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076話 被災地の視察

「うわ! まるで灰色の世界だな!」


 モンバートの町の周辺には、白っぽい灰が積もっていて、一面が灰色の世界のように見える。


「う。卵が腐ったような匂いがする」


 エマは手で鼻を覆う。大気中を、硫黄独特の匂いが微かに漂っている。


 噴火による降灰は既に止んでいて、町の外の畑では衛兵らしき者たちが、風の魔道具を使って灰を飛ばす作業をしていた。

 水で濡らすとべっとりとなって除去できなくなるから、風で飛ばすのが一番効率がいい。


「家が燃えたりした感じはしないわね。火山灰さえ除去できれば、この周辺はなんとかなりそうね」


 町の中に入ると、町並みは普段と変わらないことを確認できた。

 屋根の上に火山灰が積もってはいるが、燃えたり噴石で壊れたりはしていない。


「ドラゴン連山から、これだけ離れた位置でこのような状態だということは、もっと西では、目も当てられない状況が予想できますね」


「行くんでしょ? この先に。今度ドラゴンに会ったら、私の魔法だけで仕留めてやるんだから!」


「クリス。私は戦わないからな! 勝手に先制攻撃しないでくれよな」


「ドラゴンさん、呼ぶの?」


「「「呼ばなくていい!」」」


 声が揃う一同だった。


「西へ向かいましょう。そして、万一、逃げ遅れた人がいたら、救出しましょう」


挿絵(By みてみん)


 灰の積もった街道を、ウイングブーツで滑るように進んで行く。


「ちょっと、ミーサ。あんた塵を舞い上げ過ぎよ!」


「そんなこと言ったって、浮き上がる物はしょうがないぞ。だから、すぐ後ろじゃなく、横に並んでいけばいいさ」


 前に進むことによって起きる風が、地面の灰を舞い上げる。

 その結果、後ろにいる者は、全身に灰を浴びる。

 仕方がないので、横並びかつ、前後の間隔を大きく空けて進むことにした。


「どこが道だかわかんないね」


「ちょっとだけ高くなっている所が街道」


 しばらく進むと、足元が街道なのか畑なのかもわからないくらいにたくさんの灰が積もっていて、さらに灰の中に黒い小石が混ざるようになった。


「これ、ウイングブーツじゃないと進めないな」


 灰の上を浮かんで進む一行。

 通常の靴だったら、足が灰に埋もれて進むことはできないだろう。


 さらに進むと、拳大ぐらいの噴石が散らばるようになっていた。

 そして、その周辺の木々は真っ黒に焦げて枝葉がなくなり、まるで黒い槍が地面に突き刺さっているかのような景観となっている。


「あれは、村だよな」


「寄ってみましょう」


 元街道だったであろう土地に面するように、建物の残骸らしき物体が多数集まる場所が見えた。

 そこに踏み入ると、家らしき焼けた残骸が散らばっており、灰に深く埋もれていた。

 大きめの噴石も所々に落ちている。


「酷い状態だな」


「グチャグチャだねー」


「とても生存者がいそうな状況じゃないわね」


 この周辺は焼け焦げ、さらに灰が積もった荒野のようになっていて、どこにも逃げ隠れできるような場所はない。

 だから生存者がいるとは思えなかった。


「火山の噴火って、私の魔法よりも威力があるじゃないの。ちょっとだけ認めてあげるわ!」


「こんな魔法を使えたら、魔王認定間違いなし」


 エマがさらっと皮肉る。


「姫様。この先の、ドラゴン連山に最も近い町まで行きますか?」


 マルティナがため息を一つしてから、ユリィの顔を見て確認する。


「いいえ。それは止めましょう。ここでこの状況なら、この先に行っても、生存者がいるとは思えないわ」


 たくさんの人が住んでいたであろう村。今は灰に埋もれた焼け野原だ。

 この先に行っても、噴火の影響がさらに大きくなることが明確なため、逃げ遅れた生存者がいる可能性はほぼなく、探すことを断念した。


「トモリン、モンバートの町に戻りましょう」


「そだね。ココナちゃん、戻ろう!」


『モンバートの町に、行っくコーン!』


 モンバートの町に戻り、中に入って行く。

 中央広場に差し掛かると。


「おや? 見ない顔だね。お嬢ちゃんたちも避難しにきたのかい?」


 馬車で露店を営むおばさんが声をかけてきた。


「いいえ。私たちは様子を見に来ただけ。これから飛竜を借りに行くところよ」


「そうなのかい。飛竜を借りるってことは遠くまで行くんだね。アタシも世界を股にかけて行商をしてるんだけどね、災難続きさ」


「おばちゃん、何かあったの?」


 トモリンが、どこか近所のオバサンに話しかけるような気軽な態度で尋ねた。


「いやさね、南のビノラ王国では日照り続きで食料が枯渇していてね、雑貨を扱っているアタシとしては、自分の食料もままならなくなってエイクス帝国に来たわけさ」


(以前の体験と同じね。ビノラ王国は日照りで食料が足りない……)


