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092話 張り込み調査 後編

 ユリィたちは連日、ミーサの屋敷の張り込み調査を続けている。しかし、行商人以降、客人は来ていない。


「そろそろ、手掛かりが見つかってもいい頃ね」


「そうですね。あと十日もすれば、ミーサが戻ってきちゃいますからね」


 雨の降る日もあったが、木陰であり、たいした影響はなかった。

 虫よけが機能していて、蚊に刺されることもなく、最近はお菓子を頬張りながら、ミーサの屋敷を眺めているだけだった。


「姫様! 客人が来ましたよ! 御者つきの馬車ですね」


「馬車の紋章は、帽子のような変わった図柄」


 それが帽子の絵だとしたら、とても深くまでかぶれる不格好な帽子だ。

 そして、待望の客人。ユリィたちは馬車から降りるその姿を凝視する。


「黒い仮面をつけた怪しい男……。どこか、ルデイルに似ているわ……」


「確かに、怪しいですね……」


 長い金髪を首の後ろで縛っている。仮面で目元を隠してはいるけれど、どことなく、雰囲気が似ている。明らかな相違点とすれば、メガネをかけていないところか。


「トモリンの父に似ているかもしれない」


 エマは、ルデイルの屋敷に遊びに行ったことがある。だからルデイルを知っている。

 そこでユリィは首を横に振り、


「恩人を疑ってはいけないわ。他人の空似よ……」


 自分自身に言い聞かせた。


「トモリンの父は、ミーサの父と、繋がりがあるのでしょうか?」


「それは、ないと思う」


 学園に入ったとき、ミーサとトモリンは互いに顔見知りではなかった。

 父親同士に親交があれば、娘同士も顔ぐらいは知っていてもおかしくない。

 また、入学以降も家族ぐるみで付き合うようなことはしていない。だから、エマは両者に接点はないと考えた。


 仮面の男は扉をノックし、中へと入って行った。


「チューニング開始」


 エマが盗聴の魔道具を動作させる。


『マゴ-ル・ディアレット様、お目にかかれて光栄です。私は相互扶助団体、L・アドベントの者です』


『相互扶助団体? 聞いたことがないな。一体それは何だね?』


 腕を組み、大きく首を傾げるマゴール。


『人間、どなたにも、悩みというものはあるものです。我々L・アドベントにおきましては、団体員の悩みを、団体員同士が協力して助け合うといった理念のもとで、日々活動しております』


 仮面の男は背筋を伸ばし、真っ直ぐにマゴールを見て話した。


『よくわからないが、教会で悩みを聞いてくれる司祭のようなものだろうか?』


『教会の司祭は、悩みを聞いて、助けてくれることはありましたか? 司祭個人にはできることは限られています。ですが、L・アドベントにはたくさんの団体員がおります。それがお互いに悩みを解消してくれるのです』


