表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/24

22話 宝石の奇跡<後編>

 アンコールで呼んでもらえるかどうか……なんて不安はどこにもない。長い長い拍手はアンコールを求める声になっていく。

 ライブTシャツとスカートに着替えて、上からワンピースを羽織った。袖はワンピースの方が少し長い程度だから、動くとTシャツ部分がちらっと見える。水色の水玉模様を纏って、ステージに飛び出す態勢を整えた。アンコール一曲目は未熟シンデレラ。ステージ準備をするスタッフさんは、椅子の用意もしてくれる。おなじみとなった演出と衣装。フェスで目を奪われた人も多いであろう曲。


「唯夏」

 隣の唯夏にだけ聞こえる小声で続けた。

「星空はダイヤモンドで手離そうね」

「うん。離していっぱい手を振ろう」

 こつんと手の甲と甲を合わせる。


 階段上のステージから戻ってきた。歓声から驚きを感じる。まさかアンコールで未熟シンデレラが来るとは思っていなかったでしょ? とパフォーマンスで呼びかけた。


 フェスのときと同じように踊りながら階段を下って、二番からは見慣れた椅子の登場。横一列から円形に、円形からまた横一列に。軽やかに小道具として使いこなし、ひとりの女の子のストーリーを実演する。私を選んで。世界よ見つけて。叫ぶ主人公の声に、今は違うメッセージも伝えられる。選んでくれてありがとう。見つけてくれてありがとう。曲の主題とズレるから隠し味程度にだけど。しっかりと感情を乗せた。これがフェスで歌ったときのアンサー。お返し。


 私たちは六年間の最後の日に、みんなのおかげで世界から見つけられた。ありがとう。声優・宮井優香も、世界に見つかってみせるから……待っていて。

 私たちの誇る「綺麗な感傷」は、最後の披露でさらに美しいものへと昇華された。


 次の曲のイントロで堂々とワンピースを脱いだ。お客さんのわっという声が広がる。中に着ていたTシャツとスカートで五着目。これが最後の衣装。椅子の背もたれにワンピースをかけて、私たちはそれぞれステージの両端へ走り出した。

「アンコールありがとう!」

 唯夏が叫びながら上手側へ走り、芽衣と紗英がついていく。

「『東京メロディアス』で盛り上がっていきましょう!」

 私も煽りつつ下手側に走り、後ろには亜希が続く。本編のトロッコパートとは違う組み合わせでトロッコに乗り込んだ。


 東京メロディアスでは、上京してきた女の子の心情を歌う。見慣れないビルの群れに路線がややこしい電車。輝きに気圧されながら、だんだん都会に慣れていく。誇らしい気持ちになったり、ふと故郷が恋しくなったり。初心にかえるような歌詞と爽快なメロディが元気をくれる。思い出すのは東京でレッスンを受け始めた頃。そして上京したとき。毎週通い、期間限定で唯夏と暮らすだけだった街に、生活の基盤を置いたあの頃。


 千葉出身の亜希以外は地方から上京してきている。思い浮かぶ故郷は違っても、全員の地元にライブの思い出がある。亜希は生まれ育った街から遠く離れる気持ちについて、みんなを参考にしていると言っていた。逆に未熟シンデレラの女の子は生まれも育ちも関東っぽくて、亜希が参考になった。

 本編ラストは解散組曲だし、未熟シンデレラも新しめの曲。その流れで結構古めの曲をこの位置に置いた。新鮮でかつ溶け込んでいる完璧な配置だ。


 トロッコはもう一度くっついて離れて、メインステージへ私たちを運ぶ。この曲が終わったらあと一曲。もう一曲しかない。寂しいけど楽しくてたまらない。だから終わってほしくないと願って……。それなのに、それでも……。私たちは永遠になるために終わらないと。


「アンコールありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 メインステージにて。紗英に続き、呼んでくれたお礼を響かせる。

