3話 未熟シンデレラ
鏡張りの部屋でのダンスレッスン。カウントを取る手拍子と靴音が響く。歌は口ずさむ程度に、ハンドマイクを握っているつもりで踊る。
私たちの真ん中に立つ紗英はリーダーでありセンターとは違う。基本、楽曲におけるセンターは固定されていない。デビューしたての頃は名前を覚えてもらうため紗英がセンターにいる曲が多かったけど、あくまで最初期の話。一番、二番、間奏、落ちサビからラスサビと、曲中で何度もセンターが入れ替わる。 つまりフォーメーションチェンジがとても多い。自分が歌わないパートでも立ち位置を気にして、踊りながら次の隊形に移る準備をしなくてはならない。見ている側からはわからないほど自然にさりげなく。おなじみの曲では慣れたものだけど、新曲のフォーメーションはまだ微調整が必要だった。
「『ねえどうか私を選んで お願い』」
唯夏のソロである二番Bメロ最後のパート後、サビに入るタイミングで私がセンターになる。その間が難点だった。
「また椅子の位置がズレていますよ。二番頭からやり直し」
「はいっ」
ダンスの先生の指示で元の立ち位置に戻る。
初披露のうちの一曲「未熟シンデレラ」は小道具として椅子を使う。大人ひとりが座れる軽い椅子。二番から登場するこれの扱いが難しい。一番が終わり、二番が始まるまでにステージ端にある椅子を前方まで移動させる。二番Aメロからは横一列の状態で椅子に座り、ソロパートを歌うメンバーが交代で立っていく。Bメロからサビまでの間で、一列に並ぶ椅子を円陣に組み替えなければならない。振り付けの一部として華麗に。一脚を囲むように四脚で円を作り、私は真ん中の椅子の上に立ってサビを迎える。
「『私を見てよ 夢中にさせたい 未熟なまま描き続ける 台本のないシンデレラストーリー』」
ようやく二番サビまでたどり着く。サビ終盤からは私の周りをみんながぐるぐると周り、二番が終わると椅子に座る。この椅子取りゲームのような振り付けは、曲のテーマに由来している。私を選んで、私を見て。片想いのような台詞が散らばっているが、この曲は女優志望の女の子について歌っていた。小劇団に所属するお芝居が大好きな子。演劇を愛し、演劇に愛されたくて。役に選ばれたい、大衆に認められたい。オーディション連敗中の彼女は、このまま小さな劇団で終わるのかと思い悩む。椅子は役やチャンスのメタファーだ。
自分と重なる部分が多すぎて、レコーディングの段階から胸にこみ上げるものがあった。歌詞の切実さに対して、曲は明るいミュージカル調となっている。フォーメーションの複雑さもさることながら、必死さと愉快さのバランスも思案所だった。
「まだ改善の余地はありますが、ひとまず合格としましょう。次は淡恋から」
先生の合図で私と唯夏だけが位置に着いた。ここからはユニット内ユニットのコーナー。
私たちは五人でひとつ。ダイナミックなパフォーマンスは五人じゃないとできない。でも二組に分かれての曲はまた別の魅力がある。
私と唯夏が歌う「淡恋」はさわやかなラブソング。海、ソーダ、ひまわりと、歌詞から夏を想像できる。十二月には季節外れだけど、初めて二人で歌った曲だからと入れさせてもらった。
全員曲ではそれぞれが違う動きをしながら揃えるべきところは揃えて、ひとつのフォーメーションダンスを完成させる。二人曲はそれとは対照的にひたすら揃える。横に並んで、向かい合って、ときには背中合わせで、お互いがお互いの鏡になる。動きを左右対称にするため、全員曲よりも頻繁にマイクを持ち替える必要があった。エアハンドマイクでも左右どちらの手に握っているのか意識する。サビでは指切りをする振り付けがあった。小指と小指を絡めたまま踊るそのパートも、問題なくOKをもらった。
「さすが。相変わらずのシンクロ率」
「いつも本当に息が合うよね」
亜希に続いて芽衣も感心したように言う。唯夏はペットボトルに手を伸ばしながら、自慢げに笑った。
