから」
どちらかが迷っていたら今のは実現できなかった。あの一瞬で通じ合えたことに対して、スタッフさんも安堵と感心の声をかけてくれた。
唯夏と並んでパイプ椅子に座り、舞台裏のモニターからステージを見ていた。紗英の力強く真っすぐな歌声、芽衣の世界観に入り込む表情管理と仕草。とりわけ今日は亜希のダンスに目を引かれた。亜希は幼少期からバレエを習っていただけあって、体幹が強い。手足が長いから動きもよく映える。
「亜希のことじっと見てるね」
「今日もいい動きしてるなと思って」
「当然。私たちのダンスの先生みたいなものだもん」
と、なぜか唯夏が自慢げだ。
ダンスに関して亜希から受けた影響は大きい。私は一応、二年間ほど歌の教室とダンススクールに通っていた。デビューが確約されている声優オーディションには、歌とダンス必須の場合がほとんどだったから。歌はともかく踊りの必要性は疑問だった。ただの素人をデビューさせるためには、プラスアルファの魅力が必要なのだと自分を納得させた。声優になるためのいち手段でしかなかったダンスを好きになれたのは亜希のおかげ。唯夏ともあれだけ動きを揃えられるまでに成長できた。
三人曲を経てまたステージに上がる。残りのタイアップ曲にそれぞれのカップリング曲、非タイアップ曲も明るい系統のものを選んで取り入れた。
ファンのみんなを元気づける。それが今日のコンセプト。しかし一部反する曲があった。解散組曲だ。
ライブ本編最後のMCで、一月にアルバムが出ることに触れた。これは前もって告知してある。詳細は今日発表という形で。
「アルバムに収録される新曲を歌います」と紗英が曲振りした。
私たちがジュエリーピースになり、酷評の荒波の中で見つけてくれたファンを愛し、解散決定で思い悩み……笑顔で旅立つ。起承転結の四曲。特に承転の部分は他のどんなユニットにも歌えない。多くの人の注目を受けてデビューし、大バッシングを受けた私たちにしか歌えない曲。絶望と痛みを感じさせるのに、どこまでも美しくて——今にも壊れそうで繊細な世界。三曲目の私たちのProveで、世界観に沿い感情を消して歌う唯夏が怖くもあった。いつでも感情をこれでもかというくらいに出す唯夏。初めて見る機械的な歌い方に、お客さんも息を飲んでいた。紗英は強がり、亜希は鋭く。芽衣は慰めるように、私は不安げに歌う。進むにつれて前向きな感情を取り戻し、決意に変えていく。ペンライトを振るのも忘れて、ただただ見入っている人を何人も見つけた。
四曲目のEndless Jewelry Worldで優しく別れを歌う。今までの要素を取り込んだ振り付けに反応の声が上がった。しかしまだ起承転まで飲み込めていなくて、感情が迷子になっている人もいるようだ。発売されるアルバムで何度も聴いて、あなたなりに解釈してくださいね。気持ちを表情に込めた。
大きな拍手を浴びながら舞台袖に捌けた。本編はここまで。
白いライブTシャツと各カラーのチュールスカートに着替え、アンコールの準備をする。アンコールはどこもそうだろうけど織り込み済みで。たまに傲慢だと思う。するべき告知や発表、最後の挨拶もアンコールの内容に入っている。呼んでもらえる前提の構成。求めてもらえなければ、ライブは不完全なまま終わってしまう。伝えたいことを伝えられないままで。……だからアンコールの声を聞くとものすごく安心する。
アンコール一発目の曲名は「Daily Heroine」という。アカペラから始まり、オルゴールの音、ドラムにピアノの音と、静かな入りからゆっくりと盛り上がっていく。
曲が始まった瞬間、ペンライトの色に迷っている人が多かった。それもそのはず。この曲の立ち位置は特殊だから。私たちにしては珍しい、初期リリースでもないのにセンター固定の曲。入りのアカペラとサビの目立つ箇所はCDでは全員パートだけど、ライブだとセンターが担当する。そのセンターが公演ごとに変わるのだ。ツアーで全国を回るとき、出身地か出身地に近いメンバーが担当していた。
唯夏の歌声から始まったことで「愛知だから唯夏か」と思わせておいて、アカペラパートの途中で私に切り変わり、でも今センターに立っているのは紗英だしで、これはびっくりするだろうなと思っていた。
