22話 宝石の奇跡<前編>
三月八日の朝はダイヤモンドのように澄んでいて。暖かく天候にも恵まれた。
開演は夕方六時半。朝から場当たり、お昼からは本番と同じ格好で通しリハ。
昼食の後で衣装に着替え、ヘアメイクをしてもらっていた。隣には唯夏。紗英たちは先に着替えとヘアセットを済ませている。今日の髪型は巻き髪サイドテール。私は右、唯夏は左に髪をアップしてもらう。二人のヘアメイクさんにより左右対称のヘアスタイルができていく。
「優香さん、とても髪の調子がいいですね」
髪に優しく触れながらヘアメイクさんが言う。鏡に映る自分の姿は昨日よりも輝いて見えた。
「今日が一番いい状態でいたいので良かったです」
「優香、何か変わったことやった?」
「いつも通りかな。リラックスできるようにあえて特別なことはしなかった。昨日の夜と今朝、唯夏の紅茶を飲んだくらい」
「それを言うなら私も昨日、優香からもらった入浴剤を使ったよ」
ヘアメイクさんたちは微笑ましそうに聞きながら髪型を仕上げてくれた。
各宝石のついたミニハットを固定したら、もうステージに上がれる姿だ。
「迎えにきたよ」
楽屋の外にはハンディカメラを持つ芽衣がいた。ストレートのハーフツインからはいい香りがする。
「もうすぐ通しリハです。二人とも緊張してる?」
「早くみんなに会いたいからかな。あんまり緊張してない」
撮影する芽衣に唯夏はピースサインを向ける。
「私も今はそんなに。だけど本番前に押し寄せそう」
「大丈夫。このまま本番を迎えられるよ」
芽衣はしばらく私たちを撮った後、
「二人を連れていきたいところがあります。着いたらまた撮るね」
そう言って一旦カメラを止めた。
やってきたのは会場ロビー。フラワースタンドが並べられ、カラフルな花びらと風船であふれ返っていた。楽屋の外に飾られた花も豪華だったけど、もっと多くの花々が咲き誇る。
「すっごいね……。こんなに贈ってもらえるなんて」
「たくさんと聞いてたけど、並んでいるのを見ると圧倒されるね」
私も唯夏につられてこぼした。
「でしょう? 早く二人にも見せたかった」
芽衣は良いリアクションをカメラに収める。業界の色々な人が贈ってくれて、お世話になった名前をいくつも見つける。ファンのみんなが有志で用意してくれたものも。
「お、来た来た」
数メートル先で亜希が顔を上げた。ふわふわにウェーブした髪が揺れ動く。
「五人揃ったね」
紗英は両サイドを編み込みにして毛先だけ内に巻いている。みんな本番通りの髪型と衣装。いよいよ始まるんだ。
最終リハを終えたあたりからみんな徐々にそわそわし始めた。振りの確認や発声練習をして待つ。
あと一時間。開場してお客さんの案内が始まった。
……あと四十分。つい時計ばかり見てしまう。
開演十五分前。円陣を組む。五人の小さな輪をスタッフさんたちが囲み、大きな輪ができた。紗英は大きな輪に視線を向けた後、私たちを見つめて深呼吸する。
「私たちの顔合わせから六年五ヶ月と八日。結成からは五年十一ヶ月と八日。どんなときもみんなと、支えてくださる皆様と乗り越えてきました。今まで積み上げてきたものを信じて、後悔のないように……頑張ろうね」
より体を密着させると、紗英は一度うつむいてから顔を上げた。
「今日は伝説を作りましょう! いくぞ!」
「ジュエリーピース‼」
掛け声で輪の声がひとつになる。
拍手に包まれて、私たちも互いに拍手を送り合った。紗英、亜希、芽衣、唯夏。ひとりひとりと抱き合って想いを交換し合う。全ての想いと感謝を伝えて——伝説にだってなる。大丈夫。私たちならできる。
開演まであと五分。四分。三分……。カラーテープの巻かれたハンドマイクを取り、メインステージ下で構える。
今回は紗幕が落ちて始まるのでもなく、暗いままのステージに上がって始まるのでもない。リフターという動く床の上にしゃがんだ状態で待機し、立ち上がると同時にメインステージへ引き上げられる。
あと数十秒。……数秒。——始まった。
