23話 あれから
私たちの奇跡から二年が過ぎて。二度目の春が巡ってきた。
解散から一週間後、ジナ役で合格したと連絡をもらった。それで劇的に声優人生が変わった……わけではないけれど。少しずつ小さな変化が積み重なって、モブからサブキャラへの階段を上がり始めた。
蓮の魔法記のアニメは終了したが、ジナとの付き合いはまだ続く。ドラマ版の吹き替えが正式決定した。今ちょうど収録が進んでいるところ。準レギュラーとはいえ一時間の尺での収録なんて初めてだから、緊張もあった。でもそれ以上に誇らしい。
この仕事は自分を見つめ直すいい機会にもなった。役者が全身を使って演じたものをありのままに伝える。向いていると言い切るにはまだまだ経験不足でも、磨いていきたい技術を見つけた。
そしてつい最近、テレビアニメでメインキャストをつかんだ。
心愛以来、初めてのメインキャラクター。これが新たなスタートだ。紗英と唯夏に追いついて、いつか追い抜くための第一歩。私はようやく芽が出たぐらいの声優で、まだ「世界から見つけられた」とは言いがたい。
だけど私と演じていると楽しい、調子がいい、私にいてほしいと言ってくれる共演者は増えた。私が幸せになるためには、まだ多くの声優を幸せにする必要があるらしい。私を上手いこと踏み台にしてのし上がっていく人もいた。それでも自分の居場所を作れている。
今日はみんなで集まる日。街はすっかり春に染まっている。今年は桜の開花が早い。三月下旬に差し掛かったばかりなのに満開を迎えそう。アクアマリンのような淡い空。モルガナイトのような花びらが春風に揺られていた。
桜の木の真下、芝生の広場にレジャーシートを敷いて。芽衣の豪華なお弁当に、私のサンドイッチと唯夏のパンケーキを添えた。紗英と亜希はお菓子や飲み物を買ってきた。みんなで持ち寄ってのお花見。こうして五人揃うのは久しぶりだ。定期的に集まっているが、さすがに前みたいにはいかなくなった。でも今もみんなでいるときが一番らしくいられる。
「芽衣、さらに料理上手くなったね」
言いながら次に何を食べようか迷う。さっきからお箸が止まらない。
大きな重箱の中に、五人分には贅沢なほどの料理が並ぶ。いなり寿司やいくらおにぎりといったご飯系から、生春巻きやスコッチエッグなどの凝ったおかず。他にもおいしくて彩り豊かな一品がたくさん。単においしいというだけでなく家庭の味になってきた。どこか懐かしさも感じるような。
「ほんと? 腕を振るった甲斐があった」
取り分け皿を持つ芽衣の左手には、ダイヤモンドの敷き詰められた結婚指輪が。仕草によって揺れる長い髪はもうない。
芽衣は最近、髪を切った。ギリギリ結べるぐらいのボブにまでばっさりと。少し前に懐妊がわかったからだ。お母さんになる芽衣はよりいっそう優しく、そして強くなった。
ちなみに、結婚式には私たちも参加した。純白のウェディングドレスを纏う芽衣はとても美しかった。新郎さんも朗らかで優しい人。
「私はこのザンギが好き。うちで作ってもらいたいくらい」
紗英の言うザンギとは北海道の名物で、見た目は唐揚げに見える。唐揚げよりしっかり下味がついていて衣はやわらかめ。芽衣の故郷の味だ。紗英は心底おいしそうに薄い唇へ運んだ。
紗英は積み上げてきた経験を認められ始めて、唯夏と共演も果たした。先を越されてすごく悔しかったけど、念願を叶えた姿からは勇気ももらえて。同じ現場で頑張る二人を見て、頑張ろうと思えた。
それからなんと、紗英はこの夏にアーティストデビューする。きっかけはアニメの現場で、エンディング曲をキャラ名義で歌ったこと。その作品の音楽プロデューサーに声をかけられたのだ。紗英はこの話を受けるかどうか悩んでいた。ジュエリーピースじゃない継続的なライブ活動。迷う気持ちはわかるけど、私は……私たちは紗英の歌を聴きたい。私たちの後押しもあってデビューが決まった。
「私の一押しはだし巻き卵だなあ。だしが効いててふわふわしてる」
細長い指でお箸を操り、もう一個だし巻き卵を取る亜希。
