表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

10話 願い事

「優香、起きて」

 肩をぽんぽんと叩かれて目が覚めた。テーブルに突っ伏した状態から体を起こす。手元には参考書とペンケース。斜め後ろには唯夏がいた。

 窓の外では蝉が鳴いている。時計を見るともう夕方だった。


「紗英たち、何時くらいになるって?」

「七時半過ぎ。そろそろ準備しなきゃだね」

 テーブルを片付ける私のかたわらで、唯夏はエプロンをつける。

「もっと早く起こしてくれても良かったのに」

「寝かせておきたかったの。日々のレッスンに受験勉強まで頑張ってるんだもん。お疲れさま」

「ありがと」

 唯夏は大学に進学しない。うちの親に言わせればリスキーだろうが、私にはかっこよく見えた。この道一本でやっていくみたいで。

 私と唯夏は長期休みのたびに共同生活をしていた。想像以上に居心地がいい。来年からは上京してその必要もなくなるが、続けていたいと思えるほど。


 私もエプロンをつけてキッチンに立つ。紗英たちを呼ぶから今晩のメニューは豪勢だ。ハンバーグ、オムライス、ミニグラタン、ベイクトポテト、シーザーサラダ、コンソメスープ。デザートに生クリームのフルーツケーキとパンケーキ。


 今日、八月一日で結成から四ヶ月。みんなでちょっとしたお祝いをする。私たちの同居期間中にホームパーティーをしたいという話は前から出ていた。四ヶ月は半端と言えば半端だけど、理由としてはちょうどいい。


 一般公募に合格したのは去年の十月。あれから本当に濃い時間を過ごしている。春先まで半年間、みっちり演技、歌、ダンスを叩き込まれた。晴れて今年の四月一日にユニット結成。七月には宝石のカケラのアフレコが始まり、お披露目イベントでお客さんの前にも出た。上手くいかないこともあったし課題は尽きないけれど、みんなと一緒に頑張れている。そしてやっぱり、声の仕事は楽しくてたまらない。

 これまでの思いも込めるようにしてハンバーグのタネを作る。唯夏にはデザートを任せて、終わったらおかずも手伝ってもらう。日々のご飯は私の担当。唯夏はそれを満足そうに食べる係。その代わりお菓子を作ってくれる。料理は得意ではないのにお菓子作りはすごく上手い。下準備していたスポンジケーキに慣れた手つきで生クリームを塗っていた。


「優香はどんな声優になりたい?」

「いきなり改まって、どうしたの」

「聞きたくなっただけ」

 にこにこと幸せそうな顔が答えを催促する。考える時間はいらなかった。

「私は、この役はこの人だったと強く記憶に残る声優になりたい。第一声で私だとわかってもらえて、視聴者を惹きつけることができるような。私が演じるなら安心だと思ってもらえる人に」

 私にならキャラクターを預けられると思われたいし、私が出演しているなら見てみようかと視聴の入り口にもなってほしい。一年前にはただの夢だったのが、今は目標として言えるスタートラインに立てている。

「いいね。キャラを引っ張っていける声優さんだ」

「唯夏は?」

「私は優香と逆で、この声は私ってわかってもらわなくていいや」

「せっかく演じているのに寂しくない?」

 私は唯夏の声も多くの人に知ってもらいたいし気づいてほしい。ケーキの上に桃を乗せていく唯夏は、寂しくなんかないと笑った。

「小さい頃はアニメキャラが画面の中で生きてると思ってたから、そう思ってもらえる声優になりたくて。私はキャラの引き立て役で構わない」

「キャラを支えられる声優ってこと?」

「うん。覚えてもらうならキャラや作品がいい。私の名前が有名になるなら、ジュエリーピースとしてがいいな」

「初めの頃から言ってたね。作品とユニットがたくさんの人に愛されるように頑張りたいって」

「みんなも宝石のカケラも大好きだからね。にしても懐かしいなあ。まだ顔合わせから一年経ってないのに。優香との出会いはもっと前だけど」


 唯夏とはオーディション時からの仲だ。最終の演技審査。様々な組み合わせで二人での掛け合いをした。

 宝石のカケラは、小さな芸能事務所が新規アイドル企画を立ち上げるところからスタートする。集まったのはまだ磨かれていない原石の高校生。誰かを笑顔にしたいと行動する正統派主人公の未来、かっこいい系の渚、おしとやかなお嬢様の楓、明るく天真爛漫な天音に、ツンデレな心愛。この五人で横浜発のアイドルとして活動を始める。ユニット名は私たちと同じジュエリーピースで、担当宝石も一緒。