しっとりとしたイントロを合図にリフターが動く。一曲目は私たちの始まりの曲だ。後ろを向いた状態から順番に振り向くところだけど、今日だけはみんな正面を向いて始まる。どこまでも広がる眩しいペンライトの光を、みんな一斉に感じた。
リハで真っ暗だった客席にお客さんがいる。ペンライトの色は明らかにピンクが多かった。それでもいい。唯夏の足枷だと思わずに来てくれた人だから。唯夏の愛する私たちごと愛させてみせる。
階段上のステージから登場し、フォーメーションダンスを披露しながら一番のサビにかけては階段の上と下に分かれる。階段上にいた私と唯夏は、二番までに階段を下りて三人と合流し、またフォーメーションに入る。
唯夏と向かい合って同じパートを歌うとき。手振りを揃えるため、マイクを持ち替える手が驚くほどにシンクロした。紗英と手を重ね、亜希の肩を叩いて、芽衣と腕を組んで。歌とダンスで会場にいる全員を繋いでいく。
「『今 魔法のようなショータイムが幕を開ける』」
初めてもらった曲なのに最後の今にも合う。最高のライブの開幕を心愛たちからも祝われているようだった。
「『途切れないように 繋いで結んで ひとつになろう ほらきみも一緒に!』」
今日を終えても繋いできたものは途切れない。永遠に途切れさせないために、一番のライブにする。
三曲目まで終わり、照明が落とされている間に並び直して、最初のMC。
「みなさーん」
「こんばんはー!」
紗英の第一声が会場を切り開き、みんなで声を届けた。
「私たち、ジュエリーピースです!」
改めて光の海を見渡す。いつもなら「一番後ろの人まで見えてるよ」と言うけど、いま言えば嘘になる。その代わり眩しい光はしっかり届いていた。
「みなさん、楽しんでくれてますかー?」
亜希の煽りで歓声が上がる。その反応に安心した。ひとり残らず全力で楽しませたい。
「ありがとうございます! 私たち、ついにこのステージまでたどり着くことができました!」
紗英の「このステージ」には重みと同じだけの感謝が宿っていた。
「みなさんのおかげです。本当に……大きいね」
芽衣が頭に手をかざして、端から端まで見つめる。私も揺れ動く光に手を振った。
「単独ライブだから、まだ始まったばかりなんだよね。これがフェスだったらもう帰ってるところなのに」
「そうなんだよ。もう三曲も歌ったから」
感動を味わうような唯夏。フェス出演時の最多曲数が三曲だ。
「ね。まだこのステージにいられるの、初めて」
芽衣は夢見心地な顔をしていた。ファイナルライブで自然に「初めて」が出てくるのも私たちだからこそ。
「こらこら。三曲で満足しないの。まだ全然歌い足りないし、みなさんももっと聴きたいですよね?」
浸っているところを亜希が連れ戻す。お客さんはさらに大きな声を聴かせてくれた。
「というわけで、さっそくではありますが自己紹介をさせてください」
紗英の入りで亜希が手を上げると、会場はオレンジに染まり出した。亜希は色が変わるのを待ってから話し始める。
「はーい、トパーズ担当の長浜亜希です。本日は私たちのファイナルライブに来てくださりありがとうございます! 登場した瞬間からペンライトの眩しさに驚かされました。こんな景色を見れるとは思っていなくて、本当に嬉しいです」
最初は湿っぽい感じを出さずにいようねと話していたけど、心配しなくても平気だった。この景色を前に悲しんでいる暇はない。引退を控えていてもそう。
「私と、それから芽衣は今月末で芸能界を引退します。だからこそ、一生涯で最後のこのステージ、死ぬ気でパフォーマンスします! 今度は私からみなさんを驚かせてみせます。本日はよろしくお願いします!」
ここが亜希と芽衣の人生において最後の表舞台。亜希の悔いを残さない、やりきるんだという意志は、しんみりした空気よりも明るさを生んだ。
「ペリドット担当、牧原芽衣です。この光景がまだ夢なんじゃないかなと疑ってしまいます。夢じゃありませんよね?」
お客さんは声と緑の光で「夢じゃないよ」と答える。
「ちゃんと現実でした。ありがとうございます! 六年間の活動の最後に、夢みたいなステージに立つことができてとても幸せです。……私と亜希がみなさんの前に立てるのも本日が最後。アイドル声優人生を締めくくる最高の私をお見せしますので、しっかりと目に焼きつけてください。お願いします!」