「名前を呼んでくれるの、嬉しいね」

「本当に……ありがたいよ。ありがとう」

 遠くに視線をやる芽衣と、小さく一礼する唯夏。

「みなさんが呼んでくれたおかげで、もう一度歌うことができました」

 私も感謝を告げた。呼ばれなければ成り立たないアンコール。本編で披露できなかった曲、伝えきれなかった想いを届けられるのは、お客さんが行動してくれるから。

 「出てきてくれてありがとう」のこもった歓声を噛み締めてから、紗英が口を開く。


「未熟シンデレラ、東京メロディアス。二曲続けてお聴きいただきました」

「アンコールなのにワンピース衣装でびっくりしたでしょ?」

 亜希が手振りでさっきまで着ていた衣装を表す。

「脱いでTシャツとスカートになったことも含めて、サプライズになったかな?」

 尋ねる芽衣に反応の声があふれた。初参加の人は、ワンピースの下に別の衣装を隠していると知らない。それもあって反響は大きかった。


「未熟シンデレラには『選んでくれてありがとう』という気持ちも込めました。東京メロディアスではもう一回トロッコに乗れて」

「この曲では絶対乗りたいと話してたもんね。歌詞に電車が出てくるから」

私の話を唯夏が広げる。複雑な路線に戸惑う田舎娘の曲だから、トロッコがぴったり。

「電車に乗り込むイメージでみなさんに会いに行きました。降りるまでが本当に早かったね」

「一瞬だった。あれ、もう着いちゃったのって」

 紗英の感想に亜希も頷く。私もすごく早く感じた。本編でのトロッコよりもさらに早かったのは、もうすぐ終わってしまうからかもしれない。


「あっという間でしたが、みなさんのお顔を近くでたくさん見れました」

 芽衣が話を締めようとした。まだ話したいことはある。歌もダンスも演出も、語りたいポイントだらけ。だけど時間は有限だから。そろそろまとめに入らないといけない。


「ほんとに嬉しい。他にも…………いっぱい、ありがとう」

 それなのに唯夏が新たな話題を振ろうとした。紗英の「わかって」と言うようなアイコンタクトで未遂に終わる。

 最後の挨拶でも、最後の一曲でも伝えられるから大丈夫。——唯夏に目で語った。

「……というわけで。そろそろ終わりの時間が近づいてまいりました。最後にひとりずつ挨拶をさせてください。ライブの感想だけでなくこれまでの感謝もお伝えしたいです。長くなると思いますので、良ければお座りになってお聞きください」

 紗英の勧めでお客さんが椅子に腰かけた。ペンライトの光の位置が少し低くなっても、眩しさは変わらない。


「改めまして、長浜亜希です! 本日は平日ということもあり、頑張って都合を合わせてくださった方が多くいらっしゃると思います。私たちのために時間を作ってくださり、本当にありがとうございます!」

 仕事を休んで来てくれた人もいれば、早退した人、仕事終わりに駆けつけた人もいる。私たちはそれに見合う……いや、それ以上の価値を作り出す義務があった。果たせたと迷いなく言える。


「このライブで、これまでの全てをみなさんに届けました。何回言っても言い足りないありがとうと大好きを、全身全霊をかけて表現しました。今日まで活動できて今ここに立てているのも、ファンのみなさんのおかげです。私たちを応援する気持ちを声に出して、たくさんの人に繋げてくれてありがとうございます。それを受け取り、私たちに会うため足を運んでくれた方にも感謝しています」

 今日を迎えるまでにたくさんの想いを受け取った。大きな愛のおかげでステージに立っている。


「何があっても私たちの味方でいてくださった、スタッフの皆様。出演させていただいた作品、身近で支えてくれた全ての方々にも、感謝を申し上げます。私たちを支えてくださりありがとうございます。六年間、本当にお世話になりました」