「そりゃあ相方ですから」
「淡恋は単純に踊り慣れてるのもあるけどね」
「もう、またそういうこと言うー」
初期曲で数多く披露してきたとはいえ、久々のセットリスト入りだった。それなのに体がよく覚えている。もうひとつのデビュー曲みたいなものだからかな。唯夏には意地悪とむくれられるけれど、実は誇らしかった。
「私たち三人も負けてられないよ」
紗英が二人をまとめ、三人曲へと移行する。アップテンポな曲は、私たちとは反対に新しめだ。三人ならではの三角形を描く構成。ここでも流れるようにセンターを交代し繋いでいく。五人のときより動線がシンプルな分、全体像がすっきりして見える。
紗英たちはトリオというよりも、独立した個人が交わっている印象。一方、私と唯夏は普段からコンビ扱いされていた。全員曲でも対になるパートを歌ったり、ハモリを担当したり。
デビュー作で幼馴染の関係を演じた私たちは、個人としても共通点が多い。名前と年齢以外だと、背丈が数ミリ違いなところとか。お互いに芽衣より高く紗英と亜希より低い。あとは差別化しようと思えばできるけど髪の長さ。みんな大幅に長さを変えようとしなかったから、自然とそのままになっていた。ボブからミディアムを行ったり来たりする紗英と亜希に、ロング一筋の芽衣。セミロングの私たちはバランス的にもちょうどいい。
この中でも年齢は深い繋がりをもたらした。オーディションに合格したのは高校二年生の秋。当時、他の三人はすでに高校を卒業し、都内で一人暮らしをしていた。それに対して私と唯夏は地方で実家暮らし。一年生であれば転入も考えたが、もう高校生活も折り返し地点を過ぎている。卒業までは実家から東京に通うことになった。私は大分、唯夏は愛知から。毎週末、遠くからレッスンを受けにいく仲間だった。
長期休みには、通う手間が省けるようにと事務所がウィークリーマンションを用意してくれて。唯夏と寝食をともにしていた。三年生の夏休み中は一ヶ月近くも同居状態にあった。基礎レッスンに初めてのアフレコ、お披露目ステージ。オーディション合格から結成初期の時代を最も近い距離で過ごした。
そんな唯夏は、アニメのアフレコに参加するため途中で抜けた。人気声優なのだからこういう日もある。今日はお昼前から夜七時までのレッスンだったが、夕方からは四人になった。四人でもできることをやって先へ進んでいく。唯夏は忙しくてもしっかりパフォーマンスを仕上げてくるから。
お疲れさまと挨拶を交わした後、紗英も時間に追われていた。間近に控えた作品オーディションの打ち合わせのためだ。バタバタと去っていく紗英の背中を見送った。アニメ好きなら誰もが知る売れっ子が唯夏なら、紗英は声優に詳しい人であればわかる声優。残された私と亜希と芽衣は、ユニット活動が仕事のほぼ全て。
大人たちが想定していた理想の解散シナリオには、声優としての飛躍も含まれていた。全員が声優として成功すればスケジュール調節が難しくなる。ユニットは人気絶頂で、声優活動の忙しさという嬉しい悲鳴も上がる。それこそアリーナで有終の美を飾るに相応しい。
何にも追われていない私たちは、慌てることなくジャージから私服に着替えた。ご飯にいくことになり、三人で日の落ちた街を歩く。
「何が食べたい?」
亜希に聞かれて考える。レッスン前にさっと昼食を済ませ、休憩で差し入れのお菓子を食べただけだった。夜はしっかり食べたい。
「鍋かなあ。温まりたい。芽衣は?」
「私は……お酒を飲みたい」
「珍しいね。芽衣が飲みたいなんて」
芽衣はお酒に弱い。度数低めのチューハイでもすぐに酔うから、飲み会ではもっぱらソフトドリンクを飲んでいる。よく飲む亜希とは真逆だ。
「今日はちょっとね」
そんなやり取りに亜希が意味ありげな視線を送る。独特でありながら優しい間の後で、
「よし、じゃあ居酒屋にしようか」
と提案した。
