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093話 ミーサの真実

 三日後。


「マゴ-ル・ディアレット様。再びのお目通り、感謝致します」


「いやいや、私も団体に加入したからな。それで、今日はどのような用件なのだ?」


 仮面の男がミーサの屋敷を訪れた。

 ミーサの父マゴールに会うなり、テーブルの上に皮袋を置く。


「こちらは、団体で用意した白金貨になります。どうぞ、お納めください」


「そ、それは、もういいのだ。当面の悩みは解消したのだ」


 手を振って受け取りを拒むマゴール。


「解消したと言われますと?」


「皇女殿下が、工面してくれたのだ」


 とくに口止めされていたわけではなかったので、その出所を正直に話した。


「そうですか、皇女殿下が……」


(なぜ、いつも我々の先回りができるのでしょう!? それも、ほんの数日のうちに手を打ってくるのは、全知ゆえの所業でしょうか……)


 そんな思いは顔には出さず、平静を装って次の話をする。


「我々は相互扶助団体でして、マゴール様にも、団体員の悩みの解消にお手伝いして頂きたく、本日訪問した次第です」


「私も、団体員だからな……。金のかからないことであれば、手伝おうではないか」


 その声に、仮面の端がキラリと輝く。


「ありがとうございます。実はですね、年末に開催される舞踏会についてなのですが、死ぬまでに一度は参加してみたいと言う者がおりまして……」


 仮面の男の説明はこうだった。

 舞踏会は招待状を受け取った者しか参加できない。会場への入場時にチェックがあるから招待状の横流しもできない。

 参加したいのは舞踏会に夢見る獣人で、マゴールは、彼を会場まで連れて行くだけで良い。


「じゅ、獣人!? それはまた、大胆な!」


 シレッド獣国はエイクス帝国建国以来の最大の敵国であり、獣人がエイクス帝国に入ることなど、至難の業だ。通常であれば関所で入国を拒否される。


「我々が秘密裏にこの屋敷まで連れて参りますので、マゴール様には通常通り舞踏会に参加して頂くだけで良いのです」


「舞踏会……。一度も参加したことがないな」


 貧乏貴族のディアレット家は、ドレスに金を回す余裕はなかった!


「服なども、我々が用意しましょう」


「そこまで……。うーん……。あ! やっぱり舞踏会への獣人の方の参加には協力はできないな」


 突然右手をグーにして左手の平に打ちつけたマゴール。


「どうなさいました?」


 小首をかしげる仮面の男。


「皇女殿下が、『今年の舞踏会を楽しみにしている』とおっしゃっていたのだ。獣人の方が会場にいたら、騒然となるだろう。だから、協力はできない」


(くっ! また皇女殿下ですか……。次から次へと……)


 マゴールも、内心で同じようにユリィのことを思い、身震いしていた。

 全知であるがゆえに、舞踏会を楽しめなくなる要因を予見していた。獣人が来ることまでを予想していたのだと。それに自身が関わることまでお見通しだったことに、戦慄を覚えていた。


「わかりました。本件は、ある獣人の方の個人的な夢のことですので、他言されぬようお願いします」


「それは誓おう。見知らぬ者の夢の話など、他人に言い触れることなどないからな」


 マゴールと仮面の男との密談は決裂した。


 退室し、馬車に乗って帰路につく仮面の男。


「犯人を追うわ!」


 盗聴していたユリィたちは茂みの中から通りへと飛び出す。


「いない!?」


「確かに馬車は門から出ましたよ?」


 ミーサの屋敷の敷地内で騒動を起こすのを躊躇ためらい、門から完全に出たところをウイングブーツの脚力で追いかけようとしていたのだが、三人が通りに出たときには、馬車の姿は消えていた。


「手分けして探しましょう!」

「姫様。私は東へ行きます」

「ボクは西」


 近くの通りに曲がって隠れているかもしれない。

 三人は少しずつ捜索の範囲を広げて行った。

 一般的に馬車が通る大通りの他に、馬車がすれ違うことのできない細い路地まで隈なく探す。

 それでも結局、誰も馬車を見つけることはできなかった。


 再び空き家の茂みに戻った三人。


「トモリンと同じ魔法を使ったのかしら?」


「そうとしか考えられませんね」


 正確には、ココナの魔法なのだが、ココナはいつもトモリンと一緒にいるから、トモリンの魔法のように思い込んでいる。


「他にも、姿を隠す魔道具を使った可能性がある」


 エマの頭の中にあるレシピには、そのような魔道具も存在する。ただ、それを錬金するには見たことも聞いたこともないような素材が必要で、とても錬金できるようには思えなかった。