 これまでの思い出が浮かんできて、もうどこを見ても泣きそう。


「私たちの活動は本日をもって終了します。デビュー前から片時たりとも離れずに過ごしてきた私たちは、別々の道を歩み始めます。紗英、唯夏、優香は引き続き声優活動を続けていきますので、みなさんも応援をお願いします。私と芽衣は見守る側になりますが、私たちの本質は何も変わりません」

 亜希自身は特に強調しなかったのに「別々の道」が際立って聞こえた。唯夏もそうだったのか、反応して口元を押さえる。紗英に背中をなでられると持ち直した。


「この五人だから、どんな困難にも立ち向かうことができました。みんなと出会って大好きなものが増えて、守りたいものも増えました。ともに歌って踊り、演じた時間は、なにより大切な思い出です。引退してもそれは同じ。私に根付いて、この先の人生でも糧となるかけがえのない経験です。みなさんにも『一緒に過ごした時間があるからこれからも頑張れる』と思っていただけたら、私は幸せです」


 私は明日からも亜希と芽衣に会えるけど、ファンのみんなは違う。でもだから思ってほしい。一生分の思い出を受け取って、心の中に存在し続けるから大丈夫だと。


「私はみなさんと築いた繋がりがあるから、安心してさようならを言えます。アイドル声優になれて良かった。ジュエリーピースの長浜亜希でいられたことは、生涯の誇りです。本日はありがとうございました。トパーズ担当、長浜亜希でした!」

 オレンジのペンライトが視界の端でぼやけそうになる。……まだ泣いちゃダメ。


 亜希の別れの言葉を芽衣は気丈に聞いていた。自分も心の準備ができたというように、片手を胸に置く。

「牧原芽衣です。私たちのライブに足をお運びいただき、本当にありがとうございます。私が初めの挨拶でお願いした『目に焼きつけてください』を叶えてくれましたか?」

 愛情たっぷりの返事に、芽衣は慈愛に満ちた表情を返した。


「ありがとう。とっても嬉しいです。この六年間で私は、みなさんに叶えてもらった願いがたくさんあります。ずっと応援してくれた方、または今日出会ってくれた方。深くて優しい愛にお礼をさせてください。私たちを支えてくださった皆様。私たちがステージに立つため、演じるために環境を整えてくださり、感謝の気持ちでいっぱいです」

 叶えてもらったという言葉選びは芽衣らしい。願いも夢も実現のためにたくさんの力があった。芽衣は私たちの方にも体を向ける。


「私と歌って踊り、演じてくれたメンバーのみんな。みんなとだからここまで頑張ってこれました。みんなとの出会いは私がもらった最初の奇跡です。同じ夢を叶えるために走り続けてくれてありがとう。宝石のカケラと楓にも。私を声優にしてくれてありがとう。長年の夢でした」

 こんな風に言われては、みんなで演じていた日々を繰り返したくなってしまう。……ううん。前に進まなきゃ。


「叶えてもらってばかりで、私が叶えてあげられた願いはどれだけあるのかなと思うと、不安になることもありました。でも今はそうじゃありません。叶えてもらった願いに恥じない大きな願いを叶えて、お返しできたと思います。みなさんと叶え合って生まれたこの景色を一生の宝物にします」

 みんなで叶えた願いだから私も誇らしい。

「解散しても……私と亜希が引退しても、私たちは消えません。みなさんも私たちとの思い出を宝石のように愛でて、どんなときも持ち歩いてくれると嬉しいです。私たちをあなたのそばに置いて離さないでください。宝石は丁寧なお手入れによって輝きを増します。みなさんが愛してくださる限り、永久に輝き続けます」

 ロマンチックな表現にくるまれた強いメッセージ性。どこに行くときも何をするときも、ずっと私たちとともにあってほしい。お客さんは、芽衣を見つめる私たちからも願いを感じ取ったように、誓いの声を大きくした。