 最初、私は天音役、唯夏は心愛役で、今の配役とは逆で受けていた。天音と最も掛け合いが多い相手は心愛。この二人は幼馴染で、事務所に入る前から面識のある唯一の組み合わせ。二人で好きなアイドルのダンスを真似して踊り、ネットに上げていたことも。

 演技審査はお昼休憩を挟んで行われた。その際、人によっては役の見直しがなされた。私は心愛、唯夏は天音に移動となり、休憩後の審査で初めてペアになったのだ。


「最終審査で心愛に移ってから唯夏と演じたとき、過去最高の手応えを感じたよ」

「私も。あのときが一番リラックスできてた」


 パズルのピースがはまったような感覚だった。審査だと忘れそうなほどお芝居に引き込まれていく。天音役でやっていたからこそ、相手だった心愛の気持ちを別の角度から理解できて、演技に取り入れられた。その後も数人の天音候補と掛け合ったが、唯夏と演じた瞬間が忘れられない。オーディション終了後にお互い探し合い、空港まで一緒に歩いた。

 他のメンバーも記憶に残っている。未来役の紗英は歌唱審査で目立っていたし、未来役から渚役に移動になった亜希は、堂々とした姿勢といいオーディション慣れしている様子だった。芽衣はおっとりとした感じとかわいらしい仕草がまさに楓で。みんなについて語りだすときりがない。あれこれ話題が出てくる。


 ケーキを冷蔵庫で冷やし、ご飯もできたところで玄関のチャイムが鳴った。唯夏がすぐさま動く。

「ただいま~」

「ただいま~じゃないの。ここは私と優香の家ですー」

「お邪魔します。同居生活もすっかり板についたみたいだね」

「まあね。去年の冬休み、春休みときてもう三回目だし」

 亜希と唯夏、それから芽衣のやり取りが聞こえてくる。キッチンで待っていた私は、最後に入ってきた紗英からコンビニの袋を受け取った。

「途中で寄ってきたから」

「ありがとう……って、なにこの晩酌セットは」

 ビールとチューハイが一本ずつ、ノンアルコールサワーが三本。量多めのビーフジャーキーとミックスナッツ。申し訳程度にグミの小袋がある。私と唯夏は十八歳。芽衣は二十歳過ぎているけど滅多に飲まない。

「私の趣味でもあるけど、だいたい亜希のせい」

「だと思った」

 亜希は何食わぬ顔でいたかと思えば、紗英と目を合わせてふっと笑った。この二人が仲良くしていると嬉しくなる。

「紗英、その紙袋って」

 唯夏が紗英の手元を指差して言う。バッグの後ろに隠している紙袋を。

「後でサプライズ的に出すつもりだったのに。気づかれちゃったか」

「私は隠せてないって言ったよ?」

「いま開けてみようよ」

 亜希の突っ込みと芽衣の勧めで、紙袋がテーブルに置かれる。ショップロゴから中身はすぐにわかった。

 この間、みんなでジュエリーショップに行った。担当宝石のアクセサリーを買おうとあちこち見て回り、ネックレスに決めたのだった。ケースにイニシャルを入れてもらうから、その仕上がりを待っていた。受け取り日が早まって今日になったのだという。


 紗英が五つのジュエリーケースを取り出す。白いケースにそれぞれの色でイニシャルが印字されていた。私と唯夏は同じ「M.Y」だけど色で見分けられる。

「綺麗……」

 せーのでケースを開けて、真っ先に声を上げたのは唯夏だった。しずく型の自分の宝石。上の部分には小さなダイヤモンド。アクアマリンとダイヤモンドがケースの中できらめく。何十万円と値が張るものではなくとも、高校生には高価な代物だ。担当の宝石はキャラクターと私たちに贈られた宝物。それぞれ自分の個性を出して輝けるように。五人揃ったときに宝石の王様——ダイヤモンドの輝きを放てるように。二つの思いが込められている。


