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094話 病床のロザリー

 帝国歴301年8月下旬。

 今日は聖ファサラン国からユリィたちが戻ってくる日だ。

 未来の世界線から来ているもう一人のユリィは、ベシーク城の敷地の前で、この世界線のユリィたちが戻るのを待っている。


「姫様。日がだいぶ高くなりましたね。そろそろ戻ってきますよ」


 昨夜、ファサラン大聖堂では盛大な晩餐会が開かれており、一夜明けてから帰ってくることになっていた。

 城門から少し離れた位置で物陰に隠れて様子を窺うユリィ、マルティナ、エマの三人。


「戻ってきたら、もう一人の私と一緒になって、今の私は消えてしまうんですよね? この三人だけで張り込み調査をできて、とてもいい思い出になりました」


「ボクも、ミーサの両親が帝国を滅ぼす犯人にならないように、三人でできたことが、最高の功績だと思った」


「ええ。帝国を滅ぼす要因はたくさんあったわ。その中でも最大の物を未然に防げたのは良かったと思うわ。でもまだ、一緒になる前にもう一つ、やり残していることがあるの」


 そう言って、ユリィはゆっくりと目を閉じた。


「まだ、ありましたっけ?」


 仮面の男を取り逃がしたことぐらいだろうか、と思うマルティナ。


「来た!」


 聖ファサラン国からこの世界線のユリィたちが戻ってきた。


「行くわよ! 急いで!」


 急がないと、トモリンがすぐに聖ファサラン国に転移してしまう。三人は駆け出した。


「トモリン! 待って!」


「あわわ!? ユリィちゃん!?」


 右のユリィと左のユリィを見比べて混乱するトモリン。どちらもユリィだ。


「ユ、ユリィが二人!? 私のユリィはどっち? もちろん、二人とも私のユリィよね!」


 クリスは夢のような展開に、にやけが止まらない。


「姫様が二人いますよ~?」


「曲者め!」


 城勤務の三人は、この状況を見るのは初めてのことだ。


「ゲルダ、待って」


 この世界線のユリィが腕を差し出して城勤務の三人の飛び出しを止め、落ち着かせる。


「トモリン。あなたなら、この状況を理解できるでしょう?」


「え? 道を忘れて徘徊していたんだっけ?」


 トモリンは、どうでもいい過去の妄想を覚えていた!

