075話 ハイラントの町へ
帝国歴301年6月。
ドラゴン連山の噴火も落ちつき、ユリィは、そろそろ現地に視察に行こうと考えていた。
「噴火地域の視察ですか。現地はどのような状況なのでしょうね」
「でも、行くのは期末試験が終わってからになるわ。赤点をとったら、居残りよ。そうならないよう、みんな頑張ってちょうだい」
「うわっ! 赤点をとったら置いてけぼりか! それは嫌だな」
「あら、皆様楽しそうですわね。わたくしもお手伝いしますわ」
ニッコリ微笑んでトモリンの傍に行くロザリー。トモリンが歴史の授業を苦手としていることを知っているのだ。
「ロザリーちゃん、ありがとー! 私、頑張るよ!」
放課後。
最近、ロザリーは図書室に籠ることが日課になっていて、迎えの馬車もそれに合わせて遅い時間に来るようになっている。
今日は、その図書室に籠る時間をトモリンとの勉強に充てる。
「今日はここで勉強しますわよ」
ロザリーはトモリンを連れて図書室に入る。
図書室を管理する者からしてみれば、最初は二人とも皇女ユリィが調査員として連れてきた者だ。皇族関係者として、顔パスで入室を許可した。
「今回の歴史の試験の範囲は、大陸歴元年の辺りですわね」
「そだねー。そんな二千年も前の出来事、知らなくても生きていけるのにねー」
クリーン設計のトモリンの脳は、目先に必要なことしか欲していない。ヘブンスイーツの菓子の名前なら、すべて隈なく覚えているにも関わらず。
そんな、我儘を言うトモリンに優しく微笑みかけるロザリー。最近は、トモリンと一緒にいるだけで、なぜか幸せな気分になれる。
「大陸歴が元年と定められた年に何があったのか、そしてそれが現代にどう影響しているのかを理解すればよろしいと思いますわ」
「何があったんだっけ?」
授業で聞いたことなど、右から左。綺麗サッパリ忘れていた。
「俗世を捨てて山に籠っていた元農夫が、女神様の声に導かれ、大陸南部の高台へと赴いたのですわ。そして、導かれるままに岩を動かすと、そこには地下へと下りる階段があり、その先の小部屋に金板の束が置いてあるのを発見したのでしてよ」
優しく、丁寧に歴史の説明をするロザリー。
「金板……。金の延べ棒? その人、お金持ちになったんだね!」
確かに、売れば大金持ちになれたであろう……。
「延べ棒とは違いますわ。この金板の束には、文字が刻まれていて、戒めなどの人徳に関わる教えのほか、神々の戦いの話、未来に起こるであろう事象が記されていたのですわ」
「有名作家の未公開の作品を発見したんだね!」
トモリンは先読みして話したつもりだが、その読みは完全に外れている。授業中も、見当違いのことを考えているから余計に頭に入らないのだ。
「違いましてよ。この金板は、現在のファサラン教の聖典の原本となったのですわ。そして、その高台に建てられたのが聖地ファサラン大聖堂でしてよ」
「なんでファサランなの? そのおじさんがファサランって名前だったの?」
「それも違いますわ。女神様の名前がファサランだったと言い伝えられていましてよ」
金板の記述を読み解いた結果――
その高台には、金板発見当時からさらに何千年も昔に、女神が住んでいた。
女神は自在に空を飛んでサンタン大陸中のあらゆる地域を訪れ、各地で特色のある人類を創造した。人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族……。
そして女神が大陸中の全人類を統率していた。
後世の聖職者たちが金板の記述を系統立てて分類し、この部分は創世記として聖典に記されている。
「へー。エルフとかドワーフとかって、女神様が創造したんだね!」
「その通りですわ。その事実が記された金板の束が発見された年を、大陸歴元年に定めたのでしてよ」
「ロザリーちゃん、先生になったら? めっちゃわかりやすいよ!」
歴史の授業の先生は、いつもメリハリのない教科書の棒読みをしていて、一体どこが重要なのか、そしてそれが長い歴史の中でどのような影響を与えて行くのかについて、一切触れられていなかった。
トモリンの誉め言葉に頬を染めるロザリー。
(こんな可愛い妹がいましたら、そして、もっと前に知り合えていましたら、どんなに幸せだったのでしょう……)
幸福に満ちた笑顔でトモリンを見つめると、いつの間にか縦ロールをいじいじされているのだった。