亜希のおすすめの居酒屋にやってきた。個室タイプの席で隣に芽衣が、向かいには亜希が座った。野菜のたっぷり入ったトマト鍋をつつく。レッスン後のご飯は反省会のようになりがちだった。今回はそうならない代わりに違和感がある。妙にそわそわしている感じ。
「何かあった?」
話題が途切れたタイミングで尋ねると、亜希のお箸を持つ手が少しゆるんだ。
「実は優香に話があって。……芽衣、お酒の力を借りないと話せない?」
芽衣はカシスオレンジの入ったグラスから手を離す。私も、弱いのにペースが速いと言おうとしていたところだった。首を振って体ごと私の方を向く芽衣。
「優香、私たち——」
途中で言葉に詰まり、亜希が引き継ぐ。
「ファイナルライブを終えたら、引退しようと思うんだ」
耳を疑ったり頭が真っ白になったりはしなかった。私も考えかけた道を二人が選んだのは不思議ではない。
「みんなのこと、ファンのみんなのこと。解散が決まった日からたくさん悩んだけど、続けていくのは難しいと考えた」
「驚かせてごめんね」
説明する亜希と謝る芽衣の顔を上手く見られなかった。心に穴が空いたような、ちくりと針が刺さったような感覚。前にもこの痛みを味わった。解散が決まったときに。
結成六年での解散は予測可能だった。ユニット活動は三年ごとの契約更新式だから。一度目は更新された。私たちの頑張りよりも大人の事情が大半を占めていたけど。一大プロジェクトだから簡単には撤退できないと。あれから再び査定の時期が来た。「二度目の更新は難しく、六年で契約満了になります」と言い渡されたときの、ショックだけど納得してしまう気持ち。更新されて九年目まで活動できる方が非現実的だという諦観。後になって悲しみが押し寄せてきたけど、最初はそうだった。
解散が決まった時点で引退も予想できた話で。仕方がないと本当は言いたくない。二人が頑張ってきたのは知っている。頑張ったのに報われなかったことはもっと知っている。
「二人が決めたことなら受け入れるよ。……これからどうするの?」
私の中に渦巻く感情を理解したように、二人は顔を見合わせた。
「とりあえず就活かな。なんでも受けるつもりでいるけど、アパレル関係を中心に考えてる。今までの活動や、大学で学んだことも生かせる場所を探してる」
亜希はアパレルショップでバイトをしていて、大学は経済学部だった。真剣な表情から具体的な考えがあるのだとわかる。私なら引退を決意するだけでエネルギーを使い果たして、しばらくは先のことから逃げてしまいそう。
「私は結婚する予定」
芽衣はどこか後ろめたそうに告げた。
「高校時代からの彼と?」
「そう。……最近、プロポーズされて」
出会ったときの芽衣は二十歳だった。その前、十六歳の頃から付き合っている人がいる。芽衣が上京してその人が東京に出てくるまでの四年間、遠距離恋愛の期間がありながらずっと続いている。なんと今年で十年。
「おめでとう。すごいよ。十年も付き合った人と一緒になれるなんて素敵」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しい」
控え目ではあるけど、花がほころぶような笑顔を見せてくれた。
「専業主婦になるの?」
「そうなるかな。彼はしたいようにすればいいと言ってくれてる」
「だったら、声優は続けられるんじゃ」
「私もそう言ったんだけど……」
亜希とも同様のやり取りがあったようだ。続きを促す目に芽衣は応える。
「自分の夢のために彼を利用するみたいだから。誰かに面倒見てもらいながら夢を追いかけ続けるのは、声優業に対しても失礼な気がして」
「やりたいことを続ける」ではなく「夢を追いかけ続ける」と表現した。結婚しても続けている人はいるのにとか、きっとそういう問題ではない。
「芽衣なりのケジメなんだね」
「うん。ちゃんとしておきたかった」
声優として上手くいっていないからこその考え方には心苦しさも感じた。でも区切りをつけるためであるはずだと、芽衣の顔を見て思う。