「ねえ、ネックレスに願い事するのはどうかな? 叶うまで誰にも言わないの」



 ——そこで目が覚めた。

 幸せな夢だった。高校三年生の夏休み。期間限定の同居中、結成四ヶ月目を祝ったあの日。まだ夢の中にいたくて目を閉じる。けれど二度寝はできそうにない。這うようにベッドから出て、チェストの引き出しに手を伸ばした。水色のイニシャルが入った白いジュエリーケース。モルガナイトのネックレスを取り出す。


 唯夏が願掛けしようと提案して、私たちは自分の宝石に願いを込めた。ところが、私と唯夏はふとした弾みで互いに漏らしてしまう。仕切り直すためにネックレスを交換した。交換したらセーフだとかよく考えたら意味不明だ。でも当時の私たちにとっては大事な取り決めだった。紗英たちからは疑問視された。担当宝石は演じた役の宝石でもあるし、個人のアイデンティティと呼べるもの。ジンクスを気にして交換しなくても、と。

 交換した以上、指摘を受けて元に戻すのも気が進まない。色々考えて「お互いに貸しているだけ」という形にした。ケースだけは自分のものを持ち続けたまま。

 願いが叶ったら再交換しようと約束した。……また約束。こんな真似ばかりしてるから、願いと約束によってがんじがらめにされてしまったんだ。


 交換前の願いは二人揃ってジュエリーピースのことだった。仕切り直しても、唯夏はユニット関係の願いにするだろう。だから私は、私と唯夏が声優として成功しますようにと願った。お互いの理想の声優になれるように。

 モルガナイトは肝心な部分を叶えてくれなかった。しかも今の唯夏は、私が語った理想像に近い。唯夏にはキャラを輝かせる才能がある。演じる役は放送前から期待された。キャスト解禁で名前が載ると、作品公式アカウントのフォロワー数は跳ね上がる。注目度の低かった作品やキャラでも途端に大きな支持を集めた。その期待を裏切らないどころか超えてくる。


 唯夏はヒット作の波に乗ってブレイクした。それがいつの間にか逆転し、人々の関心を連れてくる側に回っていた。あのキャラもこのキャラも唯夏にやってほしい。唯夏がやるなら観る。ネット上はそんな意見ばかり。

 人を惹きつける声。高く甘すぎず透明感があり、明るく軽いのに深い。出せる声の種類は多くないのに、唯一無二の声でどんな役も演じる。たとえ一種類の声だったとしても、その一種類が世間から熱望される。多彩なのは紗英の方だけど、キャラが喋ったときの輝きや存在感は唯夏にしか出せない。代わりもきかない。芽衣の代わりは事務所の後輩だけで三人もいるのに。


 どうしてこんな形で願いを叶えたの。私は唯夏みたいになりたかった。モルガナイトにまで八つ当たりする自分が情けなくて滑稽だ。元通り仕舞って、寒さをしのぐようにベッドへ戻った。毛布にくるまりぼーっとする。  


 紗英は「負けたくないから頑張る」と言った。私はショックを受けるばかりで、自分を奮い立たせる余裕がなくて。挙句の果てに「何もしなくても仕事がもらえる」と責めた。

 ユニット内で私たちは平等に見せ場を割り振られていた。宝石のカケラは紗英が主役とはいえ、極端な出番の偏りはない。ステージ上ではさらに平等だ。一曲の中で流動する立ち位置。固定されているDaily Heroineは、直訳で「日替わりヒロイン」の曲名通りにセンター交代制。ただそこにいるだけで、順番を待っているだけで主役になれる。誰が主役でも受け入れてもらえる土壌があった。タイアップ作でもオーディションは全員受けさせてもらっている。チャンスは平等だったのだ。


 しかし外の世界ではそうはいかない。自分で勝ち取らないといけない。平等に与えられてきた分、一歩外に出たときの格差はより残酷だった。

 何もしなくても与えられる立場から抜け出せなかったのは——私なのに。亜希と芽衣は重大な決断をして前に進もうとしている。紗英は目標へ向かってひたむきに頑張っている。唯夏は自分の力でオファーをつかみ取った。私は……続けたいとしがみつきながら立ちすくんでいる。「唯夏に縛られるのは嫌」と芽衣に言ったのに、私も縛られていた。芽衣を縛っていたものよりタチの悪い鎖に。みんな先へ行くのに、私だけが動けないまま。