(もっと触っていて欲しいですわ……。でも、そろそろお迎えの馬車のお時間。名残惜しいですが、今日はここまでですわね)
縦ロールをいじいじされるのが、お気に入りになりつつあるロザリー。
「大陸歴元年に何があったか、覚えましたね? 今日はお時間ですからここまでにしますわ」
「うん。バッチリ理解できたよ! ロザリーちゃん、ありがとー! 気をつけて帰ってね」
連日のロザリーによる献身的な勉強の成果もあり、前期末試験当日のトモリンは晴れ晴れとした気分でいた。
「どんな問題でも、バッチこーいだよ!」
そして他のメンバーも、「赤点とったら居残りの刑」は効果てき面で、皆、勉学、体術等、試験対策に真剣に取り組んだこともあり、試験には気後れなく挑んでいた。
その結果、全員赤点をとることなく、前期末試験を終えることができた。
「やったな! 全員、赤点はなかったぞ!」
「トモリン、やりましたわね。よく頑張りましたわ」
「うん。ロザリーちゃんのおかげだよ!」
「うふふ。トモリンが一生懸命になって覚えたのですから、それが結果となって表れたのでしてよ」
二人の間に。ほわっとした空気が流れる。
「明日はハイラントの町に視察に行きましょう」
ハイラントの町は、下級貴族だったユリィの指示で、ダミアンのダスティ家が新しく開拓した土地に建設した町だ。予定では、ドラゴン連山の付近の町や村の民が、火山被害を避けるため、そこに移住しているはずだ。
「ロザリーちゃんも、おいでよー」
「とても行きたいのですが、わたくしには、休日はお屋敷にいないといけない決まりがありますの」
「そうなんだー。夏休みが終わったら、どんな所だったか教えてあげるね!」
前期末試験が終わったから、赤点のなかった生徒は夏休みになる。
そのため、ロザリーに次に会うのは夏休み明けとなる。
「楽しみにしていますわ……」
心底、名残惜しそうに話すロザリーだった。
翌日。
「エマはあいかわらず、朝、起きれないよなー」
「ふわあ。眠い……」
制服姿のエマの背中を押すように、ミーサが寮から出てきた。
寮の前に全員集合したところで。
「それでは、行きましょう」
「ココナちゃん、お願い!」
『ハイラントの町に、行っくコーン!』
ふわっとした感覚が収まる頃には、目的地、ハイラントの町の入り口にいた。
「こ、これは救世主様! どうぞお通りください!」
門衛が、なぜか顔パスで通してくれた。
「どうなってんだ? この町では門衛まで毒されているのか?」
「救世主様って、何よ?」
聞きなれない言葉について、クリスが確認する。
「クリスは知らないのでしたね。この町の領主ブルクハルト殿と、オイゲン宰相閣下は、トモリンのことを救世主様と呼んで崇めているのです」
「バカなんじゃないの?」
「それは一理ある。トモリンは救世主には見えない」
目をこすりながら、エマが一言入れた。
「表向き、とくに城内では、トモリンが救世主であることは伏せていて、私が救世主だということで通しているわ。城内で皇族よりも上位の者がいると、混乱するから」
そんな話をしながら中央広場に差し掛かる。
「なんだ、あれは!」
ミーサが驚いて指差す先には、大きな銅像が立っていた。
「トモリンそっくり」
「私、こんなに薄くないもん!」
見る者によって「そっくりな部分」に相違があるようだが、概ね、顔や髪型がそっくりなのは否定できない。
銅像に近づき、台座に嵌めてあるプレートを読む。
「救世主様の像。救世主様は黒髪の少女と成りて現世に降り立ち、世界を救う。人々の穢れを払い、安らぎを齎す。我々は救世主様が創造されたこの町を誇りとし、救世主様に祈りを捧げる」
名前を伏せてあるのが、せめてもの救いだった。
「黒髪の少女で、この顔立ち……。トモリンしか想像できない」
銅像を見上げたまま、ポツリとエマが言った。
「何よコレ! どうしてトモリンが崇められるのよ! 崇めるべきは私よ! 私の像と置き換えさせないといけないわ!」
「クリスちゃん、やっちゃって! 応援するよ!」
トモリンが行け行けーと、クリスの背中をぽんと押す。
「でも、やっぱりやめるわ。私もこんなに薄くされたらたまらないから!」
壁仲間は、意外と自分の実体には気づいていないのかもしれない。
それでも民はこの像を崇めているのだ。ドコゾが薄い方が民には人気があるのかもしれない。