芽衣も亜希と同様に、悲しみや心配を感じさせない姿でいた。
「モルガナイト担当の宮瀬唯夏です! すごい……。今まで見たことのない、すっごく素敵な景色です。会いにきてくれてありがとう! 今日は私たちの六年間を全部感じてもらいたいです。初めて来てくれた方にも、私たちの全てを浴びてもらいます!」
唯夏はいつも会場の奥の奥まで見ようとする。今日はどれだけ背伸びをしてもまだまだ足りない。
「今日はたっくさん愛と感謝を伝え、一生みなさんの心に残るライブにします。私たちがみなさんの一生分の思い出を作ります。思いきり楽しんでいってください!」
届けようね。一生分。心の中で唯夏に返した声がみんなに広がり、五人で目を合わせて笑った。こういうところが私たちのライブ。最後の日でも変わらない。
ピンクから水色に染まった海へ、私も一歩踏み出した。
「アクアマリン担当の宮井優香です。私たちのためにお集まりいただきありがとうございます! この素敵なステージでファイナルライブを迎えられて光栄です。活動の最後に相応しい、今までで一番のパフォーマンスを届けます」
頑張ってくれたファンのみんなと、興味を持って踏み出してくれた新規の人。絶対に両方満足させてみせる。
「前から応援してくれている方にも初めましての方にも、時を忘れて楽しんでもらえるようなライブにしたいと思います。私たちの想いを感じてください! よろしくお願いします!」
言い切って紗英へ引き継いだ。会場は赤に変わり始める。
「はい、内村紗英です! 本日はファイナルライブ——宝石の奇跡にお越しいただきありがとうございます! 最後のライブであり初めてのアリーナ公演。これまでの感謝と新しい挑戦を最高のパフォーマンスで伝えます」
これまで数えきれないほどライブをしてきたけど、紗英が締めてくれるのは安心するし頼もしい。
「今日でみなさんと作ってきた六年間を完成させます。初めて会いにきてくださった方も、私たちの六年間の一部になってください。ここで過ごした数時間を一生誇りに思っていただけるようなライブにします。最後の瞬間まで目を離させません! よろしくお願いします!」
改めて全員で「よろしくお願いします」とお辞儀をした。
「さて、ここで新衣装についてお話ししようかと。今着ている衣装は、デビュー当時を意識したものになっております」
紗英が衣装に焦点を当てる。清楚な白の半袖ワンピースは、肩から裾までタスキ掛けにされたリボンがトレードマークだ。
「私たち、最初も白ワンピに担当宝石のリボンだったんだよね」
唯夏はしみじみと言う。細い腰リボンから大きなタスキリボンになり、積み重ねた時間を表していた。
「だから初めて着るのに懐かしい。そして見えるかな? このタスキリボンには……」
「ユニット名と結成日が記されているんです」
亜希がリボンを指さし、芽衣が説明したところで、カメラが芽衣のリボンのタレ部分にズームする。
「感慨深いよね。歴史を感じさせるのに新しくって」
「ね、すっごく素敵」
私の話に乗る唯夏は、はしゃぐようにスカート部分を持ち上げた。
「この衣装だけでなく、この先お見せする衣装や髪型、髪飾りなども注目していただきたいです。ところで髪型といえば、みなさんお気づきでしょうか」
紗英は話を進めながら私と唯夏を交互に見る。上手端の芽衣と下手端の亜希に押される形で、唯夏と少し前に出た。
「じゃーん。私と優香の髪型、見てください。おそろいです。ミニハットのデザインも私たちは全く一緒」
「今日は初めましての方もたくさんいらっしゃると思うので、改めて紹介させてください。私たちはコンビで、髪型やちょっとした装飾を揃えることが多いんです」
初見の人にわかりやすく、もちろん馴染みのある人にも楽しんでもらえるように。お披露目ファイナルライブは始まったばかりだ。