「打ち明けたのは優香が初めてでね。紗英にも近いうちに言って、マネージャーにも伝えるよ。それで、唯夏のことなんだけど」
亜希は重さを感じさせない口調でさらりと触れた。多分わざと深刻さを出さないようにしている。唯夏は引退に反対するだろう。私たちの中で最も私たちを愛しているから。偏愛していると言っても過言ではない。ある約束を言い出した張本人でもある。立派な声優になって、いつかまた五人で同じ作品に出よう。ただの口約束と言えばそれまでだけど、唯夏にとっては違う。全員が声優として成功する——事務所が描いた理想であり私たちの夢。唯夏の中ではまだ生きている。
「説得しないと……だね」
二人が語る前に私から本題に入った。
「反対されるよね……」
「芽衣の結婚だもん、祝福してくれるよ。でも……」
結婚への負い目を感じているような芽衣に声をかけるけど、続きは上手く言葉にならなかった。私たちはアイドル声優。一般アイドルほど厳格な恋愛禁止令はなくても、発覚すれば支障はある。とはいえだいたいの人は隠れてやっている。そんな中で唯夏は彼氏を作らない主義だった。ユニットが好きで声の仕事が好きだからそれで十分。恋愛に割くキャパはないのだという。自分がしないだけで恋愛禁止派ではないし、芽衣と彼氏さんの話も嬉しそうに聞いている。芽衣の幸せを喜ばないはずがない。問題は引退だ。
「唯夏に話すのは後にしたい。唯夏、最近は特にスケジュール詰まっているし、大事なときに負担をかけたくない」
「愛知公演の後で打ち明けるつもり。それまで唯夏には秘密にしていてほしいの」
亜希の提案を芽衣が補足した。先延ばしにするのは良くないけど、気持ちはわかる。
「仕方ないよ。唯夏に言いづらいのはわかるから」
「無理させてごめん。唯夏は解散決定のときも一番取り乱してたから、慎重に伝えたい」
亜希の言う、あのときの唯夏を思い出す。隣で唯夏が号泣するからなんだか冷静になってしまって。私は泣けなかった。
「なんであんなに私たちのこと好きなんだろう……。あれだけ売れてるのに」
思ったことをそのまま口にしていた。唯夏は目覚ましい活躍を遂げている。二十代の女性声優の中では飛び抜けていた。
「私も、唯夏は見えてくる世界が違ってくるんじゃないかと思いもしたよ。私の元彼みたいに。芽衣のおめでたい話に水を差すようで悪いね」
「ううん全然。亜希の言いたいことはわかるよ」
亜希の元彼は小劇団出身の有名俳優。まさに未熟シンデレラのような下積み時代を過ごした人だった。芸能事務所に所属してからも劇団の仲間と交流を続けていたが、売れ始めてから近寄らなくなる。やがて亜希にも別れを告げた。私たちはともに活動しているのだから、同列に語れる物事ではないけれど。要は価値観が合わなくなってくるのではという話。
「だけど実際には活躍しているからこだわってるところがあるよね。外のファンの件にしろ」
さっきとは反対の亜希の指摘。声優としての唯夏のファンには、ジュエリーピースのアンチも含まれている。彼らのせいでユニット固執が強まっている節はあった。だけどそれを差し引いてもちょっと不思議だ。広い世界に羽ばたいてもなお、私たちを異常なまでに愛している唯夏が。
「理由がなんであれ重いよ。紗英くらいの感じでいてくれたらいいのに」
言いながら考える。紗英はリーダーとしてみんなを引っ張りつつも、どこか一歩引いた立ち位置にいた。いい意味で入れ込まないフラットなスタンス。
「あれはあれでかなり考えて至ったスタイルだろうから、一周回って愛の重さは唯夏とそう変わらない気もする」
亜希は微笑ましそうに語る。紗英があえてそうしているのはわかるけど、唯夏と同じは困るな。説得対象が二人に増えてしまう。
「つまり私たちみんな、みんなが大好きなんだよ——」
酔いが回ってきたのか芽衣が肩に寄りかかってくる。
