2話 アリーナ会場
解散発表から一夜明けた。反応がどうであろうとやることは変わらない。次のライブに向けての仕上げ。
休憩時間、テーブルに置かれた差し入れのお菓子をつまんでいた。カラフルな包みから水色の小袋を取る。意識せずに自分のメンバーカラーを選んでいた。私たちはユニット名にちなんで、それぞれにモチーフの宝石がある。私、宮井優香はアクアマリン。透けるような薄水色のセロハンはそれらしく見えた。
「なんとなく水色を取ってた」
「ああ、私もよくやるよ」
ほら、と赤い包みを見せるのは内村紗英。ガーネット担当のリーダー。二十八歳。笑うとできるえくぼは、クールな顔立ちとのギャップだ。いつもみんなのことをよく見ていて、小さな変化にも気づいてくれる。
「私はやらないけど、みんなが自分の色を取っていくからオレンジが残るんだよね」
トパーズ担当の長浜亜希。二十七歳。細い指でオレンジ色の包み紙を折りたたんでいた。亜希の大ざっぱに見えて細やかなところには、パフォーマンス面でも助けられている。
「私も気にしてないと思ったけど、さっき食べたのは緑だったかも」
ペリドット担当、牧原芽衣。二十六歳。腰に届きそうなロングヘアは、ボブの亜希の隣に座っているとより目立つ。言われると気になるのか、唯夏とともに菓子箱の中を覗いていた。ひとつひとつの所作が綺麗で、立ち上がると髪も優しく揺れる。
「だいたい全色揃ってるもんね~」
モルガナイト担当の宮瀬唯夏は、同い年の二十三歳。犬を連想させるくりくりとした目と同じで、犬みたいに人懐っこい。名前が似ていて年齢も同じということで、唯夏は私の相方でもある。
ピンクの包みを開ける唯夏は、少しばかり眠そうに見えた。練習中はなんてことなさそうだったけど、その分が今になって出てきているような。
「唯夏、寝不足?」
尋ねると、唯夏は口元についたクッキーのカケラを拭いながら、
「うーん。これでもちゃんと寝たつもりだけど。ていうかみんなは寝れたの?」
と言ってくるりと見渡す。みんな首を横に振った。
アプリのグループトークでおやすみなさいを言ったのは十二時過ぎだったが、私はその後も二時ぐらいまで起きていた。電気を消してもなかなか寝つけなくて。
「でも今回で慣れておかないと。まだ大切な発表が残ってるでしょ」
紗英の言葉でピンと空気が引き締まる。それはまた別の緊張を呼んだ。
「ステージ上での発表……。どうしよう、ちゃんと伝えられるかな」
芽衣の言う通り、次のライブでは重大発表をする。三月に行うファイナルライブの告知。三月で解散と発表したが、今のところ予定は二月までしか解禁されていない。勘のいい人なら、三月に本当の解散ライブをやるつもりだと予測できるだろう。ただ、会場までは当てられないに決まっている。埼玉県にある国内最大級のアリーナ会場。ライブハウスやホールで活動する私たちがそこでライブをするなんて——誰にも予想できるわけない。というかよく利用審査に通ったなと思う。
その場で発表するのだから、わざわざネットを見なくても生の反応が返ってくる。解散と違っておめでたい知らせではあるけど、その瞬間を恐れていた。喜んでくれるかな……。無理じゃないかって呆然とされたらどうしよう。
「最大キャパいくらだっけ」
「三万七千人」
亜希に即答する紗英。すっと耳に入る声に感情の乱れが混じっている。
「さんまんななせん……」
芽衣がおぼつかない口調で繰り返す。聞けば聞くほど途方もない数字だ。
ライブの動員数はおおよそ二千人前後。これが小さな事務所の駆け出しアイドルなら上々だろう。しかし私たちは、デビュー時から大々的に宣伝されていた大手事務所のユニットだ。それも結成六年目の。全国ツアーも毎年やらせてもらっていた。ツアーとは普通、地方在住のファンに会いにいくためのもの。ところが私たちの場合は、特定のファンが一緒になって全国を回っていた。それを見越してセットリストにも変化をつけている。
アリーナ公演は企画立ち上げ段階から設定されていたゴール。その最低限の目標。欲を言えばドーム公演を考えていた。人気絶頂時に大会場で解散して伝説になる。——と聞いた日には空いた口が塞がらなかった。今となっては夢物語でしかない。それでも長く続けられたのは大型プロジェクトである点が大きかった。莫大な投資をしたから、やめようとしてもすぐにやめられない。
「私たち……期待に応えられるのかな」
私の呟きにみんなしゅんとしてしまう。ただひとり唯夏を除いては。
「応えられるよ! せっかく私たちに任せてくれたんだから、弱気じゃダメ。マネージャーもできると信じて推してくれた」
「その通り」
唐突に男声が混ざる。いつから聞いていたのか、マネージャーがドアを開けて入ってきた。
「プレッシャーをかけるつもりはないけど、無理そうなら断念していたよ」
人気絶頂での解散ではないにしろ、最後は目標だった場所でやろう。と、すんなりいくはずはなく反対意見も出た。そこで懸命に説得したのがマネージャー。彼の一存でどうこうできる問題ではないし、他に味方をしてくれた人もいた。けれど一番に声を上げたのはマネージャーだった。さらに言えば、この会場自体には何度か立った経験がある。例年夏に開催される大きなアニソンフェスで。他の出演者との差を感じずにはいられない、アウェイな現場。だからこそ単独で立ってほしいという願いも込められているのだろう。
「最大キャパが三万七千でも、ステージモード切り替えである程度どうにかなるから。そんなに気にするな。さて、休憩ももう終わりだ。早く準備しなさい」
モード切り替えについては前に説明された。可動式客席になっているから、客入りによって席数を調節できる。最小キャパは六千人。それでも厳しい。
これは最後の最後に与えられたリベンジのチャンス。だけど……だから臆病になる。目に見えてスカスカな客席ではファンのみんなまで悲しませてしまう。
急かされて練習再開の準備を始め、この話はおしまいになった。
いずれにしても立ち止まっている暇はない。目の前にはライブがあって、二月にはフェスにも出演する。最後のステージまで走りきるしかなかった。
世の中には解散ライブができないどころか、解散宣言や活動休止表明もなく消えていくユニットだっている。ファイナルライブの開催そのものが温情の塊だ。用意してもらった花道を無駄にしないために頑張らなくては。