「犯人を取り逃がしはしましたが、これでミーサの両親が事件に関わることはなくなったのです。事件は解決したのではないでしょうか?」


「そうね。獣人を導く者がいなければ事件は起きないわ。他の者が代わりにならなければいいのだけど……」


「未来が変わった……」


 エマは自らの行動で未来が変わったことを実感していた。大事な友達であるミーサの両親が事件に関わることはなくなった。

 これで、ミーサが聖ファサラン国から帰ってきても態度が急変することはないだろうと、胸に手を当て、心が安らいで行く感覚を存分に味わっていた。


  ★  ★  ★


 一つ前の世界線において。


 友好の使節団としての長旅から戻ってきたミーサは、久しぶりに我が家に帰った。


「ただいまー」


「ミーサ。今年の夏休みは忙しいのだな」


 極秘任務であり、ビノラ王国や聖ファサラン国にいたことは家族には内緒だ。


「城でいろいろあったんだ」


「そうか。ミーサが帰ってきたのだ。今日は豪勢な料理を用意しよう」


「あなた。ミーサのために用意するのですからね。あなたが食べてしまっては駄目ですからね!」


 以前、皇女近衛騎士に任命されてから初めて帰宅した際に、ミーサのために用意した料理を、マゴールとミーサが競うように取り合って食べたことがあった。


「わかったわかった。そう目くじらを立てるな」


 その晩、ディアレット家的には豪勢な料理がテーブルの上に並んだ。

 しかし、ミーサのテンションは上がらなかった。各国で超高級料理を堪能してきたから、それと比較してしまったのだ。


「今日は、フォークでやり合わないのか? 張り合いがなくてつまらないな」


 妻に対して、料理を取り合うことはしないと宣言しておきながら、実はフォークをぶつけあうことを楽しみにしていたマゴール。


「あなた。ミーサは皇女近衛騎士なんですから。礼儀作法を身につけたのですよ。あなたも見習ってください!」


 確かに以前のミーサと比較すれば上品になっているかもしれない。しかしそれは、あくまでもここディアレット家の中での話であって、一般的な視点で見るとミーサの礼儀作法は決して上品とは言えない。

 そもそも食事の席でフォークをぶつけ合うのは、礼儀作法以前の問題だ……。


「フォークなんて小さい物で腕を競ってもつまらないぞ! 明日の朝練で、剣で勝負だ!」


「前回は不覚を取ったが、明日はそうはいかぬ。こちらにはとっておきの剣があるからな」


 ふんっと鼻から息を吐き、とっておきの剣のことをほのめかすマゴール。


「とっておきの剣? ウチにそんな物はないだろ? 酒に酔って夢でも見ているのか?」


「明日を楽しみにしておけ!」



 翌朝。

 いつものように狭い庭に出てきたミーサとマゴール。

 マゴールの腕には、大事そうに抱える一振りの剣があった。


「お! そんな剣、ウチにあったか? 初めて見るぞ?」


「どうだ? 見たいか? ん?」


 マゴールは顎を上に逸らし、偉そうな態度でミーサに鼻息をかける。


「何もったいつけてんだよ!」


 剣は鞘ごとミーサに奪われた!


 スラリと鞘から剣を抜き出すミーサ。


「こ、これは! 素晴らしい剣だ!」

「そうだろ、そうだろ?」


「これなら一日中見ていても、飽きない自信があるぞ!」

「そうだろ、そうだろ?」


 しばし、二人は剣に見惚れて黙り込む。


「で、どうしてこんな高級な剣がウチにあるんだ?」


「買ったのだよ」


「は?」


 マゴールの自信たっぷりの言葉に、ミーサはツッコミの域を超え、呆れの領域に到達していた。もうすぐで悟りが開けそうだ。


「名匠ブギ・ウギが打った隕鉄の剣。それを白金貨三百枚で買ったのだよ。……分割払いだがな」


 最後の方は小声でボソリと付け足した。


「そんなとんでもない名剣、ウチで買えるわけないだろ?」


 算数が苦手なミーサでも、ディアレット家が白金貨三百枚を稼ぐのは無理だと見積もった。


「それが、買えたのだ」


「意味がわかんないぞ!?」


 そこで、マゴールは経緯を説明した。


 その場の成り行きで行商人から隕鉄の剣を購入したけれど、払いきるアテがなかった。そこに、相互扶助団体からの援助の申し出があり、舞踏会の参加を夢見る獣人を、会場に案内するだけで、白金貨三百枚の援助を受けられることになった、と。


「舞踏会に獣人を!?」


 まだウォーミングアップすらしていないのに、ミーサの額に汗がにじむ。


(たしか、ユリィは、舞踏会で皇帝陛下を暗殺するのが獣人だって言ってたよな? それじゃあ、まさか……)


 ミーサはすべてを悟ってしまった。

 ミーサの両親が刺客を会場に連れ込むのだと。


「簡単な仕事だろう? 帝国に獣人を入れるのは難しいことだが、それは別の者が対応するのだ。私はただ会場まで案内するだけでいい。どうだ? 私はついていると思わないか?」


「それは、断れないのか!?」


 あせってマゴールの胸ぐらを掴み、体を揺さぶって迫るミーサ。両手でマゴールを掴んだため、隕鉄の剣を落としてしまった。


「ああ、名剣を落とすな。傷がついたらどうするんだ。まあ、それぐらいで傷がつく安物ではないのだがな。それで、なぜ断る必要がある? 断ったら借金で夜逃げしないといけなくなる」


(断ったところで、多額の借金が残る……)


「それに、私が連れてきたことは絶対にバレない完ぺきな手段を使うから安心してくれと言われているのだ。これで断る理由などなかろう?」


(ユリィに相談するか? いや、もう犯行に関わってしまっている。獣人を招き入れる計画だから重罪だ。貴族の地位のはく奪は免れないよな……)


 債務を抱えて夜逃げするのか、貴族の地位をはく奪されて流浪の身になるのか……。どちらを選んでも、明るい未来は想像できなかった。


(ユリィには申し訳ないけど、このままにするしかないよな。これまでユリィはいろいろ手を打ってきたんだ。今さら獣人が会場に来たところで、ユリィならうまくやってくれるさ)


 債務をチャラにするには、このまま獣人を招き入れるしかないのだ。

 連れ込むことが絶対にバレない完ぺきな手段らしいから。


「黙り込んでどうした? 訓練はしないのか?」


「そんな気分じゃなくなった……」


(でも、ユリィに合わせる顔がないよな……)


 これまで、ユリィは未来を変えるために、いろいろなことに取り組んできた。その最後の除去すべき障壁が自身の両親だったのだ。


 この日以降、ミーサはユリィを避けるようになり、気まずいオーラは日増しに増大していく。

 そして精神的にも病み、より一層ユリィたちと距離を置くようになっていくのだった。

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