 腕を伸ばすと、ベッドの隅に置いていたスマホが落ちた。おそるおそる開いて通知を確認する。三人からメッセージが来ていた。亜希と芽衣からは謝罪と気遣う言葉。要約するとこうなる。自分たちのせいで喧嘩になった、つらい役を背負わせてごめん。

 紗英からは、昨日の件がマネージャーに気づかれたが、自分が説明しておいたから何もしなくて大丈夫だと。返信する気になれず放置した。


 もうすぐ十時。立ち上がって顔を洗い、冷蔵庫を覗く。パンケーキを食べたくなった。夢でごちそうを食べる前に目覚めたから。パンケーキならある物で作れる。夢の情景と重なってむなしくなったけど、何か食べないと。


 なんとなくテレビをつける。年末特番ばかりだった。パンケーキを焼きながら音声だけ追う。ある名が聞こえて画面を見れば、ひとりの俳優が映っていた。亜希の元彼だ。亜希を捨てた彼と違って唯夏は何も捨てない。こだわって愛し続けている。いっそ捨ててくれれば楽だったのにと考えた途端、どうしようもなく苦しくなった。そんなの耐えられない。一瞬だけ楽になれるかもしれないけど、すぐに深い絶望へ突き落とされてしまう。私は唯夏の相方でいたい。解散してからもずっと。その座を他の声優に奪われたくない。たとえ紗英でも。


 できあがったパンケーキは普通においしかった。普通にというだけで、唯夏の味には及ばない。ふわふわで口当たりがやわらかくて、幸せで特別な味。料理は私の方が得意なのにこれは再現できない。ケーキを食べるまでは目覚めたくなかったな。


 あの頃はレッスン期間が終わり、結成して声優活動も始まり。毎日新しい出会いと発見があった。声優になりたいと両親に告げたのは小学四年生のとき。初めは反対され、のちに条件つきで許してもらった。条件は二つ。「高校卒業までにデビューできなければ諦める」と「デビューできても大学には行く」だった。すぐさま行動に移した。小学生が受けられるオーディションは少なかったが、自分なりに声の演技を勉強し、公民館で週に一度、演劇の習い事もさせてもらって。中学生になると声優養成所の入所試験や一般公募を片っ端から受け、歌とダンスも習い始めた。


 どこにも引っかからないまま高校二年生になった私には、とにかく時間がない。受かったらメインキャストでデビューできるオーディションがあると知り、すぐに飛びついた。絶対に逃したらダメだ、落ちたらもう声優になれないと覚悟した。チャンスをものにしたのにどうして私は……。


 遅めの朝食の後は、宝石のカケラを観ていた。みんなで演じた作品。私の初めてで唯一のメイン出演作。

 アイドルものらしいキラキラした雰囲気はあまりない。自分たちでビラ配りをするも上手くいかなかったり、お客さんが少なかったり。壁にぶち当たる。アイドルとしての華々しい成功より、アイドル活動を通して生き方について考えるような作品。それが世間には合わなかったのか、辛気臭いとか、シリアス調なわりに中身が薄っぺらいとか、暴言でなじられた。作画だって悪い悪いと言われているけど、アニメーターさんが命を削って描いた。私たちのプロモーションに予算を割かれた面もありながら、その中で全力を尽くして。パッケージ化の際に修正作業もしてくれた。叩かれ馬鹿にされていいわけがないのに。


 画面の中の心愛がみんなと歌っている。アイドルになったのも、ネットにダンス動画を上げ始めたのも、天音がきっかけだった。心愛は弱さを隠すために虚勢を張っていただけで、本当は臆病な子。天音はそれを知っていたから一緒にやろうと誘った。素直になれない心愛に響く言葉をかけてくれる。私にとっての唯夏も同じだ。唯夏に謝らなきゃ。オファーにもちゃんとおめでとうと言って、それから……。


 スマホに唯夏の連絡先を表示させてもまだ勇気が出ない。かろうじて三人には返信した。亜希と芽衣には二人のために言ったわけじゃないと伝え、紗英にはありがとうとだけ返す。


 時間になり、まとめていた荷物を抱えて出る。鍵をかける直前で部屋に舞い戻った。モルガネイトのネックレス。頻繁につけていたくはないけど、今はつけていこう。

 モルガナイトの宝石言葉は、優美、清純、無条件の愛。アクアマリンは沈着、聡明、勇敢。ダイヤモンドは清浄無垢、変わらぬ愛、永遠の絆。三つの宝石は今の私には重たかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