 未来から来たユリィは肩透かしをくらい、この世界のユリィは、それを見て呆然としている。


「私は、失敗したのね……」


 この世界線のユリィが声にした。彼女は状況を完全に理解している。


「ええ。私は失敗したわ」


「失敗って、事件が起きたのか?」


 ミーサが目を丸くして尋ねる。

 それを見て未来から来たエマとマルティナは、複雑な思いで下を向く。


「いろいろ手を尽くしたわ。でも、事件は起きた。お父様ではなく、私が……」


 それ以上は言えなかった。


「そっかー。あんなにいろいろやってきたのにな。残念だよな」


「「ミーサが!」」


 ユリィの死をその目で見てきたエマとマルティナは、ミーサの軽率な発言に、つい、声を上げてしまった。

 ミーサの両親が犯行に加担していた。それでユリィは命を落とした……。


「私が、どうしたんだ?」


「いいえ、なんでもないわ。忘れて。詳しいことは後よ」


 まだ家に帰る前のミーサであり、隕鉄の剣のことは知らないし、たとえ知っても、もう事件とは関わりがなくなったのだ。


「前回、同化すると記憶が引き継がれたけど、今回もそうなるとは限らない。だからどうしても伝えないといけないことを伝えるわ」


 そう言って、ユリィはトモリンのほうに向き直る。


「トモリン。今すぐ、ロザリーに会いに行って!」


「どうして? まだ夏休みだよ? それに私、すぐに戻らないと、待っている病人さんがたくさんいるんだよ?」


 首を左右に傾げるトモリン。


 伝えたいことは、ロザリー本人が隠すことを希望し、家族も同意していることだ。だから、正確なことは人通りのあるこの場では言えない。


「とにかくすぐに会いに行って! そうしないと、絶対に後悔するわ!」


 強いまなざしでトモリンを見つめ、すぐ近くにあるロザリーの屋敷に視線を誘導する。


「遊んでいる暇、ないんだけどねー。でも、ユリィちゃん本気だし、行ってみるよ!」


 それを聞いてホッと胸をなでおろすユリィ。


「言いたいことは伝わったわ。みんな、私の左手を握ってくれるかしら?」


「また消えちゃうの?」

「同化するのか!」

「手を握らないと、忘れてしまう」

「こちらの姫様の手を握ればいいのですね~?」

「握りましょう」


 皆が一斉にユリィの左手を握る。手を握れなかった者は、手首から上を掴む。

 城勤務の者も、初めてのことではあるがきちんと腕を掴んでいる。


「できる限りのことはしたわ。あとはみんな次第よ」


 そう言って右手をこの世界線のユリィに差し出す。


「ええ。あなたの想い、私が引き継ぐわ」


 互いの手が交差すると、ユリィが、エマが、マルティナが、霧のようになって消えて行った。


「姫様が消えましたよ?」


「ユリィ殿下が!?」


「ユリィ様がひとつになられました。やはり、ユリィ様は奇跡の皇女殿下です!」


 城勤務の三人組が、同化の現象を理解した。


「ボクにも、記憶が残っている!」


「私もです! あの、一生忘れられない屈辱! 今度は絶対に阻止して見せます!」


 三人には未来で体験したことが鮮明な記憶として引き継がれ、その凄惨な出来事に、自然と涙が零れ落ちる。


 目の前でユリィを死に至らしめたという屈辱。マルティナは、声を震わせて誓いを立てた。悲劇は二度と起こさせないと。


 そして、ユリィは自らが体験したいくつかの悲しい出来事に、茫然となった。

 でも、今は感傷に浸っている時ではない。

 指でさっと涙を拭い、平静を装う。


「トモリン、行きましょう」


「うん、ロザリーちゃんの家だよね? 急いで行っちゃうよー。アリシアちゃんの所で病人さんが待ってるから!」


 病人を見舞うにはやや多い人数で、ロザリーの屋敷を訪れる。

 門には門衛がいて、アポなしではあったが、ユリィが名乗るとすぐに通してもらえた。


 広い庭園の向こうに見える豪華な屋敷。上級貴族序列一位の貫禄がある。


 皇族が直に屋敷を訪れたとあって、使用人が屋敷の扉を開けて待っていた。門衛から連絡が飛んだのだろう。

 やや慌ててロザリーの両親が出迎えに出てきた。


「私はユリィ・エイクスよ。形式ばった礼は不要だから、ロザリーの元に案内してくれるかしら」


 ロザリーの両親は内心困っているのだけれども、それを顔には出さずに、


「ロザリーは取り込み中でして、しばらくどなたにも会うことはできないのですが……」


 と答えた。


「それは、本心かしら? それとも、ロザリーの病気を隠してのことかしら?」


 ロザリーの父の眉が、ピクッと動く。


「全知の皇女殿下、恐れ入りました。すべてお見通しでしたか……。偽りを言って大変申し訳ありませんでした。わざわざお見舞いにまでみえられまして、申し開きのしようもございません」