「姫様。L・アドベントって、新しい宗教なのでしょうかね?」


「どうでしょうね。宗教だとしたら、ファサラン教会から弾圧を受けることになるわ。だから、違うのではないかしら?」


 ここサンタン大陸では、女神以外の神を崇拝することを認めていない。もしも他の神を崇めていることが発覚したら、異端審問にかけられる。


『そうか……。悩みを解消してくれるのか……』


『マゴール様におかれましては、何かお困りごとがございましたか?』


 仮面の端がキラリと輝く。


「支払いの悩みがあることを、まるで、知っているかのよう。怪しい」


「そうね。怪しいわね」


『それは金にまつわる話でも解消してくれるのか?』


『団体員であれば、可能な限り、どのような悩み事でも解消するよう努力致します。もちろん、それがお金に関係することでありましても……』


『そうか! どうすれば、悩みを聞いてくれるのだ?』


『L・アドベントに加入して頂ければ、本日からでも、お悩みを解消すべく団体員各位が助力を検討致します』


『本日から? 急ぎではないのだ。ただ、額面が大きいだけで……』


 団体加入契約書をテーブルの上に置く仮面の男。

 マゴールはそれに飛びつくように署名した。


『そうですか。失礼ですが、おいくらほど、工面が必要でしょうか?』


『これから三年間、毎年春先に白金貨が百枚必要になる。我が家では、到底払えそうにない』


 渋い顔で答えたマゴール。


『そのようなお悩みが……。承知しました。団体に戻り、助力できるよう手立てを考案致します』


『おお! 助けてくれるのか! 有り難い!』


 ぱあっと明るい顔になり、乗り出すようにして言った。


『加入して頂きましたからには、我々は最善を尽くします。それでは三日後に、改めてご報告にお伺いします』


 仮面の男は退室し、馬車に乗ってどこかに消えた。


「姫様。めちゃくちゃ怪しかったですね」


「そうね。でも、今の時点では犯人の一味だとも言い切れないわ」


「うん。暗殺事件と関係のない、ただの悪徳取引集団かもしれない」


「高額な剣を購入させましたからね。その線はありますよね」


「いずれにしても、このまま怪しい団体との取引を見過ごすわけにはいかないわね」


 拳の上に顎をのせ、俯き気味に対策を考えるユリィ。


「何をするにしても、ボクたちは、表立っての行動はできない」


 今は、皇女や皇女近衛騎士として行商人や怪しい団体を追う訳には行かない。逆にニセ皇女として捕らえられるかもしれない。


「姫様。それなら、この間の憐れな貴族を利用したらどうですか?」


「哀れな貴族?」


 マルティナがアイディアを出したのだが、エマはトモリンによる被害者をいろいろ知り過ぎていて、憐れな貴族が誰のことだかピンとこなかった。


「カスパル卿ですよ。彼はオイゲン宰相閣下の手足として友好の使節団に関わってはいますが、あえて彼を使うことでカモフラージュするのです」


「そうね……。考えがまとまったわ」


 ユリィたちは、一旦エマの屋敷に立ち寄って制服に着替え、城へ行った。そして、なるべく人目につかないように後宮へ赴いた。


 その日のうちに、側室のドリスから大至急の呼び出しの手紙がミーサのディアレット家に対して出された。

 その手紙を運んだのは、上級貴族であるカスパルだ。

 カスパルには、「救世主トモリン」の名において、ユリィが城内にいることを隠すよう、厳命してある。また、ドリスにはユリィに負い目があるので全面協力してくれた。


「これはこれは。カスパル卿ではございませんか」


 本日二人目の突然の訪問者に、驚きの色を見せるマゴール。


「これを、ドリス第二皇妃陛下から、マゴール殿に渡すようにと言いつかりました」


 マゴールは手紙を受け取ると、その封蝋を確認し、固唾を呑み込む。皇族から手紙を受け取ったのは初めてだ。

 チラリとカスパルの顔を窺う。


「陛下はお急ぎのようでしたので、取り急ぎご覧ください」


 緊張に踏ん切りをつけて、手紙の封を破る。そして、中身に目を通すと、目玉がこぼれ落ちんばかりに目が見開かれる。


「なんと! 今すぐ城に参るように、とは!」


 マゴールは、恐怖心にかられた。

 多額の借金のことがバレたのではないだろうか?

 それで貴族の地位をはく奪するのではないだろうか、と。

 正確には借金ではないのだが、多額の債務であることには違いはない。


「私の馬車で城までご案内しますので、どうぞお乗りください」


 上級貴族のカスパルが下級貴族のマゴールに、やたら丁寧に話しかけてくる現状が、その恐怖心に拍車をかけていた。

 上級貴族に命令されれば、否はない。身だしなみを整えることもなく、怯えながら、すぐに馬車に乗り込んだ。


 馬車は帝都を北上し、ベシーク城へと入って行く。

 城の前で馬車から降り、カスパルに連れて行かれたのは、皇族専用の応接室。

 そこにはドリスのほか、ユリィ、マルティナ、エマがいた。


 マゴールは、ユリィとミーサが友好の使節団として外国に出ていることを知らない。ただ、皇女近衛騎士となったミーサが、この場でユリィの護衛任務をしていないことだけを気に掛けていた。


「マゴール・ディアレット。急の呼び出しに応じ、大義でした。用件はユリィから伝えます」


 ドリスがマゴールをねぎらい、話をユリィへと引き継ぐ。


「マゴール。ミーサには、いつも世話になっているわ」


「あ、ありがたきお言葉です!」


 ゴン!