MC明けからは憧れのセンターステージを使う。曲中で花道へ駆けだしたり、花道の途中でフォーメーションを崩しながら踊ったり。三百六十度どこからでも見えるセンターステージだからこそ、映える仕掛けもいっぱい。横一列で踊るときにはフォーメーションごとぐるりと回転させた。ステージ正面から始まり、私を軸に時計の針のように回る。さっきまで背を向けていたお客さんの目の前で踊り、華麗に進行方向を変えていく。前姿、後ろ姿、横姿まで、あらゆる角度から私たちを楽しんでもらえる。
視線はお客さんに向けたままで、唯夏とお互いを見ずに手を繋ぐ振りがある。いつも完璧に繋げるけど、今日はさらにぴったりだった。繋いだ手を高く振り上げて、アーチ状態となったところを紗英たちがくぐっていく。そのタイミングも今日が一番。
活動を振り返るフォトムービーが流れている間に衣装チェンジした。二着目は紺と白を基調にした長袖ワンピース。胸元には各カラーのリボン、頭には小さなティアラ。全く同じではないけれど、宝石のカケラで心愛たちが着た衣装に似ている。今日着られて良かった。
明るいだけじゃなく儚さや切なさを含む曲から、暗いだけじゃなく希望と神秘を与える曲まで。何曲も歌声を重ね合い、体中の筋肉を使って表現した。Bメロまでほの暗い感じだったのに、サビの転調で解き放たれて明るくなる曲もある。深刻な表情から少しずつ笑顔になる過程を見せた。
唯夏とのハモリが一番多いけど、そこに誰かひとりが入って三声でハモることも結構ある。どのハーモニーも一音一音を大切に。
このあたりでひとつの変化が。ピンクに偏っていたペンライトが徐々に散らばりつつある。ダイヤモンドも入れた六色に。唯夏の願い。自分からみんなを知った人がみんなを好きになること。それが叶い始めていた。
「唯夏、やりたいことがあるんだよね?」
「そう、ウェーブをやりたい! ペンライトの光でわーってなって、ひとつの波になるあれ」
MCで私が投げかけると、唯夏は手を大きく広げた。広い会場、今のカラフルなペンライトときたら、当然ウェーブもやりたくなる。
「これだけたくさんのお客さんがいると、すごい迫力になりそう」
「きっと見たことのない大きな波になるよ。みなさん、一緒に作ってくれますか?」
期待する芽衣と客席を盛り上げる亜希。声援に応えて紗英から説明しだす。
「私たちがあちら側から指をさしていくので、さされたと思ったらペンライトを上に振り上げて、振り下ろしてください!」
下手から上手へ、ゆったりと寄せては引く波をイメージした。リハではエアウェーブだったのが本物になるんだ。
「最初はアリーナ、次は二百レベルで……」
「三百レベル、最後は会場のみんなでお願いします」
私と芽衣が順番を案内する。アリーナ、二百レベルと口にするだけでわくわくした。
「三百レベルのみなさんは、危ないのであまり勢いをつけないでくださいね」
亜希が大きな会場ならではの注意をした。今日のように関係者席に設定されていなくても、高さと傾斜があるから身を乗り出すのは危険だ。
「でも私たちへの愛は思いきり込めてください!」
唯夏の呼びかけで、三百レベルの光が「もちろん」と言うように揺れた。
「それじゃあ、準備はいいですか?」
紗英が言うのと同時に、私たちは間隔を空けて広く散らばる。
「アリーナー!」
叫んで手を伸ばし指さすと、平面の空間がぶわっと盛り上がった。
「二百レベルー!」
次は真横から浮き上がる。下手のステージサイド席から正面を通り、上手のステージサイド席に戻ってきた。
「三百レベルー!」
お世話になった色々な人たちが、安全第一としながらも勢いのいい波を作ってくれた。
「みんなでー‼」
三つの波はひとつに。立体感ある光景は本当にすごい。指をさしていっただけなのに、魔法使いになった気分。魔法で六色の光がまとまり大きなうねりを打った。
「ありがとー!」
この波の中に今度はトロッコという船で乗り込む。唯夏と二人、下手側の通路から出航した。半周したところで二つのトロッコが繋がる。紗英たちとはハイタッチしながらすれ違い、トロッコを入れ替えた。その動作ひとつひとつも愛を受けてさらに輝く。
約束通り詩織さんは見つけられなかった。詩織さんだけじゃなくて誰のことも。みんな私たちを照らす一部となっていた。想いは誰にだって届いている。