「ビノラ王国って、日照りなんだ?」


 首を傾げて尋ねるトモリン。


「そうさ。去年の夏ぐらいから全然雨が降らなくなってね。で、アタシが帝国に来たら、今度はあのデカイ山が噴火しちまってさ。商売あがったりだよ」


「ビノラ王国の人、困ってるのかな?」


「そりゃあ困っているってもんじゃないさね。明日の食いもんどころか、今日の食いもんすらないからねえ」


 眉を寄せて本当に困った顔をするオバサン。


「おばちゃん、私、雨を降らせることができるよ。今すぐ、行ってくるよ!」


「おやおや、いい子だねえ。ビノラ王国の人も、その気持ちだけで十分さね。向こうに行くと、本当に自分の食うもんもないからさ、行かない方がいいさねえ」


 雑貨屋の前を離れ、飛竜の運送屋に向かう。


「ユリィちゃん、行こう! ビノラ王国に行こう!」


「ちょっとさっきの場所では人が多くて聞き返せなかったのだけど、トモリン、あなた、雨を降らせることができるって本当のことかしら?」


 今までたくさんのトモリンの人並外れた魔法を見てきたユリィは、トモリンの言っていることが冗談だとは思えなかった。


 前の世界線においてサンテン第一皇子から日照りの情報を聞き、それから文官たちにその詳細を尋ねて知り得た事実。それは、ビノラ王国で雨を降らせたという、「女神の使徒」の存在。そして、雨が止んで数日後にイナーゴが大発生したこと。


 前の世界線でドラゴンを操って帝都を襲撃した「女神の使徒」はトモリンではないだろうかと思い始めているユリィは、その雨を降らせたのもトモリンではないかと、考えたのだ。


「うん。やったことはないけど、多分できるよ」


「そんな便利な魔法があるなんて、聞いたこともないわ! あったら、真っ先に私が使ってるんだから!」


 ふんっと、鼻息を出しながらクリスが言い放った。


「魔法じゃないよ。キコウ術だよ?」


「あー、あれか。前に病気を治したやつだよな?」


「何よ、それ?」


 事情を知らないクリスに、ミーサが以前の出来事を説明した。


「ちょ、ちょっと。そんなことができるなんて、あんたオカシイんじゃないの?」


 トモリンの行いは、魔法の常識から大きく逸脱している。


「トモリンだからな……」


 多くの木を動かしてみたり、悪人を改心させたりと、いろいろ見てきたミーサは、完全に毒されている。


「今から向かうのはビノラ王国よ。でも、トモリン、雨を降らせるのは、私がお願いするまで待って欲しいの」


「どうして? たくさんの人が困っているんだよ? すぐにしないといけないよ?」


 トモリンはユリィの肩に手をかけて揺らすように訴える。


「それは、図書室で調べてもらったことが関係しているわ。思い出して」


「なんだっけ?」


「あ、クワガタムシとカブトムシのどちらが強いかってやつだな! 私はクワガタムシ推しだ!」


「私はカブトムシですよ」


 マルティナが話に乗った!


「どっちが先にカラスに食べられるかって話だっけ?」


「「「それは違う!」」」


「王女とメイドの身分差の、恋、だったかしら?」


 ちらりとユリィのほうを見て、もじもじと恥ずかしそうに小声で話すクリス。


「「「それも違う!」」」


 的外れな答えの嵐に、悩ましそうな顔をするユリィ。


「姫様、大丈夫です。私は覚えていますよ。イナーゴですよね?」


「マルティナ。あなたはやっぱり私の一番の近衛騎士だわ」


「え? ひ、姫様?」


 真っ赤になるマルティナ。


「なによなによ! 私が一番の魔法使いなんだからね!」


 クリスがユリィとマルティナとの間に割り込んで入る。


「ごほん。それでトモリン。イナーゴは、雨が降ると卵から孵化するの。だから、雨を降らせるだけでは、作物は育たないわ」


「イナーゴがいても、作物は育つよ?」


 人差し指を頬に当て、コテリと首を傾げるトモリン。

 山にはいろいろな虫がいた。イナーゴも、もちろんいた。それでも作物は育っていた。


「それは、日照りのようなことが起きてない通常の場合の話ね。何カ月も雨が降らない状態から突然雨が降ると、大量のイナーゴが一斉に孵化するの。そして、雨で芽吹いた緑をすべて食べつくし、生き残っている木々の葉まで食い散らすのよ」


「そうなんだー。知らなかったよー。やっぱり、ユリィちゃんは、全知の皇女様だね!」


「私は全知ではないわ。みんなで一緒に図書室で調べたでしょ? みんなの協力があって私がいる。みんなの協力があって多くの人を救える。これからも、みんなの協力が必要なの」