亜希は芽衣とは逆に髪を伸ばした。セミロングの髪をシンプルなハーフアップにした風貌は、すっかり仕事のできるお姉さんといった感じで。簿記の資格は取っていたとはいえ、経験のない職種は大変なことも多いようだった。大学を卒業して数年経っているから、専攻していた学問にもブランクがあって。また学び直す姿勢でこの二年頑張り続けてきた。
会社としては好調で様々な舞台作品、アイドルやアーティストに衣装を提供している。いつか自分の会社が紗英の衣装に関われたら。私と唯夏がまたステージに立つ機会があればそのときにも是非と、新たな夢を聞かせてくれた。
「どれもほんとにおいしい。芽衣の手料理を毎日食べられる旦那さん、幸せ者だね。一番の味」
唯夏は一口ハンバーグをいくつも頬張っていた。桜色のカーディガンと同じ色合いのモルガナイトが、ほっそりとした首元を飾る。
「唯夏の一番の味は優香のじゃない?」
からかうような芽衣にちょっと迷う唯夏。
「そうだけど、これは揺らぐ……」
「じゃあ卵サンドはいらないね」
唯夏の特に好きな卵サンドが残り一個となっていた。冗談っぽくそれを取ろうとすると、「ダメ」と止められる。
「うそうそ。優香のが一番」
急いで卵サンドを手にする唯夏に、みんなの笑い声が乗っかった。
唯夏は相変わらず無邪気だ。ただ昔より大人っぽくなった。解散時でも二十三歳で立派な成人だったわけだが、より大人らしい大人に。変わらず私たちのことが大好きだけど、昔みたいにベタベタはしてこない。その代わり、愛おしそうな眼差しに深みが出ていた。
声優としての唯夏はさらなる高みに登った。オファーが殺到し、指名オーディションもこれまで以上に増えて。いまや唯夏の声を聴かない日はない。気にしていた演じ分けについても研究を続けて評価されている。今でも変わらない私の目標。背中を追いかけ続けている。
急増する唯夏へのオファーから、事務所に舞い込むオーディション件数も上昇した。どんなに絶対数が増えようと、一部の人が何件も持っていく図式は変わらない。事務所だって合格してくれる人にオーディション枠を与えたいし、将来性のある新人に投資したい。私も一部に食い込むため頑張っている。唯夏の活躍によって生まれた枠なら、なおのこと私がもらいたいし受かりたい。
解散が決まってからの私は、居場所がなくなると焦燥感でいっぱいだった。今はあの頃より余裕ができた。アクアマリンの宝石言葉にならって、沈着でいられるようになったのかもしれない。
解散してもひとりじゃなかった。でも、もうひとりでも生きられるようになった。そんな気持ちで大好きなみんなといる。
「もう二年だね」
デザートに取り掛かろうとしたとき、ふと唯夏がこぼした。慈しみあふれる声で。
ファイナルライブは奇跡だった。偶然起こった奇跡じゃなくて、たくさんの人の努力が起こした奇跡。裏でステージを支えてくれる人が、私たちと繋がる業界の人が、そしてファンのみんなが。あの景色は数えきれない人々の努力の結晶。私たちは限られた時間の中で無限の愛を届けた。一生分の思い出を作り、何者にも上書きされない記憶を生み出したのだ。
「私たち、本当に綺麗に終われたよ」
パンケーキを飲み込み、声でそっと唯夏に寄り添った。すうっと品のいい紅茶の香りが鼻に抜ける。紅茶のパンケーキには苺のソースが添えられていて、甘酸っぱい春の味がした。
「最後にあれだけのものを受け取れて、贈れて……。解散後の反響にも驚かされたよね」
紗英は当時を思い出すような目をする。
ファイナルライブの反響は大きかった。あの場に集まった一万三千人のお客さんから、愛のこもった言葉をたくさんもらった。手紙でもSNSでも。ずっと応援してくれていた二千人弱のファンのみんなからは、温かい祝福を。解散は悲しいし寂しいけど、感動をありがとうと伝えてくれた。