「人生で最後のステージがここで本当に良かったです。もう寂しいとは言いません。会えなくなっても心はずっと一緒です。キラキラした六年間をありがとう。ペリドット担当、牧原芽衣でした。みんな大好きです!」


 芽衣は淡い緑色を目に焼きつけるように眺めて、次の唯夏へと繋いだ。二人分の想いでいっぱいいっぱいになっていた唯夏は、それでも涙は流さず前へ出た。

「宮瀬唯夏です。私たちのためだけに、こんなにたくさんのみなさんが会いにきてくれるなんて夢のようです。ありがとうございます!」

 ピンクに染まった光の海へその声を大きく届ける。

「私たちが出会ってから今日まで。大変なこともいっぱいありましたが、私たちにしか送れない六年間でした。宝石のカケラにみんなで出演し、何十回もライブを重ねて、いくつも貴重な経験をさせていただきました。私はメンバーのみんなで声を繋げて演じること、みんなと歌って踊ることが大好きです。寂しいけど……みんなで今日を迎えられて良かった。誰ひとり欠けることなく、この五人でいられて幸せです」


 亜希と芽衣のときより涙腺が刺激される。芽衣は私との距離を詰めて、紗英はさっき唯夏にしたように私の背をなでた。唯夏は私を見て一呼吸置き続ける。


「活動のために多くのお力添えをいただきました。右も左もわからない私たちを導いてくださった方々。ステージを作ってくださった方々。全ての関係者の皆様に感謝しています。地元で私の夢を応援してくれた人たち。私たちに愛を伝えて、愛を広めてくれたファンのみなさん。みんなみんな、大好き。温かい応援のおかげでここまで成長できました」

 この会場のどこかには唯夏の親友もいる。彼女にも届けられたと瞳が告げていた。


「私はジュエリーピースが本当に本当に大切で、大好きなんです。だけど……その気持ちをなかなか多くの人にわかってもらえなくて……。だから、私たちを好きになってくれたみなさんに心から感謝しています。私が何よりも愛しているジュエリーピースを、愛してくれてありがとう」

 まるで……足枷と呼ばれて苦しめられた日々が浄化されるような。ここには足枷だと思っていた人がいるかもしれない。その考えを改めて来てくれた。


「お礼とともに、この場で宣言させてください」

 唯夏はステージ上の私たちに視線を向けた後、正面に向き直って深く息を吸った。

「みなさんも、あとで映像として見ているあなたも。もう一生、私たち以上のユニットには出会えません! 今日初めて来てくれた方も、明日から毎日私たちのことを考えて生きていくでしょう。それだけの思い出を届けられた自信があります! 私たちがみんなで演じた作品。歌にダンス、衣装、ステージ演出。私たちの声。絶対に忘れさせません。忘れさせてあげないから‼」


 宣戦布告だ。私たち以上にお客さんの心に残ろうとする存在を許さない宣言。坂田さんたちが見ているのに。彼女たちの勧めでシャインブーケのファンだって来てくれているだろうに。しかし、私たちはみんな同じ気持ちだった。今日以上の感動を与えられるユニットはいない。これから生まれる存在も含めてどこにも。強い想いは会場中を揺らして、大きな返事となった。


「ありがとうございます! 本日は私たちと一緒に奇跡を起こしてくれて、本当にありがとうございました! モルガナイト担当、宮瀬唯夏でした!」

 泣き虫な唯夏が大胆な挑発で締めるものだから、涙も引っ込む。クリアな視界で自分の番を迎えられた。


「宮井優香です。本日は奇跡のような時間をありがとうございました! 六年間の想いを伝える最後の日。たくさんの感謝を込めて歌って踊りました」

 奥まで続く果てしない水色。この挨拶で最後になる光景をじっくりと瞳に映した。

「そして多くの『初めて』も体験しました。初めてお会いする方に、単独では初めての花道とセンターステージ。トロッコでみなさんの近くにも行けて、ファイナルライブのこの日にも新しい景色を楽しめました。みなさんの中にも新たな発見が生まれていたら嬉しいです。初めましての方は、今からでも私たちの歩んだ軌跡をなぞって、たくさんの新しい経験をしてみてください」