「どうぞ、こちらへ……」


 ロザリーの父母に、奥へと案内された。


「どういうことだ?」


「ロザリーちゃん、病気なの?」


 歩きながら小声で話し合う二人。空気読めなさすぎだ。


 部屋の扉をノックする。

 しかし、返事はない。両親はそのまま扉を開けた。


 裏庭の見える、日当たりの良い広い部屋。

 その窓辺のベッドの上で、ロザリーが臥していた。


「ん……?」


 眠っていたのか、重たそうに瞼を開く。


「ロザリーちゃん!」


 トモリンが真っ先に駆け寄ってベッドの隣に立つ。


「ト、モ、リン?」


「ロザリーちゃん、どこか調子が悪いの? ねえ、どこか痛いの?」


 途切れ途切れに弱い声を出すロザリーに、トモリンは口早に問いかける。


「トモリン、落ち着いて」


 ユリィはトモリンの隣に立って肩に手を添える。

 その斜め後ろにロザリーの両親が立ち、ユリィに病気の説明を始めた。


「娘は、幼少時より体が弱く、よく風邪をひいたり熱を出したりしていたのですが、近年になってその頻度が一層高くなりまして、時々貧血のように倒れるようにもなりました……」


 ここで一度話を切ってロザリーを見つめ、深呼吸して続けた。


「そして、今ではご覧の通り、立つこともできない状態でございます」


「そう……」


 未来から来たもう一人の自分と同化したユリィは、ロザリーの死期が近いことを知っている。零れ落ちそうな涙をこらえて下を向く。


「ロザリーちゃん、痛いところはないの?」


「う、ん……」


 トモリンはいきなりシーツをまくり上げると、さらに寝巻をめくって体を調べる。


「ト、モ……」


 頬を染めるロザリー。


「トモリン、何をしてるんだよ!」


 ミーサがトモリンを引き剥がそうとする。でも、ユリィがすぐに割って入ってそれを止めた。


「今は、トモリンにできることを……、いいえ、トモリンにしかできないことを……、後悔のないようにさせてあげましょう」


 未来を知っているエマとマルティナは、しゃがみ込んで泣いている。


「なんとなく、どんな病気かわかったよ」


 いろいろ観察し、何か思い当たることがあったのか、あちこち捲り上げた寝巻を元に戻して、ロザリーの手を握ったトモリン。


「なんですと! 高名な医師でも原因不明と診断する謎の病。その症状を抑えるので精いっぱいの病です。一体、何が原因の病気なのでしょうか?」


 両親はトモリンに注目し、ロザリーの弱々しい視線もトモリンに注がれる。


「白血病みたいな感じだね! 免疫力が低下していく病気だよ」


「白血病? 免疫力? なんだそりゃあ?」


 ミーサを始めとし、この場の誰もが理解できなかった。

 この世界では白血病は病気として特定されておらず、また、免疫の概念もなかった。


「うーんとね、病気にかかりやすくなるんだよ?」


「そのまんまだ!」


 渾身のツッコミが入った。


「ミーサちゃんにはわからなくても、私だけがわかっていれば大丈夫だよ。魔法にキコウ術を混ぜるから、治したい部分がわかればそれでいいんだよ」


 前世で習得したキコウ術。それを正しく施術するには、病気の部位と症状、それとその部位の健康な状態を理解している必要がある。だから、前世ではいろいろな病気のことを学んだ。


 ロザリーには痛みがない。両親の証言だけではまだ情報が不足していたので、目視と触診で、大まかな病気を特定したのだ。


「ファサラン大聖堂では、寝巻を捲るとか、していなかったぞ?」


「向こうではね、見える位置に腫瘍があったから、全身の腫瘍をなくすように魔法をかけたんだよ?」


 ファサラン大聖堂では、ほとんどが腫瘍の病人であり、全身に転移している可能性が高かったから、それに対処するように魔法をかけていた。


「もしや、あなた様は高位の魔法使い様ですか?」


「ロザリーちゃんの友達だよ!」


 にこやかに答えるトモリン。


「体の弱い娘は学園に行くのが夢でした……。夢の地で、素晴らしいご学友を得たのですね……」


「女神様の奇跡の巡り合わせに違いない……」


 ハンカチで目元を押さえる母親。父親も腕を組んでやや上を向いて目を閉じる。


「ちょっと、これ借りるね」


 ベッドの傍に置いてある豪華な花瓶を、その置き台ごと移動させてベッドの隣に寄せる。皆、何をするかわかっているから速やかに場所を空けた。それにつられて、ロザリーの両親も場所を空ける。