日替わりセンター固定曲をあえて崩す。センター用歌唱パートも割り振って披露する。フォーメーションダンスもしない。代わりに何をするのかというと……。
「みんなのところに行くよー!」
亜希がステージの階段を下っていった。タイミングをずらして後に続く。ダンスはなしで、客席を縦横無尽に駆け巡りながら手振りだけで魅せる。
ライブハウスだと狭くて移動スペースが取れないが、ホールならゆったりめの通路がある。座席の列と列の間を縫って、より近くで歌えるというわけ。私と唯夏は二階席にも顔を出した。至近距離でファンのみんなと目と目を合わせ、笑顔に応えて、たくさん寄り道しながらステージへ戻っていく。
この曲を歌っていると、ツアーの各地で披露したときのことを思い出す。まさに五人五色の曲で、各地でセンターを替えるごとに違った色を見せた。誰がセンターでもチケットの売れ行きは変わらない。この曲を歌ったツアーはリピーター率がかなり高く、「全員分のバージョンを回収したい」といったコンプリート欲が働いているのでは、とマネージャーが分析していた。そして今まさに「全員バージョン」とも呼べる披露の仕方をしている。ファンのみんなは私たち全員が好きで、その中でもこの子が好きだ、という感じで推しを決めているようだった。だからかさっきまで水色だった人が白を振っていたりする。水色のままでいいのにと思いながらも、悪い気はしない。唯夏なんて白の人に多くレスを送りがちだ。嬉しいのはわかるけど。
ステージ上で曲を終え、そのまま次の曲へ。Daily Heroineもこれも、解散組曲とは打って変わって明るい曲。でもやっぱりどこか寂しさが乗っかっている。お客さんの空気も同じだった。
「アンコールありがとうございます!」
紗英に続いて私たち四人もお礼とともに一礼する。
「Daily Heroine、びっくりした?」
唯夏の呼びかけに、お客さんはペンライトと歓声で応えてくれる。
「今回はステージで踊らずに、みなさんの近くに行かせてもらいました」
「こういう形で歌えるのはホールならではだね」
紗英の言葉に芽衣が続いた。芽衣は前から「いつか客席に降りて歌ってみたい」と言っていた。ライブハウスだと背の低い人は見えづらい。ステージとの距離は近くても、前方に高身長の人がいたら壁になる。それをよくわかっているから、正式に決まったときはとても喜んでいた。
「間近で一緒に歌ってくれる方もいて、一体感をめちゃくちゃ感じました。二階席に行った二人はどうだった?」
亜希が私と唯夏の方を見ながら尋ねる。
「私と唯夏が階段を上り始めて、一気にどよめいたよね」
「ね。みんな一階席だけだと思って油断してたでしょ?」
この会場は、一階席から直接二階席に上がれる作りになっている。二階席の両サイドはほぼ一階席のようなもので、そこから階段が伸びていた。その一段目に足を置くなり、感激と期待の声を聞いた。左右から階段を上ってきた私たちは、二階席の真ん中ですれ違って、逆方向に下りる。この会場だからできたこと。
話の中心はアンコールの二曲から、本編ラストを飾った解散組曲に移った。表では解散組曲とは呼ばずに「アルバムの新曲」と言う。発売前の曲だからそこまで掘り下げはしない。紗英の口から「解散の悲しみに寄り添う曲も歌いたい」とだけ語られた。
「先ほどもお知らせしましたが、改めて告知をさせてください。私たちの最後のアルバム『宝石の軌跡』が一月九日水曜日に発売となります」
紗英から順番に情報を伝える。収録曲や店舗特典を発表すると、合わせてステージ中央のスクリーンにも内容が表示された。六年間の集大成。これまでのMVもついてくる。さすがの大ボリュームにお客さんも圧倒されているようだった。……本当に圧倒されるのはこれから。
「それからもうひとつ。みなさんにお知らせがあります。こちらの映像をご覧ください」