 テーブルに額をぶつけるマゴール。よっぽど緊張しているに違いない。


「今日は、世間話をしたくてここに来てもらったわ」


「せ、世間話ですか……?」


 赤くなった額にハンカチを当てて聞き返した。


「最近、珍しい剣を購入したというのは、本当のことかしら?」


 知らない素振りで話を振るユリィ。


「め、珍しい剣ですか……。確かに名匠ブギ・ウギが打った剣を手に入れました……」


「隕鉄の剣、だったかしら?」


「はい、隕鉄の剣です……」


(どうして、剣のことを知っているのだ?)


 緊張と困惑が入り乱れるマゴール。

 それを見るユリィの視線が、強くなる。


「あなた、多額の債務があるそうね?」


「すみませんでした!!」


 ドゴン!


 マゴールは、再びテーブルに額をぶつけた。


(バレていた、バレていた……。一体どこから漏れたのだ? まさか、誰かが私を陥れようとして……? いや、私を陥れたとしても、誰にも何のメリットもないな。だからそれはないか……)


 体中から汗が噴き出る。


「それは、払い切る予定が立っているのかしら?」


(どうして! どうして自力で支払う目途が立っていないことまで知っているのだ?)


「恥ずかしい話ですが、払い切れると断言はできない状況です」


 止まらない汗をハンカチで拭う。


「失礼な言い方だけど、多額の債務を背負っていては、帝国に忠誠を尽くすことは難しいでしょう? それに、私は今年の舞踏会を楽しみにしているの」


(やはり呼び出しの意図は、貴族の地位のはく奪だったのか……。でも、それと舞踏会とは何の関係が?)


「カスパル。入って」


「失礼します」


 ここでユリィは大きな声を出した。

 すると、先ほどマゴールを運んだカスパルが、今度はお茶セットを運ぶようなワゴンの上に、ぱんぱんになった皮袋を載せて入室した。


「あれを見て。あなたが喫緊きっきんに返済しないといけない債務と同じ金額を用意したわ。白金貨百枚よ」


 ユリィはワゴンの上を指差す。


(こ、これは!? 借金の額面まで漏れて……。はっ! 『全知の皇女殿下』、そうだ! ユリィ皇女殿下は全知なのだ! すべてお見通しだったというのか!)


「ご、ご慧眼けいがんの通りです……」


(声が震える……。体が震えて止まらない……)


 恐れおののき、全身が震える。


「それは、あなたの娘、ミーサの給料を前倒しで用意した物よ」


 にこやかに言い放つユリィ。その笑顔が怖いマゴール。


(何十年分の給料なのだ? まさか、やがて将来に授かるであろうミーサの子供の稼ぎまで含まれているのでは?)


 算数の苦手なマゴールは、自らが背負った債務の完済には、孫の代までかかるのではないかと思うようになっていた。

 もっとも、学園担当の皇女近衛騎士の給料は、たかがしれている。将来、高給の城勤務の皇女近衛騎士になれる確約がある、ただの名誉職なのだ。だから、ミーサは未だに貧乏なままなのだが。


「それを持って帰って、返済に充ててもらえるかしら?」


「ははっ! 全知の皇女殿下の思いのままに!」


(貴族の地位のはく奪ではなかった……。娘がここにいなかったのは、この不甲斐ない私に借金があることを伏せておこうとする皇女殿下の配慮だったのだろう。娘はなんとも思慮深い方にお仕えできて幸せだ)


 実際は、ミーサは友好の使節団として外国に行っているだけなのだが……。

 そして、給料を前倒ししてマゴールに支払ったことが明るみになった時点で、債務のことがミーサに知れ渡ると予想されることではあるが、剣技バカのマゴールはそこに思い至るまで思慮深くはなかった。


 マゴールは、再びカスパルの馬車に乗せられて帰宅した。

 収納の魔道具を持っていないマゴールは、馬車で送ってもらわないと、白金貨の入った皮袋を持って歩くことはできなかった。だから、これもユリィの配慮の一環なのだろうと感銘を受けていた。

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