 イナーゴの被害対策については、前の世界線で知っていたことを元に、皆で図書室で調べた結果だ。


「うん! みんなでやっちゃおう!」


「おい、何をやるんだよ!」


「ユリィちゃんを全知にすること?」


 ミーサのツッコミに対し、無邪気に即答したトモリン。


「あちゃー」


 斜め上の答えに、頭を抱えるミーサだった。


「とにかくトモリンは、私からお願いがあるまで、雨を降らせないでね」


「わかったよ!」


 その場は、なんとか収まった。


「へい、いらっしゃい!」


 飛竜の運送屋に行くと、屋根に灰が積もってはいるが営業中だった。


「リゴウ要塞の最寄りの町に行きたいのだけど、いいかしら?」


「へい。この人数だと二騎になりやすが、よろしいですか?」


 少女六人なので、無理すれば一騎でも乗れなくはないが、業者として保証できないのと、速度が落ちるため、二騎を勧めてきた。


 ユリィが交渉を始めると、エマがそれに加わった。

 間もなくして交渉がまとまり、飛竜のバスケットに乗り込む。


「エマ、助かったわ。業者から飛竜を雇うなんて初めてだったから」


「飛竜の運送屋は、決まった運賃はあるようでない。でも、値切り過ぎると質の悪い飛竜になる。そのバランスが重要」


 ユリィにとっては、飛竜は城に常設されているものであって、業者から借りるのは初めてだった。

 大商人の娘エマは、飛竜についても詳しい。簡単に交渉をまとめ、飛竜のグレードを落とさずに値切ることに成功していた。ちなみに、グレードが落ちると、移動速度が極端に遅くなる。


 全員がバスケットに乗り込むと、飛竜はふわりと浮かび上がり、目的地に向かって飛翔する。


「前に速い飛竜に乗ったときもそうだったけど、飛べって指示を出してないのに飛び始めたよな?」


 ベシーク城からモンバートの町に行くときに、高速飛竜に乗った。そのときは、バスケットの扉が閉まった時点で浮かび上がった。

 ただ、流星の落下を阻止させるときに飛竜に乗ったときは、夜だったこともあり、飛ぶように指示しないと浮かび上がりはしなかった。


「お! お客さん、高速飛竜に乗ったことがあるんですかい? あれは速くていいですなあ。コイツも、速いほうなんですが、やっぱ高速飛竜には負けますからなあ」


 エマの交渉の賜物で、ノーマル飛竜としては速い部類の飛竜に乗っている。それよりも速いとなると、それは高速飛竜しかないと御者は考えた。


「おっと。飛竜がどうして飛び始めたのかってことでしたっけ。そりゃあ、飛竜は耳が良くて賢いんでさあ。価格交渉してやしたでしょ? そのときにお客さんの人数と行き先を、ちゃんと把握してるんでさあ」


「そういえば、行き先も言ってなかったな」


「飛竜は、ぜーんぶ理解しているんですぜ」


 御者は自慢げに話す。

 これは、洪水を防ぎに行った際、ルデイルの飛竜を借りたときにユリィから聞いていたことなのだが、ミーサとしては説明を聞くまでそのことをすっかり忘れていた。


「それなら、おじさん、どうして乗っているの?」


「あっしは、お客さんの行き先の追加や変更に対応するのが主な仕事なんですぜ。なんなりと、行き先を追加して下せえ」


 いざ飛び出すと、空中において行き先の追加依頼が多くあるらしい。


「へー。飛竜に言えば、連れて行ってくれるんじゃないの?」


「飛竜は、追加料金を回収できやせんから、あっしが必要なんですよ」


 御者と世間話をしているうちに、目的の町に着いた。


「降りやすぜ。揺れやすから、しっかりバスケットに掴まって下せえ」


 バサッバサッと飛竜が羽ばたきながら高度を落とし、やがてバスケットの底が地面に触れる。

 それから飛竜自身が着地するのを待って、バスケットから降りる。

 そこは小さな町の中で、城壁の向こう、すぐ近くにリゴウ要塞が見えている。


「今日はこの町に泊まって、明日、リゴウ要塞を通ってビノラ王国に行くわ」


「姫様。小さな町ですが、宿は空いていますかね? 私が先に行って確かめてきましょうか?」


 マルティナが走りだそうとする。


「大丈夫よ。もう、予約はしてあるわ」


 その辺りはオイゲン宰相に任せてあり、何も心配はしていなかった。


 宿屋に行くと、その宿で一番豪華な部屋を二部屋予約してあり、ユリィの部屋には、当たり前のような顔をしてマルティナとクリスが同室した。トモリン、ミーサ、エマは隣の部屋だ。

 ユリィたちはこの町で一夜を過ごした。

なっしんぐ☆です。

あけまして おめでとうございます。

本年も よろしくおねがいします。

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