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095話 未来の出来事

 帝国歴301年9月。

 今日は、エイクス魔法学園二年生、後期授業の初日だ。


「ロザリーちゃん、みっけ!」


 講義室に入るなり、トモリンはいつもの定位置にいるロザリーの隣に走り寄って座り、縦ロールをいじいじする。

 ロザリーはすっかり元気になって、学園に通えるようになっていた。

 お抱えの医師の診断では、奇跡の回復で、病気の片鱗は一切見られなくなったとのことだった。現在、経過観察状態だ。


「うふふ。もっと触ってもよろしくてよ」


 にこやかに肩を寄せ合う二人。


「姫様、未来が変わりました! 私はこのような感動的な場面に出会えて幸せです!」


「ええ……。うまくいって良かったわ……」


 少し目が潤むユリィ。


「もう一人、未来が変わった」


 エマがミーサの顔を見て言った。


「なんだなんだ? 私の顔に何かついているのか?」


 前の世界線ではユリィたちを避けるように振る舞っていたミーサ。けれども、この世界線では、そのような兆候は見られていない。


「何よ! 三人だけの秘密の未来だなんて! 未来がどうだったか、私にも教えなさいよ!」


 クリスは三人に隠し事をされているようで、ちょっとだけイラッとしていた。


「そうなんだよなー。8月分の給料から、いきなり明細が変わったんだよなー。これも、エマは知っているんだろ? こういうのって、前もって知らされることじゃないのか?」


 いつもは無表情なエマがニヤリとしたので、未来の体験で知っていることだとミーサは考えた。


「どう変わったのよ? 教えなさいよ」


 皇女近衛騎士ではないクリスは、給料明細など見たことはない。


「そうだな。基本給が減って、特別支給というのが新しく追加になったんだ……」


「それって、あんたの働きぶりが良くないから、下方修正されたんでしょ?」


 肩眉を上げて、さぞ当たり前のように話すクリス。


「それはないだろう? エマはどうなんだ?」


「ボクは何も変わってない」


 そっけない顔で答えが返ってきた。


「マジか! 私は働きが悪いのか……」


 落ち込むミーサ。


「ごほん。ミーサ。もう一度、明細書のことを思い出してもらえないかしら?」


 たまりかねたユリィが話に割り込む。


「基本給が減って、特別支給が追加に……」


「ボクには特別支給なんて、追加されてない」


 エマは空気を読んだ。これはユリィの施策の一環なのだろうと。


「え? それじゃあ、実は給料が上がっているのか!?」


 算数が苦手なミーサは両者を合計していなかった!


「上がってはいないわ。でも、下がってもいない。以前と同じ額面のはずよ」


「そうなのか!? なんだか心配して損したぞ!」


 ミーサの給料を前倒しでミーサの父に支払っており、その穴埋めとして、「特別支給」を新設してそこにユリィの小遣いを割り振るように、オイゲン宰相に依頼していた。

 事実上、ユリィの小遣いが減るのだが、ユリィにしてみればミーサにはそれ以上の働きを期待しているため、先行投資みたいなものだ。


 貧乏なミーサは合計に変化がないことで安心しきってしまい、「特別支給」が新設された理由について考えることをやめた。


 そんなことを話しているうちに、午前の授業が始まった。



 そして、昼休み。食堂で。


「未来で何があったのよ! もったいぶらないで教えなさいよ!」


 執拗に問いただすクリス。ユリィたち未来を知る者としては、その体験は暗い物であり、あまり口にしたい内容ではなかった。


(知らないほうが幸せなこともあるわ。でも、同じ志を持つ仲間に隠し事をするのも、良くないことね……)


 ユリィは葛藤した。クリスに限れば、ミーサやトモリンと違って一緒に城に行って事件の対策をしていたのだ。


(クリスだけになら……。いいえ、そういうのは良くないわ。知らせるなら、全員にしないと不公平になってしまう。平等を掲げるトモリンの思想に反することだわ……)


「そうね……。聞くことで不快になるかもしれない。それでも聞きたいという人にだけ教えてあげるわ。そうなると城勤務の三人にも教えないといけないから、次の休日に、希望者は城の応接室に集合よ」