初めてライブに来てくれた一万人強の人たちからも想いを受け取った。どうしてもと頼まれて参加したらファンになって、解散を惜しんだ人。名前は知っていたしフェスでも見かけていたのに、なんで今まで追いかけてこなかったんだと後悔した人。曲を聴き映像として残っているものを集めて、私たちの六年間を遡って追いかける人。多くの人にバッシングされていたから、多くの人に愛されることには慣れていなくて、愛を感じるたび胸がいっぱいになった。
アンチも減ったように見えた。奇跡を知って見直したからじゃないかと私は思っている。最小キャパの六千人も無理だと馬鹿にしていたのに、その倍以上の愛に包まれて有終の美を飾れたのだから。ファンでもアンチでもないただ名前を知っているだけの人にも、強いインパクトを与えて解散できた。ひょっとすると知らなかった人でさえ耳にしたかもしれない。私たちを愛してくれる人、関わってくれる人とともに起こした奇跡の存在を。
「今でも伝えてくれる人がいるほど、反応をもらえたもんね。亜希と芽衣にもいっぱい」
唯夏が嬉しそうに亜希と芽衣を見つめる。
「全世界に公開されているから、気恥ずかしくはあるけど。本当にありがたいよ」
亜希はパンケーキを切り分けながら答えた。
引退後はファンレターを送れなくなる。解散日から退所日までの間に、亜希と芽衣への手紙がものすごい勢いで届いた。引退した後でも想いを届けたい。熱い気持ちはネットの海に放たれた。SNSや個人ブログに手紙形式の文章で。
「みんな、三月はより思い出してくれるみたい。去年も今年もきっと来年も……その先もずっと。返す方法がないのが申し訳ないくらい」
芽衣は少し下を向いて、だけどやわらかい表情でいた。二人宛ての文章は、引退の悲しみから立ち直れないというものではない。引退してもずっと好きなままだと、愛は変わらないのだと真っ直ぐに伝えてくれる。
「幸せに過ごすことが一番の恩返しだよ」
唯夏の言う通り、綴った誰もが二人の幸せを願っている。
「だったら、私はいっぱい返せているかな」
微笑んでお腹をさする芽衣。深い愛情を受けて育つその子は、男の子でも女の子でも芽衣そっくりの優しい子になるはず。
「私も。今この瞬間だって恩返しになってる」
そう言う亜希を見ていると、あるファンレターを思い出した。解散直後に届いたものだ。
メンバーのみんなと一緒にいる私が大好き。五人揃うところはもう見られないと思うと、ショックで落ち込んでしまう。けれど、五人はこれからも連絡を取るだろうし、ご飯にいくし遊びにもいく。引退するメンバーがいても関係ない。交流が続く姿を想像したら立ち直れそうだと。
そうだよ。今日もみんなでお花見している。みんな幸せでいるよ。この景色が届けばいいのに。……想像できたかな。できているといいな。
「それぞれの道に進んでも、ずっと私たちを愛してくれる人がいる。これから見つけてくれる人も」
最後に「これからもよろしくお願いします」と告げた紗英が言うから、より深く心に染みる。バッシングされ人々の悪意にさらされてきた私たちが、ここまでのユニットになれるなんて——誰が想像できただろう。
「あの日誓った『永遠』になれたよね」
みんなの目を見ながら口にした。みんな笑顔で頷き合う。
「ダイヤモンドのような永遠のユニットに、ね」
唯夏の声はまるで、五つの宝石とひとつのダイヤモンドを包み込むようで。ダイヤモンドの宝石言葉は、清浄無垢、変わらぬ愛。そして、永遠の絆。
桜の花びらがひとひら肩に舞い落ちて、人の気配を連れてくる。
「あの……」
高校生くらいの女の子が二人、声をかけてきた。
「わ、私たち、解散後にみなさんを知りました」
「ですので……お会いすることはできないと、思っていました」
手で口元を抑えて泣きそうな姿に、私たちはとびきりの笑顔で応える。
まだ見ぬあなたが「永遠」となった私たちに出会ってくれたなら。何度だって声を届けたい。
「初めまして! 私たちがジュエリーピースです!」
(了)
推しユニットの解散を引きずること7年。
いい加減吹っ切りたくて書きました。
同じような経験をされた方の支えになれますように。
お読みいただきありがとうございました。