トロッコの後にはもう一回着替えタイム。ラストアルバム、宝石の軌跡のジャケットになった衣装でステージへ。これもまた長袖ワンピース。白いトップス部分には全員の宝石が散りばめられていて、フリルスカートは白と自分の色のグラデーションになっている。裾が近づくほど水色に染まるフリル。髪飾りはミニハット、ティアラを経て、コサージュリボンに。
パフォーマンスで使う小物だってある。フリル傘やステッキをハンドマイクで使いこなすのは大変だったけど、今はものともしない。かわいい傘を開いたり閉じたり。一本のステッキを順繰りに繋ぎ渡し、ときにバトンのようにくるくると回して、宙に投げてキャッチする。そういう物珍しい演出から激しく踊る様子まで、色々な私たちを見てもらった。
多彩なフォーメーションチェンジも今日が最高点。向かい合い手を伸ばしすれ違うように、クロスさせてXの字を描くように、気持ちのいい移動をする。横一列、縦一列、二列。輪になって、V字型になって。私たちは全員、端から真ん中まで全ての立ち位置を経験する。それも一曲のうちに。メインステージの上と下を繋ぐ階段も、上ったり下りたり途中の段で踊ったりと大活用した。
そして……二十四曲目を歌い終え、センターステージで本編最後のMCに入った。
「さて。たくさんの曲をお届けしてきましたが、残すところあと四曲となりました」
紗英の知らせに惜しむ声が上がった。このまま時間が止まれば……と願ってしまいそうになる。その気持ちは抑えて、
「これから歌うのは、最後のアルバムである宝石の軌跡に収録された新曲で、起承転結の構成になっています」
曲の詳細を語った。歌い踊ってきた時間のラストスパートを飾る四曲。
「私たちの歴史がぎゅっと詰まっています。振り返りながら聴いてみてください」
「初めましての方も私たちをもっと知るにはぴったりの四曲です」
立ち位置へ移動しながら、唯夏、亜希の順で掘り下げていく。
「今日までの軌跡を物語として感じてくださいね。それではお聴きください」
最後に芽衣が物語の中へ誘った。
お客さんがいるのはもう別世界。夕暮れの原石はバラードで、振り付けはほとんど手振りのみ。一般人だった私たちがデビューを約束されて。支えてくれた身近な人を想いながら、これから頑張ろうと決意する曲。
一番サビまではソロパートを歌うメンバーにしか照明が当たらない。ちょっと演劇っぽい演出になっていた。サビからは全員が明るく照らされて、同じ手振りを披露する。夢を叶えるスタートラインに立ったこと。新しい自分を始めること。期待と不安を静かで温かな旋律に乗せる。
地元を思い出した。家族や友達。まだ小さかった春奈ちゃんの姿も。当時は小学校にも上がっていなかったのに、明日で十歳になる。今日は九歳最後の最高の日。歌声を通して、見送ってくれた人や街にありがとうと伝えた。ファンのみんなとはこれから出会うね。
センターステージからメインステージに戻ってきて、間奏部分で縦一列となり、ゆるやかに舞って横一列に。
手振りでは形のないものを繋ぎ合った。目に見えない愛を手で包んで、亜希から芽衣、芽衣から私へ。もらった想いを温めてから唯夏に渡す。唯夏は指先で優しく引き寄せ、抱きしめて紗英へ贈った。オルゴールの音と時計の音で、余韻を残しながら……物語は承へ。
箱庭にて。これは静と動が混じり合う複雑な曲。激しく踊る箇所と、時が止まったかのように動かず表現する箇所との差が激しい。
「『深い深い森の中で 海の果てで 見つけてくれたね』」
出会ってくれたファンのみんなへのメッセージを歌にする。
「『だからいばらの道でも進めた』」
私のソロパートを繋ぐ亜希。止めるところで綺麗に止める亜希の指先が、いつもの何倍も美しい。
この曲の見せ場のひとつは一人一文字ずつのパート。私、唯夏、亜希、芽衣、紗英の順で一文字だけ発する。
「『す』」「『き』」「『と』」「『お』」「『る』」
順番に、自分の色のスポットライトで照らされて五色になり——
「『わ』」「『た』」「『し』」「『た』」「『ち』」