「今、ここでもいいじゃない!」


「ダメよ」


 かすクリス。ユリィは人差し指でその口元をつついて止める。

 クリスの頬が、ポッと赤くなった。


「と、特別に待ってあげるわ! そんなにもったいつけるのなら大事な話でしょうから、期待して待ってあげるんだからね!」



 休日。

 寮の前に呼び寄せた皇族専用の馬車には、結局全員が乗り込んだ。いや、乗り切らなかったため、クリスとミーサはウイングブーツで走って行くことになった。


「どうして私が走らなきゃいけないのよ!」


「クリスは皇女近衛騎士じゃないだろ? 皇族専用の馬車に乗る優先順位は下がるさ」


 走りながら不平を漏らすクリスに、ミーサが答えている。


「それなら、なんでロザリーが乗っているのよ! ロザリーは皇女近衛騎士でもなんでもないんだから! おかしいでしょ?」


「ロザリーは病み上がりで経過観察中だ。仕方ないさ」


 馬車の中にはロザリーを含めて五人いる。皇族専用の馬車には、本当は六人乗れるので、クリスだけが走る予定だったのだけど、可哀想だからミーサが付き合っている。


 城の皇族専用の応接室に入ると、アグネス、ゲルダ、ヘルミナの三人が既に中で待っていた。


「待たせたわ」


「ああ、姫様~。今来たところですよ~」

「ユリィ殿下を待たせるなど、言語道断だ!」

「ユリィ様、時間どおりです」


 どこぞの決まり文句のような会話をするアグネスに、待っていたと遠回しに言うゲルダ。そして、ユリィの時間に対する正確さを褒めようとするヘルミナ。

 ユリィに続いてゾロゾロと応接室に入り、空いているソファに座る学園組。


「今日集まってもらったのは、私が未来に体験したことを伝えるため。決して気分の良い話ではないわ。ある程度の覚悟がないと聞くことに耐えられない内容があるの」


 皆が座ったところで、テーブルの短辺に立ち、皆の顔を見回すユリィ。


「だから、もう一度確認するわ。本当に聞きたい人だけ、ここに残って。気が乗らない人は、隣の部屋を空けてあるからそちらに移動してくれるかしら? 聞かなくても、咎めることはないし、聞くことを推奨しているわけでもないの」


 目を閉じて、しばらく黙って待つ。


 誰もこの部屋から出る者はいない。


「そう……。みんな、聞きたいのね。それでは、話し始める前に一つ約束してもらえるかしら?」


「姫様~。約束じゃなくて命令がいいですよ~」


「アグネス、まだ気づいていないのですか? ユリィ様は、私たちを仲間として扱われているのですよ。だから、命令ではなく約束なのですよ」


「ヘルミナ、その通りよ。ここにいるみんなは、私のかけがえのない仲間であり、友達。だから、約束して欲しいの。今から話す未来の体験を聞いて、仲間を、友達を責めることはしないで」


「そうです。私たち未来からの戻り組三人で、既に未来が変わるように対処しました。だから姫様の言うことは未来のことですが、もう起こらないことなのです。仲間の不備を責めても詮なきことなのですよ」


「うん。仲間が登場する劇だと思って聞くといい」


 マルティナとエマが言葉を付け足す。

 席に座る全員が首肯したところで、ユリィは重たい口を開いた。


「秋が深まる頃に……、ロザリーが病気で亡くなったわ」


「ロザリーちゃんが!? どうして!? もう病気は治したよ!? まだどこか悪いの!?」


 隣に座るロザリーに抱き着くトモリン。ロザリーは、そのまま嬉しそうに口を開く。


「トモリン。わたくしは秋には天国に行く予定でしたわ。でも、あなたのおかげで、わたくしは、こうして元気になれたのでしてよ。ああ、トモリン、心配しないで。わたくしはもう、どこにも行ったりしませんわ」