 今までありがとう。初めまして。どちらも大切で、同じくらいの感謝を伝えたい。


「とても多くのご尽力があり、今日という日を迎えることができました。私たちを優しく厳しくご指導してくださる方。楽曲や衣装、振り付けなど、素晴らしいものを提供していただいた方。作品に携わってくださった方。私たちの六年間に関わってくださった全ての皆様へ、感謝しかありません。温かく見守ってくれた家族、友達もありがとう」


 たくさんの人の顔が思い浮かんで、眩しい水色の中に溶けていく。私たちの曲、ダンス。華やかな衣装にメイク。汗水流してセットを作ってくれた人たち。主題歌を歌わせてもらった作品に、宝石のカケラと心愛たち。ずっと面倒を見てくれた事務所とレコード会社。六年間の努力を信じてこのステージを用意してくれた。声優としては違う形のデビューが向いていたと言ったマネージャー。絶対、今の私だから輝いていると言ってくれる。心配しながらも応援してくれた家族に友達。バイト先の人。あの元彼にもありがとうと伝えた。元彼や唯夏の親友までも動かした、数多くの業界人にも。


「メンバーのみんなとは試練を乗り越えて、感動を分かち合ってきました。近くにいるからこそ素直になれないときもあったけど、みんながいたから今の私があります。大好きだよ」

 スタートからゴールまでこの五人でいられた。環境が変わってもずっと一緒。普段はあまり言えない「大好き」をみんなは優しく受け取ってくれた。


「応援してくれるファンのみなさん。いつも元気をもらっています。挫けそうになってもみなさんの励ましに助けられました。ファイナルライブの成功を祈ってくれてありがとうございます。おかげで大成功しました!」

 愛あるメッセージに手紙は、バッシングに耐えてこられた理由であり、頑張れる理由だ。奇跡を起こせたのもその力があったから。

「みなさんの愛に応えられる最高のパフォーマンスができたと、胸を張って言えます。みなさんも最高に楽しんでくれましたか?」

 熱い声とアクアマリンの色を一身に受けた。

「ありがとう! 私たちの存在を胸に刻んで、永遠のものにしてください! 本日はかけがえのない時間をありがとうございました! アクアマリン担当、宮井優香でした」

 もう言い残したことはない。あとは最後の一曲に込めるだけ。


 会場は水色から赤に変わっていく。この光景も最後だから見逃さない。自分の色に染まった客席を見るのは好きだけど、移り変わっていくのも好き。全色揃った景色はもっと。


「内村紗英です。本日は、夢のようなステージに連れてきてくださって、誠にありがとうございます! この会場には夏のフェスでも立たせていただきました。悔しい思いをした年もありましたが、この五人で乗り越えてきました。ここに私たち五人だけで戻ってこられて胸がいっぱいです」

 マイクトラブルが起きた当時の私たちに見せてあげたい。今の夢のような景色を。

「テレビアニメ、宝石のカケラの一般公募オーディションから私たちは始まりました。私と同じで何の経験もない、ゼロからスタートした仲間たち。苦楽をともにし一緒に強くなれました。私がリーダーでいいのかなと悩んだ日々もありましたが、みんなは温かく受け止めてくれて、リーダーながらもみんなに支えられていました。ありがとう」

 いつものようにみんなに配る視線に、同じく視線で紗英がリーダーで良かったと返す。リーダーでいてくれてありがとうとも。


「亜希も言ってくれたように、進む道が分かれても私たちは変わりません。築き上げてきた関係、絆は、何ものにも代えがたい宝物です。活動を通して生まれた全ての方とのご縁も途絶えることはありません」

