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4話 宝石のカケラ

 私はコールセンターでバイトしている。通販の受注や飲食店予約の受付を請け負う会社だ。バイト先で解散が知れ渡るまで多少の時間差があった。遅れて伝わっていき、私と会うと誰もがその話題を持ち出す。


「解散するんですって?」

 帰り際、中年女性から本日何度目かの台詞を聞いた。

「はい。解散へ向けての準備のため、繁忙期に出勤できずご迷惑をおかけします」

 十二月の忘年会シーズンから年末年始は忙しい。お正月に休むのは帰省のためだが、解散に関わる用事と言ってもあながち嘘ではない。解散がなければお正月は避けて帰省しただろうから。

「いいのよそんなこと。それよりも大丈夫なの?」

 メンタル的に大丈夫かという意味かと思いきや、

「これからどうするの? 社員登用の話でもされてる?」

 さらにシビアな問題だった。鞄を握る手に力が入る。決まったのは解散だけで引退の話はしていないのに。私と同年代の娘がいる人だから、親目線で心配してくれているんだろうけど。


「いえ、特には。登用対象は社員候補で採用された人たちですので、私には難しいかと思います。就職するなら別の職場で一からになるかと」

 コールセンターの正社員は管理職を任される。うちは他社の商品やサービスに関する電話を受けていた。自社でコールセンターを持っている会社よりも管理職の責任が重い。社員登用を視野に入れた採用は別枠で行っている。きっちりとした固定シフトで働ける人でないと採用されないし、業務内容も異なる。 

 私の本業は曲がりなりにも声優で、ここでは都合のいい働き方をしている。本業がダメになったから社員にしてくださいと訴えても、そうは問屋が卸さない。なにより……ダメになったとまだ思いたくなかった。

「そうかしら。世知辛いわねえ」

「社員になったら声優を続けられないでしょう」

 と言いながら、もうひとり女性が近づいてきた。紗英よりもいくつか年上の主婦が。

「彼氏に養ってもらえば? アイドル活動を終えた後なら結婚しても問題ないだろうし。声優業は気ままに続ければいいんじゃないの」

 偶然にも私が芽衣に言ったことと似ていた。……確かにあまりいい気はしない。気ままにというところが引っかかる。声優業を主婦のパートどころか習い事レベルにまで下げられた気がして。

「彼氏、いないんですよね。半年前に別れてそれっきり」

 大学でできた彼氏とは自然消滅してしまい。後になって新しい彼女ができたと人づてに聞いた。

「えー、そうなの? 誰か紹介しようか? でも宮井さんと釣り合う人いるかなあ」

「娘の友達に声優好きの人がいるから、今度会ってみない?」

「ありがたいお言葉ですが、お気持ちだけ受け取っておきます」


 善意なのはわかる。ここに入ったときから周りの人に見守られていた。声優がいると初めは珍しがられたが、声優業の振るわなさから気にかけてくれるようになり。たまにライブに来てくれる人もいた。でも声優としての私に期待している人はここにいるかわからない。解散後も声優活動を頑張れとは一度も言われなかった。ライブ行くよ、最後まで見届けるよと、優しい声援はもらったけれど。


 真っ直ぐ家に帰りたくなくて、よく行くブックカフェに寄り道した。本とコーヒーの匂いに包まれた、ほどよく騒がしい店内。隅の方の席でカフェモカを飲む。手のひらに感じる熱が気持ちいい。浮かぶホイップクリームをすくい上げると、ある会話が耳に入ってきた。

「今期アニメも終盤だけど、期待外れなやつが多かったなー」

「いや豊作だっただろ。お前は理想が高すぎる」

「お前のハードルが低いだけだ。観れるアニメの最低ライン言ってみ?」

「んー、宝石のカケラよりマシならなんでも」

「ほら。お前の基準が甘いんだよ」

 斜め前のテーブルからだ。二人の男性客がアニメ雑誌を片手に語り合っている。カフェモカの味に集中しようとしても気になってしまう。


 「宝石のカケラ」は私たちのデビュー作で、全十二話のアイドルアニメ。この作品は酷評の嵐にさらされた。大型プロジェクトとして注目されていたのが逆にあだとなり、非難と嘲笑の的になった。放送から五年が経とうとする今でも、ネットを覗けば「アニメ史に残る大失敗作」とか「二十年に一度の大爆死」とか……散々に言われている。


「そういえば解散するらしいな。ジュエリーピース」

「あー、知ってる。ようやく解散かと思うと清々しい」

「あのアニメが嫌いだからって、なにもそこまで言わなくても」

 批評を繰り返す男性を連れの男性がなだめる。「宝石のカケラよりマシならなんでも」と言っていたのに、さすがに悪いと思ったのだろうか。

「それもあるけどさ、あれは宮瀬唯夏の足枷じゃん。評判の悪いユニットにいるのもったいないだろ」

「当時は宮瀬唯夏のことも叩いてたのに?」

「いいんだよ、今は立派な声優だから。あと内村紗英にもちょっとだけ期待してる。残りは名前もあやふやだわ。宮瀬唯夏に名前が似たメンバーいたよな」


 もう聞いていられない。勝手に聞き耳を立てておいて被害者ぶる気はないけれど、だいぶ堪えた。

 彼らは私たちをどこまで知っているんだろう。アニメと漫画に詳しい平均的なオタクの人に見えた。だったら多分、唯夏に再び出会ったのは三年前。唯夏はひとつの作品をきっかけにブレイクした。ヒロインで出演したアニメの大ヒットから人気声優の道を駆け上がる。私もオーディションを受けていたアニメで。