 そう言って、両腕で強く抱き返す。


「花の妖精……」


「そ、それは内緒のお話でしてよ!」


 ポツリとエマがこぼすと、ロザリーはトモリンと抱き合ったまま、取り乱す。

 夏休みの段階で、両親には決意を伝えてあったので、その墓標の句も決めてあった。

 この世界線では不発に終わったが、未来で墓標を見た者がいるから、複雑な思いの黒歴史となった。


「トモリン。ロザリーの言う通り、あなたはロザリーの病気を治したわ。だから、この不幸な未来は起こらない。安心して」


「そうなの!? もう大丈夫なんだね!? ロザリーちゃんがいなくなったりしないんだね!?」


 優しく頷くユリィに、トモリンは「ろだでぃーじゃん、よがっだねー」と、涙を流して喜び合う。


「では、次の出来事について話すわ。ミーサが、私たちから離れて行くわ」


「え!? 私がか? 冗談だろ?」


「ボクは寂しかった……」


 他人事のように驚くミーサに、エマが当時の心境を語った。


「これについては、ミーサに原因があったわけではないと思っているわ」


「それって、どういう意味だ?」


 自身の心の内には離れる理由など皆無なわけで、到底納得ができないミーサ。


「まず、舞踏会の話をしましょう。これは私の問題なのだけど、舞踏会は中止にはできないわ」


「姫様~。皇帝陛下はお考えを改められないのですね~」


「アグネス。舞踏会には大きな経済効果があるのですよ。皇帝陛下が中止にしたいと思われても、実現できないこともあるのです」


「そうだな。権力をかざして中止にしたところで、多くの貴族の反感を買うだろう」


 アグネスが疑問を言葉にし、ヘルミナとゲルダがその答えを述べた。


「舞踏会当日。会場に獣人の刺客が現れたわ。その刺客を会場に招き入れたのが、ミーサの両親よ」


「マ、マジか!?」


 ミーサは驚いて立ち上がった。


「ミーサ。それについてはもう、対処しましたから大丈夫ですよ。この世界にもう一人の私として戻ってきてから、姫様と三人で、ミーサの両親が事件に関わらないように処理しました」


「ええ。もう、ミーサの両親が事件に関わることはないわ。これは予想なのだけど、ミーサは聖ファサラン国から帰ってすぐに、両親の計画を知ったの。それを私たちに隠そうとしていたのよ」


「どうして隠さないといけないんだ? あ! 獣人を帝国に……。計画だけでも、既に犯罪だな。理解したぞ!」


「同じことは起こらないようにしたけれど、どこかで似たことが起きるかもしれない。そのときは、みんな、隠さないで私に報告して。迷惑が掛からないよう、最大限の配慮をするわ」