 六年五ヶ月と八日前から始まった縁は、無数の縁を生んだ。これからもずっと生き続ける大切な出会いだ。


「多くの方の支えがあってここまで活動できました。素晴らしい作品。楽曲に衣装、ダンス。私たちを形作るもの全て、たくさんの方のお力でできています。私たちが万全の状態で表舞台に立てるのは、温かいサポートがあったからです。感謝してもしきれません。このライブを迎えるにあたって、同じ業界の方々にも大変お世話になりました。私たちへの想いを発信してくださり、ご助力いただきありがとうございます」

 紗英はその縁に触れていった。詩織さんや坂田さんのような、繋がろうと声を上げてくれた人についても。


「いつでもどんなときでも私たちを照らしてくれた、ファンのみなさん。心のこもった応援で愛情に満ちた輪が広がりました。今日初めてお会いする方も、私たちに興味を持って来てくださりありがとうございます。……最後になりますが、ここにいる皆様にお願いがあります」

 紗英は少しだけ目を閉じて、会場を隅々まで眺めた。

「今日感じたことを周りの人に広めてください。そうして明日以降も、私たちを好きになってくれる方がいたらいいなと思います。どうか私たちのことを語り継いでください。なによりの応援になります。これからもジュエリーピースの応援をよろしくお願いします! ガーネット担当、リーダーの内村紗英でした。ありがとうございました!」


 大きな拍手が鳴り響く。ライブの終わりで言う「これから」は、次のライブや新曲を約束する合言葉だった。これから先の「これから」に終わりはない。終わることで永遠に続いていく。身近で確実な応援方法が残されている。ずっと私たちを好きでいて、ずっと応援してほしい。


「……はい。想いを伝えたところで。全ての感謝を込めて最後の曲を歌います。みんな、いける?」

 紗英が私たちに確認する。明るくまとめてくれたおかげで誰も泣いていなかった。もちろん唯夏も。危ないところはあったとはいえ、歌声が涙で揺らぐ心配はない。


 歌う準備に入るとお客さんも立ち上がった。光が一斉に上を向く。

「それでは、本当に最後の曲です。聴いてください」

 紗英が途中まで曲振りをし、

「『星空はダイヤモンド』」

 続きはみんなで。


 ソロパートにはそれぞれの宝石言葉が入っている。これはファンのみんなから募集した案だった。

「『幸福の音が聴こえる』」

 惜しみない優しさを与える芽衣。

「『熱い情熱を燃やして』」

 芯のある強さで私たちを導く紗英。

「『どこまでも続く希望』」

 これからの明るい未来を語る亜希。

「『立ち向かう勇敢さを』」

 私はみんなからもらった勇気を全身で伝えて、

「『限りない愛を捧げる』」

 唯夏が大きな愛で繋いだ。


 二番サビで唯夏とハモリながら手を繋ぎ、花道へ踏み出した。紗英、亜希、芽衣も後ろから歌い歩く。ハモリパート後、全員で歌うとき、今度こそは手を離した。目と指先で合図して、右手にあった温もりが離れていく。でも大丈夫。右手には持ち替えたマイク、左手はたくさんの温かな手と触れ合っているから。花道の両脇だけじゃなくて、その向こうの光にも手を振った。


「『〝あき〟らめそうなときで〝さえ〟も〝めい〟っぱいの想いをくれた〝優〟しい〝唯〟一の光』」

 みんなの名前が入った歌詞をみんなで届ける。

「『まるでダイヤモンド』」

 私たちの名前と私たちの宝石。センターステージで輪になって歌声を重ね、目を合わせて。肩に手を置き合ってステップを踏む。くるりと回り、内向きの輪は外向きになって、たくさんの愛と合わさりひとつになった。