「姫様。危険ですから撤去させるほうが、良いのではないでしょうか?」
この像は、あからさまに救世主がトモリンだと言っているような物だ。
「それは……。皇族の領地に設置した物ではないから、難しいでしょうね……」
そんな話をしていると……。
銅像を見上げる一行の隣に馬車が駆けつけ、そこから領主のブルクハルトが降り立った。トモリンに片膝をついて最上位の礼をしたあと、立ち上がって胸元に手を当て、ユリィに略式の礼をする。
「これはこれは、救世主様、皇女殿下。ようこそお見えになられました」
「ブルクハルト。前触れはしてなかったけど、訪問しても良かったかしら?」
「もちろんです。救世主様をお連れになられるとは、幸福の極みでございます。積もる話もございましょうから、我が屋敷でご歓談致しましょう」
ブルクハルトは門衛から人数を聞いていたのか、馬車を二台用意していた。
一台目の馬車にはトモリン、ユリィ、ブルクハルトが乗る。
残りのメンバーは、ブルクハルトの執事とともに、二台目の馬車に乗る。
「前に来たときより、家や店が増えたなー」
馬車の窓から町並みを見るミーサ。
「ブルクハルト様は、ここハイラントの町を領都に変更されましたから、多くの民が移り住んで来たのです」
執事の男が答えた。
町そのものの広さも、モンバートの町の倍以上あり、上級貴族でもこれほどの広さの町を保有する者はいないのではないだろうか?
「到着しました」
大通りを真っ直ぐに西に進むと、質素ながら大きな屋敷があり、そこで馬車を降りる。
屋敷の中に入ると、そこは大きなホールだった。ステンドグラスで採光されていて、まるで教会のようになっている。
「こんな所にも、トモリンの像が!」
その奥にはトモリンの像が立っていた。
先に到着していたユリィたちは、その像の前にいる。
「毎朝毎晩、ダスティ家の者は、礼拝をかかすことはありません」
そう言って、像の前で片膝をつき、両手を合わせるブルクハルト。
トモリンはとっても渋い顔になる。
「それでは、会議室へ参りましょう」
「ええ。そちらで尋ねるわ」
会議室に入ると、トモリンとユリィが正面の上座に据えられ、ブルクハルトと文官が向かって左側のテーブルに着き、ミーサたちは右側のテーブルに着いた。
すると、間を置かずにケーキとお菓子、それとお茶が運ばれてくる。
それが全員に行き渡ったところで。
「噴火の被害にあった町や村からは、全員、避難ができたのかしら?」
「もちろんです。救世主様の予見の通り、ドラゴン連山が噴火しましたが、指定地域の住民は、皆、移住を完了させております」
ブルクハルトは、火山噴火の予見までもトモリンによるものとしている。これは、町の建設を急がせるために、ユリィがたびたびトモリンの名前を使ったことに由来する。
「完全には入りきらなかったと思うけど、その辺りはどうしたのかしら?」
ユリィとしては、避難対象地域の正確な人口は把握していない。
噴火の期日から逆算して、大雑把に八百世帯分の空き家を依頼したのだ。それが、一貴族でできる限界だろうと考えて。
「まず、救世主様のご要望にありました八百世帯分はクリアしまして、それを越える千五百世帯分の住居を用意致しました」
「それは、懸命に取り組んだのね。トモリンも、そう思うでしょ?」
だらけてお菓子を食べていたトモリンに、不意の振りが来た。
「そ、そだねー」
トモリンは、全然話を聞いてなかった!
「おお、救世主様に認めて頂ければ、それは最上の喜びです」
一頻り感動したところで、さらに話を続ける。
「ここハイラントに入りきらない者は、モンバートに移り住んでおりますれば、そちらも噴火前に全員、移住を完了しておりました」
空き家建設計画とは別に、もともとハイラントに領都を移すつもりだったので、モンバートの町の民自らも家を建てて、ハイラントに移り住んでいる。その結果、モンバートに空き家ができて、そこを買い取って避難民を住まわせたようだ。
「これらはすべて、救世主様が、資金と知恵をお与えくださったことで実現できました」
実際は資金をユリィが工面し、進め方をオイゲン宰相に丸投げしていたので、知恵の部分はオイゲン宰相の案なのだろう。
「全員が避難できたのなら、良かったわ。トモリンもそう思うでしょ?」
(来た来た来た! 今度は聞いてたよ!)