 トモリンの右手に木の杖形状のスティックが現れた。


「パワー全開でやっちゃうよ! そこのお花さん、ロザリーちゃんを葉っぱで包んで、キラーンと癒してあげて!」


 魔法の発動に伴い、花瓶の花の葉が次々と大きくなってロザリーを包んで行く。

 肩の上でココナがぴょんと跳ねたのだが、それは両親には見えていない。


「おお! こ、これは何ですか!? 花が! 葉っぱが!?」


 ロザリーの両親は驚いて床に腰を落とした。


 葉に包まれたロザリーは宙に浮かび、眩しく輝きだす。


「ファサラン大聖堂で見た光景よりも、さらに凄いことになっているぞ?」


「それだけ、トモリンの思いが強いのでしょう」


「トモリン、頑張ってください! 絶対に治してください!」


「ボクは、トモリンを信じる!」


 向こうでは葉っぱ二枚か三枚で包んでいた。それと比較して明らかに多い数の葉がロザリーを包んで輝いている。

 マルティナの頬を伝う涙は、葉の放つ輝きを反射してキラキラと輝いて落ちて行く。


「ああ、奇跡の光……」


「ロザリー……」


 包まれたまま宙に浮かぶロザリーに向かって手を伸ばす母親。床に座り込んだまま、葉の輝きを受けて、顔がキラキラと色づいている。


 しばらくその光景が続いた。


「はぁー。終わったよ……」


 ロザリーを包んでいた葉が開き、優しくゆっくりと、ロザリーをベッドへと滑り降ろす。

 トモリンは疲れ果てて床にペタンと座り込んだ。


「ロザリー!」


 両膝をついた状態で両親がベッドの傍に寄り添う。

 ロザリーは、以前より、顔色が良くなったように見える。


「う、ん……。お父様、お母様?」


「おおロザリー!」


 手を握り締め、ロザリーの体に顔をうずめる両親。


「ちょっと、重たいですわ!」


「元気に……、病気が治ったのかい!?」


 最近聞くことのなかった元気な言葉。ロザリーの寝巻は両親の涙で濡れて行く。


 意を決したように上半身を起こすロザリー。


「あなた! ロザリーが起きた! ロザリーが起きたわ!」


「そんな……。最高位の回復魔法士でも治せなかった病気を……」


 そして後ろを振り向き平服する。


「ユリィ皇女殿下! 娘を助けて頂いたこのご恩は一生忘れません!」


「娘の元気な姿を再び見ることが出来るなんて、これほど嬉しいことはありませんわ……」


「礼は、そこにいるトモリンに言うといいわ。私ではないのよ」


「ん? ロザリーちゃんは、はぁはぁ、友達なんだよ! 治してあげるのが当たり前なんだよ!」


 ユリィに紹介されると、両親が礼を言いそうになるのを制止し、先に当たり前宣言をしたトモリン。


「トモリンは、女神の使徒様だからなあ……。そんな風に見えないけどな」


「なんですと! 女神の使徒様!? そうとも知らず、多くのご無礼を働きました!」


 再び平服する両親。


「はぁはぁ……。そんなの、いいから。友達なんだから……」


 そう言って疲れた体にムチ打ってヨロリと立ち上がると、ベッドに寄りかかってロザリーの縦ロールをさわさわする。

 長い間病床に伏していたため、セットは十分ではないが、縦ロールの形状はかろうじて留めていた。


「これが、報酬だよ!」


「うふ。トモリンったら……」


 ロザリーの頬が染まる。そして、ロザリーはトモリンに抱き着いた。


「あなたは、世界一のお友達でしてよ!」

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