「『金曜日の夜 見上げた星空に 永遠の絆を誓おう!』」

 私たちの誓いで銀テープが発射されて——空中を舞った。今日は歌詞と同じ金曜日。一緒に誓ってほしい。誰もが誓ってくれると……この景色が物語っていた。

 重心、つま先、指先、全ての体の動きを完璧に。どのユニットよりも調和が取れていて全員が輝いている歌声を、誰の心にも届ける。最高の形で最後の一声を響かせた。


 横並びでくっついていた私たちはお互いから離れ、大きな歓声に応えるため手を振る。その途端に視界が潤み、ペンライトの光が滲んで見えた。伝った涙の意味は一言では表せない。……終わっちゃった。寂しいね。それなのに嬉しくてたまらないね。やりきったね。これ以上に輝いている六年間はどこを探してもないよね。みんなで顔を合わせて、声にしなくても想いを伝え合った。


「本日は——」

 紗英が泣くのをこらえて振り絞る。次は全員で。

「本当にありがとうございました!」

 ガーネットの赤。トパーズのオレンジ。ペリドットの緑。モルガナイトのピンク。アクアマリンの水色。ダイヤモンドの白。あふれる色を感じて、あふれんばかりのありがとうを返した。


「向こうのみんなにも挨拶しよう」

 亜希の声で花道を戻り、メインステージに着いてからは下手端で挨拶。上手端まで走ってまた挨拶。真ん中でもう一礼。広い会場を走り抜けて、何度も感謝を伝えた。

 やがて……階段を上がるため客席に背を向けた。名残惜しくて動きがゆっくりになってしまう。私以上にここに残りたがる唯夏の肩をそっと叩いた。

 唯夏は涙を輝かせて階段へ踏み出す。途中の段で芽衣が立ち止まっていたけれど、安心したように上がり始める。紗英と亜希は上で待っていた。

 五人揃って手首を握り合う。歓声がどんどん大きくなる。「行かないで」と叫ぶように。だけど祝福するように。私たちが頷き合うと静かになった。紗英は呼吸を整えて、

「以上、」

 マイクを通さない肉声で叫ぶ。

「ジュエリーピースでした! ありがとうございました‼」

 マイクを下ろしたまま、みんなで思いっきり叫んだ。手を高く上げ紗英を軸に下ろす。深く長いお辞儀をした。

 握り合っていた手首を離す。手を振っているうちに、床はじわじわと下がっていく。目の位置まで下がり、光が見えなくなっても手を伸ばした。最後の瞬間まで。

 出会ってくれて本当にありがとう。



「お疲れさまでした。よく頑張った。素晴らしいライブをありがとう」

 最初に迎えてくれたのはマネージャーだった。スタッフさんたちの拍手に包まれると、涙が止まらなくなった。

「ありがとうございました……!」

 口々にお礼を言い、自然と五人で輪になる。背中に手を回して泣き合った。

「……六年間で一番良かったね」

 絞り出すような亜希にみんなこくこくと頷く。

「すごかった。景色もすごく……カラフルで綺麗だった」

 唯夏に余計泣かされる。流れる想いはとめどなく頬を濡らした。

「最高だった……ありがとう」

「ありがとう……」

 紗英は息を落ち着かせて言い、芽衣は言葉にならない感情を一言に込めたようで。私は何も出てこなかった。

 あんなに広いのにこれまでで一番、会場にいるみんながひとつになった。何十年経っても永遠に他のユニットには超えられないライブ。


 高まった感情は少しも声にならなくて……。声……?

「声が……聴こえる」

 みんなも反応する。スタッフさんも含めて無言になった空間に、私たちの名前を呼ぶ声が響き始めた。ステージを去った後の拍手が、いつしか手拍子とひとつの声になっていた。呼んでいる。求めてくれている。