トモリンはユリィからのキーラーパスが来ると身構えていた。そして、実際に来たことで心の中でガッツポーズをする。
「女神様は村人の上に町人を造らず、だね! 分け隔てなく避難できたのなら、良かったと思うよ!」
「もちろん、出自による差など、一切加味しておりません。また、町民にも、救世主様のその尊い教えを日々説いておりますれば、村人を差別するような者は、我が領地にはいないと自負します」
意識改革は時間がかかることであり、実際は完全には差別はなくなっていないと予想されるが、そこにダミアンの説法の能力が加味されると、やや現実味が帯びてくる。
ダミアンは悪意の塊であったブルクハルトを改心させたのだ。
毎週のように飛竜で領地に帰っていたダミアンは、多くの民を改心させたに違いない。そして、多くの民が救世主を崇めるようになっていることであろう……。
少々、お茶で喉を潤す時間を設ける。
「避難者に対する、食料の配給は、滞りなく進んでいるかしら?」
「それはもう、十分過ぎるほど頂いておりますれば、隅々まで行き届いております」
予定よりも避難民が増えた。でも、物資を蓄える倉庫も、予定よりも大きな物としたこともあって、不足はないようだ。
「それなら、南方への物資の輸送の件は、もう始まっているかしら?」
「そちらにつきましては、オイゲン宰相閣下が主導されております案件でして、既に出発済み、以外のことはわからないのですが……」
ユリィには、秘策があった。
この町に大きな倉庫を建てたのは、避難民に施しをするためだけではなく、その先の、もっと大きな施しに利用する予定なのだ。
「ありがとう。よくわかったわ。トモリンも感謝してるわよね?」
「もっちろん! 人助けはとても大事なことだよ! それをしているブルクハルトさんは、偉い人だね!」
ミーサがツッコミたくてうずうずしている。ブルクハルトは領主だから、既に偉い人に違いない。トモリンの言葉は、全然誉め言葉になっていなかったのだ。
「救世主様にお褒め頂き、恐縮です。このブルクハルト、不肖ながら今後とも身を粉にして救世主様が望まれるように世界を変えて行きますれば、救世主様が再びこの町を訪れになられますことを切に願います」
「有意義な時間だったわ」
「とーっても、有意義だったよ!」
会談が終わり、会議室を出る。
「トモリン、あんた、凄いことをやっているじゃない! 見直したわ!」
「へ?」
何も知らないクリスは、すべてが救世主の仕組んだことだと思って話を聞いていた。
「クリス。前にも話しましたが、姫様は未来から来たのです。火山の噴火を予見して実際に指示を出されたのは姫様で、トモリンは、名前を借りているだけなのですよ」
「は? 見直して損したわ! やっぱ、あんたはヘタレのままね」
やれやれと、肩をすくめるクリス。
一行は屋敷を出た。
そして、奥地にある巨大な倉庫に向かった。
「でっかい倉庫だなー」
「前に来たときは更地でしたからね。ここまで大きな建物ができるとは思っていませんでしたね」
「これでも、もっと大きくしたいぐらいなの」
「姫様には、大きな計画があるのですね」
倉庫の中に入ると。
「これは、皇女殿下! ご視察ですか!?」
アポなしで訪れたので、城から派遣されている文官が驚いている。
「備蓄の量を確認しに来たの。どうかしら? 予定通り物資は搬入されているかしら?」
「はい。それはもう滞ることなく、搬入して頂いております。カーペングループが物資を安く、しかも安定的に供給してくれているので助かっております」
「エマ、そうなのか?」
「うん。ちょっと口添えした」
「エマ、助かるわ。帝国のため、いいえ、世界のため、カーペングループは大いなる貢献をしていることになるわ」
「ちょっとぐらい、私の家に分けてくれてもいいんだぞ?」
「それは、ない」
貧乏貴族のミーサの家の救済は、カーペングループの慈善活動には含まれていない。
それからユリィは、文官に備蓄の量、南方に向けて出発した荷馬車の詳細について聞き取りを行った。すべて納得したところで。
「ここは大丈夫そうね。次はモンバートの町に行きましょう」
被災地に最も近い町、モンバート行きが決まった。