紗英の振りで照明が落とされ、スクリーンだけが光った。デビュー曲のオルゴールアレンジが流れる。結成年が表示されて、そこから一年ずつ活動を振り返っていく。スタッフさんが作ってくれたファイナルライブ告知映像。鼓動が速くなる。幸せな報告であるのに怖い。私たちには贅沢な舞台だと知っているから……怖い。暗いステージで、私たちもスクリーンに注目しながら目で語り合う。大丈夫と強く訴えかける唯夏を見て、静かに呼吸を整えた。
映像は今年に追いつき、「ジュエリーピースを愛する、全ての人に届けたい」という文章に続いて——「ファイナルライブ開催決定!」と表示される。ペンライトが大きく揺れ、立ち上がっている人もいた。三月八日、金曜日のアリーナ会場。「宝石の奇跡」とタイトルも出た。発表された。私たちの最後のライブが。今日で一番大きな声が聞こえる。しかし間違いなく驚愕も混じっていた。隣の人と何か話している人も。もちろん感動が大きいだろう。また会える、ライブをやってくれる喜び。でもそれだけじゃなくて、心配や不安も感じさせてしまっている。私たちはその感情と向き合い、いい方向に変えていかなくてはならない。
「ファイナルライブの開催が三月八日金曜日に決定しました!」
紗英が発表内容を改めて読み上げる。その強い姿勢に、お客さんの戸惑いが少しだけ払われた気がした。
「みなさんの応援のおかげで、神奈川公演の後にもまたこんなに大きな会場でライブをすることができます」
亜希は最大の不安要素である「こんなに大きな会場」を堂々と言ってみせた。
「今日ここで嬉しいお知らせができて、私たちもとても嬉しいです。前からずっと伝えたかったので」
芽衣は嬉しい知らせであると強調することで、自分にも言い聞かせている感じがした。そう、おめでたい発表であるはずだ。怖さなんて表に出してはいけない。
「伝えたかった。早く発表したくてたまらなくって……待ち焦がれていました。私たちからみんなへ、ちょっと早いクリスマスプレゼントのつもりで持ってきました」
それぞれが不安を隠して振る舞う中で、唯夏だけが心から「早く言いたかった」とありのままの感情を見せている。
「みなさんの期待に応えられるような……いいえ、超えていけるライブにします。楽しみにしていてください!」
私も唯夏みたいに心からの言葉を届けようとした。……ただの強がりにも聞こえるけど、これから真実にする心づもりで。マイクを口元から外し、まとめ役を紗英に託した。
「一月には神奈川公演があり、二月には『早春アニソンフェス』の三日目に出演させていただきます。そして三月のファイナルライブと、年が明けても私たちはまだまだ走り続けます。みなさんも全力でついてきてください!」
最後にひとりずつ終わりの挨拶をして、アンコール三曲目へ。本当にラストの曲だ。
「それでは聴いてください。ハートドロップは——」
そこまで言って、マイクを客席に向ける。
「ジュエリーマジック!」
ファンのみんなは大きな声で続けてくれた。宝石のカケラのオープニング曲は、私たちのデビュー曲。静かに始まり、進むごとに明るさを弾けさせる。会場はさらなる盛り上がりを見せた。
帰りの飛行機で珍しく唯夏が眠っていた。移動中に寝るといえば私か芽衣だ。唯夏は寝ない組の中でも最後まで起きているのに。唯夏を挟んで座る私と芽衣は、今日は寝なかった。
「みんなで……。一緒に……や……」
かすかな声での寝言。前の列に座る紗英と亜希、後ろの列のマネージャーやスタッフさんたちには聞こえていなかったみたい。私と芽衣にはしっかり聞こえた。二人で顔を見合わせる。途切れた「や」が「約束」だったかどうかはわからない。しかしこの寝言は、先延ばしにしていた現実を突きつけてきた。私たちにはまだ深刻な問題が残っている。私自身についてもそう。解散まで今日でちょうど二ヶ月半。三月八日より先の……私の居場所。この業界にいられるかどうか。タイムリミットは刻一刻と迫っている。
芽衣はひじ掛けに乗る唯夏の左手に、そっと自分の手を添えた。唯夏の右手も同じ状態にあった。それどころか私のスペースまで侵入しつつある。だけど私は芽衣のようにはしなかった。そのまま放置して窓の外を見つめる。
唯夏の故郷から離れた飛行機。もうすぐ東京に着く。