「うそ……」

 唯夏に夢じゃないと教えるように、声は大きくなる。

「もう一度、ステージに上がらせてください。お願いします」

 涙を拭った紗英がスタッフさんたちの方を振り向く。五人で「お願いします!」と頭を下げた。求める声に応えたい。気持ちは誰もが同じ。温かい笑顔で受け入れられた。


「何を歌いたい?」

 マネージャーへの答えはひとつしかない。

「ハートドロップで」

 ぴったり声が揃った。


 ダブルアンコールに応えるとなれば、やることはたくさんある。まず会場側に公演時間延長の許可をもらわなければならない。すでに客席は明るくなっているし、終演アナウンスも流れている。マネージャーは調整に走り回ってくれた。ただステージに上がるだけじゃなく歌わせてもらえる。そのために音響や照明、スクリーンや撮影用のカメラも全て整える必要があった。

 私たちもこのままではステージに上がれない。目を真っ赤にしてメイクが崩れた顔では。メイク直ししてもらうけれど、唯夏だけは泣き出すせいでなかなか終わらない。


「泣いてたらいつまで経っても出られないよ」

「わかってる……」

 私に答えながら、唯夏は涙を引っ込めようとする。

「もう泣かないので、最高にかわいくしてください」

 今度はメイクさんがもらい泣きしそうになっていた。その間にもずっと、私たちを呼ぶ声は鳴りやまない。ありがとう。もうすぐ行くからね。


「ありがとうございます!」

 階段下の方のメインステージに戻ってきた。割れるような歓声と拍手に包まれる。

「ダブルアンコール……。みんなが呼んでくれたから……」

 唯夏の瞳はもう潤んでいない。良かった。最高の景色が涙でぼやけてはもったいない。


「みんなの声、たくさん聴こえました。私たちに響いてました」

 私もファンのみんなの声に負けないくらいの想いを返した。

「もう一回呼んでもらえるなんて。本当に夢みたいです」

 芽衣はカラフルな海をじっくり見渡している。最後の最後まで目に焼きつけようと、焼きつけてもらおうとするように。

「ほんとに予定にないんですよ。みなさんの声が聴こえてきたからなんです」

 亜希の明かす裏事情はお客さんもわかっていただろうけど、直接伝えたことでさらに盛り上がった。これはひとりひとりの声が起こした真のアンコール。

「このままじゃ帰れないと思って、戻ってきました」

 紗英の言う「帰れない」はみんな同じ。もう一回見るまで帰れないと呼んでくれた。だからもう一回ステージを作るまで帰れないと、たくさんの人が動いてくれた。

「私たち、こんなに愛されているんだなって……。みんなの想いをすごく感じました」

 浸るような唯夏。するとイヤモニから合図が送られた。そろそろ曲にという指示。

「……その想いに応えるためにもう一曲歌わせてください」

 紗英が上手く繋いだ。歓喜の声が湧き上がって、

「私たちの始まりの曲です」

 亜希の紹介によりますます高まった。

「みなさん、わかりますよね?」

 お客さんに確かめる芽衣が、すぐに私と唯夏へ視線を送った。紗英と亜希も。

「みんなも一緒に歌ってください!」

 唯夏と二人で叫ぶ。熱い声援を受け止め、五人揃って。

「聴いてください。ハートドロップは——」

 そこでマイクをお客さんに向けた。

「ジュエリーマジック!」

 私たちの肉声とお客さんの声が混じり合う。宝石のカケラの主題歌をこんなにもたくさんの人が叫んでくれる。


 優しげなイントロが流れ始めると、拳を振り上げて盛り上げながら駆け出した。広いステージの下手、上手、花道にセンターステージ。隅々まで走って歩いて。会場のみんなと歌い広げた。


 センターステージでラスサビを迎えて、アウトロで花道を走りメインステージに戻っていく。そのとき背中に気配を感じた。心愛たちが後ろにいて、一緒に歌っているような気がした。ねえ、未来、渚、楓、天音。……心愛。みんなの夢も叶えたよ。


「ありがとう!」

 私たちは体を寄せ合い、声を重ねる。熱狂の渦の中で終わらない鼓動が鳴り響いていた。

 お互いに目を合わせて讃え合う。奇跡、完成したね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