「もちろんだ! 同じ失敗はしないぞ!」


 グーに握った腕を掲げるミーサ。


「ミーサの両親に犯行の話を持ち掛けたのが、目を覆うような黒い仮面をつけた金髪の男。これは取り逃がしたわ」


 どことなくルデイルに似ていたのだが、そのことは伏せておいた。目元を隠せば、似ている者などどれだけでもいる。ユリィとしては、恩人を疑うことはしたくなかった。


「黒幕がいたのか! 私の両親はそんな奴に騙されたのか! くー! 悔しいな!」


 テーブルを一叩きし、ミーサはソファに腰かけた。


「話を続けるわね。刺客は、お父様を狙ってきたわ。それを庇おうと飛び出して、私は……、命を落としたわ」


「ユリィ様が……」


「そんな~。姫様がぁ」


 目を見開いて固まるヘルミナと、口を開いたまま両手で覆っているアグネス。


「ユリィをひどい目に遭わせるなんて、どこのどいつよ! 今から行って消し炭にしてやるわ!」


「まだ、犯罪が起こってないから、それは、ダメ」


 エマがいきり立つクリスを止める。


「姫様~。既に注文済みの魔法障壁では役に立たなかったのですか~?」


「ユリィ殿下。先日、ビノラ王国の王族が舞踏会に招待されることが決まったと聞いて、魔法障壁の魔道具を追加発注した。それは無駄だと?」


 武器を持ち込めない会場における遠距離攻撃だから、魔法障壁の魔道具を用意する。正しい判断だ。


「それについては、実際に大ホールに行って検証しましょうか。みんなに伝えることは、もう、全部話したわ」


 場所を大ホールに変えて、実際の会場設営や事件の様子を説明する。


「ここからこの辺までに、高座が設置されるのですね~」


「ビノラ王国の王族の分だけ、いつもよりも広くなっているのですね」


 テイン皇帝、ユリィの座る位置を説明し、次にミーサの両親を最後に目にした位置を説明する。


「ユリィ殿下。ここまで接近して、なぜ誰も刺客に気づかなかったのだ?」


「刺客はダンスを踊っていたのですか? 獣人が堂々と踊るとは考えられません」


「踊っている人たちの間を走り抜けると、目立ちますよね~」


 ゲルダは周囲を見回し、顎に手を当てて当時の状況を思い浮かべている。

 ヘルミナは尻尾や耳のある獣人が踊っていれば、すぐに発見できるはずだと考えながら、高座が設置される周辺を歩いて往復する。

 アグネスは広いダンス会場内を刺客が一人で走る姿を想像して、それなら簡単に取り押さえることができるのではないかと考え、実際に走ってみた。


「刺客は、踊るミーサの両親の傍に、いきなり現れた」


 実際に刺客を目にしたエマが真実を語った。


「うお! 私の両親が刺客を背負っていたのか?」


「それなら誰でも気づくでしょう。あんた、オツム大丈夫なの?」


 やれやれと、クリスは肩をすくめる。


「そうだよな。ウチの両親ならやりそうなことだけど、すぐに見つかってしまうよな」


 ミーサ自身が刺客を手引きする役割だったら、背負って連れ込むのかもしれない……。


「以前にエマが言ってた、姿を消すことのできる魔道具を使ったのかしら?」


「ボクは、それは違うと思う。その上級錬金の魔道具は持続時間が短いから、三曲目まで隠れていることはできないはず」


「そうなんですか! それなら安心ですね。姿を消して侵入されたら、入場検査の意味がありませんからね。持続時間が短くて助かりますよ」


 ふうっと息を吐いて安堵するマルティナ。


「そうね。もしも、入場検査だけをすり抜けても、その後、隠れ続けることはできないわね」


 ユリィは会場入口の方を見ながら話した。


「姫様~。会場内に見慣れぬ顔の者がいたら、即尋問ですね~」


「ええ。そうしてくれると助かるわ」


 ここでエマはポーチから魔道具を一つ取り出した。


「刺客は、このランドショットに似た形の魔道具を使って、物理的な何かを高速で飛ばした」


「それが、魔法障壁が役に立たなかった理由か。アタシの知識では、事件の瞬間を想像することもできないが」


 鉄砲の形に似ているのがランドショットの魔道具。そして、刺客は魔法ではなく、物体を飛ばしている。刺客が使ったのは、この大陸では実用化されていない、限りなく鉄砲に近い武器のようだった。


「そうか……。この位置なら、剣は届かない。何かを飛ばす武器か……」


 ゲルダは刺客の現れた位置とテイン皇帝の席との距離を目測する。


「私も会場にいたんでしょ? どうして犯人を消し炭にしなかったのよ?」


「刺客は現れて瞬時に攻撃し、そのまま逃げた。だから魔法を詠唱しても間に合わない。間に合っても、来賓が大勢いて、発動することはできない」


 エマが身振りを交えて説明する。


「ぐっ。私は、姫様をお守りできませんでした。当時を思い出すと、今でも涙が出てきます」


 ハンカチを取り出して目頭を押さえるマルティナ。


「姫様~。物理障壁の魔道具を追加で発注しますね~」


「ええ。もう、刺客を会場に連れ込む者がいないといいのだけど……」


 魔法障壁も物理障壁も、基本的には攻撃を弱めるだけで完全には防げない。殺傷能力の低い攻撃であれば完全に防ぐことができるのだが、刺客の目的は暗殺であり、殺傷能力の高い手段で来ることは明白だ。


 経験を元に現場を再確認し、対策を練り直す一行だった。

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