さっきと逆の順番で白いスポットライトを浴びる。五色の五つの光から、一色の五つの光になった。アクアマリンの水色とダイヤモンドの白。どちらにも照らされてひとつになる瞬間に、ひとりでは決して成り立たない言葉を伝えられる。誰が欠けても意味をなさない。
歌声だけで優しく繋げたら、すぐに激しいダンス。歌とダンスが分離されているような曲でありながら、どちらも生かして成立させる。感動と感傷を共存させるのと同じように。ここで作り上げた独自の雰囲気は次で深みにはまる。
一番練習を重ねた、わたしたちのProve。箱庭の中で愛を注がれて育った私たちは、この場所がなくなってしまうことを知る。
「『消失の痛みが胸を焼いて』」
紗英と亜希の紡ぐストレートな歌詞が響き渡った。
一番は苦しい部分だ。紗英の精一杯の強がり。亜希のガラスのような鋭さ。優しく慰める芽衣。感情を消す唯夏。私は不安をさらけ出して表現した。二番から痛みを決意に変える。解散してもなくなってしまうわけじゃないと知る。闇の中に一筋の光を見つけるまで。丁寧に歌と踊りで魅せた。
「『鋭い破片が突き刺さっても 傷を削って輝き放つ』」
みんなで歌うこの歌詞が誇らしい。私たちは破片で傷つけられても輝きを失わなかった。誰のどんな悪意にも負けない。どれだけ攻撃されても愛してくれる人がいた。その愛から知ってくれた人がここに大勢いる。私たちのやってきたことは決して無駄じゃなかった。タイトルの「Prove」——「証明」はこの景色が体現している。
そしてこの曲ではひとつ大きなお願いをする。
「『きみが苦しむくらいなら……忘れてほしくって』」
本当は嫌だと言いたい。この気持ちを唯夏に託した。
「『嘘だよ 覚えていて』」
一番までとは違い感情を取り戻した唯夏は、会場中に気持ちをあふれさせた。もうお願いというレベルではない。必ず守ってもらう。覚えていてもらう。忘れさせない——気迫に満ちた声。
「『忘れないで 笑っていてね』」
芽衣が穏やかに、だけど確かに念を押した。苦しまないでほしいけど、忘れてなんて絶対言わない。忘れさせてなんかやらない。
ラストは私と唯夏のパート。
「『どうか……祈りを捧げるよ 想いは眩しい結晶へと——』」
この続きが幸せなものであるとみんな知っているはず。やっぱり物語はハッピーエンドでないと。立ちふさがる壁はこの三曲目で乗り越えたから。
いよいよ終幕。Endless Jewelry Worldの入りは、デビュー曲のイントロのアレンジから。私たちの六年間が全て詰め込まれた曲。ダンスもファンのみんなには見慣れた振り付け。初めて見る人にも「さっきこの曲で見た」と思ってもらえたらいい。
「『さようならは嫌だけど 言えないのはもっと嫌だから 笑顔で手を振るよ』」
サビではっきりと「さようなら」を告げる。明るい曲調で切なさを表す、私たちの持ち味。門出への希望を歌っても「またね」「また会おうね」といった歌詞は出てこない。二度と会えない。再会の叶わない別れ。だから永遠になれる。もう会えないからこそ、ずっとそばにいる。どれだけ経っても消えない。一番綺麗な私たちを五感全てに刻んでもらう。
「『消えない印をあなたに』」
五つの声が交わって、歌詞の通り印になる。誰にも消せない印。永遠に焼きつけて。
既存曲のダンスを繋げて作ってきた曲だけど、アウトロは新しい振り付け。ひとりずつ中心に立ってお辞儀していく。片足を斜め後ろに引いて、膝を曲げ、背筋は真っ直ぐに。私たちのライブに来てくれてありがとう。本編はこれでおしまい。……声にするように。
亜希は優雅に、芽衣はやわらかく、唯夏は愛にあふれたお辞儀をした。私はそれをさらに膨らませるように、大きく手を振ってから一礼する。
深い感謝を伝える、紗英の少し長い礼の後、私たちは順番に客席へ背を向けた。亜希と芽衣の次は、唯夏と私。最後に紗英。
デビュー曲のイントロ部分と同じフォーメーションでライブ本編が終わる。
最後に見た客席はとてつもなく鮮やかだった。六色の光が伸び伸びと広がっている。後ろを向いていてもわかるほど。