 一躍名の売れた唯夏の目標は、「色んな作品で得たファンをジュエリーピースに連れて帰る」だった。私たちみんなのファンになってくれたらいいと。唯夏だけファンが増えて、ライブ会場が一面ピンク色で染まったとしても、唯夏は喜ばない。あくまで自分は入り口にすぎず、そこからみんなを好きになる。ところが現実は厳しかった。唯夏個人の人気はユニットの人気には繋がらない。それどころか「人気声優を拘束する足枷」だと捉えられてしまった。そのせいで唯夏は、私たちの中で最もエゴサを禁じられている。


 癒しを求めてカフェに寄ったはずがどっと疲れた。

 夕食の支度中にテレビを流し見る。音楽特集をやっていて、ちょうどアニソン関係の話題に移った。

『大人気アニメOur Stageから生まれたシャインブーケの皆さんが、先日ドーム公演を開催しました。結成からわずか三年。夢の舞台にたどり着いた彼女たちは——』

 ナレーションに合わせてライブ映像が映される。広いステージに立つ九人の女性アイドル。ドームいっぱいのペンライトが眩しい。


 アイドルアニメのキャストたちがキャラクターに扮してライブをするシャインブーケ。私たちとは似ているようで違う。私たちはアイドルアニメのユニットというよりアイドルアニメ発のユニット。劇中歌はキャラとして歌ったけど主題歌は自分として歌っているし、宝石のカケラに関係ない曲もたくさん出している。というかそっちの方が多い。何年か前までは他のアニメの主題歌になることもあった。いわゆるタイアップ作というやつ。まだキャストが決まっていない作品ならオーディションを受けさせてもらえた。

 アニメ再現が第一のシャインブーケと、アニメから始まり手を広げていった私たち。方向性が違うのに比べてしまう。彼女たちはアニメが評価され、ファーストライブから一万七千人も集めて。現在は六万人入るドームを満員にしてみせた。映画館での生中継もあったから、全国の劇場にもライブを見ているお客さんがいた。アニメのヒットがなかったら……ここに立てていただろうか。


 立て続けにモヤモヤする出来事が起きたから、じわじわと負の感情が湧いてきた。唯夏の転機となった作品もヒットしなければ。もしそうだとしても唯夏なら有名になっていた。わかってる。私は相方でみんなより唯夏に近い。だからなのかコンプレックスも抱いていた。ずっと隣にいたのに、いきなり遠い存在になったのも大きい。本人にその気は全くないけど、世間からの扱われ方はそうだ。

 他のアニメに先陣を切ってメイン出演したのは紗英だった。でも紗英に対してはこんな気持ちにならない。紗英は最年長のリーダーで宝石のカケラの主役でもある。主役だったからリーダーなのであって、最年長なのはたまたまだけど。とにかく唯夏とは違う。


 ハンバーグが焼き上がりフライパンの火を止めた。意識したわけではないけど唯夏の好物だ。食器を用意していると紗英から着信が入った。

『優香、いま大丈夫? ちょっと話があるんだけど』

「何かあったの?」

『亜希と芽衣の話を聞いてさ。唯夏に打ち明けるの、年内最後のレッスンの日がいいんじゃないかと話してて。優香はそれでもいい?』

 愛知公演の一週間後だ。公演後すぐでもない。いやでも、レッスン終わりで唯夏の予定が空いている日はここしかないのか。

「二人の希望なら反対はしないよ」

 タイミングがいつであろうとも、一筋縄ではいかない問題。大事な時期と被らせたくない、ライブにも影響させたくない。だけどその思いが隠し事の期間を長くする。

『唯夏にだけ隠しておくの、苦しいよね』

「それはみんなもだよ。私だけじゃない。ただひとつ聞いていい? 紗英は二人の引退をどう思った?」

『本音を言うと、引き留めたい気持ちもあったよ。でも二人が幸せになれる道なら尊重したい』

「そうだよね。私も同じ。二人のためにわがまま言うべきじゃない」

 唯夏はこうやって受け止められない。それが明白だからこそこそと話し合っている。

『仲間としては私と優香が模範解答でも、ファンの人からすればわがままを言いたいだろうね。解散だけでも受け入れがたいのに、引退までされたらショックでたまらないよ』

「それは……わかるけど」

『唯夏は私たちの一番のファンでもあるから』

「……結構厄介な立場だよね」

『うん、まあ……そこが愛らしいところでもあるんだけど』

「最近、姉通り越して親目線になってない?」

『え、そう?』

「そうだよ。唯夏に甘い」

私たちを特別に愛している唯夏は特別な存在。そんなのわかってる。

『優香のことも大切だよ』

「……知ってる」


 幼稚なことでムキになって、言わせたみたいで恥ずかしい。紗英は気にしていないようだけど、今のはなかったことにしたい。

 改めて四人で話し合う予定を立てて切った。放置していたハンバーグを綺麗に盛りつける。誰に食べてもらうわけでもないのに。

 唯夏、甘やかされてるなあ……。紗英の優しさに妬きながら、ここに唯夏がいてくれたらと思うなんて矛盾している。


 唯夏から「ご飯なに食べたー?」とどうでもいいメッセージが来た。ハンバーグと返せば「食べたかった」と返ってきて。たったそれだけのことに安心している私がいた。


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