いつの間にか鍋も残り少なくなっていた。
居酒屋を出た帰り道。亜希と芽衣に挟まれて歩く。芽衣は私の腕にしがみついていた。
「優香に話せて良かった」
食事にいく前と比べて、亜希はすっきりした様子だった。
「私も二人のこと聞けて良かったよ。ちゃんと解散後について考えてるんだなって。私はまだだから……しっかりしなきゃと思えた」
「優香も辞めるの……?」
芽衣が私を覗き込むようにして尋ねる。私はどうしたいんだろう。解散するまでは目の前のことに集中しなくては。そう言い訳して、解散後に降りかかる問題を見ないようにしていた。引退の二文字が頭の中で浮かんでは消えて、また浮かんで、完全に消えてはくれない。
「悩んでるところ。このまま続けてもなという気持ちもある」
「優香はもったいないよ。スタジオオーディションまでいく機会もあるんでしょ? 私や芽衣とは状況が違う」
「そんなこと……ある、かも」
ないと言おうとしてやめた。確かに私は亜希と芽衣よりはオーディションをもらえている。スタジオに出向いて審査を受ける前段階のテープオーディションにならまあまあ通るし、ほとんどモブとはいえアニメの仕事もある。その他、デパートの館内放送、教習所の動画教材、学校の卒業記念ムービーのナレーションなど、全く声の仕事ができていないわけではない。紗英の次、三番目が誰かと言ったら——私になるのだろう。
「正直でよろしい」
亜希から頭をなでられた。くすぐったくて温かい。
「頑張ってほしいと押しつけはしないけど、続けるなら応援するからね」
ふにゃふにゃとした喋り方だった芽衣が、酔っていながらも優しく言葉を繋いだ。引退を決めた二人がこうして声をかけてくれる。嬉しさよりも寂しさが強い。もう一緒に頑張ろうとは言えないんだ。
「結果待ちのオーディションもあるんだよね。三つだっけ?」
「ドラマCDにはこの前落ちたから二つ」
亜希に答えて心の中で祈る。残るはスマホゲームとアニメ。どちらも受かっていてほしいけど、せめてどちらかは。
「合格してるといいね」
「ね。こうやって念を送っとく」
芽衣がしがみつく力を強くする。ぎゅっと体重をかけられているのに軽くて、でも念はしっかり感じた。
「ありがとう」
未熟シンデレラの歌詞が浮かぶ。私はまだ頑張れるのか。あの主人公はいつか理想の女優になれるのだろうか。選ばれずに諦める未来もあるのかな……。
家に着いて、玄関で靴を脱いだときにスマホが鳴った。スマホを探すのに手間取る。私も酔っているのかもしれない。芽衣には飲みすぎないようにと言うけど、私は亜希に付き合って何杯か……わりと飲んでいた。
着信は唯夏から。
『優香ー、今日なにした?』
「ああ、えっとね——」
唯夏は途中で抜けた日にレッスン内容を確認してくることが多い。あらかじめ知らされてあるし後で連絡もされているはずだけど、私から聞くと落ち着くそうで。
『みんないつも通りだったよね。公式発表後で落ち込みはしたけど、大きな影響なくレッスンできた』
ざっと内容を伝えた後、不意を突かれた。これはドキリとさせられる。
「そうだね。私たちは私たちだよ」
『……優香、もしかして』
しまった。適当な返事だったかな。電話越しでは余裕で隠せていないと。声しか伝わらないんだから。それに私は声優だから……。
『飲んでるの?』
ああ、なんだ。ほっとして力が抜ける。
「多少ね」
『さては亜希に付き合わされたでしょ。ダメだよ、亜希ほど強くないんだから』
ご飯にいったことはバレてもいいか。引退の件さえ知られなければ。
「大丈夫だってば。でも少し休みたいかも」
『気をつけてね。ていうかほどほどにね』
いま私は相方に重要な隠し事をしている。お酒よりもその事実に頭がくらくらした。
「ねえ唯夏」
『ん?』
「なんでもない」
早く切り上げたいのに、なぜだか意味もなく名前を呼んだ。通話終了ボタンを押しても唯夏の声が耳に残っていた。




